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Caffe & Bar 〜 secret booth〜  作者: 兎 潤
・・・月曜日・・・
2/9

月曜日〜綺麗な女性には過去が絡みつく〜

「ありがとうございました。また、ご来店お待ちしております。」

私と冬真はお客様を見送り、頭を下げた。

ここは私が経営しているカフェ&バーだ。

店内にはカウンター席が7席、2人掛けが4席、6人掛けが1席の小さなお店だ。

店内の中心には年期の入ったグランドピアノがあり、そしてその少し奥にはこれまた年期の入った暖炉がある。

「もう半年かー。早いなー。」

私は奥の暖炉を見ながら呟いた。

「そうだな。純のじいちゃんが亡くなって、お前がこの店を継ぐなんて誰も思ってなかったと思うぞ。」

「まあ、そうだね。」

このお店は元々、私の祖父の嵯沼 博が経営していたお店だ。

そして、今から半年前にその祖父が亡くなり今に至る。

「あのピアノも暖炉も、じいちゃんがやっていた時からのものなんだろう?俺なんかが弾いていいのか?」

「うん、全然弾いてくれて構わないよ。私は弾けないし、弾ける人に弾いてもらった方がおじいちゃんも喜んでくれると思う。」

「まあ、確かにその方がいいのかもしれないな。」

冬真は私のことを馬鹿にしているかのように言ってきた。

「なによ、その言い方。」

彼は私の幼馴染の肩宮 冬真。ちょうど私の祖父が亡くなったと聞いて留学先のドイツから日本へと帰国してきた。

ドイツへはピアノ調律師になるために留学してきたと彼は言う。

そして、彼はしっかりとその夢を叶えて日本へ帰ってきた。調律師としての仕事はそこまで多くはないがたまに出向いてやってきているらしい。

「あ、冬真。そろそろ、時間だからお願いできる?」

「もうそんな時間か、わかった。」

そう言うと彼はピアノがある場所へ向かい椅子に腰掛けた。

私は店内で流れている曲を止めた。

一瞬の静けさの後、すぐに冬真の指がしなやかに動き出した。

だだいまの時刻、22時。ピアノの生演奏が始まった。


私のこのお店は毎日、決まった時間に一回だけピアノの生演奏が聴けるバーだ。

そして、それと同時に今日はお店のドアが静かに開かれた。

私はドアに視線を移し、そこに立っている1人の女性のそばに行った。

「由美さん、いらっしゃいませ。今日はいつもより遅かったですね。」

「ちょっと色々あってね、こんな時間になっちゃった。でも、冬真くんのピアノが聴けてよかったわ。」

彼女は常連客の野原 由美。とても綺麗な女性で、もう、40というのにその歳を感じさせない美貌と性格をしている。

「そうでしたか。どうぞ、お好きな席に。」

「ありがとう。」

そう言うと由美さんはいつもの席へ腰を下ろした。

「(なんだか、いつもの由美さんじゃないみたい。何かあったのかな?)」

私は由美さんを見て、なんとなくそう感じた。

「今日は何にしますか?」

「そうねー、ビールって気分じゃないからシャンパンもらえる?」

「かしこまりました。少々、お待ちください。」

私はシャンパンを注いだ。

「(やっぱり何かあったんだろうな・・・。)」



「・・・・・・・・・。」

冬真の指が止まり、店内には静けさが戻ってきた。

「・・・ありがとうございました。」

『パチパチパチ・・・。』

彼が軽く頭を下げると、店内には静かな拍手が響いた。

「やっぱり、生演奏はいいわね・・・。」

由美さんはシャンパンが注がれているグラスを見つめ、そう呟く。

そう言う彼女の表情はとても切なく感じた。

「ありがとうございます。後で、冬真にも伝えておきます。」

「うん、よろしくね。」

由美さんは再びグラスに口をつけた。

彼女のその姿はやはり艶やかだ・・・。

「はぁ・・・。」

彼女はグラスを置き、ため息をついた。

「・・・由美さん、ここのバーはどんな話をしても大丈夫ですよ。絶対に外には漏れません。だから、話してみませんか?」

「純ちゃん・・・。」

私の言葉を聞いた由美さんは私の方に視線を向けた。

「すみませーん、お会計お願いします。」

ちょうどその時、他のお客様の声が店内に響いた。

「かしこまりました、少々お待ちください。冬真くん、お願いします。」

私はそのお客様に返事をし、冬真に声をかけた。

