五話 売られた喧嘩を買う
「ノーラじゃねえか!」
依頼票をカウンターに持って行こうとしていた俺たちは、いきなり中肉中背の男に声を掛けられた。
ヘルメットを脇に抱えたその男に俺が抱いた印象を一言でいえば「柄が悪い」だ。
装備は磨かれた全身鎧に両手剣。装備の質はどれも悪くは無いように見える。
顔立ちも悪くないが、表情から育ちの悪さと教養の低さが滲んでおりそれを台無しにしていた。
光る鎧と剣よりも、ボロ切れと短剣でスラムに潜んでいる方がきっと似合うだろうな。
時子のこの世界での名前を知っているが、知り合いのようには思えない。
ノーラに小声で確認してみるか。
「この男とは知り合いか?」
「全然。この前辻ヒーリングしてあげたら勘違いしちゃって着き纏われてるだけ」
女に優しくされたらその女が自分に惚れていると勘違いか。
良くある話だ。自分だって経験がある。
孤児院にいた頃に、シスターに花を摘んで告白し盛大に自爆した事がある…
「把握した。俺はどうすればいい」
「カイルは無視して」
頷いた俺はノーラと、その男を無視してカウンターに向かう。
が、男はノーラの腕を掴んで引きとめようとする。
「おいおい、無視すんなって」
「離して」
「連れない事言うなよ」
「放さないとGMにセクハラで訴えるわよ」
「これくらい、セクハラにもならねぇよ。俺に気があるんだろ?隠すなよ」
「あのね、あれはボロボロのあなたが帰り道に偶然いたから回復してあげただけ。勘違いしないでくれる?」
「照れるなって。女が惚れてもない男にあんな事しないだろ?」
男は何だかんだ言って腕を離す気はないようだな。
この手の勘違いは男にはままあるものだが、ここまで勘違いしたまま気付かない奴も珍しい。
黙ってろと言われたが、俺は時子に飯と寝床の恩がある。
少し介入しよう。
穏便に済ませられるといいが…
「それぐらいにしたらどうだ」
「あぁン?なんだ手前ェ」
「俺か?俺はノーラの…」
友人だ。そう言うとした途端、男の腕を振り払ったノーラが俺の腕に抱きついて
「彼はカイル。わたしの彼氏よ!」
ちょっと待って欲しい。彼氏だと?
「彼氏だと。本当か?」
「いや、俺は…」
「彼氏よ!そうよね?」
はい、と言え。時子の目線がそう言っている。
ええい、ままよ。
「ああ」
「聞いた?分かったらさっさと何処にでも行ってちょうだい」
確かにこの虚言はこの男に効くだろう。効くが…
「こ、こんなボロっちい装備の男がノーラの男だと。お前、レベルは幾つだ」
嫌な予感がする。
これは答えても答えなくても面倒くさい事になるに違いない。
「レベル1だ。今日始めたからな」
「レベル1だと?そんな奴にノーラの男が務まるか。おい、ステータスカードを出せ!」
言われた通りステータスカードを出す。するとそこに
プレイヤー名 アレス から決闘が申請されました。
ルール デスマッチ アイテムと魔法使用不可
賭け あり 対象 インベントリ内アイテム全て
決闘を受諾しますか? はい/いいえ
と浮かび上がっていた。
「俺とノーラの間に口出しするなら俺と戦え。そうじゃないなら黙ってろ雑魚が」
ああ、やはり面倒くさい事になったな。
「無視してカイル。あいつレベル20よ。レベル1じゃ勝ち目ないの知ってて煽ってる」
無視してと言うけど、ここまでこじれたのはノーラのせいでもあるんだが。
厄介な事になったが、本格的にこの世界の体を試すいい機会と思おう。
俺はステータスカードのはいと書かれた部分を押した。
「断ると思っていたがやる気か。いいだろう、地下の教練場に来い!」
そう言うと男は階段を下りて行った。
「ええ!受けちゃったの!?」
「インベントリに入ってるのは貰った金とポーションだけだから失っても別に痛くもない。
それとノーラ、勝ち目がないと言ったがなぜだ?」
「戦闘職はSTR、AGI、VITが良く上がるからレベルが10も差が付くとパワーやスピードが全然違うのよ。
装備だって向こうは2ランクは上の奴だし…」
「なんだ、それだけか」
「それだけって、PVPではレベルが2違うごとに勝率が一割下がるって言われてるのよ」
「レベル差があると剣が刺さらないとかではないんだろ?」
「それは、そうだけど…」
「それなら大丈夫だ。保障してやる。このゲームが俺の思っている通りなら――あいつは俺に一撃も入れられない」
※
「上では生意気なこと言いやがって。叩きのめしてやる。手前が無様をさらせばノーラだって俺に惚れ直すに違いねえ」
「だから、ノーラは最初からお前に惚れてないって…」
「うるせぇ!始めるぞ!剣を抜きやがれ!」
現在ギルド地下にある教練場の一角は決闘の場となっていた。
その広場で俺と男が向かい合い、それを上でのやり取りを聞いて野次馬と化した冒険者たちが囲む。
野次馬の中からノーラが心配そうにこちらを見ていた。
