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決意


「しかし、話が関係機関……おそらく、この場合は公安やな。あっちに漏れてしまった以上、今さら高校に連絡しても無駄やろ。問い合わせがあったら一発アウトや。まさか高校の先生全員を口止めするわけにもいかんしな」


「公安……」


 村長から物騒な単語が出てきて、疾風はやてはおもわずつぶやいた。ふつうに市民生活を送っているのであれば、まったく関わることのない団体名のはずだ。


「わしもその辺の事情は詳しくないが、どうもあちらさんは、旭緋あさひの能力は国家をおびやかすレベルのもんやと思っとるらしいわ。どんなとんでもない悪用のしかたを想定しとるんか知らんけどな」



 村長の話を聞きながら、疾風は自分の置かれた状況が非常に厳しいものであることを実感する。

 まさかひとりの女の子を村のそとに連れ出すというだけのことが、ここまで困難だったとは思いもしなかった。


 そして、旭緋のことを考えると胸が締め付けられた。

 彼女は、一体いままでどんな思いをしながらこの村で過ごしてきたのか。

 

 初めて会った日。疾風のスーツケースを、うらやましそうに見ていた姿。

 外出を制限され、通学することも許されず、常に監視される生活。

 ずっと、そうやって旭緋は……。



 疾風は、村長のほうを見た。腕を組んだ姿勢のまま、なにかを考えこんでいる。

 それを確認すると、彼は旭緋に向き直った。うつむいた彼女の姿を見て、泣きそうになってしまう。

 こんなときでも、その銀の髪はうつくしくかがやいていた。ひざのうえで組まれた両手。その指先が、かすかに震えている。


 疾風は、旭緋の白い手をそっと握った。つめたいその感触が、いまの彼女の精神状態を物語っているようだ。

 おどろいた旭緋は顔を上げ、疾風の目をじっと見つめ返す。


 いまは灰青いろの、旭緋の瞳。そのなかに、自分の姿がゆれているのがわかる。

 疾風は彼女の手をあたためるように握りしめると、ゆっくりと深呼吸をした。

 自分の決意を、固めるために。



「村長、計画を練り直しましょう。オレは別に、旭緋を村のそとに連れ出すことができるのなら、どこだってかまわない。ただ、こことは別の世界を見せてあげたいだけなんだ」


 疾風はそう宣言すると、もういちど旭緋の手を力をこめて握りなおした。後半は、まるで自分に言い聞かせているかのようになってしまったが、これが嘘偽りのない、いまのほんとうの気持ちだった。


「あたし、も……行きたい。そとに。ハヤテくんと一緒だったら、きっと大丈夫だと思うから」


 旭緋が、疾風の顔を見つめたまま、ちいさくつぶやいた。

 村長はそんなふたりの様子を眺めながらため息をつく。


「いまはまだ警告だけやが、こちらが動けば、向こうも本気出して邪魔しにかかってくるで。正直、わしも公安がなにをしてくるかまではわからん。それでも……旭緋を、外に連れて行ってやろうと思うか?」


