ワケありの住民たち
その日の夜、疾風は杏子に連れられて、村の集会に参加した。
会場は、村の中心部にある公民館だ。二階建ての、意外に近代的な、立派な建物である。
疾風は『村の集会』と聞いて、畳敷きで長机が置いてあるような光景をイメージしていた。しかし、入った部屋は、まるで一般企業の会議室のようだった。
一番前にホワイトボードが置いてあり、初老の男性がなにか字を書いている。
「こんばんは」
杏子が話しかけると、男性が振りむいた。グレイヘアの似合う、知的な印象だ。
「おぉ、そいつが例の、アヤメさんとこの坊主か」
祖母の名前が出てきたところをみると、どうやら知り合いらしい。
疾風は、男性が見た目に反してぞんざいな口調だったことを意外に感じてしまう。
「はい、夏休みのあいだ、お世話になります」
杏子がそう言って、疾風の頭をおさえつけ無理やりお辞儀をさせた。
グレイヘアの男性は、ここの村長だった。ホワイトボードには今日の議題が、豪快な文字で書き連ねてある。
予想通り、住民にむけての疾風の紹介がメインのようだった。
開始時間が近づくにつれて、村の住民たちが姿をあらわす。事前に聞いてはいたが、見事にお年寄りばかりだ。
十五人ほどが席につくと、上座にいた村長が疾風を見て手招きした。
「ほれ、前に立って自己紹介」
疾風は、まるで転校生になった気分だった。目の前の老人たちは、どちらかというと、孫を見守る参観日の祖父母といった雰囲気だったが。
後ろのほうにいる旭緋が、ちいさく手をふっているのが見える。
「えーっと……竜胆疾風です。よろしくお願いします」
疾風が非常にそっけない挨拶をすると、村長に「愛想のない坊主やなぁ」と、あきれられてしまった。
村長からいくつかの連絡事項が伝えられると、それで集会は終わった。
そして、突然、宴会へと切り替わる。移動した場所は、今度こそ畳敷きの部屋だった。
コの字に並べられた長机に、急須や湯呑み、茶菓子が並べられている。
まんじゅうやせんべいばかりで、スナック菓子などがないあたり、いかにも老人会といった感じである。
「ハヤテくーん、こっちこっち」
旭緋に呼ばれて、疾風は彼女のとなりに座った。杏子が並ぶ。
「あら、初対面なのにもう仲良くなっちゃったの?」
「すごいでしょー」
杏子の疑問に、旭緋は得意げな顔をした。
宴会というよりは茶話会という雰囲気のなか、疾風と旭緋は、部屋のすみにぽつんと取り残されていた。
杏子は女性陣の輪に入って、楽しそうに笑い声をたてている。
疾風は、お年寄りたちから、あれこれ自分のことを訊かれたりするのではないかと身構えていた。
だが、彼らは自分たちの話に夢中で、疾風に関心を向ける様子はない。
せいぜい旭緋のいい遊び相手になるだろう、くらいに思っているのかもしれなかった。
当の旭緋は、おいしそうにまんじゅうを頬張っている。
「そういえば叔母が、村の若い人は旭緋だけだって言ってたけど」
「そうだよー。あたしの上が、杏子さんじゃないかな」
そう言うと、旭緋は湯呑みに入った日本茶を、ずずーっと音を立ててすすった。
まるで、縁側で休憩しているおばあちゃんだ。
さらにせんべいの袋に手を伸ばして、なかから一枚つまみあげている。痩せているわりには旺盛な食欲だった。
「あれ。じゃあ、旭緋の家のひとは?」
疾風は出席者の顔ぶれを見わたした。杏子以外の人たちは、かなり年配に見える。
もちろん、村人との付き合いは祖父母にまかせて、家にいる可能性もあった。要も同じタイプなので、ここには来ていない。
「あたし、親とかいないから」
旭緋が、さらっと衝撃発言をした。ばりばり、とせんべいをかじる音が、やけに耳にひびく。
疾風は絶句した。てっきり、お金持ちのお嬢さまなのだと思っていたのに。
いろいろな疑問が、つぎつぎと湧いてくる。
だが、疾風はなにも訊くことができなかった。
「一応ね、後見人? ってひとは、いるんだよ」
暗い表情で黙っている疾風に気を遣ったのか、旭緋が笑顔を見せた。
「そっか……オレも親、いないからさ」
彼女の笑顔を見て、疾風は思わず口に出していた。そんな家庭の事情を他人に話すなんて、今までしたことがなかったにもかかわらず。
疾風は、生まれてすぐに施設に預けられていた、らしい。
そもそも本人にはその時の記憶がない。
四歳の時に引き取ってくれた菖蒲は、くわしい事情を教えてくれなかった。
育ててもらっているという負い目から、聞き出すことも憚られた。
