八話 打ち上げ
「ちょっとしたイベントはあったけど、カイルのSMO初依頼達成を祝って、乾杯!」
「乾杯」
ログインしてから8時間、俺たちは冒険者ギルド二階にある食堂で依頼達成の祝杯を上げていた。
ただし、杯の中身は酒ではない。ウーロン茶という茶色い茶だ。
日本の法律では飲酒は20歳からなので、仮想世界でも当然頼む事は出来ない。
元の世界では14の頃から麦酒や蒸留酒はともかく、薄めた葡萄酒や蜂蜜酒は飲んでいたのだが…
国が違えば法が変わるんだ。世界が違えば当然違うだろう。しかたないか。
ウーロン茶と同時に頼んだのはボアの生姜焼き定食だ。
生姜焼きという、この日本特有の調味料で調理された肉は米と非常に合う。
細かく刻まれたキャベツという名の生野菜も、さっぱりしていて合間合間に口に入れるのに非常に良い。
ボアの生姜焼き定食とウーロン茶、二人分で代金は銅貨二十枚。
今日の稼ぎをから考えれば非常に安価だ。
ホーンラビットの角、皮、肉10個ずつの納品依頼の達成報酬が銀貨一枚。
森の中で狩り集めたモンスターの部位が同じく全部で銀貨一枚。
ウルフの毛皮と肉六匹分が合わせて銀貨一枚
ダイアーウルフの肉と毛皮が銀貨一枚。
城門で商人から受け取った救助の礼金が銀貨十二枚。
合計で銀貨十六枚、つまり金貨一枚と銀貨六枚が今日一日の稼ぎだ。
報酬は銀貨で渡されたのに金貨を持っているが、両替商に持って行った訳ではない。
貨幣をインベントリに突っ込んでおくと勝手に両替されるのだ。
小銭の銅貨をジャラジャラ貯めないようにする開発者の気配りだとか。
貨幣の交換レートは銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚、金貨十枚で白金貨一枚だ。
「ログイン初日で金貨を手に入れるとは、流石は異世界の勇者様であらせられますねー」
「褒めたって何も出せないぞ。しかしこの調子では剣と盾の元を取るのに何日かかるやら」
特に何も無ければ今日の稼ぎは銀貨二枚だった。
たとえ毎日今日と同じだけ毎日稼いでも、ゲーム内時間で約六十日はかかるんじゃないか。
「心配しなくても大丈夫。ランクが上がればもっと高額の依頼が受けられるようになるから。それにランクはすぐに上がるって受付の人も言ってたじゃない。初日に外でダイアーウルフを狩ってきた人なんて居ないってさ」
「あれはノーラの援護があったから倒せたようなものだ」
「そっちこそ褒めたって何も出ないわよ。スチールの冒険者がバフかけたらカッパーがダイアーウルフ倒せるならこの辺りの狼は全滅よ」
冒険者のランクは上からアダマンタイト、オリハルコン、ミスリル、ゴールド、シルバー、スチール、カッパー。
時子はシルバー昇格間近のスチールで、俺はスチール昇格間近のカッパーだ。
カッパーからミスリルまではレベルを上げ、依頼をこなしていけば問題なく昇格できる。
ただし、上位2つはギルドから貸される特別な依頼をこなした者や、特定の称号を所持する者、冒険者の評価ランク上位にしか与えられない。
発売から2週間、ゲーム内時間で二ヶ月たった今でもアダマンタイトランクの冒険者はいないとか。
「そうだカイル、商人さん助けたしレベルがまた上がってるかも」
「そういえば城門で分かれた時にまた体が少し軽くなったな」
ステータスカードを確認してみる。
プレイヤーネーム カイル
種族 ヒューマン
クラス ファイターLV6
称号 格上殺し
冒険者ランク カッパー
ロントを出る前はレベル5だったから、本当に1上がっていた。
獲得したポイントはステータス上昇スキルに振り分けておこう
…と思ったが、気になる取得可能スキルが現れていた。
