境目の恋
第三より第一第二へ
ボクには、思い人が居る。
その人のためなら、なんでも差し出す。もしあの人が命の危機にさらされて居るのであれば、ボクは自分の身を投げうってでも、あの人を助ける。
あの人が笑顔なら、死んでもいい。そう思える人物がいるのは、とても幸せなことなのだろう。
ボクは、少し伸びて目元までかかった髪の毛を気にしながら、寝室に置かれた大きな鏡を覗き込む。
まさしく鏡写しの世界の中には、一つの姿。
彼女は中性的な顔立ちをした美形で、細身のその体型と相まって、ファッション誌の表紙を飾ってもいいほどの美形だ。
そんな彼女は今、寝間着を着、ベッドに腰掛け、鏡をぼうっと覗き込んでいる。
最近悩まされている頭痛は、今は不思議と気にならない。
「この恋は叶わぬ願い。そうわかってるんだけどさ」
そう言ってボクは立ち上がり、ベッドに寝転ぶ。
「……諦めたくないねえ。諦めたくないよね?」
視界が暗転する。ボクは深い、昏い眠りへと就いた。
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「おはよー酒井。どうしたの気分悪そうじゃん?」
体調を気にしてくれる男子生徒諸君にまあね、と苦笑いして私は自分の席に着く。
「どうしたのさーちゃん。気分悪そうじゃん?」
口々に体調を気にするクラスメイト達に、私は照れながら笑いかける。
「んー、まあ、『恋煩い』、ってやつかな?」
きゃー、と黄色い声を上げる周りの子達。
「なになに。さーちゃんが恋愛? 相手はこの学校の生徒? 優しいの? それともカッコいいの?」
.......ほらまた。恋愛の話題になるとすぐに血気づくんだから。私は、はぁと溜息をつく。
「もう! 茶化さないでよ! 私だって恋愛くらいするしー」
まあ、疎いのは認めるけど。
「でもまあ、さーちゃん美形だからさ。彼氏作らないのかなーってみんな気になってたの。......で、誰よ?」
誰?誰?と口々に訊きだす。うちの学校は共学なので、美男美女はどんどんと学校の内外を問わずカップルが生まれていく。今まで私は、そう言った恋には無縁だったのだが......。
「ほら! もういいからさ、ホームルーム始まっちゃうよ?」
私は照れ笑いしながら手を振って彼女達を追い払う。
「......でもまあヒントをあげると、『貴女たちがよく知ってる人』、かな?」
誰それー、と声を上げるみんなを無視して、私は窓の外を覗き込む。
「望クン.......か」
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「酒井さん......ねぇ」
僕の周りを取り囲む友人たちは、次々に疑問符を頭の上に浮かべる。
「こりゃ美形だな。お前とおんなじで中性的な顔の娘だが、こんなに可愛い子なら彼氏持ちなんじゃないか?」
「そもそも、俺は他の学校の娘たちの恋愛事情なんて知らん」
「五月蝿いなお前ら。居ないよ、この子に彼氏は」
僕は酒井さんの写真を友人の手から奪い取り、ポケットにしまう前にちらりと見る。
兄妹__と言われても不自然じゃないほど僕と似通った顔立ち。それが僕の意中の相手である。
言っておくが、別に僕はナルシストなわけではない。
「……にしても、お前とその酒井さん……だっけか。二人に共通点多いよな。いわゆるドッペルゲンガーってやつじゃね?」
それ、出会ったら死ぬ、ってやつだろと突っ込み、僕はため息をつく。
「まあお前、普段から学校休みがちだし。体調には気をつけろよ? 体壊したら元も子もないぜ?」
なんだかんだで優しい友人に礼を述べ、僕は独り言をぽつりと呟く。
「……マスターに相談してみるか」
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「……というわけなんだよマスター」
「まあ何となくの事情は飲み込んだよ。酒井望君が、酒井希さんに恋をした、か。同姓同名の想い人なんて、そうそう見かけないから珍しい。……そもそも、君はどうして彼女を好きになったんだい?」
「それは……どうしてだろう」
気づいた時にはすでに気になっていた。これが青春の淡い恋、というやつなのかもしれない。
「話しかけたことは?」
マスターの質問に、僕は否定を表すため首を横に振る。
「そうかい。きっと君は、彼女に話しかけられないんだね。恥ずかしいからかな? それとも……」
よくわかるねマスター、と相槌を打ち、なるべく彼と視線を合わさないように、僕は少しだけ冷めたコーヒーを零さないようにすする。
「そう。僕は彼女に話しかけられない。だからキッカケが掴めないんだ。ほら、僕は奥手だからさ」
なるほど、と相槌を打つマスター。
「だったら、こういう手はどうでしょう。交換日記、というのは。これなら、直接話さなくても言いたいことが相手に伝わりますよ」
彼は、サービスです、と付け加えて小さなハートのクッキーを渡してくれた。
「あ、そうそう望君。相手が本当にドッペルゲンガーだったら、なんて怖がる必要はありませんよ?」
「……どうしてです?」
僕は少しドキッとしながら答える。なぜなら、心に引っかかっていた事をぴったり当てられたから。
自分のドッペルゲンガーに出会ったら死ぬ、という噂が僕の心に重くのしかかっていたのは事実だ。
「どうして、って……。ドッペルゲンガーは『見たら死ぬ』んじゃなくて、『死ぬから見る』ものだからですよ。貴方が、言葉通り『死ぬ』のか社会的に『死ぬ』のか、それとも貴方の負の感情が『死ぬ』のかは知りませんが、貴方の中で何かが『死を迎える』からこそ、ドッペルゲンガーは現れるのですから。貴方が、同姓同名で容姿が似ている彼女と接触しない理由にはなりません」
「……悩みを聞いてくれてありがとうございます。交換日記、挑戦してみます」
「いえいえ。これもまた、僕の楽しみの一つですから。またのご来店をお待ちしています」