 その問いに、疾風は力強く首をたてに振った。


「もちろん、オレひとりの力では無理です。村長さんや……紫苑しおんさんや、叔母の協力がないと難しいと思います」


 自然とそんな言葉が出て、疾風は自分でも意外だった。むかしの彼なら、自分ひとりでやれると意地を張っていたところだ。

 同じ姿勢のまましばらく目を閉じて黙っていた村長は、やがてゆっくりと目を開くと、にやりと笑う。


「よし。そういうことなら、全力で協力してやる。たとえなにかあったとしても、責任は全部わしがかぶったるでな」


 村長は吹っ切れた感じでそう言うと、疾風に近寄って、その両肩をぐっとつかんだ。


「その代わり……絶対に、無茶はしたらあかん。ええか、旭緋はまだ小学生で、女の子なんやからな。坊主は、なにがあっても、守ってやるんやで」


 真剣な表情でそう告げられて、疾風はもういちど、ゆっくりとうなずいた。




 疾風は先に公民館から出ると、叔父夫婦の家にもどった。

 時間は、もうすぐ昼になろうというところだ。いまかなめと顔を合わせるのはできれば避けたかったが、逆に不審な態度をとっていては怪しまれるかもしれない、と思い直す。


 むしろ、偽の情報をあえて流したらどうだろうか。

 疾風はそう思いつき、次に、きょうには真実を伝えておくべきなのか迷った。

 先ほどの村長の話では、彼女はどちらかといえば疾風たちの味方であるかのような口ぶりだったが、実際のところはどうなのだろう。


 あまり迂闊うかつなことをして、状況が悪化してもいけないしな。とりあえず、高校見学は中止になったという話だけ、ふたりにはしておこう。

 そう考え、疾風は言うべき事柄を整理しておくことにした。


 紫苑には、いまごろ村長のほうから連絡がいっているはずである。

 次の計画にも彼女の協力は不可欠なので、いまの状況をそのまま伝える手筈てはずになっていた。




 その日の昼食の席。疾風は、ふだん通り口数を少なくするように意識しながら、端的に事実だけを杏子に向けて話した。要は黙って食事を続けているが、聞いていることは間違いない。

 これで、今日中には関係機関のほうに情報がいくだろう。


 ふたりが診療所に戻っていくと、疾風は自室で窓のそとを眺めながら今後の方針について考えた。

 問題は、いつ・どこへ・どうやって旭緋を連れ出すのか、だ。

 できれば、高校の授業が始まる前のほうが望ましい。

 となると、夏休み中の平日で、できるだけひとの少なそうなところ。


 当初の予定通り、旭緋には変装してもらって……と、そこまで考えて、疾風は困った。服は紫苑の担当だから問題ないが、髪と化粧は杏子に依頼したのだった。

 やはり、正直に話して協力してもらったほうが良いのだろうか。


 怖いのは、杏子の性格から考えて、うっかり要に情報を漏らす可能性がありそうなところだ。

 そのあたりのことは、疾風よりも付き合いの長い紫苑のほうがわかっているだろう。

 いちど、彼女に連絡を取って相談したほうがいいな。



 そんなことをあれこれ考えていると、端末に着信があった。今度こそ菖蒲あやめからだ。


「もしもし」


 いつもの癖で名乗らずにいると、さっそく叱られた。


「あなた、電話に出たならきちんと名乗りなさい。それで、何の用件だったの」


 そう問われて、疾風は言葉に詰まった。いまさら登校日に真面目に学校まで行くつもりはない。

 つまり、家に戻る必要はなくなってしまったのだ。いまとなっては、菖蒲に言うべきことは特になにもないということになる。


「えー、っと……あ、そうだ。むかしさ、アイドルの女の子が家に来たことがあったの、覚えてる?」


 疾風は咄嗟とっさに、昨夜杏子が言っていたことを思い出して、話題にしてみた。


「なんですか、急に。そりゃ覚えてますよ、いまでも文通してますから」


 文通、という耳慣れないひびきに、疾風は苦笑した。相手の子もこんな癖のある老人の相手は大変だろうな、と思う。


「叔母さんが、その子のサインが見たいって言っててさ。もしあったら、送ってあげてよ」


「サイン? あの、お名前を書いた色紙のことね? もちろん私の部屋に飾ってありますけど、それをどうして杏子が見たがるの」


「その子が、最近正式にアイドルの資格を取得したんだって。それで興味が出てきたみたい」


 疾風は絶妙にほんとうの話を織り交ぜながら、用件をでっちあげた。自分でも不自然な理由だなとは思うが、なにしろ即興なのでこれくらいが限界だ。


「それなら、家まで見に来いと伝えておきなさい。大体、あの子は何なの? あなたにそんなこと頼んで」


 とうとう怒りだしてしまった菖蒲の声を聞いて、疾風はこころのなかで杏子に謝った。


「いや、この村にいる小学生の女の子がさ、その子のファンみたいで」


 つい旭緋のことまで言ってしまう。


「あら、そうなの。それなら、私から本人に頼んであげましょうか?」


 話が変な方向にころがりだして、疾風は焦った。まさか本人まで巻き込むわけにはいかない。


「さすがに、そこまでしてもらうのは悪いよ。じゃあ叔母さんには、たまには実家に帰れって言っておくから」


「そんなこと、わざわざ言わなくてもいいわよ。来たくなったら勝手に来るでしょ」


 そういえば、このふたりは昔からあまり仲が良くなかったな、と疾風は思い出す。

 厳格な祖母といい加減な叔母は、もともと反りが合わないのだ。


「あぁ、そういえば、あなたは来月の末までこっちには戻ってこないのよね? 実は、友人から急に旅行に誘われたの。せっかくだから、ちょっと行ってくるわね。日程はまだわからないけれど、留守でも気にしないでちょうだい」


 菖蒲はそう言って、ついでにひとことふたこと疾風の様子を尋ねると、電話を切った。

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