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Kawaii is justice


 迎えにきてくれた旭緋あさひと連れ立って、疾風はやては村の中心部に向かった。

 まだ真っ昼間だというのに、周囲はおどろくほど静かだ。


 道の途中で、船津ふなづのおばあさんが誰かと立ち話をしていた。

 瑠璃るりと、もうひとり。うしろ姿には、見覚えがない。

 事務員のような服装をした女性だが、あのひとも住民なのだろうか。


 話が終わったのか、おばあさんが、ゆっくりと歩きはじめた。それを見送っていた女性が、こちらを振り向く。


 つやつやとした長い黒髪を風になびかせたその人物は、牧歌的な風景の中で、明らかに異彩をはなっていた。

 しわや染みなどどこにもなさそうな、純白のシャツブラウス。膝上の、グレイのタイトスカートからのびる、薄手のストッキングに包まれたかたちの良い脚。


 いかにも都会のキャリアウーマンといった出で立ちだったが、足元だけはシルバーのスニーカーでキメている。

 こちらに気づいて微笑むその顔は、ブルーのメタリックフレームのメガネ効果もあって、いかにも理知的な感じだった。


紫苑しおんさーん、こんにちはー!」


 旭緋は、女性に向かってぶんぶんと大きく手を振った。


「おぉ、旭緋嬢ではないか。その美貌びぼうはますます、うなぎ登りの天井しらずであるな」


 女性は、思いのほかハスキーな声でこたえた。あまりにも独特な言い回しに、疾風は頭が混乱する。意図するところは、わからないでもないのだが。

 それに、見た目と口調とのギャップがすさまじい。旭緋で慣れたとはいえ、こっちはまた別のタイプのようだ。

 彼女は、旭緋の横に立っている疾風の姿に視線を移すと、かすかに眉をひそめた。


「そちらも、ずいぶんと可憐な容姿をしているが……キミは、生物学上はオスだな?」


 いきなりの不躾ぶしつけな質問に、疾風は気圧けおされて言葉が出なかった。上から下まで、全身にじろじろと遠慮のない視線を向けられる。


 この女性とは初対面のはずだった。だが、彼女はそんなことは全く気にしていない様子である。

 疾風は直感で、普通の会社勤めのOLといった職種ではないなと思った。

 ひょっとして、例の設計者マスターの助手か、秘書だろうか?


