Tea for making peace
匿名様より、「花」「最近一番気になった事」の《記憶》をいただきました。
宝石。
それは人を惑わす魅惑の塊。
誘惑の象徴。
魔力を帯びる、と古来より丁重に扱われた石。
人はそこに思いを込め、人はそこから思いを汲み、
またある者は、それを読み取る。
ただ傍観するだけだとしても、そこに想いがある限り。
想いを言葉に。
言葉を記憶に。
そして、記憶を宝石に。
「............と、なかなか損な役回りだと思うんだよな」
溜息をついてみるものの、それを聞き届ける者は居ない。
今日は京香にも早めにあがってもらったから、店内には僕ただ一人。
「とまあ、どうして宝石なのだろうか。普通に価値があるじゃないか」
そこに記憶が封じられていようがいまいが、宝石には価値がある。それは物質的な価値であり、金銭で交換が効く物だ。
だからこそ、色々な記憶を大事にしまい込んでいる僕の家には、それはそれは大層な額になる宝石が仕舞い込んである。
無論、売るつもりも手放すつもりもない。記憶の元の持ち主が返して欲しいと願った場合なら話は別だが、記憶のこもった宝石をただの貴重品として世の中に送り出すつもりはない。それは記憶への冒涜だろう。
「記憶を解きほぐし、宝石にし、想いを届け、結局最後に何が残るんだろうか」
人が忘れてしまった記憶。忘れてはいけなかった記憶。忘れて欲しくなった記憶。
時と共に風化していく記憶を汲み取り、受け止め、当人に伝える。回りくどい作業だが、其処に人の想いが絡んでいる以上、そう易々と辞めるつもりはない。
見返りとして少しばかり追加料金を頂く場合もあるが、それは記憶に潜っている間に店に立てないからであって、額もそこまで多くない。
厄介な記憶を持って此処を訪ねる者。何かを忘れて此処にたどり着く者。厄介ごとを持ち込む者。日常の些細な相談を持ちかける者。
いろんな人が此処を訪ねるからこそ、この喫茶店はいつも賑やかで楽しいのだ。
無論、悲しい事が起こらないわけではない。死が絡む騒動にまで発展したこともある。だがその哀愁もまた、人の織り成す想いであり、僕はそれを見届ける義務がある。
とまあ、柄でもないが自問自答してみる。
結局、深く悩んで日々を過ごす必要などないのだ。その日を、全力で生き抜けばいい。
突然、からんからんと来客を告げるベルが鳴る。
「すいません。今日はもうお店閉めちゃったんです」
僕が入り口を見やると、そこには京香が立っていた。
外は少し雪が降っているのだろうか。彼女の髪の毛や服に、純白の雪が細やかについている。
「今日はもう帰っていいって言っただろう。どうした、忘れ物?」
違いますよ、と京香は頬を膨らませる。
「今日は私もお客さんです。ほらマスター。料金払うから紅茶淹れてよ。ホットでお願いね」
なんともまあ、奇妙な来客もあったものだ。
「普通に賄いで無料で出すけど、ホントに料金払うの?」
「ええ。今日の私はお客様なのです」
どういった風の吹き回しか定かではないが、兎も角我が店の看板娘は客として此処を訪れたらしい。嬉しそうに客席に座り、にこにこしながらこちらを見ている。何かいいことでもあったのだろうか。
慣れた手つきで紅茶を淹れる。今日は友人がカモミールティーの茶葉を持ってきた。曰く現地インドにまで足を運んだらしい。
カモミールティーはハーブティーの一種だから好き嫌いが別れる類の紅茶だが、幸いにして京香は好き嫌いが無い性格だ。
今日は冬真っ盛り。しかも雪まで降っているということなので、すりおろしたショウガを少し加えて差し出す。
自分用に少し蜂蜜を入れたものを用意して、口につける。
一口含んだ瞬間、先ほどまで纏わりついていた眠気が吹き飛んだ。矢張り少し疲れていたのかもしれない。
「......美味しい。ねえマスター、これ常設メニューにしない? というかしろ」
随分と気に入ったらしい。まだ冷めきっていないであろう紅茶を、京香は一瞬で飲み干した。
「茶菓子は出ないの?」
「大分図々しい客だな」
紅茶とお菓子のセット高いのよ、なんて愚痴をこぼす京香。その値段決めたのは君だろう。
「まあ、お客様の一意見として。常設は考えておきますよ」
そうなれば、また彼奴に連絡を取らないといけない。生憎僕の活動範囲は狭いほうだから、茶葉を入手するのも一苦労だ。
しばし、店内は無言に包まれる。しんしんと降っているであろう雪も、静寂の創造に一役買っている。
「......あ、マスター。一つ思い出した事があるんだけど」
「......聞こうじゃないか。今度は何だい?」
「仲直り」
「え?」
「花言葉ですよ、カモミールの。ほら、さっき平和を作ろうとした世界の話をしてくれたじゃないですか。仲直りってほら。英語で『make peace』。平和を作る、ですよ?」
成る程。奇妙な偶然もあったものだ。
「それじゃあまた、後で彼奴に連絡入れないとな。茶葉、たくさん仕入れないといけないし」
僕は固定電話の受話器に手を伸ばした。