鎧の修練Ⅰ
「ノーラ、鎧の修練ってどんなスキルだ?」
「それはえーっと…装備重量が上限以内の時に、防具の重量ペナルティを軽減するスキルよ」
「つまり?」
「適正な防具をつけている時に、鎧が軽くなるわ」
気に入った。ステータス上昇ではなくこのスキルを取っておこう。
取得済みスキル
STR上昇Ⅱ
AGI上昇Ⅰ
VIT上昇Ⅰ
鎧の修練Ⅰ
STR上昇がⅡになっているのはギルドの決闘でレベルが上がった後、取得したいスキルが無くてもう一度STR上昇を取ったら表記がⅡになったからだ。
「商人を助けたら経験値が入った訳だが、このゲーム人助けしたら経験値がもらえるのか?」
「このゲームのシステムは賢いのよ。一連の行動が自動生成クエストとして判定されたおかげね。
他にもロールプレイに合った事なら、ほぼどんな事でも経験値が貰えるわ」
「本当か?じゃあ戦闘職は武器を素振りするだけでも経験値が手に入ったりするのか?」
「もちろん。でも素振りって。そこまで効率よくないんだよね」
「どうしてだ?」
「最初期に検証チームが素振りでも経験値が入るって実証したんだけど、素振りで経験値が入るのは攻撃判定システムにその素振りが有効打であると認められた場合だけ。
貴方みたいな奇特なプレイヤー以外は普通モーションスキルにポイントを振るから、経験値が貰えるような素振りをしようとすると、システムがモーションスキルを使用しちゃうの。
スキルをオフにして素振りしたって、素人がそうそう有効打判定が出るように武器をずっと振れないしね。スタミナ切れて苦しいまま振り続けたらHPが減り始めるし。
スキル振り直しのクールダウン期間で半日潰れる面倒くささとかも合わさって、素振りでレベル上げするくらいならモンスターを狩ったほうが効率がいいって結論になったの」
「長い説明を纏めると、俺が素振りしたら普通に経験値が入ると」
「うん、まあそういう事ね。それでいいと思う。剣に自信があるし、実際凄いと思うけど、カイルは何年ぐらい剣術を修めてるの?」
俺はいったい何年剣を握っていたんだっけ?指折り数えてみる。
孤児院から教会に移され、予言の勇者として秘匿されながら修行を始めたのが五歳の時だな。
そこから基礎訓練に六年。魔物や盗賊相手を相手にしたり、魔王に干渉された内乱国鎮圧に参加したり。そういった訓練を兼ねた実戦が四年だろ。それで対魔王連合軍と魔王軍との戦争が三年目だったから…
「多分、今年で大体十三年目になるな」
「十三年!」
「驚くような事か?十三年は少々長いが、あっちだと物心付いた頃から兵士に憧れて木剣振ってるような子供は珍しくなかったぞ。土地を継げない農家の三男が十歳で軍の見習いに、なんてのはどの国でも見た」
「日本で幼いころからそういう訓練をしているのは、伝統武術の家の子供ぐらいね。絶滅危惧種よ」
「日本という国は随分と平和なんだな」
「最期に戦争したのが百年以上昔だもん。戦争は記録としてしか残ってないわ」
魔物が現れず、戦争とも無縁か。良い国だ。
心からそう思う。
「本当にいい国なんだな日本は」
「ちょっと、十歳くらい老けた顔になってるわよ」
「おっと辛気臭くなってしまったな。では改めて乾杯しよう」
「何に乾杯するの?」
「俺の世界でこういう時は「我らの勝利と栄光に」と言って杯を掲げるんだ」
「それじゃあ、我らの勝利と栄光に!」
「我らの勝利と栄光に!」
「「乾杯!」」
※
あの後SMOをログアウトし時子の兄の部屋に戻ってきた。ヘルメットを外し、大きく伸びをする。
ゲームの世界で8時間と少し過ごした訳だが、現実世界では2時間しか経っていない。
