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ピクニック


 作戦は概ね成功と判断した。

 ターゲットの帰還をもって終了とする。



***

 


 八月二日。

 その日は、朝からよわい雨が降っていた。部屋のカーテンを開けてそれを見た疾風はやては、ラジオ体操があるかどうかを確認したほうがいいか迷う。

 どしゃ降りなら当然中止だろうが、これくらいの霧雨なら集合場所に行くひともいるのかもしれない。


 したにおりていくと、きょうはなにごともなかったかのように朝食の準備をしていた。

 昨夜はおそらく日付が変わってから帰宅したはずだが、あまり眠そうな感じには見えない。

 ただ、妙に口数が少ないことが気になった。



 疾風が旭緋あさひを待つために玄関に向かうと、なぜか杏子はその後から付いてきた。

 普段の彼女ならダイニングで送り出してくれるのだが、今朝はどうも様子がおかしい。

 紫苑しおんの言っていた()()()の話がほんとうだとしたら、こんな不自然な態度をとっていてはかなめに怪しまれてしまうのではないか。

 それとも、あえていつもとは違う素振りを見せる作戦とか?

 もし仮にそうだったとしても、疾風にはその意図するところまではわからない。


 

 玄関の戸を開けてそとの様子を確認すると、雨は止んでいた。まだ空は曇っているが、雲の切れ間から光が差し始めている。

 ほどなく、旭緋が迎えに来た。杏子は、なぜか疾風と一緒に家のそとに出てくる。


「邪魔してごめんなさいね。実は、ふたりに提案があって」


 そう言うと、杏子は今週の日曜、みんなでピクニックに行こうと言い出した。


「紫苑と瑠璃るりも誘うつもりよ。もちろん、村のそとに行くわけじゃないから」


「村のなかでピクニック……?」


 旭緋が不思議そうな顔をして言った。


「そう。疾風ったら、せっかくこの村に来たのに全然そとに行ってないでしょう? たまには自然のなかで、みんなで一緒にお弁当でも食べましょうよ」


「おべんとう!」


 杏子の言葉を聞いたとたん、旭緋の顔がかがやく。

 疾風はその表情を見て、恐ろしいことを思い出した。


「その弁当ってさ……やっぱり、手作りなんだよね?」


 おそるおそる訊いてみる。


「そりゃそうよ。なにが悲しくて青空のしたでコンビニ弁当つつかなきゃいけないの。あ、もしかして自分が作らされると思ってる? そりゃ、多少は手伝ってもらわなきゃ困るけど」


 どうやら杏子は、旭緋の料理下手について知らないようだった。


「いや……それってつまり、その……杏子さんと紫苑さんと、瑠璃さんと……旭緋も、一緒にってことだよね」


 疾風はしどろもどろになりながら、旭緋の顔を見る。


「あー、あたしは料理できないから。おべんとう箱に詰めたりとか、そーゆーの担当だよ」


 なんでもない調子で、旭緋が言った。


「そうなんだ?」


 思わずほっとした声になってしまう。


「うん。なんかね、味の感じかたがみんなと違うんだって。薄い味つけだとよくわからなくて……」


 それは、疾風にとっては初耳だった。しかし言われてみると、旭緋は味の濃いせんべいやあまったるいまんじゅうを好んでぱくついていたような気がする。

 これも、彼女の能力と関連があることなのだろうか。



 特に断る理由もなかったし、旭緋もよろこんでいるのでピクニックの話はすんなりとまとまった。

 話し込んでいて集合時間に遅れそうになったふたりは、慌てて公民館まで走る。

 なんとかギリギリ間に合って、疾風は息をととのえながら完璧に覚えたラジオ体操を披露した。



 公民館からの帰り道、端末に通知が届いた。頼んでいたネット通販の荷物の配送案内だ。

 それによると国道までは有人のトラックで運び、そこから疾風の家までは無人の配達用ロボットが届けてくれるらしい。

 

 今日、旭緋はどういう予定でいるだろう。

 疾風はそう思って、案外、ふだんの彼女の行動について知らないことに気付く。大抵は家にいるか畑にいるかだろうが、丘にのぼっていたり森で昼寝をしていたりもするので、はっきりしない。

