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七話 ロント郊外

俺たちはロントの城壁から外に出て歩いて一時間の明るい森の中で、ホーンラビット狩りに精を出していた。


「えいっ!」

「プギャー!」


ノーラがホーンラビットにメイスを振り下ろす。

かわいらしい掛け声とは裏腹に鋭い一撃でホーンラビットは頭を砕かれ絶命した。

納品対象である角をきちんと避けて頭を叩き潰している。


「腕だけで振ろうとするな。背中と腹を意識するんだ」


ノーラへ動きのアドバイスをしながら、こちらに飛びかかってきた二匹のホーンラビットを処理する。

一方には盾を叩きつけて首をへし折り、もう一方は剣で首を狩り取る。

タナカが作った盾と剣は刃こぼれもへこみもせずに仕事をこなしてくれている。


「これで10匹だ。苦労もなく終わってしまったな」

「レベル1でも出来る依頼だったからね」


ノーラがホーンラビットの死体にステータスカードをかざし、『解体』を実行する。

すると死体は消失し、ノーラのインベントリ内にホーンラビットの角と皮と肉が収納された。

倒したモンスターはステータスカードをかざして解体機能を実行すれば、死体が自動的に解体され有用な部位がインベントリに収納される。

死体を短剣で解体する気でいたが、その必要は無かったようだ。


「依頼は達成できたな。これからどうする?」

「インベントリも上限が厳しくなってきたしロントに戻りましょう」


2時間ほど森を探索した俺とノーラのインベントリには、ホーンラビットを探すまでに剣や弓で仕留めたボア、ジャイアントリザード、ジャイアント・スパイダーなどの死体も入っている。

