第2話 底辺三人組は転生が嫌い
私は異世界転生好きです。
目が醒める、という感覚を認識した時点で莉嘩は眉間にしわを寄せて不機嫌そうに起き上がった。同様に隣で起き上がる青葉と姫子の二人も苛立ちを隠せないようで腹立たしそうに周りを見渡している。
壁らしい壁もなく、どこまでも続いていくような不思議な白い空間。三人の頭上に大きな時計が浮かんでいる以外は特に何もない。
「ぬぅ。切羽詰まってたとはいえこんな貧弱そうな人間を呼んでしまうとはのぉ」
唐突に聞こえた声に振り返ると、そこにはセーラー服を着込んだ小学生くらいであろう少女が、透き通るような緑色の長髪を揺らし、仁王立ちでため息をついていた。
「知っての通り。お主らは死んだ。泣こうが喚こうが死んだのじゃ」
なんとなくそれは分かっていた。あの光景は脳裏に焼きつき、そう簡単に拭えるほどでもない。
しかしこの状況で死んだ死んでないなんてことは彼らにとってはもはやどうでも良い事柄であった。
「おい、そこののじゃロリ。お前次に転生とかそれに付随する言葉を発した時点で俺達はお前を袋叩きにするからな」
「え、なんじゃお主唐突に物騒な」
「うぷ、拒絶反応が…。あの状況からのこの状況、大方察しはつくでござるがこれってまさか…」
「そうじゃ、お主らには今からとある世界に転生してもら痛たたた!おい何をするか!頬をつねるでない!」
「言うなっつっただろ!」
ぐねぐねと、のじゃロリの頬をもみくちゃにする青葉と、仰向けに倒れる姫子。莉嘩も深いため息と共にうなだれる。
「あのですね。僕達三人共、異世界転生が大の苦手なんですよ」
彼らがネットの海で出会い、意気投合したきっかけは一つ。それは「異世界転生モノの作品が嫌い」ということだった。
近年、ライトノベル界隈で人気を博しているのが転生モノ。トラックに轢かれ、異世界へと転生する。チート能力で無双したりなんたりと、やりたい放題の無法地帯。ユニークスキルがどうとか、伝説の武器がどうとか。魔物になったり物になったり。そして、長文タイトル+長文サブタイが当たり前。『チート能力で無双してみた』なんて報告してみたり、『俺の能力がチート級なんだが?』なんて不思議がってみたり。うるせーよなげーよもっとコンパクトにいけよ。
そんな感じで不満を上げればキリがない。
「いや、お主らの経歴を見せてもらったが、三人共ほぼ毎日転生モノのラノベ読んでおったであろう?」
「それは嫌いだからこそどうやって燃やしてやろうか粗探しのために読んでんだよ!誤字脱字に設定の矛盾!一つでもあれば速攻で吊るし上げて燃やしにかかるっての」
「なっ、なんじゃお主!ツンデレか!!」
「うるせぇ!でも最近のはレベルがたけーのなんのって。粗探ししようとしても見つからないどころか丁寧な文章な上に練り込まれた伏線と引き込まれる設定!悔しいことに面白いと思ってしまう自分が憎い…」
青葉の葛藤に後ろでうんうんと頷く二人。
どこか間の抜けたこの三人、アンチを名乗りながらも叩こうとする原作は全て購入し、粗探しという名目で何度も読み返しているというある意味熱心なファンになってしまっていた。
「でも転生じゃぞ?異世界で魔法あり異能ありの全オタクが憧れるような夢の世界じゃぞ!?」
「確かに拙者達はそういうのに憧れたりした時期もあったでござるが所詮は創作の世界。あるはずもない可能性を夢想しても仕方がないのでござるよ」
「そ、創作ではない!現にこうして死んだはずのお主らは自我を保ったまま生きている状態でここにおるだろう」
「それを理解してるから僕達は困ってるんですよ。再三言いますけど、僕達は異世界転生が苦手です。死ぬなら死ぬでもよかったんですよ。…別に生きてていいことなんて無かったし」
そう呟いて俯く莉嘩。他の二人も同様に暗い顔のまま黙ってしまう。
そう、いいことなんて無かった。現実から追い出され逃げた先で頂点を取ったところでなんだというのだ。
自分が生きているのは現実だ。
逃げても逃げても追ってくる、避けようのない、現実。
「…」
のじゃロリもばつが悪そうに目を伏せては彼らの心境を察していた。転生させる三人のおおよその情報は得ていた。三人が三人とも普通とは言えない日常を送ってきたことは知っていたし、それを彼らがどう感じていたかもなんとなくではあるが理解できていた。
「かといって、なら辞めよう。ともいかんのじゃ。わしもわしで追い込まれて致し方なく強行手段に出たのじゃからな。誤解がないよう言っておくが、お主らを故意に選んで呼んだわけではない。本当にたまたま、お主らがわしの呼びかけに応えただけじゃからな」
「なら僕達はそのたまたまに巻き込まれたってことですか?」
莉嘩の容赦のない一言に再び黙りこくるのじゃロリ。彼女だって、先に彼らの素性が分かっていれば呼び出すこともなかった。追い詰められている彼女だが、当人達の意思は尊重するつもりだった。しかし、彼らの記憶は呼び出した後に受け取られる。"そういうもの"と決められている以上彼女にどうにかできる問題ではない。
「じゃ、じゃが何も持たない一般市民が異世界に転生して能力を持って戦えるのじゃぞ?そっちの世界の人間達はそういうの好きじゃろう!?」
自らの過ちを正当化するように話を逸らす彼女だが、根本から考えが違う彼らは誰もそれに耳を貸すことはない。
「転生ははっきり言って御免です。死ぬ前よりはマシな生活を送れるのかもしれませんが、別にもういいんです。このまま死ぬならそれもそれで」
「なんでじゃ…。チート能力とまではいかん。今のわしにそこまでの力はないからの。じゃがお主らの"得意"を活かすことはできる!」
「得意?」
「お主らへのギフト、つまりは能力じゃが既に作ってある。尼ヶ崎莉嘩には《B.B.エディット》、槙島青葉には《カレイドちゃんねる》、相原姫子には《私の隣に寄り添う理想》。それぞれお主らの得意を元に作ってある。使い方はそれぞれ…うぐ、時間か」
頭上の時計が鈍い音を響かせると同時に、その白い空間の端々に亀裂が入る。
「お主らには悪いがもう時間がない。わしの名はアリス。これからお主らにはわしらの世界、カレイドスフィアへと転生してもらう」
拒否できない状況に無理やり引っ張られ、強制される転生に莉嘩は諦めと共にため息をついた。
「…で、アリスさんは転生した先で僕達に何をさせようっていうんですか?勇者になって魔王を倒せばいいんですか?魔王になって勇者を倒せばいいんですか?それともあなたを楽しませるよう道化を演じればいいですか?」
目一杯の皮肉を込めて莉嘩はそう言い放ったが、アリスは首を横に振って言った。
「とりあえず逃げてくれ」
「え?」
今思えば無責任すぎて笑える話だが、彼らはまだそれを知らない。創造の女王、アリスの置かれている状況とそれに巻き込まれた三人のこれから。死ぬ前より前マシな生活など夢物語だったと。
こうして尼ヶ崎莉嘩、槙島青葉、相原姫子の三人はトラックに吹き飛ばされて死んで、異世界カレイドスフィアへと転生した。