記憶は。
ーー君、大丈夫かい?
知らない人のその声だけが聞こえた。あとは何も思い出せない…………耳元に残る残響だけがハッキリと耳に残ったのは覚えている。
助けて。助けて。その残響だけがーー残った。
「あの…………大丈夫、ですか?」
「え?」
目が覚めたのは、ベッドの上。それ以外の記憶は全くもって存在しないことに気づいた。
「あ、えっと…………あっ!! すいません、ナースコール今鳴らします!! え、えっと…………」
「あ、あわてず、ゆっくり…………」
言葉がおもったように発せない、というか、そもそもが、言葉一つ一つの意味について、わけもわからず言葉に出していた。
「ぼくは…………だれ…………?」
「ああ、君か!! 大丈夫かい、どこかおかしいところは!?」
「ことばが…………うま…………くだせ、ない」
「すぐにCT用意! 頭を調べろ!」
その後、すぐに調べてわかったことは脳に障害が起こり、一時的な記憶喪失ではない、「完全に自我がおかしくなるほどの記憶喪失」そう判断された。
一次的なものではないので、記憶も戻らない。もし、記憶が戻ることがあったとしても、今の自分に新しく出来た自我と、元々持っていた自我の両方が脳内に残り、自我がなくなり廃人にもなるし、どちらか一方がもうひとつの人格として出るかもしれない。
とにかく、これから何が起きるか本当にわからない。
という答えだった。その言葉にーー言葉が出なかった。
数時間後、僕が目覚めた報告を受けたのか、両親、という二人が面談に来た。
「大変申し訳ないですがーー」
医者が今の僕について説明しているんだろう。その説明を聞いて、両親はすごく怒りも見せたし、悲しい顔もしていた。
そしてこう言い放った。
「あなたは今日から…………自由なのよ」
そう聞かされた言葉の意味は僕には理解できなかったし、今の僕はおそらく目覚めたばかりのあかごとおなじなんだろう。
…………時間が経った後に、その言葉の意味を知ることになる。
「すまないね…………退院した後、多分君は新しい生活を送ることになる。先ほど両親が、いちぶの資金を君の生活費に当てる、というのを申し出た。そして、その後事故について色々聞かれるだろうが…………保険金や慰謝料も降りる。もちろん、赤子のような状態の君を一人にしないように、専属の人間をつける」
なんとなく、頭では次に言われる言葉をわかってはいても、自分が理解できなかったのだろう。言葉にはしなかった。
「…………暮らしが変わる。そして、君自身も…………」
そして、医者はほんとうにすまない…………と言い続け、僕に誤った。
その後、僕には新しく「那波 俊」という新しい名前を与えられた…………
※ ※ ※
「起きろ〜起きないと遅れるよ〜」
「…………起きてるよ。それにーー遅れるも何も家から出ないじゃん…………」
「そうは言っても今の君が学校で学ぶわけにはいかないぶん、私が教えなきゃいけないのです! そう考えると、ここは学校じゃない?」
彼女はあの日から僕の保護者として面倒を見てくれている、辰凪依美。名前が違うのは、本来の保護者ではないため、僕が自立したらお役目ごめん。ということがあるためだ。
「それで…………今日の授業は?」
「ふふ、今日は小六の算数をやるよ!」
「ねえ…………まじで一年間で小学校の教育課程終わらせる気?」
「ええ、そうよ? 私だって任期があってもたった3年ですもの。それまでに、君が自立しないとね」
「その…………気になってたんだけど、任期が終わるときに俺が自立困難だったらどうなるの?」
「んー、野獣が救うジャングルに放り出されて自然と自立させられるかな…………」
「え、嘘、サバイバル!?」
「うそうそ、ちゃんと任期を伸ばすか私以外が君をみるかになるはずだよ」
任期が終われば…………か。考えたこともなかったな…………そんなこと。
自立。俺が一人でやっていけるかどうか…………
俺の実際の年齢は本来なら一人でなんとかやっていけないとダメな17歳。17年分の経験も何もない今の俺にはなく、記憶を失ったあの日から数えてーー7ヶ月が経とうとしていた。