今、店内にいるお客さんはそのお客様と由美さんしかいない。

「かしこまりました。」

彼はすでにピアノから離れ、いつもと変わらない業務をやっていた。

「失礼いたします。お会計ですが・・・・・・。」

彼はそのお客様のところへ足を運び、会計を進めている。

・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・。

「ごちそうさまでしたー。」

「ありがとうございました。またお越しください。」

そのお客様はお店を後にした。

「・・・冬真、今日はもう終わりにしよう。」

そして、私はもう一度冬真に声をかける。

「わかった。じゃあ、看板とドアの鍵閉めてくる。」

「うん、お願い。」

そう言って彼は外に出て行った。

「えっ・・・。純ちゃん、いいの?」

そんな私と冬真のやりとりを見ていた由美さんはとても驚いている。

「はい、いいんです。これで、誰にも聞かれることはないですよ。外にも漏れることもありません。」

「だからってお店を閉めるなんて・・・。」

「ここのバーはそういうお店なんです。今の店主は私ですし。」

「・・・純ちゃんらしいわね。」

由美さんは納得したのか、元の表情に戻っている。

「はい、だから今からは思う存分、話してください。それで、由美さんの人生が良い方に変わるなら。」

「・・・どうもありがとう。」

由美さんの目には少しだけ涙が浮かんでいた。

「次は何を飲みますか?」

私は空になっている由美さんのグラスを下げ、訪ねた。

「そうねー、赤ワインをもらおうかしら。赤ワインには色々と思いがあるの。」

「かしこまりました。すぐ、おもちします。」

私は新しいグラスに赤ワインを注いだ。

「お待たせしました、赤ワインです。」

「どうもありがとう。」

由美さんは赤ワインが注がれているグラスを愛おしそうに見つめた。

「実は、私ね・・・。」

彼女はゆっくりと口を開いた・・・。



今の時刻、午前0時。

私はお店のカウンターに座っていた。

「あと、どれくらいで終わりそうだ?」

私の目の前にはカウンターを挟んで冬真がグラスを拭いている。

「うん、もう少しかな・・・。」

私はノートを広げペンを持っていた。

「・・・由美さんも色々な過去があったんだね。」

「そうだな。誰にだって、人には言えない話はあるからな・・・。」

「そうだね。」

由美さんは1時間前まで、自分の話を私にしてくれた。



「私ね、今、お付き合いしてる人がいて、その人とはもう一年半くらいの付き合いになるの。それで、さっきまでその人と一緒に夜ご飯を食べてた。いつもなら、軽い感じで入れるお店によく行くんだけど、今日だけはなぜかそういう店じゃなくて、見るからに敷居の高そうなお店に連れていかれたの。正直、彼がなんでそのお店にしたのかはなんとなくわかったのよね・・・。私もこんな歳だし、そういうのもあるのかなーって。」

彼女は淡々と話し続けた。

「それで、最後の料理を食べ終わったころ、彼の動きが止まって私のことを見つめてきた・・・。」

『僕と結婚しでください。』

「だって・・・。私の予想的中でしょ?」

彼女の唇から小さな笑みがこぼれた。

「由美さんはなんて返事をしたんですか?」

「・・・断っちゃった。」

「えっ・・・。どうして・・・?」

「まあ、正確には保留かな・・・。少し考えさせてくださいって言ったの。」

そういう彼女の瞳にはうっすらと涙が溜まっていた。

「由美さん・・・。」

そんな彼女の姿を見ていると私までもらい泣きしそうになる。

「私、昔ね、とても大好きな男性がいたの。だいたい10年近く前かなー。その人は私よりも3つ年下で、私が30歳で彼が27歳。年下のくせにけっこう生意気で言いたいことはハッキリと言ってくるし、私にも遠慮なく言ってくるのよ。だから、私のことは嫌いなのかなって思ってた。けど、そうじゃなかったみたいで・・・。彼がいうには『ハッキリ言える相手じゃないと、俺は女性と付き合えないんだ』だって。彼にとって私は、その対象になっていたみたい。それから、私達は付き合うようになった。」

「別に性格が悪いとか、人間性が悪いとかそういう人じゃないんだけど、ただ相手にも厳しくて、その分自分にはもっと厳しい人なの。もちろん優しいところだってちゃんとあったし。」