「そうそう! こー見えて、立派な男の子だよ!!」


 旭緋は満面の笑みを浮かべると、疾風を女性の目の前に押し出す。


「診療所のあさ医師のおいで、竜胆りんどう疾風さんです」


 瑠璃が空気を読まずに、淡々と説明した。疾風は口を出さないほうがいいとさとって、黙る。

 女性はにっこりと微笑んだ。が、目は笑っていない。


「これは失礼。まずは、名乗るところから始めないといけないな。ワタシは、にわつき紫苑。旭緋嬢の、心の恋人とでもいったところだ」


 そう笑顔で言われて、疾風は自分も笑っていいものか判断がつきかねて困った。

 旭緋は、紫苑の妙な自己紹介をあっさりスルーしている。二人の親しげな会話から考えて、普段からこういったノリなのだろう。


「この人がね、あたしの後見人なんだよ」


 そう言われて、疾風は目を見開いた。築き上げていたマスターのイメージが、音を立てて崩れていく。

 ロマンスグレーの紳士でも、銀縁でもなかった。合っているのはメガネと偏屈へんくつそうな部分だけだ。


「この人が、瑠璃さんを……」


 疾風がつぶやく。彼は、瑠璃がアンドロイドにしては一風変わった言動をする訳が、ようやくわかった気がした。そして、紫苑の常人とは違う雰囲気の理由も。


「なるほど。言われてみれば、菖蒲あやめ女史の面影もあるように見受けられる。やはり、血は争えんな」


 腕組みをした紫苑は、品定めするように目を細めて疾風を眺めている。やはり予想通り、きょうの友人というのもこの人なのだ。それにしても、キャラが強烈すぎる。


「で、キミたちはどういった関係なんだい?」


 そう言いながら、紫苑は二人の肩をつかんで、くっつけて並ばせた。そして、ぐるぐると周囲を歩きまわりながら交互に観察する。


「んーと、オトモダチ? ちがうなー、友達以上、恋人未満?」


 旭緋は調子に乗って、とんでもない紹介をし始めた。疾風が黙り込んでいるのをいいことに、言いたい放題である。

 疾風は、旭緋の肩に自分の肩をぶつけて、無言の抗議をした。彼女は素知らぬ顔。


「なるほど。つまり旭緋嬢が、疾風氏を尻に敷いているといった関係性だな?」


 紫苑は再び二人の正面に回り込むと、我が意を得たりといった表情でニヤっと笑った。

 なにをどうしたら、今の説明でそういう解釈になるのだろう。


「マスター、お二人はまだ婚姻関係にないので、その使用法は正しくありません」


 瑠璃が生真面目に訂正する。疾風は苦虫を噛み潰したような顔をして、なおも黙っていた。ただただ、早くこの場から解放されたい、ということだけを願って。



「ところで、今日はどうしたの? 紫苑さんの方から来るなんて、めずらしい」


 旭緋がさりげなく話題を変えた。疾風は、とりあえず自分から話がれたことに胸をでおろす。


「瑠璃は特に問題なさそうだけど……」


 旭緋はそう言って、瑠璃の全身を眺めた。ついでに彼女のメンテナンス法について、疾風に教えてくれる。


 普段、瑠璃のメンテナンスは、設備のそろった紫苑の研究室でおこなっているのだそうだ。

 疾風にしてみれば、瑠璃のAIは通常のアンドロイドとはあまりにも違いすぎていて、異常の基準がわからない。が、おそらくこの場合はハード面の話なのだろう。


「そうそう。この村のご老人に、素敵な贈り物を届けにやって来たのだよ」


 そう言うと、紫苑はメガネのフレームに手を添えた。その部分が、淡い紫いろに発光する。おそらく、メガネ型のウェアラブルデバイスだと思われた。

 疾風は興味深く、彼女の行動を観察した。見たところ、音声入力ではなさそうな感じだ。

 そうなると、操作方法がどうなっているのか気になる。視線誘導だろうか。

 

「わぁ、かわいいー!」


 旭緋が叫んだ。彼女が見ているほうに視線を移すと、木々のあいだから、小さな子どもが顔をのぞかせていた。

 しかし、ちょこちょこと歩み出てきた()()を見て、疾風はおどろいた。あきらかにサイズ感がおかしい。


 身長は、目測で六〇センチ程度だろうか。四頭身の幼児体型だが、どう考えても人間の子どもより小さい。

 くるくるとカールした赤毛に、ガラス玉のようなエメラルドグリーンの瞳が愛らしかった。


「これは、まだ試作品でね。名前は付けていないのだが……旭緋嬢、なにか良い案はあるかね」


 紫苑にそう問われると、旭緋はあごに指を当てて「うーん」とうなった。


「えーっと……イチゴちゃん!」


「あぁ……まぁ、頭が赤いし……?」


 疾風は、あまりにも安易なそのネーミングに、肩透かしを喰らった感じがした。

 そしてロボットが緑いろの服を着ているのを見て、どちらかというとスイカかな、と思う。自分のネーミングセンスが旭緋とどっこいどっこいなのは、あえて気にせずにおいた。


「そうだな。では、苺と漢字で書いて、マイと呼ぼう」


 紫苑が、意外にマトモな代案を提示した。


「わぁ、それすっごいカワイイ! マイちゃん、マイちゃん!!」


 旭緋は大はしゃぎしている。自分の意見がさりげなく却下されたことは、まったく気にしていない様子だった。


「これは、農作業用のアシストロボットなのだよ」


「え、この服で?」


 紫苑の言葉に、疾風はおもわずツッコミを入れる。

 マイの全身は、いわゆるロリータ服で固められていた。

 緑いろを基調として、レースをふんだんにあしらったワンピース。頭には同色の、白いフリルで縁取ふちどられた大きなリボン。


「この服装は、ワタシの趣味だ。いいかいキミ、ヒトをしたタイプの自動人形において、もっとも大切なことはなにか、わかるかね?」


 紫苑が、急に饒舌じょうぜつになってきた。疾風はそのいきおいに押されて、黙りこんでしまう。


「いいかね……それは、かわいさだ!」


 ばーん、と効果音でも付きそうな調子で、紫苑がさけんだ。彼女が、疾風の顔の前に指を突き付ける。


「我が国が世界にほこる文化、それはカワイイ!! ロリータ最高、カワイイは正義!!!」


 あっけにとられた疾風は、ぽかんと口を開けて、紫苑を見ていた。

 そしてここにきて、やっと瑠璃のメイド服の理由が、わかったのだった。

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