 できれば、彼の家に荷物が届くことは旭緋に知られたくないのだが。


 疾風は、ネットで菖蒲あやめのプレゼントを買うついでに、旭緋へのサプライズを思いついたのだった。



 結局、荷物はだれにも見つかることなく無事に疾風の家までたどり着いた。

 思っていたよりずいぶんと箱が大きい。重くはないが、持ちにくいので疾風は苦労しながら自分の部屋まで運んでいく。

 菖蒲へのプレゼントを確認し、同梱されていたラッピング用の袋に入れなおした。

 もうひとつ、思いつきで注文してしまった商品を眺めながら、疾風はどうやって旭緋に渡したものか、と悩む。


 床のうえに置かれているのは、シュガーピンクの小振りなスーツケースだ。

 子ども用なのであまり荷物は入らないが、ちゃんと自動追尾機能がついている。もちろんナビもセットできるし、セキュリティも指紋認証式である。


 これを見せたら、どんな顔をするだろうな。

 疾風は、旭緋のうしろから付いていくスーツケースと、それをにこにこしながら見ている彼女の姿を思い浮かべる。

 つい顔がにやけてしまい、疾風はぱしぱしと自分の頬を叩いた。


 

 問題は、これをいつ・どうやって旭緋に渡すか、だ。とりあえず八日は日帰りの予定なのだから、そこまで荷物は必要ない。

 しかし彼女の性格上、疾風からプレゼントされたものを使わずにはいられないだろう。

 彼の家に行くだけのはずなのに、旭緋がスーツケースを携えて現れたら……護衛の方々にあらぬ疑いをかけられるのは避けられない。


 やはり渡すのは八日以降にしよう。そう思ってから、ふと変な考えが頭をよぎった。

 女の子に旅行用のスーツケースをプレゼントするというのは、一緒に一泊旅行をしよう、という意味に捉えられたりするものなのだろうか?

 

 旭緋本人はおそらく、そんなことは思いつきもしないだろう。

 問題は、周囲の大人たちだ。

 彼らがよってたかって邪推し揶揄やゆする様子を想像して、疾風はぞっとした。


 しかし、たとえそんなはずかしめを受けてでも、旭緋の笑顔と引き換えなら、わざわざ天秤にかけて悩むまでもない。

 彼女が喜んでくれさえすれば、それで満足なのだ。


 疾風はスーツケースの持ち手に、別口で注文しておいた真っ赤なリボンを結んだ。

 うすいピンクいろのちいさなスーツケースは、急に派手な装飾を(ほどこ)されて、恐縮しているようでもあり、誇らしげであるようにも見えた。



 そこからの二日間は、なにごともなく過ぎていった。

 この村に来てから二週間弱、ようやく訪れた平穏な日々。

 旭緋と一緒に公民館まで歩き、老人にまじってラジオ体操をする。村長にスタンプを押してもらい、お茶を飲んで休憩をする。

 

 こんな日常がずっと続けばいいと思う反面、これがこの先も永遠に繰り返されることの恐怖も、疾風は感じ始めていた。

 村から出ることもなく、ただ同じことを繰り返す日々。


 旭緋はほんとうは、こんな毎日が続くことを望んではいなかったはずだ。

 そとに出たいと言った彼女の言葉を思い出す。


 自分がここに来たことによって、旭緋の日常は急激に変化を遂げた。

 すくなくとも村長は、いまのこの状況を望んでいたのだろう。ダム湖に行ったときの発言からも、それははっきりしている。

 では、菖蒲あやめや杏子は?

 疾風は、ふたりがここに来ることをすすめたのは健康上の理由なのだとばかり思っていた。


 しかし菖蒲はともかく、杏子に関してはなにか別の目的があったような気がしてしまう。

 そういえば、最初に疾風がこの村に滞在することを提案したのは彼女だったはずだ。もちろん、疾風の身体を心配してくれていたことは間違いない。


 だが……旭緋に例のシャンプーを使わせた()()といい、疾風の過去を知っているかのような口ぶりといい、いまになって思うと怪しい言動が多かった。

 そして、そんな彼女をスパイと呼んだ紫苑。

 


 疾風は、だんだんと自分の思考がネガティブな方向へと進んでいることを自覚した。昔からの悪い癖だ。

 要のこともあって疑心暗鬼に陥ってしまっていることも確かだが、周囲の人間を疑い出すときりがない。


 ともあれ、日曜のピクニックとやらは、暢気(のんき)にお弁当を食べている場合ではないのかもしれない。

 いまさらなにが起こってもおどろかないが、どうかこれ以上、旭緋を傷つけるようなことにだけはなってほしくなかった。

 

 それでも、もし、彼女に危険が迫るようなことがあったとしたら。

 そのときは、オレが全力で守る。


 疾風は、村長や紫苑と交わした約束を思い出し、決意を新たにした。

 頭の片隅では、たかだか村のなかでピクニックをするだけのことだと、高を括っていたのも事実だったが。

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