ガタン、と扉が閉まる音と共に客の帰りを告げるチャイムが鳴る。
「難しいですねえ、恋って」
マスターが、客のいなくなった店でぽつんと呟く。
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「何が『難しいですねえ、恋って』ですか。そもそもマスター恋愛するんですか?」
「失礼な。そりゃあしますよ。......今はしてませんけどね」
なーんだ、とつまんなそうにコップをさげ、カウンターに入ってくるこの少女は、羅胤・カティ・京香。縁あって、うちの店の給仕をしてもらっている。
「それじゃあ京香。謎解きの時間だ。準備はいいかい?」
僕はくすっと笑いながら、彼女に問いかける。
今からですかぁ? と素っ頓狂な声をあげる京香。
「今からも何も、さっきの望君の話についてだ。じゃあ始めるよ?」
待ってくださいよ〜、と慌ててカウンターの席に座る京香。
「.........えー。では問題です。彼、酒井望君の恋は、一生実ることはないでしょう。では、何故でしょうか?」
「......希さんには、もう彼氏がいるから、とか?」
京香が頭の上に疑問符を乗せたまま、解答を述べる。
「違います。ほら、さっき望君が、『彼女に恋人はいない』って言ってたでしょう? それに、彼氏がいても『一生実らない』理由にはならない。どんな恋愛劇があるのか、人生わかったもんじゃないからね」
えーそんなぁ、と悲鳴をあげて頭を搔く京香。
僕はそんな仕草に少し和まされながらも、コーヒーを一杯淹れ、彼女に差し出す。
「あ......ありがとうございます.........。あ、わかった!......『望君はもうすぐ亡くなってしまうから』」
「残念だけど、それも違う」
でもさっきマスターが、と反論しようとする京香に、僕は口元に指を当ててにこりと笑ってみせる。
「では、種明かしをしましょう。彼ら、『酒井望』と『酒井希』は、ドッペルゲンガーではありません。かといって、赤の他人というわけではありません。何故なら彼らは______」
一拍置いて、僕は続ける。
「同一人物だからです」
「.........解離性同一障害、というやつですか?」
その通り。よくわかったね、と僕は京香を褒める。
「そう呼ばれることもあります。俗に言う『多重人格』ですね。病気とみなされる場合もありますが、そういう『性質』の類です」
僕はそこで一息つく。
「今ここで、京香の頭の中には疑問が浮かんだと思う。まず第一に、『何故ドッペルゲンガーではないのか』。第二に、『どうやって同時に二人が存在しているのか』。そして第三に、『どうして酒井望は酒井希を自分と判断できなかったのか』」
そう、その3つが知りたいと京香が口を開く。
「順番に行こうか。まず一つ目。『何故ドッペルゲンガーではないのか』。これは簡単だ。『彼らがドッペルゲンガーなら、本当に彼は死んでいるから』。ドッペルゲンガーを見た人たちは、皆ことごとく亡くなっている。酒井望君だけ例外ということは無いでしょう」
「でも、彼は学校を休みがちだって......」
「それは、二つ目の問いの答えです。つまり、『彼らは交代で別々の学校に通っていた』」
酒井望が出席している間は酒井希は学校を休み、逆もまた然りというわけだ。
「......じゃあ、三つ目は? これは明らかにおかしいでしょ。望君が、自分の姿をわからないなんて......」
「ええ。望君は、自分が多重人格だと気づいていません。知っているのは、『酒井希』さんの方です」
え、と驚きの小さな声が聞こえる。
「多重人格にも、種類があります。完全に独立した人格を持つ場合と、上下関係のついた人格を持つ場合です。望君の場合は後者ですね。下位の人格は上位の人格の存在を知りませんが、上位の人格は下位の人格の記憶を全て把握しているパターンです。『希』の人格の方が上位にあるので、『希さん』は自分と『望君』の記憶を持ちますが、『望君』は自分の記憶しか持っておらず、『希さん』の活動時は眠っています」
京香の反応を待たず、僕は続ける。
「さらに言うなれば、『希さん』もまた、『望君』に恋しているのでしょう。ですがそれを、『望君』が知ることはできません。2人の記憶の両方をもつ、『希さん』と違って。.........それと、これは憶測ですが、酒井君の体は自己暗示である程度、性徴__性別による体の特徴を操作できるのかと思います。前例も、無いわけではありませんから」
しばらく、静寂が店内を包む。
「___悲しい恋ですね」
「だから言ったでしょう?『難しいですねえ、恋って』、と」
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「やっぱりいらっしゃいましたか。初めまして。貴方は___希さんの方かな? それとも......」
ご想像にお任せします、と彼女はさらりと笑う。
「うちの『望』が迷惑をかけたようなので、そのお詫びも兼ねてです」
「.........そういえば、交換日記、どうなりました?」
「ああ、その件ですが、交換日記の中で、『希』の方からお付き合いを断らせていただきました。だって、そうしなきゃ『望』が苦しいだけでしょ?」
確かに、と僕は相槌を打つ。
「でも、それで良かったのですか? 恋煩いをするほど、希さんは焦がれていたのでしょう?」
ええ、と短く答えた希さんは、コーヒーを冷まさずに飲み干す。
「だから、私の片思いだけでいいのです。...............これからも、ずっと」
そう言って、彼女はにっこりと微笑む。
「私は、ちょうど『境目』にいますから」
彼女のその笑みには、酒井望の面影が間違いなく感じられた。
さて、「ぼく」は誰でしょう。
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ステツイCasからのリクエスト小説です。
指定キーワード:「恋愛」「病気」「妖怪」