全て売ればそれなりの金額になるはずだ。

後一時間もすれば日が傾き始める。今が帰り時だろう。




         ※




森を出て丘陵をロントに向かう街道目指して歩いていると、遠くから馬車が駆ける音が聞こえくる。


「誰が急いでいるんだろう?このあたりからロントまですぐなのに」

「さあな。いや、待てこれは…」


馬と荷車が走る音に混じって別の音が聞こえてくる。

人間の声と…狼の吠える声だ。


「街道に急ぐぞ」

「えっ?」

「音を良く聞いてみろ。狼だ」

「ん~…あっ」


俺はノーラの返答を待たず走リ始める。この丘を越えれば街道が見えてくるはずだ。

丘の頂上から街道を見下ろせば、ロント方面にひた走る荷馬車とそれを追う灰色狼の群れが見えた。

目測が正しければ狼の大きさは1メートル前後、群れの数は12匹。

後ろから追いついて来たノーラはこの光景を見て悩んでいる。


「どうする?二人でウルフの群れはちょっと手ごわいよ?」

「見捨てるわけにもいかんだろ。先行するからノーラは補助と回復の呪文を補充してから追いついてくれ」

「分かった」


ノーラは腰に下げていた魔導書『護りの聖典』を開いて魔法の補充を始めた。


SMOにおける魔法はストック制を取っている。

クラスに対応した魔導書を用意し、使用したい呪文が書かれたページを開きSPを消費する事で呪文がストックされる。

ストックされた呪文は魔導書のその呪文が書かれたページを開いて呪文名を宣言すれば発動する。

ストック数には上限があり、更にストック数が多いほどストックする時に消費するSPが増える。

そのため事前に大量に呪文をストックする事は出来ないようになっている。


俺は駆け足で馬車の元へと向かう。

逃げる荷馬車を見ていると、何かに引っ掛かったのか故障のせいか分からないが停まってしまった。

あれではあっという間に狼の群れに囲まれてしまう。急がなければ。俺は全速力で丘を駆け下る。

そして、どうにか狼の群れと荷馬車の間に、剣を抜きながら割り込むことに成功した。


「ガウ!」


群れの先頭にいる狼が喉笛目がけて大きく口を開け飛びかかってくる。

その狼の口を剣で横に薙ぎ払う。


「ギ…」


口を中心に上下に分割された狼は、まともに断末魔を上げることもなくグチャリと湿った音を立てて地面に落ちる。

周囲に血と臓物の臭いが広がった。それを見て狼の群れの動きが止まる。


「冒険者か!助けてくれ!」


後ろの馬車から男が焦った声を掛けてきた。


「元からそのつもりだ。もうすぐクレリックが追いつく。それまで自分と馬がやられないように気をつけろ!」

「分かった!」


それに応えつつ、剣を振って付いた血を狼たちへ挑発するように飛ばす。


「さあ来い。お前らの仲間を殺した男はここにいるぞ」

「「グルルルル…」」


狼たちは唸り声を上げながら、ジリジリと街道を塞ぐ俺を半円状に囲む。

最初はこちらの隙を窺っていたが、我慢しきれなくなった一匹が襲いかかってきた。


「ガウ!」


飛びかかってきた狼の頭を上から叩き斬る。


「ギャン!」

「ガウ!」


そのまま流れるように、後ろから飛びかかって来た狼の頭を下から斬りあげる。


「ギャン!」

「ガウ!」「ガウ!」


今度は左右同時に二体。斬り上げた姿勢からその勢いを生かし回転斬りを繰り出す。


「「ギャン!」」


上顎と頭が胴から分離した二匹の死体が俺の左右に転がる。


「ガウ!」


足に噛みついて引き倒そうとしてきた狼の顎を鋼板で補強されたブーツで蹴り上げる。


「キャン!」


歯を叩き折られてもんどり打つ狼の首を踏み折ってとどめを刺す。


「グギャ!」


踏み折った狼を邪魔にならないように蹴飛ばし、大きく息を吸い込んで呼吸を整える。


「スゥー、フゥー」


これで六体仕留めた。残りは半分だ。


「ウウウウウ…」


俺に飛びかかった仲間たちの末路を見た狼たちが後ずさる。


「<聖域(サンクチュアリ)>」


荷馬車が聖なる光の膜で覆われる。追いついたノーラが発動した護りの呪文だ。


「カイル、これでウルフはこっちを攻撃できなくなったよ!」

「そのまま荷馬車の防御を頼む」

「分かった!」

「だ、そうだが…まだやるかお前ら?」

「グルルル…」


狼たちはここで引き上げるか、さらなる被害を覚悟で襲いかかるか迷っているようだ。

こちらからしたら荷馬車を守り切れば勝ちだ。逃げ帰ってくれれば有難いのだが。

しばらく俺たちと狼の睨みあいが続く。すると


「ウォオオオオオオン!」


丘陵地帯にひときわ大きい狼の吠え声が響いた。

その吠え声に狼たちがビクリと反応した。怯えているのか?

狼たちが視線を相談するように交わしている。


「ウォオオオオオオン!」

「キューン」「キューン」「キューン」


再び吠え声が響くと狼たちは尻尾を折り曲げ、散るように丘の向こうに逃げて行った。

そして、反対側の丘から先程までの狼より二周りも巨大な狼が駆け下りてくる。

目の前に現れた巨大な狼は、黄色く鋭い目で俺を睨みつけている。


「ダイアーウルフね。この辺りじゃ一番強いモンスターよ。気を付けて!」


後ろから時子が注意を促してくる。

ダイアーウルフは体長が約3メートル、目方が350キロはありそうな巨大な狼だ。

大きく牙が口から飛び出し、足には鎌のような爪を生やしている。あの爪と牙は要注意だ。

腹周りは軽装備な今、あの爪と牙を腹に受ければ内臓をまき散らすことになるのは想像に難くない。


「ゴルルッ!」

「くっ」


振り下ろされる巨狼の爪を盾で受け止める。

爪と盾が擦れてギャリッと不快な音を立てるが、盾はしっかりと攻撃を防いだ。

だが、現在のSTRでは荷が重いのか、重い衝撃に筋肉と骨がきしみ、僅かに後退してしまう。

現実通りの力があれば大きいだけの狼など敵ですらないが、ここは仮想世界。

ない物ねだりをしても仕方がない。

今ある力を使いこなして切り抜けるだけだ!


