第4話 それぞれの得意
予想通りといえば予想通りだが、よもやそんなことになるとは思わなかった。
アリスにより転生させられた三人は、一人一つ自らの得意とすることを元にした能力を与えられた。
尼ヶ崎莉嘩に与えられたギフトは《B.B.エディット》。
彼の得意、つまりBB編集なのだが…。
「うわっ」
見ると自分の右腕、肘から先が真っ青に塗り潰されていた。自分の腕が一点の淀みもない青になってしまっていることに驚きを隠せない莉嘩であったが今はそんなことにかまけている場合ではない。
「あなたもギフト持ちだったのですね。少しは楽しめそうです」
シャノワールの足元の液体が盛り上がり、槍のように形を変えては一直線に莉嘩へ向かってくる。殴り合いすらしたことのない莉嘩にとって戦闘などまともにできるはずもなく、咄嗟の防御で右手を構えたが、金色の槍はあろうことか青色の右手をすり抜け、肩を抉って突き抜けていった。
「ぐうっ」
鋭い痛みに顔を歪めるも、不意に頭の中に文字がよぎった。
「黄金の蜂蜜酒…?」
「ははは!私の能力を知ってるのですか!そうです。私のギフトは偉大なる主より賜った魔道書《セラエノ断章》。その中より《黄金の蜂蜜酒》を行使しているのです」
セラエノ断章という言葉は聞いたことがある。
クトゥルフ神話に登場する魔道書で、神に関してのあれこれが書いてるとか何とか。一度クトゥルフ関連のラノベを吊るしあげようとして調べたけど知識の量が膨大すぎて、中途半端なまま書き込んだら信者に袋叩きにされた痛い思い出がある。
(でもあれは僕達の世界のもののはず。なぜこんな異世界にそんなものが…)
違和感を考えるよりも先に次の槍が莉嘩を襲う。
もたもたした足取りで躱すも、槍は莉嘩の体をなぞるようにして切りつけていく。浅い切り傷が増える中、莉嘩は痛みに耐えつつも考えを止めはしなかった。
(完全に遊ばれてる。だが、ある意味ではチャンスかもしれない。僕のギフト、予想通りなら恐らく…)
そうして莉嘩は静かに念じる。
それは見たし感じた。使える。素材として、埋め込める。頭の中のフォルダの中に確かにあるのを実感する。それならば。
念じると同時に右手に変化が起きる。真っ青だった右手がいつのまにか金色の液体にすげ替えられたようにして変化していた。
(なるほど)
莉嘩は自分のギフトのおおよその予測を立てた。
《B.B.エディット》
自分の体の一部をBBとして切り抜き、そこに自分が触れた"素材"を貼り付けることができる。言ってしまえばコピー能力。
「確かに僕の得意だ」
不敵に笑って莉嘩は《黄金の蜂蜜酒》を貼り付けた右手を突き出す。突き出された右手は莉嘩の思うがまま、シャノワールがやっていたように槍へと形を変えてシャノワールに襲いかかった。
これには彼も意表を突かれたようで、足元の蜂蜜酒をドーム状のシールドにしてそれをなんとか防ぐ。
「な…!私が賜ったギフトをなぜあなたが使えるのですか」
「いや僕もぶっつけ本番でまさかできるとは思ってませんでしたよ」
「不愉快ですよ!」
シャノワールが先ほどの倍以上の槍を伸ばし、莉嘩も合わせて槍を伸ばす。槍と槍はぶつかると同時に液体に戻り、辺りの木々に飛び散っていく。
「青葉さん!姫子さん!ギフトを使ってください!僕一人じゃ限界があります!三対一ならまだどうにか!」
いくら相手と同等の能力をコピーできたとしても、その容量が違いすぎる。
魔道書よりほぼ無限に湧き出る相手に対して、こちらは右腕一本のみ。面積も体積も圧倒的不利な莉嘩はギリギリの状態で防御に回っているだけでそう長くは持たない。ギフトをまだ完全に使いこなせているわけでもない上、全身についた切り傷も無視できないものとなっている。
しかし、
