死人還り part1
「マスターが買い出しについて来るなんて珍しいですね」
「まあ、僕も欲しいものがあってね。店には<仕立て屋>に頼んで番をしてもらってるし」
「仕立て屋____さん、ですか? あのカモミールの茶葉を持って来てくれた男の人が?」
京香が、不思議そうな顔をしてこちらを見上げる。
「服を作るような人には見えませんでした。もっと、こう......」
僕は、彼女が言い終わるのを待たずに告げる。
「竪琴を持って放浪する吟遊詩人みたい___でしょうか」
そう、と京香が嬉しそうに反応する。
「そう! 正しくそうです。その通りです。ふらふら〜っとした方でしたが、マスターのお知り合いで?」
「まあ、古い付き合いでね。それと、<仕立て屋>は彼奴のあだ名みたいなもので、本業は別。また詳しく話すことがあると思うけど......」
僕と京香は、隣町の市場に買い出しに訪れている。お目当ては、珈琲豆や消耗品____塩胡椒などの調味料。そして新作の和菓子の材料と、とある情報。
*** ***
この市場は大きな漁港と隣接しており、朝早くから多くの人で賑わっている。
店がある街とは電車で一駅しか離れていないはずだが、人の賑わいは断然違う。元気の良い客引きの声が飛び交う中、僕らはとある店の前で足を止めた。
「るる......いえ商店......ですか。なんとも妙な名前の店ですね」
首をかしげる京香に、僕は苦笑いして応える。
「ああ、相変わらずいい趣味してると思うよ..................ということで京香、先に買い物を済ませておいてくれないか? 珈琲豆はいつもの店だし、あそこには調味料の類もおいてあったはずだから」
「マスターはどうするんです?」
僕は苦笑いのまま返事をかえす。
「和菓子の材料。それと幾つか『情報』を」
ここで? と胡散臭そうに京香が見上げた看板には、『よろず屋 るるいえ商店』の文字。
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ドアをくぐると、からんからんとベルが鳴った。
直後、店の奥からばたばたと音がし、転がるように男が出て来た。
「ああいらっしゃいいらっしゃい......なんだ<マスター>か。どうした、今日は買い出し? 欲しいのは和菓子の材料? それとも情報?」
「なんでもお見通しなのはいいことですが、もう少し商売欲を持った方がいいと思いますよ、<陰陽師>。貴方のことです。どうせ、また掘り出し物の鑑定でもしていたのでしょう?」
バレたか、と頭を搔く<陰陽師>____スーツをだらしなく着、ぼさぼさの頭で眠そうな眼差しをこちらに向けるこの男は此処るるいえ商会の店主。僕の旧友でもある彼は、気を取り直したように戸棚を叩く。
「さて、気を取り直して。さあ<マスター>、何が欲しい? 深海の夢、人魚の涙、龍神の鱗、なんでもあるぜ?」
そう言ってカウンターに並べた品々は、どれも怪しい物ばかり。
「またそんな胡散臭いものを売ってるですか。それ、需要あります?」
「いや、まだ無い」
「いずれあることを願いますよ。とはいえ、それ全部偽物でしょう? ここにおいてある『本物』なんて、数えるほどしか無いでしょう」
そう言って僕は、手近な棚から黒い液体の入った瓶を取り出す。中の液体はとろりと揺れ、妖しく黒光りする。
「これ、なんです?」
あーそれは、と<陰陽師>が口を開く。
「止めとけ、それは『本物』だ。<歪真の美>って奴。詳しい効能は俺も知らんが、曰く付きの品なのは間違いない。どうしてもって言うなら止めはしないが、おすすめしないぜ」
そうですか、と僕は棚に瓶を戻す。
指から瓶が離れる瞬間、指先にかすかに電撃が走ったような気がした。
不思議な感覚に違和感を覚えながらも、僕は<陰陽師>へ問いかける。
「魚介系の出汁を取ってみたくて材料を探してるんですが、何かいいものはありますか?」
おおそれなら、と彼は何やら探し物を始める。
「確かこの辺りに.........おお、あったあった。ウチの自家製出汁、旨いぞ」
そう言って、彼は瓶に入った液体を差し出してきた。
「いやいや......僕は『出汁を取ってみたい』と言ったのですよ? 出汁をそのまま買っては意味がないでしょう」
「ったく......お前さんは小料理屋でも開くつもりなのかい?」
「喫茶店はサイドメニューも充実してますし、そもそも出汁は和菓子に使う予定です。まあ、イメージとしては煎餅ですが」
「なんだそう云うことか。それならあれだ。明日の朝、お前さんの店に材料を直通で送っておいてやる。その方が良いだろう」
「選別を全部貴方に任せるのも些か不安ですが、まあいいでしょう。代金はまた支払いに来ますよ」
じゃあそう云うことで、とお互い目配せし、次の話題に移る。
「後はなんだったか、えーっと、そうそう、情報だな」
「ええ、情報です。<仕立て屋>が外国で小耳に挟んだそうなのですが、もう少し詳細を、と思いまして」
「ああ、となると矢張りあれか。『死人還り』って奴だな」
僕は無言で頷く。脳裏に、幽かにあのひとの面影が揺らぐ。
「その噂が真か偽か。取り敢えず、情報が欲しい」
「必死だな<マスター>。まあ、そろそろ一年だしな」
<陰陽師>はにやりと笑う。
「その噂が嘘か真かは知らん。それを知るだけの情報網もないし、陰陽師などと呼ばれているが妖しげな術など俺は使えん。精々星詠みが関の山だ」
それが良く当たり、それこそが由縁であるのだが、と僕は心の中で呟く。
「まあ、そんな俺もとある噂を聞いた。曰く、死人還りによって蘇った者が日本のとある街に居て、其奴は記憶にまつわる不思議な現象に悩まされているだとか。曰く、記憶が抜け落ち、その度手には宝石が握られているとな」
そう言いながら彼はカウンターに石を置く。石は半透明で、カウンターの木目を浮き上がらせている。
これは、矢張り僕の領分だ。
「ウレキサイトですか、また珍しいですね」
ウレキサイトとは、通常テレビ石と呼ばれている宝石のことだ。
「奇妙な縁もあってか、回り回って此奴は俺の元に辿り着いた。ちなみに、この宝石の元の持ち主は今は京都に住んでいるらしい。家は六道珍皇寺とかいう寺のすぐ側らしいが、詳しい場所は知らん。自分で調べろ」
一礼を述べ、情報料を支払う。諭吉が3枚居なくなったのは少し寂しいが、それを補ってあまりあるだけの貴重な情報を得た。
死人還り。死んだ人間が生き返るという、まさしく超常現象。
自然の摂理に反したこの現象が真か偽かは記憶を見たらわかるだろうし、実際に本人にも会う必要があるだろう。
僕の脳裏には、変わらず一人の面影が。
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店を出ると、京香が幾つか袋を携えて待っていた。
「遅いですよマスター。何かいいものが見つかったんですか?」
まあね、待たせて悪かったね。と軽くごまかしながら、京香から荷物を受け取る。
「僕が持つよ」
「あれれ、マスター、今日は優しいんですね?」
「失礼な、まるでいつもは僕は優しくないみたいな言い方を。大事な看板娘は労わらないとね」
「そうですかそうですか。だったら、帰ったらカモミールティーを淹れてもらおうかしら。............蜂蜜たっぷりで」
.........こいつ、前僕が蜂蜜入りを飲んだのを知ってたな。蜂蜜、残りあったっけ。
「それじゃあ、帰りますか」
「そうですね」
京香が、実家のある京都を訪れることになる事を知るのはこの5分ほど後である。