to be continued
丘のうえに、よわい風が吹いた。旭緋のほうから、かすかにあまい香りがただよってくる。
「あたし、ここでハヤテくんのこと見送るよ」
「うん」
旭緋が、足元のちいさな花を手に取った。しかし、じっと見つめたまま動かない。
「今日は、占いはしないの?」
「もう必要ないもん。あたしは、占いなんかに頼らないオンナなの!」
そう叫ぶと、旭緋は手にしたちいさな白い花を遠くに放り投げた。風に乗って浮かんだそれは、重力に抗えずに緑のなかへと落ちてゆく。
その様子を見届けると、旭緋は疾風のほうに向きなおった。
「あたしはね。王子さまが迎えに来るのも、待たないの。自分から、会いに行くから」
白い日傘をくるくるとまわしながら、にっこりと微笑む。
「じゃあ……オレは、お転婆なじゃじゃ馬姫が来るのを家で待ってようかな」
「なにそれー!」
旭緋が、ぷくーっとほおをふくらませる。
疾風は彼女から視線をはずすと、空を見上げた。晴れ渡った夏の青空が、どこまでも広がっている。見わたす限りの、あざやかな碧。
菖蒲さん、オレ、間違ってないよね?
疾風はまだ、自身の選択に確信が持てないでいた。このまま、旭緋を村に置いて帰ることを迷っている。
でも、あれからいくら考えても、やはりこれが最善の策だという結論に達してしまうのだ。
自己満足なのかもしれない。
旭緋を連れて海に行ったときのように、ただ自分がそうしたかったというだけで。
疾風は、旭緋のほうを見た。
彼が好きだと言った、あのシャツワンピースを着ている。スカートのすそが、風にふんわりと揺れていた。
「まぁ、すぐに、っていうわけにはいかないだろうけどさ。もし、なかなか許可が下りないようなら……冬休みにでも、また来るかもな」
「ほんと? じゃあ、雪合戦できるね!」
「それ、負け戦確定じゃん……」
疾風は苦笑しながら、村へと続く一本道のほうを見た。一台の小型車が、すべるように進んでいく。
「そろそろ行くか」
つぶやいて、傍らのスーツケースの持ち手を掴む。そこには、あざやかな碧いろのスカーフが結んであった。
「またね」
旭緋が、スーツケースに向かって手をふった。
その顔が徐々にゆがんでいく。
「ハヤテくんには、また会える、か……ら」
震える声で、旭緋が言った。
必死で笑顔をつくろうとする彼女を見て、疾風はさみしさがこみあげてくる。
日傘のしたでもなお、陽光を受けてかがやく白銀の髪。
うつくしい紫水晶から、雫がぽろぽろと零れ落ちる。
疾風は手をのばして、それを指ですくった。
すこし躊躇ったあと、旭緋の前髪を手で持ち上げる。
さらさらとした感触に、つい、このまま離れたくないと思ってしまう。
この別れは、永遠じゃない。
つぎにまた逢うために、必要なこと。
たいせつな、このちいさな泣き虫の女の子が、ずっと笑顔でいられるように。
夏の太陽のかがやきを、うつくしい宝石を、まもってあげられるように。
疾風のくちびるが、そっと、その白い額に近づいた。
かすかに触れるだけのキス。
恥ずかしくて、ついうつむいてしまう。
旭緋のワンピースの、青と白の格子柄が目に焼きついた。
音もなく進んでいく車内で、疾風はじっと窓のそとを見ていた。
小高い丘のうえ。夏の日差しに照らされた白い点は、そこだけがまぶしくかがやいているようだ。
だが、太陽のようなその光は、やがて視界から消えていってしまう。
胸が締めつけられるように、苦しくなる。
さみしいと死んでしまうなんて、そんなのは嘘だ。
どんなに辛くても、その先にある未来に向かって進んでいくことを決めたのなら——絶望に苛まれることはない。
自分を信じて、彼女との約束を胸に、一歩を踏み出す。
疾風は、ぼんやりと景色を眺めた。視界いっぱいに広がる深い緑が、最初にここに来た日のことを思い出させる。
座り直そうと身体を動かすと、ジャージのポケットにキャンディが入っていることに気がついた。
袋から取り出して、口に放り込む。車内に、ふんわりとあまいバニラの香りが広がった。




