六話 田中武具店
「ねえ、なんで勝てたのか教えてよ」
「普通に戦って、普通に勝った。それだけだ」
ギルドで納品依頼を受けた俺たちは王都の路地を進み、タナカという者が営む鍛冶屋に向かっている。
ノーラがさっきから何度もどうやって勝ったか聞いてくる。
特に種も仕掛けもないと言っても信じてくれない。
「チュートリアルでなんかやって、隠しクラスや隠しスキルとか見つけたんじゃないの?」
「見つけてない。というかそんなのあるのか?あるとしたらそれってゲームとしてどうなんだ?」
「う、言われてみればそうね。じゃあ本当にあなたの実力だけで勝ったの?」
「さっきからそう言ってるだろう…」
まったく。あと、ノーラに言われてステータスを確認してみたら、
ファイターのレベルが一度に4上がっていた。
データ上は相当格上の相手を一人で倒したおかげだとか。
新たに得たスキルポイントは当然ステータス上昇系のスキルに振り分けてある。
それに加え称号の欄に「格上殺し」と記載されていた。
こちらはレベルが15以上開いた相手を倒した時にもらえる称号らしい。
それならばレベルが高い相手と決闘をしてわざと負ける事で、称号を得たりレベル上げが出来るのではないだろうか。
だが時子曰くそういったズルは監視AIにばれるとか。
「タナカの店まではあとどれくらいなんだ?」
「あの角を曲がれば見えてくるはず…あった!あれよあれ」
角を曲がって見えてきたその店は質素な作りで、看板も盾と剣のシンプルなシンボルの下に「田中武具店」と書かれているだけだ。
「ここがそうなのか?儲かっているようには見えないが」
「タナカさんの腕はプレイヤーの鍛冶職人の中でもトップクラスよ。
人気の少ない場所に店を構えて、今は顧客の紹介以外で新規のお客さんを受け入れてないだけ。これだってタナカさんの所で買ったのよ」
ノーラが付けているガントレットを目の前に突きだしてくる。
頑丈そうで可動部も広い。良い造りをしているな。
「ノーラのお勧めの店を疑っている訳じゃないさ。ほら、店に入るぞ」
ドアを開けて店の中に入る。店の入り口から店内を一望する。
「ほう…」
店内は予想と違っていた。辛気臭い外観と違って店内は明るく、清潔感がある。
防具を着せたマネキンや、棚に掛けられた様々な武具が所狭しと並んでいる。
どの商品も手入れがなされており、実戦に耐える造りだ。
実力のある鍛冶屋というのは嘘ではないようだ。
知らない形状の武器も所々に存在する。
日本に伝わる武器だろうか。
「ターナーカ―さーん、新しいお客さん連れてきたよー!」
ノーラがカウンターで叫んでいる。しばらくしていかつい顔のドワーフが一人、奥から出てきた。
「やあノーラちゃん。ブーツとガントレットの調子はどうかな?そちらが、紹介したいお客さんかい?」
ドワーフ。頑固で職人気質のきつい酒と金属と宝石を愛する豪快な種族だ。
知り合いのドワーフもそうだった。
それが中身が日本人になるとどうなる?
とても物腰の柔らかいドワーフの出来上がりだ。
違和感がすごい。
俺は喉まで出かかった違和感をどうにか呑み込み、タナカに軽く頭を下げる。
「カイルだ。剣と盾を新調したくてここに来たんだが」
「剣と盾ね。とりあえずカウンターに座ってくれるかな?」
勧められるままカウンターに座る。
すると何時の間に用意されていたのか、時子の家で出された物に似た茶が出された。
茶!ドワーフが酒じゃなくて茶を出す!