はっきりしているのは、戸籍上、疾風が菖蒲の養子になっている、ということだけ。
「ここは、ワケアリの人が来る土地だからね」
旭緋の意味深な台詞に、疾風は彼女の顔をじっと見た。その顔がにやにやしている。冗談のつもりなのだろう。
「それにしたって、ここまで若いひとがいないと、色々と大変そうだな」
沈んだ雰囲気が薄まって、疾風はほっとする。
「ここに来る前は、子どももいっぱいいたんだよ」
またしても、旭緋が意味ありげなことを言った。
「旭緋は、どこか別のところから引っ越してきたってこと?」
「うーんと……ここの人たちはね、集団で移住してきたの。前に住んでたとこは、もうないから」
旭緋は、言葉を選びながら説明しているようだった。おかげで肝心なところがいまいちわからない。
「もうない、って」
「あのね、今はもう……ダムの底に、沈んでるの」
疾風は、この集落に関して、ほとんどなにも知らない。短期間の滞在ということもあるが、そもそも、わざわざ調べるほど興味もなかったのだ。
旭緋が、ざっくりと説明してくれる。
彼女がもともと住んでいたところは、森の向こうの山あいにある集落だった。
そこに、ダムを建設する計画がもちあがる。村民の移住先として政府が指定したひとつが、この場所だったというわけだ。
「他にもいくつか候補地があって。若いひととか、小さい子がいる家は、都会に近いところに移住したってわけ」
「だからここは、お年寄りばっかりなのか……」
「うん。あたしは、村長さんのとこに居候してるから」
旭緋が、部屋でいちばん盛り上がっている集団をちらっと見た。
村長は日本酒の瓶を片手に、なにやら大声で歌っている。
では、後見人とは村長のことなのだろうか。
疾風は、旭緋にいろいろと訊いてみたい気持ちを抑えるのに苦労した。
自分自身、他人からあれこれ詮索されることは、好きではない。
まして、ややこしい出自をもっていれば、なおさらだった。
「すっかり打ち解けてるみたいね。やっぱり、ここに来てもらって良かったわ」
いつのまにか、杏子がふたりの側に立っていた。その表情はじつに満足げだ。
「そりゃ、アサヒさまが直々に相手してあげてるからでしょ?」
旭緋が上から目線で威張る。
「そうよねぇ。この子、昔っから人見知りがひどかったから……」
そう言うと、杏子があらぬほうをむいて遠い目をした。
「あ、でも、疾風は彼女がいるのよね」
杏子が、よりによって疾風がいちばん出してほしくない話題を口にする。
「へー」
こころなしか、旭緋の反応が冷たい。
急に苦手な話を持ち出されて、疾風はどうごまかそうか迷った。
「付き合ってるって言っても、そんなにふたりきりで話すこともないよ」
「ふぅん?」
旭緋が首をかしげる。
疾風自身も、付き合っているのに話さない関係ってなんなんだろうな、と思ってしまう。
「最近の子は、ネットで連絡するだけで満足だったりするんじゃない?」
杏子の指摘も、あながち的外れではなかった。
今どきの高校生の恋愛なんて、おおかたそんなものだ。恋人とは、SNSで自己顕示欲を満足させるためのツールにすぎない。
疾風にしても、最初から、ほとんど成り行きまかせで付き合い始めたようなものだった。
いつの間にか、恋人とは名ばかりの関係に変わっていたのは、三ヶ月ほど経った頃だったろうか。
今ではただ、ずるずると別れを先延ばしにしているだけ、といった状態が続いている。
自分たちだけが特別というわけでもない。周囲も、付き合い始めだけはこれでもかとノロケまくるのだが、いつの間にか別れていたりする。
「そっかー、ハヤテくん、彼女いるんだぁ……」
旭緋が、誰に言うともなくつぶやいた。
「なに、そんなに意外?」
杏子はその言葉を聞いて、ケラケラ笑っている。
「まぁ、都会の高校生だもんね? 彼女のひとりやふたりくらい、いるに決まってるよねー」
旭緋の口調がどんどん刺々しくなっていくことに、疾風は気づいていた。
これは、やきもち、というやつだろうか。
いくらなんでも、まだ会って二日目の男に、とは思うが。
しかし旭緋の態度は、あきらかにおかしかった。
夜の十時をまわっても、宴会はお開きになる気配がない。杏子と疾風は、先に帰ることにした。
「旭緋も、もう眠いんじゃないの?」
疾風がからかっても、旭緋は無視を決めこんでいるようだった。
どうやら、お姫さまはおかんむりの様子だな。
疾風は苦笑しながら、公民館を後にした。




