貴族令嬢と大阪のおっさん
むか~し、昔の事じゃった……。
こことは違う別の世界の、あるところに、一人の貴族令嬢が住んでおったそうじゃ。
たいそう気立ての良い、娘だったんじゃが、ある理由からか、あまり人から好かれてはおらんかったそうじゃ。
貴族令嬢自身も、好かれない理由を分かっておったのじゃが。おっかさんの腹の中におるころに、かけられてしもうた、魔王の呪いによって、どうにもならんかったそうじゃ。
男しか生まれない魔人国の魔王は、おなごと話した事が、無かったのじゃ、じゃから、貴族の令嬢は、きっと、こんな話し方をすると勘違いしてしまったのじゃ、娘っ子も魔王も、どちらも可哀想なこったよのう……。
ちょっとした誤解で、掛けられてしもうた魔王の呪いに苦しめられ、毎日、毎日、貴族令嬢は、泣いて過ごしておったそうじゃ。
そんな貴族令嬢を、見かねた神さんが、救いの手を差し伸べたのじゃ。
神さんは、貴族令嬢に、こう言ったそうじゃ。
『娘よ、魔王の呪いに苦しめられている娘よ、その呪いを解いてやる事は、私にも出来ない……しかし、娘よお前が毎日、笑って過ごせる世界に、連れていってやる事なら出来る。娘よ、その世界に旅立つか? その世界に行けば、この世界には決して戻る事は出来ぬぞ』
貴族令嬢は、ほんに毎日、毎日、泣いて暮らすのが嫌じゃったんじゃろうな……。二つ返事で、神さんにお願いしたのじゃ。
貴族令嬢が、神さんに連れて来て貰った世界は、ほんに不思議な世界でな。
鉄で出来た馬車が馬も無しに走っていたり、鉄で出来た鳥が空を飛んでいたり、石で出来た家が、天高くまで伸びている、そんな世界じゃったそうじゃ。
貴族令嬢は、その世界に着いて初めて出会った人に、ちゃんと挨拶をしたそうじゃ。
どんな相手じゃったか? だって? そうじゃなぁ……隣村の、宿屋の大将のマイクに良く似た、中年のミドルガイにそっくりだったそうじゃ。
貴族令嬢は、呪いが掛けられたままじゃったが、勇気を出して、こう言ったそうじゃ。
「初めまして、私の名前は、アンリエッタですわ」
そうじゃ、気付いたじゃろ? 貴族令嬢に掛けられた呪いの正体に。
そうじゃ、そうじゃな、そんな話し方をする、おなごは、どこにもおらんじゃろうな、おなごと話した事が無い、魔王が、想像するぐらいのもんじゃろうて。
貴族令嬢は、笑われるのも覚悟しておったのじゃが、相手は、笑うどころか、普段と変わらぬ感じで、貴族令嬢に挨拶を返したそうじゃ。
『こらまた、ご丁寧な挨拶でんな、ワテの名前は、権三郎ですわ』
『えらい、べっぴんの娘さんは、どっから来たんでしゃろか?』
「私は、この世界とは別の世界から、神様に連れられてやって来たんですわ」
『お嬢ちゃん、あんたおもろいな』
「私の話し方、変だとは思わないんですわ?」
『ワテの話し方に似てまんな、ワテもこんな話し方しか出来んのですわ』
こうして、語尾に【ですわ】を付けないと話せない呪いを受けた、貴族令嬢は、同じ話し方をする、違う世界の、大阪というところで、末長く幸せに暮らしたそうじゃ。
ほら! 今日のお話はしまいじゃぞ、はよぅ寝てしまわんかい。
おしまい。
いや……ごめんなさい。そんなに怒らないで。
ほら、笑って笑って。