「その男性は今何を?」

「さあ、どうしてるのかしら?もうしばらく連絡はとってないから。」

由美さんは寂しそうな顔をした。

「その人、とても赤ワインが好きで、飲みに行くときはいつも赤ワインしか飲んでなかったの。私が違うお酒を進めても絶対飲まなかった。」

由美さんはグラスに注がれているワインを見つめた。

「それで、赤ワインなんですね。」

「そう。なんで赤ワインしか飲まないのって聞いても、好きだから。しか答えないのよねー。」

「そうなんですか。赤ワインしか飲まなかった理由はそれだけだったんですかね?」

「さあー、どうなのかしら。私もそれ以上は聞くのも面倒だなって思ったから、そのあとは何も聞かなかったのよね。」

「そうですか。理由はそれだけじゃ無いような気もしますけど・・・。」

「えっ?それってどういう意味?」

「いえ、深い意味はないですけど、ただ彼は彼なりに年齢のことを気にしていたのかなと・・・。」

「年齢なんて、3つしか変わらないのにそんな気にするのかしら?」

「なんとも言えませんが、私の勝手なイメージですが、ワインを飲まれる方は年齢的に上の人が多いので、大人の人ってっていうイメージが・・・。」

「まあ、確かにそういうのはあるわね。」

「はい、だからもしかしたら彼も大人の男性になりたかったのかなと・・・。」

「もしかして、私の方が年上だったから、少しでも大人ぶりたかったってこと?」

「まあ、そんな感じです。事実上、由美さんの方が年上ですし、彼にとってはその3つでも大きな壁だったとか。」

「なるほどね・・・。」

由美さんはその頃のことを思い出しているのか、赤ワインをまじまじと見つめている。

「彼とはなぜ離れてしまったんですか?」

「なぜかしらね?私は振られた側だし・・・。」

彼女の表情は一気に切ないものになった。

「(本当にその人のことが好きだったんだな。こんな顔の由美さんを見るのは初めてだ。)」

こんなにも素敵な女性をフルだなんてどんな男性なんだろうか。

「純ちゃん。」

「はい?」

「3つの差ってそんなに大きいものなのかしら?」

「人それぞれだとは思いますが、彼にとってはとても大きなものだったんじゃないでしょうか。一応、三十代と二十代ですし、由美さんはすごくお綺麗な方ですから。」

「そんな、私なんて・・・。たかが3つ、されど3つってことなのかしら。私は全然気にしてなかったんだけどな・・・。」

由美さんはワインを一気に飲み干した。

「・・・なんだか、今日のワインは美味しく感じるわ。たまにはいいわね。」

「そうですか、それは良かった。」

私は空になったグラスを片付けた。

「あー、なんかスッキリしたわ。今日はグッスリ眠れそう。」

そう言って由美さんはいつもの表情に戻った。

「さて、そろそろ帰るわね。純ちゃん、今日はどうもありがとう。明日からは気持ちを切り替えて、頑張るわ。冬真くんにもよろしく伝えておいてくれる。」

「はい、かしこまりました。」

「じゃ、また来るわね。おやすみなさい。」

そう言って由美さんはお店を出て行った。

「ありがとうございました。またお待ちしております。」

私は彼女の後ろ姿を見送り、頭を下げた。

「お疲れさん。」

「あ、冬真。ごめんね、片付け全部やらせちゃって。」

冬真はキッチンの方から姿をあらわした。

「いつものことだからな。これで、由美さんの人生も少しは変わるんじゃないか?」

「うん、そうだといいな。」

私は由美さんの後ろ姿を思い出した。



こうして由美さんの話は終わった。

彼女がプロポーズを保留にしたのはきっと昔の男性のことが未だに忘れられずにいるからだろう。年下のくせに生意気で物事もハッキリという。話を聞いていると、とてもキツイ人に見えてくるが、それは由美さんに対しての彼なりの甘えだったのではないか。きっと、由美さん自身もそれをわかっていた上でお付き合いをしていたのではないのだろうか。本当にキツイ人間かもしれないが、けれどそれと同じくらい優しさもあった人だったのかもしれない。由美さんは彼のそういうところに惹かれたのだろう。

果たしてその男性は今、何をしているのだろうか。由美さんよりも素敵な女性と一緒にいるのだろうか。

それともまだ独り身なのか・・・。

こんなにもあなたのことを想っている女性がいるのだから決してその人のことを忘れないで欲しい。

できることなら、今すぐにでも彼女のところへ会いに来てくれたらいいのに・・・。きっと、今の由美さんなら泣いて喜ぶだろう。ずっと、想っていた相手が目の前にいる。こんなに、素晴らしい話は滅多にない。

『叶わぬ願い』なんだろうけど・・・。



「そろそろ、一時だぞ。」

「あ、うん。もう終わるから。」

私は再び冬真に声をかけられた。

店内を見渡すと、すでに片付けは終わっていた。

「冬真、いつもありがとね。すごく、感謝してる。」

「なんだよ、急に。さっきも言ったが、いつものことだからな気にしてない。」

そう言って、冬真は帰る支度を始めた。

「ほら、早く準備しろ。送ってくから。」

「うん、ありがとう。すぐ支度する。」

私はそう言って椅子から立ち上がり帰る支度をした。

「あ、そうだった・・・。」

私はノートの一番上に・・・


~綺麗な女性には過去が絡みつく~


と、書いた。

「準備できたか?」

「うん。」

「じゃあ、帰るぞ。」

「うん。」

私は店内のすべての明かりを消し、冬真と一緒に外へ出た。

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