「とっくにやろうとしてる!でも何も起きねぇんだよ!」
「拙者も何も起きないでござる…!」
そう次々と予想の通りに上手くいくはずもなく、莉嘩の願いに反して二人のギフトは無反応。何も起きず莉嘩の後ろで能力名を叫びながら変なポーズを取っているだけであった。
「こんの敗北者共…」
「あーっ!そうやって人のこと馬鹿にするもんじゃないぞ。俺達だって本気出せばすげーんだぞ!」
「そうやって自分だけ能力使って楽しい気持ち味わってずるいでござるよ!」
「あの、お二人共状況分かってます?僕、傷だらけでギリギリですし何ならお二人に向かう攻撃スルーしますけど」
「「ごめんなさい」」
この二人に期待したのが馬鹿だったと、目の前の攻撃に集中する。
本来なら有利を取れるはずの人数差だが、戦えなければ逆にお荷物。合間にちょくちょく挟まれる後ろの二人への攻撃を防ぐのも意識を無駄に削られる。かといって一人きりならこのままジリ貧でいずれやられていただろう。
…仕方ないがやはりこの二人に賭けるしか生き残る術はない。
「自分の得意です!青葉さんなら掲示板!姫子さんならネトゲ!何か想像してやってみてください!」
「ねぇ莉嘩くんよ、掲示板の能力って何さ」
「知りませんよ!自分で何とかしてください!」
「そんなこと言われてもなぁ…」
どうすりゃいいんだと不満を漏らしながらも青葉は目をつぶり考える。
掲示板。書き込み。アンチレス。自分の得意とそれを元にした能力。
「どうですか!そろそろ何か起きました!?」
「あぁ!?気がはえー、ってうお!なんか出た!?」
目を開くと目の前にホログラムのような画面が表示されていた。薄紅色の縦長いそれには「カレイドちゃんねる」と書かれているだけで特にどうということもなかった。
「なんだこれ」
とりあえずとその画面に触ってみると、表示が変わり見慣れた画面が現れた。
「《行動板》?うわなんだこれ、どえれぇスピードで書き込まれてんだけど」
表示された画面には目まぐるしく書き込みが行われ、スレ番は加速しながら画面はスクロールしていく。
「レス番351足元への黄金の蜂蜜酒による攻撃。レス番352足元への黄金の蜂蜜酒による攻撃に対する防御。ふむ、えーっと」
生前、伊達に掲示板に入り浸っていたわけではなく次々流れていくレスに一つ残らず目を通していく青葉。
「攻撃と防御。つまりはあれか?実際に起きた行動がレスとして書き込まれてるってか?」
「どうなんですか二人共!僕ちょっともう限界なんですけど!」
後ろを振り向く余裕すらなく、半ば自暴自棄にそう叫ぶ莉嘩。
右腕の蜂蜜酒の容量もぶつかり合うごとに削られ、莉嘩は苦戦を強いられていた。捌き切れない槍も出てきて、体の端を切りつけられる。
小さな擦り傷でもギャーギャー喚く一般人の莉嘩にとっては、全身を走る痛みに堪えるだけで既に手一杯であるというのにその上命のやり取りを強いられている。その疲労は尋常ではなく、むしろよく今の今まで耐え切れたと賞賛されてもいいほどだ。
莉嘩が一人奮闘する中、青葉は閃いたとばかりに笑みを浮かべる。
「ふふふ、頑張ってる莉嘩くんよ!お待たせしたな!こっからは俺の見せ場!失敗したらごめんやで!『アンカー>>401』!!」
青葉がそう叫ぶと同時に、彼の前のホログラム画面に書き込みが入る。
『391:名無し ID:aoba アンカー>>401』
青葉の書き込みはすぐさま画面外に流れ、401と指定されたレス番をすぐさまシャノワールの攻撃が踏む。
『401:名無し ID:shanowaru 黄金の蜂蜜酒による左腕への攻撃』
メインの画面の横に小さな画面が表示される。
瞬間、401と書かれたその画面から彼と同じように黄金の蜂蜜酒によって形作られた槍が一直線にシャノワールへと伸びその左腕を貫いた。