戦いの疲労感も、ゲーム内の食事で味わった満腹感も、きれいさっぱり消え去っていた。
「初めてのSMOはどうだった?」
「奇妙な感覚だ。とても鮮明な夢を見ていたような感じだ」
「私も初めてはそんな感じだったわ。じきに慣れるわ」
「そうか。修行してた頃を思い出して中々楽しかったぞ。次は何時に再開するんだ?」
「もうお昼だからご飯食べて、家事済まして、勉強終わらせて、晩御飯食べてからだから…七時ね」
「わかった」
「それじゃお昼食べたらこの部屋の整理に、神社の掃除お願いね」
※
昼飯は炒飯という隣の国由来の料理だった。
昼飯を食べ終わり、本格的に滞在するように部屋を整理し終えた俺は今、この国に存在する宗教の一つである神道の神殿であり、雨垂家が管理している雨垂神社を清掃している。
家から数十メートル歩いた場所にある小さな山とその中腹にある神殿は全て雨垂家の私有地だ。
本来は山中の神殿に家が併設されていたらしいが、不便という事で時子の親の代に今の場所に土地を買って引っ越したそうな。
鳥居から本殿までの道にゴミがあれば全て拾い、砂利が敷かれている場所に乱れがあれば整える。
次に水で濡らし堅く絞った布で神殿の廊下や手すりを拭き清める。
元の世界で神殿といえば緊急時の防衛拠点という意味合いもあって石造りだった。
が、木造の神殿というのも現物を見れば、緑豊かなこの国の風土と合っていて悪くは無いと思えた。
一通りの掃除を終えて掃除道具を片付け、本殿から少し離れ場所にある空き地に向かう。
そこで家から持ってきていた剣と盾の透明化を解除し、今日の鍛錬を始めた。
ここで鍛錬を行う事の許可は、他人に見つからないという条件付きで時子から取ってある。
最初に入念な柔軟体操を行ってから、まずは魔力による強化なしで素振りをする。
体が温まって来たら、防具を身に着けていない動きの型と、身に着けた動きの型を、剣と盾を持つ場合と両手で剣を持つ場合をそれぞれこなす。
それが終わったら今度は魔力で肉体を強化し、素振りから型までをもう一度やる。
最後は夕方まで対人、対魔物を想定しながら型にとらわれない動きの練習を行った。
「ちょっと、何でパンツだけなの!」
鍛錬を終え、火照った体を神社の敷地内にある井戸から水を被って冷やしていたら迎えに来た時子に怒られた。
「暑かったから井戸水で体を冷やしてた」
「そういうのはいいから早く服を着て!」
そこまで怒るような事か?
魔法で体を乾かし、外向きにと渡されていたシャツとズボンを再び着る。
小声で「腹筋…」と言っていたので気になるなら触ってみるかと言ったら滅茶苦茶怒られた。
※
夕食を済ませ、食器も洗い終えて再びSMOにログインする時間がやってきた。
夕食は素麺という細い麺をスープと薬味を混ぜた物に漬けて食べるシンプルなものだった。
あと、俺の部屋は今日からエアコンという機械によって夏にも関わらず、快適な気温が保たれている。
ログイン中に暑さでやられて強制ログアウトしないためだ。
「ログインしたら、私の仲間と合流するからね」
「仲間?」
「うちの学校に電子遊戯同好会ってのがあってね、そのメンバーもSMOやってるの」
「そうなのか。同級生には俺の正体は伏せておくのか?」
「うん、今の所はね。カイルは日本の文化を学ぶために外国から私の家にホームステイしてる設定で行くからね」
「せいぜいボロが出ないように頑張るよ。フォローよろしく頼む」
「それじゃSMO内で合いましょ」
時子が部屋を出て行った。
時子に習った通りに配線を確認しヘルメットを被り、ベッドに楽な姿勢で横たわる。
「接続開始」
音声登録された俺の声でヘルメットが起動し、俺の意識は再び仮想世界に飛ばされて行った。