夏の薫り
村長が所有する畑に、数人のお年寄りが集まっていた。
これから紫苑が農作業用アシストロボットについて、彼らに説明するのだという。
疾風の姿を見つけた村長が近寄ってきた。
「よぉ、坊主。元気か?」
彼の肩をばんばん、といきおいよく叩く。
「えぇ、まぁ」
疾風は曖昧な返事でごまかした。
村長が気をつかって、元気づけようとしてくれているのはわかった。だが、あいにく元気百倍といった感じではない。
「さて、今回のロボットについてですが」
紫苑が、手にしたパスポートサイズの端末を操作した。すると、かたわらにちょこんと立っていた苺が、ぺこっとおじぎをする。
「かーわいいー」
旭緋がぱちぱち、と拍手をした。
村民たちはなにかリアクションをするわけでもなく、黙って見守っている。
ふだん瑠璃のようなアンドロイドと接して慣れているからか、特にめずらしくもないといった感じだった。
「こちらはビッグデータを活用して、適切な散水量や肥料の散布量をアドバイスします。主に天候や気温の予測に合わせたもので……」
紫苑の言葉に、村人たちは真剣な顔で聞き入っていた。
こうしていると、彼女の話し方はいたってまともだ。
「アシストって、畑仕事をするわけじゃないんだな」
疾風が、苺の姿を見てぽつりとつぶやく。
それなら、あのロリータ服でも問題なさそうだ。周囲の風景からは、浮きまくっているが。
「みんな、趣味で畑やってるだけだからね」
「農業で生計を立ててるわけでも、自給自足してるわけでもなさそうだもんな。仕事は、林業でもやってるの?」
実際、ここの住民の収入源は謎だ。民宿はとても流行っている感じではないし、商店なども存在しない。
「んー、みんな年金と、国からの補助で暮らせるから……食材とか必要なものは、配送のトラックが寄ってくれるし。まとめ買いしてるから、格安なんだ」
旭緋の話で、納得がいった。ダム建設に伴う移住や、自然保護区が隣接していることも関係しているのだろう。
国道が近いと言えなくもない立地だから、物流にしてもそれなりにあるようだった。
「……では、しばらくモニターとして、テストにご協力お願いします」
紫苑が端末を村長に手渡した。村長はあまりこういったことが得意ではないのか、おそるおそるといった感じで操作している。
苺は、ちょこまかと畑の周りを走りまわっていた。
「いいなぁ、カワイイなぁ」
その様子を、旭緋がうらやましそうに眺めている。
「瑠璃さんがいるから、いいじゃん」
疾風がからかうと、旭緋はぷくっとふくれた。そして、すこし離れたところに立っている瑠璃のほうを見る。
「瑠璃は、なんてゆーか……もう、家族みたいなものだから」
家族。その言葉に、疾風はすこし胸が痛んだ。
「しかし、ここの森はいつ来ても、実に静謐な場所だな」
紫苑が、周囲の木々を見わたしながら言った。また、口調がおかしくなっている。
「疾風氏は、なんとも思わないか? 夏の森なのに、セミ一匹鳴いていない。ヤブ蚊すら飛んでいない、この環境を」
そう言われて、疾風は初めて違和感の正体を自覚した。この森を訪れてからずっと、ぼんやりと感じていたもの。
静けさだけは意識していたが、それも単純に限界集落ゆえだと思いこんでいたのだ。
動物がまったくいないわけではない。時折、小鳥のさえずりなどは聞こえてくる。
しかし、言われてみるとたしかに、まったく虫の姿を見ていない。疾風はそういった分野に詳しいわけではないが、これでは生態系などに弊害が出るのではないか、と思う。
「ハヤテくんは都会っ子だから、虫なんて見たことないんでしょ?」
旭緋が小馬鹿にした調子で言うので、疾風はむっとする。
しかし、彼女の言うとおりでもあった。
疾風の育った土地は、とことん人間の住環境を快適にすることにこだわっている。害虫や騒音など、もってのほか、といった感じなのだ。
「旭緋だって一緒じゃん」
疾風は反撃を試みた。