落ち付け。冷静になろう。いいか、これはあくまで仮想世界だ。
茶を出すドワーフが居たって構わないんだ。
「それまで使ってた武器はあるかい?」
「あ、ああ。下取りに出すつもりだったから持ってるぞ」
インベントリから刃こぼれした剣と、壊れた金属盾をカウンターに置く。
「ちょっと見せてもらうね」
タナカは剣を抜くとそれまでのにこやかな顔が消え、一瞬で真剣な顔になった。
真剣に眺める様は本物のドワーフの職人らしく見える。
タナカは方向を変えては剣を眺め、刃こぼれを確かめる。
同じように盾も入念に調べている。
「…格上の装備持ちと斬り合って壊れたんだね。でも腕は君の方が上だったのかな」
「ほう、良く分かるな」
「どういう攻撃でどういう傷がつくかってのは勉強してるからね。
これはチュートリアルでもらえる盾と剣だ。
なのに付いているのはこのあたりの外にいる弱いモンスターと斬り合ったり、
その攻撃を防いだ時に出来る傷じゃない」
「合ってる」
「となるとチュートリアルを終えた君は、いきなり街中で君が格上の装備をした相手に喧嘩を売ったか、売られたかしたんだ。
身に付けている防具に傷も付いていないという事は君は喧嘩に勝ったんだ。驚いたよ」
驚いたのはこちらの方だ。身に付けている物と壊れた武器だけでそこまで読み取れるとは。
「全部合ってるぞ。探偵に鞍替えしても稼げそうだな」
「僕は金属いじりしか能のない人間だよ。いや、今はドワーフか。しかしどうやって勝ったんだい?」
「普通に戦って、勝っただけだ」
「レベル1でステータスやスキルの差をねじ伏せてかい?…ノーラちゃん、面白い人を連れてきたね」
「でしょ?それに免じて次何か買うときはまけてね!」
「はははは。そうだね、考えておくよ。それで剣と盾だったね、予算はどれくらいかな」
「これだけある」
カウンターに男から巻き上げた金貨入りの袋を置いた。
「チュートリアル終えたてにしては、結構な金持ちだね」
「喧嘩を売った奴が親切にもインベントリの中身を賭けてくれたんでな」
「なるほど。これだけあるなら出来合いじゃなくて、形や仕様について注文してもいいよ」
「そうか。剣は両刃で突きと斬る両方が出来るもの、刀身は80センチ、人以外も斬るから頑丈に」
「柄の造りは?」
「鍔は十字、握りは片手両手両方出来るように。柄頭は殴打も出来るようにしてくれ。装飾はいらん」
「盾は?」
「持ってきた奴と同じ形でいい。大きさは一回り大きくして半身が隠れるぐらいで。
あと、盾の上の部分を殴る時に使うから頑丈に頼む」
「分かった。最期にステータスを見せてくれるかな?」
「『ステータスオープン』これでいいか?」
「うん、やはりステータス上昇系スキルにスキルを割り振っているね。
これなら少々重くてもいい素材が使えそうだ。10分で仕上げるから少し待ってて欲しい」
「10分で出来るのか」
「それがゲームのいい所さ」
タナカは店に飾られた剣と盾を持って店の奥に消えて行った。
「タナカさんはね、リアルで金属関係の仕事をしているの。
自分が作った金属で武器を作るのを趣味にしたかったけど法律がね。
それでゲームで鍛冶屋をしているそうよ」
俺と同じで現実世界での技能をゲームに生かしている訳だな。
再び店に飾られた装備品を物色していると、タナカが戻ってきた。
「お待たせ。武器の説明をしたいけどいいかな?」
「頼む」
「まずは盾の方から。大型のカイトシールドだね」
黒ずんだ銀色をした盾がカウンターに置かれた。
「あの金額で希少な魔法金属100%は無理だけど、鉱山都市産の黒鉄鋼をベースにミスリルを混ぜ込んである。中レベルの魔法やワイバーンくらいのブレスなら問題なく防げるよ」
盾を構えて感触を確かめる。
使っていた盾よりも若干重くなっているが、レベルアップとスキルのおかげで丁度いい感じだ。
それに重さも攻撃を防ぐには必要だ。
「次に剣だね」
銀色の刀身に黒い縞模様が入った長剣がカウンターに置かれた。
「こっちは同じ鉱山都市産だけどこっちは刃物向けの白鉄鋼をベースにアダマンタイトを混ぜ込んであるんだ。この縞模様がいいだろう?正しく使えば鋼鉄の鎧くらいなら叩き斬れるし刃こぼれもしない」
カウンターに盾を置いて剣を抜く。
こちらも使っていた剣よりも重くなっているが問題は無い。
片手持ち、両手持ち両方で構え、振って出来栄えを確かめる。
室内だが他の商品にぶつけるようなヘマはしない。
いい出来だ。彼なら俺の世界でも鍛冶屋としてやっていけるだろう。
十分確認した俺は剣を納めてカウンターに置いた。
「モーションスキルを使わずにその動き、武術をの経験があるのかな」
「そんな所だ。それでこれの代金はいくらだ」
「予算が金貨百二十枚。盾と剣の材料費が金貨九十五枚、鞘や革代が金貨五枚。
締めて代金は金貨百枚だね。技術料はタダでいいよ」
「いいのか?」
「紹介で来た新規さんからは技術料を取らないんだ。
それにね、カイル君はまた格上の相手と戦って装備をボロボロにしそうだからね」
「なんだそれは。だが色々言い当てたあんたが言うと、そうなりそうな気がする」
「はは。そうなったらまたここに来てくれ。それで話は変わるけど、昨日いい感じに出来た弓があるんだよね。値段が丁度金貨二十枚なんだけど…」
※
「結局弓も買っちゃったね」
「何が新規からは技術料は取らないだ。別の所で金取ってるだけじゃないか」
「でもいい弓なんでしょ」
「まあな」
盾と一緒にタナカの店で買った金属製の弓を背負っている。
これには矢をつがえる部分をへこませて矢が真っ直ぐに飛ぶ工夫がされていた。
「決闘で稼いだ分は全部使い切ってしまったな」
「でもその分良い装備がそろったじゃない。それで一杯稼ぎましょ」
「そうだな。周辺のモンスターを狩りつくすくらいの気持ちで行くぞ!」
俺とノーラは納品依頼を達成する為に街の外へと向かった。