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通報


 ターゲットに不穏な動きあり。指示を乞う。

 なお、実験体においては現在のところ特に変化は見られない。


 引き続き、監視を行う。



***

 


 その朝、疾風はやて旭緋あさひが迎えに来る時間よりも早めに家を出た。

 すこしでも遅れようものなら、また村長に電話を借りてコールしてきそうな気がしたからだ。

 

 公民館前に行くと、思いのほか人が集まっている。どうやらお年寄りたちは、集合時間よりかなり早めに来ているらしい。

 全員でも十人程度のはずだが、すでに半分以上はいるように思う。


 疾風は、いつもの木陰にいる旭緋のそばまで歩いていった。


「おはよう。こんな時間でも、けっこう集まってるんだな」


「おはよ、ハヤテくん! そうだねー、お年寄りはみんな早起きなんじゃない? 村長さんも、今朝はすごく早かったみたいだよ」


 菖蒲あやめは特にそこまで早起きだったような気はしないが、田舎で畑仕事などをしていると、そういうものなのかもしれない。

 それにしても、今朝の旭緋はずいぶんと機嫌が良いようだ。いまも、鼻歌なぞ歌いながらウォーミングアップに余念がない。


 疾風はなんとなく、周囲のお年寄りたちを観察してみた。

 中央あたりに、五人ほどの女性のグループがいるのが目につく。そのなかのひとりと目が合ってしまい、疾風は気まずくなってうつむいた。


 彼女たちの雰囲気から察するに、どうやら自分のことを噂しているらしい、と思い当たって、疾風はちいさくため息をつく。

 女性というのは、いくつになっても似たような性質を持ったままなんだな。

 そんなことを思いながら、つい旭緋のほうを見てしまった。彼女もやがて、あんな風にひとの噂話をし合うようになるのだろうか。



 体操、休憩といういつもの流れが終わると、公民館に残ったのは疾風と旭緋、そして村長だけになった。


「坊主、ちょっと話があるんやが、このあと時間大丈夫か?」


 村長に急に問われて、疾風はつい身構えてしまう。


「特に予定は……あ、高校に連絡しようとは思ってますけど。別に、あとでも大丈夫です」


「そうか、()()向こうには話してないんやな」


 疾風には、村長のその言い方が引っかかった。


「なにか、あったんですか」


 彼の質問に、村長はなぜか急に周りをきょろきょろと見回す。そして、入口のガラス戸のほうで視線を止めた。

 疾風がそちらに顔を向けると、外で先ほどのグループが立ち話をしているのが見える。


「ちょっとな、他にはあんまり聞かれたくない話なんや。悪いけど、会議室まで来てくれんか」


 


 以前、村の集会が行われたあの会議室まで行くと、村長はふたりに座るようにうながした。


「実はな、今朝はやく、わしのところに警察から連絡があったんや」


「警察……?」


 疾風は、旭緋の顔を見た。彼女も、いぶかしげな表情でこちらを見つめ返す。どうやら思い当たることはないらしい。


「まずは、旭緋といまの政府との関連について、話さんとあかんな」


 そう言って、村長は言葉を切った。すこし考えこむと、ホワイトボードの前に立って話し始める。



 村長はまず、彼らが前に住んでいた村のことから語りだした。

 やがて紫苑しおんも言っていた、例のガス爆発についての話になる。

 そこまでは疾風が以前、旭緋や紫苑から聞かされていた話と大差なかった。


 事故のあとの現場検証についての話から、村長の口調がだんだん怒気を含んだものに変わってきたことに疾風は気付く。


「あのとき、警察からの事情聴取を受けたもんのなかに、旭緋のことを漏らしたやつがおってな。当時は暗黙の了解で、こいつの力については村人以外に話さんようになっとったんやが」


 最初のうちはまだ警察側が信じようとせず、まともに取り合ってもらえなかったらしい。

 しかし、複数の人間から似たような証言が出始めると、さすがに向こうも無視できなくなってきた。


「まだ旭緋はちいさかったから、わしの立ち合いのもとで、家で事情を話すことになった。当然、その能力を見せてくれという話になるわな」


 村長はそのとき、腐った野菜の入ったゴミ袋を持ってきて、刑事たちの前に置いた。ひどい悪臭がただようはずの部屋に、あまったるい香りがたちこめる。

 彼らはその場ですぐに上官に連絡し、そこから政府にまで話が伝わる大ごとに発展してしまった。


「しばらくはえらい騒ぎやった。なんや医者やら学者やらを連れたお役人が、大挙して村に押しかけてきてなぁ……さすがに人権の問題で、無理やり連れていかれるようなことはなかったけどな」