「あたしは前の村にいたころ、蚊に刺されまくってたも~ん」
得意げな彼女の表情は腹立たしかったが、疾風は今度こそ反論できない。
「あれ? じゃあ、旭緋が住んでいたころの村だけは、環境がちがってたってことか」
疾風はこれ以上バカにされるのが嫌だったので、話題を変えてやった。
ダム湖に行ったときに虫を見た記憶がないことを考えると、現在はここと同じ環境になっているということなのだろう。
「このあたりの生態系は、他とちがってかなり特殊らしいからね。ワタシは門外漢だから、詳しくはないが」
紫苑の説明に、疾風は丘に行ったときのことを思い出した。めずらしい動植物がいるから大学の教授がくるという話を、旭緋がしていたはずだ。
「聞いた話によると、ここの森は、以前は私有地だったそうだよ。政府が買い上げて村を造り、旭緋嬢たちが移住してきたというわけだな」
私有地。こんな広大な森を所有していた人物が、かつて存在したのだ。
「立ち入り禁止の区域にはね、前の持ち主が住んでた、変な建物があるんだよ!」
旭緋が、なぜか得意そうに言って胸を張った。
「いや……アサヒさん、どうして立ち入り禁止区域のなかを、ご存知なんですかねぇ……?」
疾風のツッコミに、旭緋は一瞬しまった、という顔をした。
「……んー?」
あさっての方向を見てとぼけている。
「まぁ、いいけど」
旭緋はひとりでも平気で、ダム湖までの道のりを踏破してしまうような子だ。
立ち入り禁止の警告など、物の数でもないのだろう。
「ところで疾風氏。今夜、ワタシがキミの叔母に会いに行く話は、聞いているかね?」
紫苑の言葉に、やっぱり、と疾風は思った。この発言は決定打だ。杏子の客人とは、紫苑のことだったのだ。
「あー、友人が、としか言われてないです」
せっかちな杏子が、わざわざ説明を加えるわけがない。
「おどろいていないところをみると、予想はついていたというわけだね」
「だいたいのところは」
紫苑は目を細め、口の端を持ち上げた。心なしか、嬉しそうな表情にも見える。
「意外と察しの良いタイプのようだ。これなら、説明の手間も省けそうだな」
意外と、というのが引っかかった。どちらにしても疾風には、紫苑の言っている意味がよくわからない。旭緋を見ると、いつの間にか苺のところに行ってしまっていた。
「実は杏子から、ちょっとした実験の立ち会いを依頼されていてね」
「実験……?」
疾風は、いぶかしげな表情でつぶやいた。それを見た紫苑がニヤニヤしている。
「別に取って食おうというわけではないから、警戒しなくても大丈夫だよ。キミはただ、いつも通りにしていれば、それでいい」
そうは言われても、なにしろ相手が杏子と紫苑なのだ。疾風は、とても安心などできなかった。
「あの、できれば詳細を先に教えていただくというわけには……いかない、ですよね」
疾風はおそるおそる訊いてみた。答えは、ほとんど予測できていたようなものだが。
「すまない。キミに事前情報を提供してしまうと、実験が成功しない可能性がある。万全を期して行いたいがゆえ、そこは理解してもらえると助かる」
「はぁ、そうですか」
しかし、それなら実験することそのものを隠しておいたほうが良いのではなかろうか。
疾風はそこを訊いてみたい気もしたが、面倒なことになりそうだったのでやめておいた。
畑に集まっていた面々と一緒に、旭緋たちは帰っていった。
疾風も家に戻ろうとしたが、ふと思い立って、森のほうに行ってみる。
木々のすきまから、なかをのぞいて見た。
たしかに紫苑の言うとおり、『夏の森』を感じさせるような要素が極端に少ない。一度そう思ってしまうと、青々と茂る葉ですら、人工的なもののように見えてきてしまう。
奥のほうまで入っていく気にはなれなかった。
それは、立ち入り禁止、という単語が耳に残っているせいかもしれなかったし、暗く翳った風景が、急に不気味に感じられるようになったせいかも、しれなかった。




