セーラー服と黒髪少女
疾風は紫苑から送られてきた画像を見ながら、どうしたものか考えた。
電話口での彼女の話しぶりからも、普通に説得したのではとても聞き入れてもらえそうにない。
こんなことなら、服は旭緋の普段着から選んでもらうことにして、化粧は杏子にでも頼めば良かった。
後の祭りではあったが、悔やんでいる暇はない。一刻も早く、この事態を収拾しなければ。
疾風はとりあえず、杏子に救援を頼んでみた。
「じゃあ、ウィッグとメイク道具はこっちで揃えてあげる。たぶん旭緋ちゃんもロリータ服は着たがらないだろうから、ふたりで相談してから紫苑を説得してみれば?」
意外と頼りになる意見をもらうことができて、疾風はほっとする。念のために旭緋の髪型をどういった感じにするか聞いてみたが、杏子の感覚はいたって一般的だった。
「やっぱり小学生だし、黒髪のロングが一番だと思うわよ。あとは眉と睫毛をマスカラで黒くしちゃえば問題ないでしょ」
彼女の言葉を受けて、疾風もなるべく地味めな服装を選ぶことに決めた。あとはなんとか紫苑を思いとどまらせるだけである。
まずは旭緋と連絡を取らなくてはいけない。疾風は気がすすまなかったが、しかたなく村長に電話をかけた。
ふたりとも畑にいるということなので、疾風はさっそく出かけることにする。
「あのひと、カワイイものには目がないから大変だと思うけど。まぁ、せいぜい頑張りなさい」
杏子から微妙なエールを送られて、複雑な気持ちになりながら疾風は家を出た。
畑には村長と旭緋、そして苺がいた。
疾風が経緯を説明すると、旭緋がおおげさにため息をつく。
「紫苑さん、昔からそうなんだよね……なんかあると、すぐヒラヒラしたドレスを着せたがるの」
そう言って苺のほうに目をやった。最初に見たときと同じ、見事なまでのロリータ服だ。
「マイちゃんも可愛いとは思うけど、自分が着たいかって話になれば別だし」
どうやら杏子の言っていた通り、旭緋と紫苑は服装の趣味に関しては相容れないらしい。
「一回くらい着てみせてやったら、満足するんやないか?」
村長が、疾風の表示させた画像を見て言った。
「一度着てしまったら最後、調子に乗って大量に押し付けられそうな気もしますけどね……」
これは疾風自身の経験談だ。杏子が彼に対してきせかえを始めたきっかけも、一着のドレスからだった。
「だよね~。だからあたし、いままで一回も着たことないよ」
疾風と旭緋の意見が一致したところで、作戦会議が始まった。
いざとなったら学校に着く前にどこかで着替えてしまえば済む話なのだが、やはり旭緋は先ほどの理由からも『紫苑の勧めでロリータ服を着用した』という既成事実をつくりたくないらしい。
「それに、瑠璃が一緒なんでしょ? あの子にとって、紫苑さんの命令は絶対だから……おとなしく着替えさせてくれるとは、とても思えないんだよねぇ」
となると、やはりうまく紫苑を言いくるめて回避するしかなさそうだ。
「でもさ、瑠璃さんの服はそこまでロリータって感じではないよな」
疾風が、瑠璃の普段のかっこうを思い浮かべて言った。マニアックではあるが、一応は英国式風のメイド服らしいので、色合いなどは地味である。
「ようは、紫苑さんがカワイイと思うならいいわけだろ。メイドのほかに、あの人が好きそうな服ってないの?」
問われた旭緋が、いつものようにあごに指を当てて考え込む。やがて、やや自信なさげにつぶやいた。
「学校の制服系なら、いけるかも……セーラー服とか」
「ああ、なるほど。それなら、いかにも日本の制服っぽいやつじゃない感じのほうがいいかもな」
疾風は言いながら、端末を操作した。画像のイメージ検索をかけてみる。
「あ、これなら大丈夫、かなぁ」
横からのぞき込んでいた旭緋が、一枚の画像を指さした。ベースは濃紺でシンプルなデザインだが、白いおおきな襟が特徴的なワンピースだ。胸元のリボンが愛らしい。
疾風の目から見ても、これを着て学校に行ったとして、そこまで浮いてしまうことはなさそうに思われた。テイストとしては瑠璃のメイド服に近いから、紫苑の好みにも合いそうである。
「じゃあ、こっちの候補はこんな感じでいくか。あとはどうやって説得するかだよなぁ……」
「う~ん。やっぱり普通に、あの服じゃ余計に目立っちゃうってことを説明するしかないんじゃない?」
それからしばらくのあいだ、ふたりはああでもないこうでもないとぐだぐだ話し合う。