ゲームでやられた所で別に死ぬわけでもないのだから、そこまで心配しなくてもいいと思うのだが。
相手は全身鎧に両手剣。
防御は鎧に任せて両手剣で攻めてくるタイプだな。
顔はヘルメットで覆われ、スリットから覗く目以外は見えない。
だがあの目つきからして頭に血が登ったままだろう。
今の俺は片手剣と盾、ベルトに短剣と防具だけの身軽な姿になっている。
弓や外套やらはインベントリのカバンに突っ込み、それごと時子に預けた。
剣を抜き、剣と盾を構える。
「まあなんだ、その、始めようか」
「一撃で決めてやる!」
俺が構えたのを合図と取った男が、大上段に剣を構え突進してくる。
なるほど、確かにレベル差は大きいようだな。
あのスピードは今の俺には出せない。
だが―
「死ね!」
俺は男が振り下ろす剣をその勢いを殺さないようにしながら、盾でいなす。
勢い余った男の剣は地面にめり込んだ。
「なっ」
その隙を逃さず、鎧と太ももの隙間を剣で突く。
「がっ!」
下に着込んでいた鎖帷子が邪魔して致命傷とはならなかったが、有効打にはなった。
男が剣を地面から引き抜き振りまわすのをバックステップで避ける。
一連の動きを見て野次馬がどよめく。
「どんなスキルを使った!」
脚から血を流しながら男が吠える。
答えは『なにも使ってない』だが、戦う相手に馬鹿正直に答えてやる必要はない。
「…」
「答えやがれ!」
再び大振りで飛びかかってくる男の剣をを盾でいなし、鎧の隙間に切りつける。
剣を盾でいなす。最小限の体捌きでかわす。剣で受け流す。そうして出来た隙を攻める。
相手が防御に入りカウンターを狙おうとすれば、防御をフェイントで崩し、その隙を突く。
幾つかのアーツはまともに盾で受けてしまったが、盾ごと自ら飛ぶ事で衝撃を殺す。
そういった事を十数回繰り返すと、男は鎧の隙間の至る所から血を流す有様になっていた。息も上がっている。
「ハァ、ハァ、何で攻撃が当たらねぇんだ…」
「…」
奴には教えてやらないが、答えは簡単。
視線や重心、体の動きから次の行動を読み、それに合わせているだけだ。
相手はモーション補正のおかげで、それなりに剣を振ったり体を動かせてはいる。
いるが、物心ついた頃から剣を振っていた身からすると色々と隙が大きすぎる。
その上に鎧を着けた重戦士ならば、鎧の防御力を活かした構え、剣の振り方があるのだがそれが全く出来ていない。
こちらが容易に鎧の隙間を突けるのもそのせいだ。
確かに、レベル差からくるの力や早さの差はかなりの脅威だろう。だか、それだけでは俺には勝てない。
こちとら魔法で身体能力を弱められ、身体能力で勝る敵を相手にする場合も訓練済みだ。
それでなくても仕事柄、格上殺しには慣れている。
出血で相手がふらつき始めている。こちらの体慣らしも終わった。
そろそろ終わらせよう。
「準備運動はもういいな。次はこちらから行くぞっ!」
今出せる力の全力で地面を蹴り大きく間合いを詰める。
「なっ!」
相手が反射で突き出す剣を盾で反らす。反らす事には成功したが、耐えきれずに盾がバラバラになる。
構わない、次の一撃で決める。
壊れた盾を捨て、両手で剣を持つ。
そして相手が剣を引き戻す前に体を捻り、全力で剣をヘルメットに空いたスリットに突き込んだ。
男の体がビクリと震え、動かなくなる。
剣を伝い血が地面に滴る。
剣をヘルメットらからズルリと引き抜くと、男は糸が切れたように崩れ落ちた。
「「うおおおおおおおおお!」」
「やりやがった!」「ありえねえ…」「誰だあいつ!誰か知らないか!」
彼らの予想を裏切った結果だったのだろう、野次馬が湧きかえっている。
俺は剣を一振りして血を払ってから鞘に納め、驚いているノーラに歩み寄る。
「本当に勝っちゃうなんて思わなかったわ」
「言ったろ?一撃ももらわずに勝つってさ」
※
俺とノーラは男が広場の隅に置いていた奴のインベントリを漁っていた。
男の死体はゲーム内時間で半日もすれば教会でリスポンするという事で、教練場の隅に放置されている。
「中々貯め込んでいたようだな。しかし自分の財産を賭けるとは馬鹿な奴だ」
「普通はレベルが20も開いていたら勝ち目なんてないからね。吹っ掛けたのよ」
インベントリの中から金貨が詰まった袋を身つけ出した。
「随分と貯め込んでいたようだな。俺も悪魔じゃない、他は残しておいてやろう」
金貨の詰まった袋を取りだし、男の死体の上に奴のインベントリを置いた。
これでちょっとしたもめ事も済んだ事だし、依頼の為に街の外へ…
と行きたいところだが、決闘のせいでで剣は刃こぼれが酷いうえに、
盾は壊れて使いものにならなくなってしまった。
「なあ、この街でいい武器と盾を売っている所を知らないか?」
「ええ、知ってるわ。タナカさんの所ね」
「タナカ…?まあいい、そこに案内してくれ。剣と盾を新調したい」
俺は金貨の詰まった袋を手で弄ぶ。
「先立つものは丁度良く手に入ったからな」