「フン!」


盾に肩を当てて全力で巨狼の腕を押す。

それで僅かにバランスを崩した巨狼にすかさず斬撃を繰り出す。

巨狼は抜け目なく後ろに飛び退るが、幾つかの有効打を与える事が出来た。巨狼の黒い毛皮から血が垂れている。

油断せず、時間を掛ければ勝てる相手だ。が、時間を掛ければ逃げ散った狼が戻ってこないとも限らない。

しかも今は夕方で夜が近付いている。夜になれば夜行性のモンスターが加勢に来る可能性もある。

時間は向こうの味方だ。どうやって手早く片付けるか思案していると…


「<筋力強化(ストレングス)>、<耐久力強化(エンデュランス)>、<魔法の武器(マジック・ウエポン)>」


ノーラが援護の呪文を発動してくれたようだ。


「これで多少はマシに動けるはずよ」


体が軽くなり、武器が薄いヴェールに包まれた。


「助かる!」

「ゴルルッ!」

「ふっ!」


再び巨狼が爪を振りおろしてくるが、今度は問題なく盾受けに成功する。

それどころか爪を盾で弾き返し、反撃を繰り出す事も出来た。


「形勢逆転だな!」

「グルルルルっ!」


魔法により強化された剣で、先ほどよりも深く傷を負わされた巨狼が呻り声を上げる。

巨狼はこちらを睨みつけながら後退している。だが逃げようという雰囲気ではない。

形成の不利を悟り、負傷を覚悟で勢いを付けて飛びかかってくるつもりだ。


「いいだろう。こちらも時間が迫っているんだ」

「ガアアアアアア!」

「来い!」


疾走し勢いを付けた巨狼がこちらに飛びかかって来る。

俺はこれを盾を構えて待ち構えるのではなく、こちらからも走り距離を詰め―


「そんなに喰いたいなら、この剣を喰え!」


首を食いちぎるべく飛び上がった巨狼の口に、下から剣を突きあげた。


「グボッ!」


そして巨狼の口から脳を貫く剣を突きさしたまま、飛び上がった巨狼の下をくぐり抜けつつ下顎から尻までを斬り裂いた。

巨狼の下をくぐり抜けた後は、素早く態勢を整え直し剣と盾を再び構える。


「ゴボッ、ゴボボ…」


内臓を血を盛大にこぼしながらそれでもなお巨狼はこちらを振り向こうとするが、やがて力尽きて自らの血の海に体を横たえた。




         ※




「本当に助かりました」

「なぜ護衛を雇っていなかった?」

「街道は陛下の騎士団や貴族様の私兵が巡回してるんで、大丈夫かと思って護衛代の分まで荷物を積み込んだんですよ。実際、鉱山都市までの行きとここまでの帰りでは何の音沙汰もなかったんですね」

「でも王都の直前で森の奥から出てきたダイアーウルフとウルフの群れに襲われたじゃない」

「いやはや本当に。手間を惜しんではいませんね。あなた方が助けてくれなければ私は今頃狼の腹の中でした」


あの後、狼達を解体してインベントリに収納した俺たちは、

助けたNPCの行商人にロントまで荷台に相乗りさせてもらう事になった。

荷台には金属のインゴットと、武具が詰み込まれている。

この重量のせいで狼を振り払えなかったのだろう。


「それで、幾ら払える」

「えっお金取るの?」


ノーラが驚いたように聞いて来る。

いや、この状況で取らないほうがむしろおかしくはないか?


「命を掛ける仕事をして命を助けたんだ。金を支払うのが道理だろう」

「人助けでお金取ったら駄目だよ!」

「そうだな…これがこの人がきちんと護衛を雇った上で、俺たちが加勢した場合なら話は別だったな。

倒したウルフの部位だけを要求して終わりだ」

「だったら…」

「だが、この人は金を掛けるべき護衛代をケチったせいであの状況を招き、護衛が居ない分助けに入る俺たちもそれなりの危険な橋を渡らざるを得なくなった。本来使う筈だった護衛代くらいは俺たちに支払うのが当然だと思うが?」

「むむ…」

「私のせいで喧嘩になるのはおやめ下さい。当然お金は支払います。

私に落ち度があったのは私自身よく承知していますから。…お代は銀貨12枚でどうでしょうか?」


相場通りか、ノーラに商人に聞こえない声量で尋ねる。


「ロントから鉱山都市までの護衛。ギルドの護衛依頼の相場はどれくらいだ?」

「知らない」

「嘘を付け」

「…モンスターもあまり出ないから、馬車相乗りなら片道三日で往復銀貨10枚が相場よ」


相場より多い銀貨二枚多い。この二枚は商人の感謝の気持ちという事か。


「ああ、それでいい。短いが城門までの護衛も引き受けよう。今払えるだけの手持ちはあるか?」

「ございます」

「ならば代金は城門で受け取る」

「畏まりました。短い間ですがよろしくお願いします」


御者をやっている商人との交渉を終えた俺は荷台に戻った。

するとノーラがこちらをジトッとした目で見ている。


「どうしたノーラ?」

「別にー。異世界の勇者様は割とケチなんだなって」

「仕事人としての自覚があると言って欲しいな」

「ふーん」


こうして俺のSMOで最初の遠征は終わった。

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