 疾風は話を聞いているあいだ、さりげなく旭緋の様子をうかがっていた。彼女は、先ほどからうつむいた姿勢のまま、じっと動かずにいる。


「しかし、警察や政府は、旭緋を、その……要注意人物として、認定してしまったんや。たとえ本人にそのつもりはなくても、能力を悪用される恐れがあるとか言い出してな。それで、自分たちの監視下に置くように、勝手に決定してしまいおった」


「まさか……瑠璃るりさんや、旭緋が付けているブレスレットは……それに、学校も。ぜんぶ、国が」


 疾風は言いかけて黙った。村長がちいさくうなずく。

 まさか、政府まで関係してくるような話だとは。

 紫苑はそのあたりの事情については触れていなかったが、いままでの話とあわせて考えれば、この問題に深く関与していることは間違いない。



「そこで、今朝の話や。旭緋が高校見学する計画が、どっかから漏れたらしくてな。わしのとこに警告が来たんや。本来なら、旭緋が村から出るときは関係機関に連絡せなあかん。そうやけど、外出許可を申請しても却下されることは目にみえとった。なにしろ、場所が出来たばっかの学校やからな……実は、今回はわしの独断で、あちらさんには黙って行かせるつもりでおったんや」


 疾風はあまりにも豪胆なその行動に、感心してしまった。さすがにこの話を最初に聞かされていたとしたら、自分なら尻込みして計画をあきらめてしまっていただろう。

 開き直って笑っている村長を、旭緋がぽかんと口を開けて見つめている。


「てっきり、高校からのルートで話が漏れたんやと思っとったんやがなぁ」


 その言葉に、疾風はいままでのことを思い返した。この計画を知っているのは、現時点では自分と旭緋、村長、そしてきょうと紫苑だけのはずである。

 

「紫苑さんは……今回の件については、賛成してくれていたんですよね?」


「そうやな。万が一なにか問題があったとしても、フォローしてくれる約束になっとった。なにしろあのひとは……いや、いまは関係ない話やな」


 疾風は、村長がなにを言いかけたのかが気になった。だが、とりあえずは目の前の問題から片付けなくてはいけないと思い、口をはさまないでおく。


「杏子にしても、旭緋を外に出してやりたいという話では同じ意見やったから、わざわざ通報する必要はないやろうし」


「あ、そういえば、叔父もこの件を知っています」


 杏子の名前が出たことで、疾風は昨日の朝食の席のことを思い出した。


あさ先生か! そうや、あのひとやったら、政府のほうに連絡しとっても不思議やない」


 村長は、合点がいったという調子で叫んだ。


「叔父は、なにか繋がりがあるんですか? その、この件に関係するひとたちと」


 疾風は、叔父がなぜ関係機関とやらに通報する必要があるのかが、いまいち飲み込めていなかった。


「そもそも、あの診療所自体が旭緋を診察するために建てられたようなもんやからな。幸い、こいつは医者にかかることなんぞほとんどありゃせんから、いまではすっかりわしら年寄り専用の病院になっとるが」


「え、じゃあ叔父は……」


「朝比奈先生は言ってみれば、旭緋の監視役のひとりやな」


 絶句している疾風を、旭緋が悲しそうな表情で見ていた。

 そうだ。いままでの一連の話を聞きながら、彼女がこころを痛めていないはずがない。

 疾風はそのことに思い当たると、つい、旭緋の頭に手をのばした。ぽんぽん、と優しく触ってしまってから、あわてて村長のほうを振り向く。村長は、その様子を見てにやりと笑った。



「監視役といえば、瑠璃も建前はそういう役割で村に来たんや。ただ、あれは全面的ににわつき博士が管理しとるから、そこまで厳しく旭緋を見張っとるわけやない。あとは……おそらく、村のなかに政府と通じとるもんが何人かおるはずや」


 それを聞いて、疾風はさっき見かけたグループのことを思い浮かべた。

 旭緋のことをかわいがっているかのように見えていたお年寄りのなかにも、そうではないひとたちがいるのだ。


 疾風は、自分の気付かないところで行われていたさまざまな事柄を突然知らされて、愕然がくぜんとしていた。

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