「!?」
意識の外からの攻撃と左腕を貫く痛みに、彼は後ろへと飛び退いた。
攻撃の嵐は止まり、青葉の行動板はシャノワールの回避の書き込みを最後に動きを止めた。
「すげーな、まじでできるとは」
「なんですか今の。青葉さんももしかしてコピー能力ですか?パーティ内で能力が被るなんて二流どころか三流の設定じゃないですか」
「助けてもらって第一声が文句とは。にしてもすげーな。本当に俺達の得意が能力として使えるよ」
《カレイドちゃんねる》
青葉本人が知覚した行動をレスとして書き込む能力。そしてそれを"アンカー"と呼ばれる機能を使ってリンク先を指定し、指定されたレス番で起きた行動をそのまま行使することができる。
自らを三流へと貶めた青葉を引きつった顔で見つめる莉嘩と、ホログラムの画面をスクロールしてレスを遡っていく青葉。そんな彼等を、先ほどまでの優しい風貌から一転し、痛みと苛立ちに顔を歪めるシャノワールが睨みつける。
「二人して私のギフトを模倣するとは。侮辱するのも大概にしてください」
「大概にするのはそっちの方だぜ。困った一般市民を騙し討ちとは感心しないなぁ」
「なんにせよ助かりました。倒せないまでも逃げるくらいはできそうですね」
押されつつあった莉嘩も、二対一ならあるいはと身体中の痛みも忘れ、強気に前へと出る。
一転攻勢、再び右腕を伸ばし、黄金の蜂蜜酒による槍の攻撃を繰り出す。莉嘩が動き出したことによりまた速度を上げていく青葉の行動板も途中途中でアンカーを打ち込み莉嘩の攻撃に加勢していく。
反撃の隙もなく打ち込まれる攻撃にシャノワールは防戦一方で、蜂蜜酒の形状を切り替え、防御に特化した薄い膜のような形で槍を弾いていく。
「おぉ!いけるなこれ!」
「あ!青葉さん口にしましたね!そういうのはフラグが立ってこれまた逆転されるやつですよ!」
「ふはは!俺を舐めるなよ莉嘩。今まで数多くの恋愛やらその他フラグを片っ端からへし折ってきた俺に、折れないフラグなんてないんだよ!」
「青葉さん顔だけはいいですもんね。大方中身を知られて引かれたとかそんなところでしょうね」
「俺説明してないよね?そんなこと言ってないよね?まぁ正解なんですけど。『アンカー>>523,525,527』!」
莉嘩が攻撃を仕掛け、そのタイミングに合わせて青葉がアンカーを打ち込み、同じ攻撃を繰り返す。純粋に倍に増えた手数をシャノワールはひたすら弾いていく。
「あの、拙者はどうすれば…」
「姫子さんはなにもしなくていいですが、そこにいると危ないのでもう少し離れてくれれば問題ないかと」
「了解でござる!」
そう言って離れた木の後ろに隠れる姫子。
そして、その行動は例外なく青葉の行動板へと書き込まれる。
『583:名無し ID:himeko 木の後ろへと後退』
レス番583。それは青葉がアンカーを打ち込んだ番号。
先に書き込み、後のレスに全てを任せるアンカー。生前、青葉が使っていた掲示板でもよく使われていたが、時々レスが重なったりした場合に間違って全く関係ないものがアンカーを踏み、面白おかしい状態になることもある。
「うおっ!?」
青葉の体に体に四角い画面が張り付き、そこに書かれたレス番583。つまりは『木の後ろへと後退』が強制的に実行される。自らの意思に反して莉嘩の隣を離れ、青葉は姫子と並んでちょこんとは離れた木の後ろで座り込んだ。
「…もしかして拙者やらかしたでござるか?」
「…そうだね。プロテインだね」
たった今起きた状況を悔いる暇もなく、わざわざ後ろに下がった青葉は舌打ちと共に莉嘩の元へ駆け出す。狂ったタイミングを調整し、再びアンカーを打ち込もうとした瞬間。彼の目は薄く微笑むシャノワールの姿を捉えた。