村長にも訊いてみたが、あまり興味がわかない問題らしく、これといって有用なアイデアはもらえなかった。
結局、最終的には旭緋の意見を採用して、正攻法でいくことに決める。
紫苑は、村長の家で研究室に戻る準備をしているらしい。疾風と旭緋は、いくぶん緊張しながら彼女のもとに乗り込んでいった。
「相変わらず、キミたちはセットで行動しているのだね。仲が良いのは誠に結構なことだ」
ふたりが訪ねると、紫苑はそう言って微笑んだ。ちょうど荷造りを終えたところだったようで、部屋には大きなトランクやダンボール箱がいくつか置かれている。
「あの、さっきの話なんですけど」
疾風がさっそく切り出す。紫苑はすこし考える素振りをしてから、ああ、と言って旭緋を意味ありげな視線で見つめた。
「旭緋嬢の、はじめてのおつかい用に準備する服の件だね。任せておきたまえ、目星はつけておいたから」
紫苑があまりにも自信満々に断言するので、疾風は任せてしまっても大丈夫なような錯覚を起こしてしまう。
「紫苑さん、せっかく選んでもらって悪いんだけど、あれじゃあ逆に目立っちゃうよ?」
旭緋は対照的に、実に冷静にツッコミを入れていた。それにしても、彼女の言い方はおどろくほどストレートだ。
その言葉を聞いて、紫苑はゆっくりと息をはく。そして、今度はおおきく吸いこんだ。
一瞬の間のあと、驚異の早口で一気にまくし立て始める。
「いいかねキミたち。木の葉を隠すなら森の中と先人が素晴らしい格言を残しているではないか。旭緋嬢はこことは違う人種がうようよと闊歩する都会に行くわけであるからむしろすこしくらい派手な格好をしていったほうが逆に目立たないのだよ。考えてもみたまえ、ヒトは異質なものが視界に入ってきたとき普通は目を逸らすものだ。ロリータ服の女子をじろじろガン見してくるような輩はまだ分別のつかない子どもか耄碌したご老人くらいのものだよ」
さすがはアマチュアとはいえ、舞台俳優である。紫苑は滑舌よく、ほぼノンブレスで謎理論を展開して、ふたりを煙に巻いた。そして満足そうにひとりでうんうん、とうなずいている。
「あのですね。そんな理屈が通用するのは、竹下通りかハロウィンの渋谷くらいなものですよ」
疾風が、普段より低い声で話し始めた。いつもとは違う雰囲気を察して、旭緋がおどろいた顔をして彼のほうを見る。
「ハロウィンのくだらない仮装と、ロリータファッションを混同してほしくはないがね。それに現在の原宿でロリータといえば、トレンドはブラームスの小径だよ」
紫苑が妙な言い訳をするのを聞いて、疾風がちいさくため息をつく。
「だいたい、紫苑さんの論理は無茶苦茶すぎます。世間知らずな旭緋ならともかく、オレはそんな理由では、納得しませんから」
後半のセリフを聞いて、旭緋がむっとした顔になった。疾風はそれには気付かなかった振りをして、先ほど検索した画像を端末に表示させる。
「とはいえ、一度は紫苑さんに任せた手前、こちらから妥協案を提示させていただこうと思います。旭緋もこれなら着てもいいと言ってますから」
紫苑は、険しい表情で疾風の話を聞いていた。だが、ホログラフィックディスプレイを確認した途端、口元に笑みが広がる。
「なかなかいいところを突いてきたね。清楚ななかにもカワイイを取り入れた、絶妙なデザインではないか。これなら、ワタシとしても異存はない」
どうやら、疾風たちはミッションをコンプリートできたようだった。
「それにしても、やはり疾風氏は菖蒲女史の血を引いているだけはあるな。あの方もなかなかの論客だが、負けず劣らずといった感じに成長しているようだ。ワタシが持論を展開しても怯まず反論してくる者は、なかなかそうはいないからね」
そういえば、紫苑と最初に会ったときも彼女は似たようなことを言っていた。あの場では容姿に関する感想だったが。
「紫苑さんって、祖母とも親しいんですか?」
「うむ」
疾風の問いを肯定すると、紫苑はまたしても長々と語りだした。
「初めて彼女とお会いしたのは、ワタシが小学生のときだ。そのころの菖蒲女史は、なんというか……世俗的なものとは隔絶した生活をしておられてね」
それは、疾風にとっては初耳だった。菖蒲は自身に関してほとんど話すことはなかったし、彼もあえて調べてみたりすることは避けていたからだ。
思わぬ形で菖蒲の過去について知ることとなり、疾風は戸惑っていた。




