一話 山賊狩り
湖畔の町ウイダニアから南東の荒れた土地に、人里はなれた場所に構えられている山賊の砦がある。俺たちはそこから少し離れた砦から見えない場所で、奴らを襲撃する準備を整えていた。
俺たちがなぜ山賊を襲撃しようとしているかというと、ミスリルクラスへの昇格に必要な実績と装備購入に必要な資金を確保するためだ。実績と金。山賊狩りはこの二つの条件を満たしていた。
山賊狩りは対人戦という事で実績として評価が高い。その上に、生きて捉えた山賊をギルドに引き渡せば追加で報酬が貰え、山賊が溜め込んだ宝も自分たちの物にすることが出来るのだ。
俺たちがウイダニアで受けた依頼は、ウイダニア南東方面に出没する山賊の討伐依頼。推奨ランクはゴールド。山賊が中々捕まらない為にミスリル向けの塩漬け依頼として、ロントの冒険者ギルドに送られる直前だった依頼だ。
作戦を立てる前に俺とルッカが砦を偵察したが、山賊は山腹にある放棄された古代の小さな砦を修復し、拠点として再利用しているようだった。山賊は崩れた城壁を土嚢や杭で補修しその上に見張を立たせている。砦の城壁の内側からは、生活の煙が立ち昇っていた。崩れた監視塔の代わりに小屋を建てて壁の内側で生活しているのだろう。見張りは皮鎧でガッシリとした身体を包んでいる。奴らは以前戦った、騎士団の駐屯所の留守を襲った賊よりも強いだろう。
「こっちは前衛のバフかけ終えたわよ。リーゼ、リリウム、呪文の準備出来た?」
ノーラが新調したメイスを手に全員に確認を取る。
「いつでも行けるぞ」
「準備できました」
魔導書を手にリーゼとリリウムが頷いた。
「ルッカも大丈夫?」
「見張りと抜け出した山賊の排除だよね?任せて」
ルッカは飛竜の骨の矢じりが付いた矢を弄りながら、調子よく答える。
「前衛の二人は行ける?」
「……いつでも行ける」
「大丈夫だ。正面から乗り込んで制圧するだけだろ?」
俺は皆の緊張をほぐす為、なんのことでもないだという風でノーラに答える。
「軽く言うけど、山賊を逃すとそれだけ報酬が減るんだから気をつけてよね」
「分かってるさ」
山賊狩りは、狩場でのモンスター狩りや護衛依頼や採集依頼と違いリスキーな部分がある。討伐を察知した山賊が逃げ出し取り逃がしてしまう、山賊が全く宝を溜め込んでいない、山賊を生きて捕らえることが出来ず追加報酬を貰えない、このような自体があり得るからだ。稼げない場合の落差が大きい。
「それじゃあ私達の懐を暖める為、一人も逃さないように頑張りましょう。各自配置に着いて待機、リーゼの呪文を合図に作戦開始ね」
俺たちは作戦通り、二手に別れて待機場所へ向かう。前衛の俺、サクヤ、ノーラ砦の待機場所は正門近くの岩陰。後衛のルッカ、リーゼ、リリウムの待機場所は砦全体を見渡せる俺たちより後方の場所だ。
作戦はまず最初にリーゼが呪文の曲射で砦の内側に火を放つ。次にルッカと俺が歩哨を弓矢で射落とし、リリウムが正門以外の脱出口を呪文で塞ぐ。最後に焼け出されて正門に殺到する山賊を、俺とサクヤとノーラが待ち構えて無力化もしくは捕縛する。俺たちが正門で戦っている間、残りの三人は周囲で正門以外から抜け出した山賊を待ち構えて捕縛する。
「山賊が財宝を一杯溜め込んでいるといいわね」
待機地点へ向かっていると、後ろからノーラが話しかけてきた。
「ここを見つけるのに数日かかったからな。その分は取り返したいな」
俺はノーラにそう言葉を返す。
この山賊たちは街道からかなり離れたところに拠点を構えており、見つけ出すのに随分と苦労した。だが、街道を監視していた見張をルッカが探知し、そいつが尋問で拠点の位置を吐いたのが奴らの運の尽きだ。奴らはこのあたりで長いこと討伐の手を逃れながら、農村を略奪し行商人を襲撃していた。随分と宝を溜め込んでいるに違いない。
「<炎の矢!>」
しばらく待機場所から砦を覗いていると、リーゼの声が遠くから聞こえ、炎の矢が砦へと降り注ぎ始める。作戦開始だ。
「カイルは城壁の見張りを叩き落としたら、頃合いを見て正門に来てね。サクヤ、行くわよ」
「……分かった」
「俺の取り分は残しておいてくれよな」
待機場所からノーラとサクヤが飛び出し、騒がしくなりつつある砦の正門へ駆けていった。
再び炎の矢が砦へと降り注ぎ、砦の内部から混乱した声が聞こえてくる。リーゼの呪文はレベルが上昇した上に、エルフの里で手に入れた素材で強化されており、砦内部をを混乱させるのに十分だ。
俺は物陰から飛び出して弓に矢をつがえ、城壁の上に立つ見張りへ放つ。放たれた矢は山賊の胸を皮鎧ごと貫き、山賊は苦悶の表情で城壁の内側へと落ちていった。再び矢をつがえ、慌ててながらこちらを狙おうと、矢をつがえ始める見張りに狙いを定める。が、俺が矢を放つ前に後方から別の矢がその見張りの胸を射抜いた。
「援護するよ!カイルもどんどん射っちゃって!」
ルッカの声が後ろから聞こえた。つがえた矢の狙いを城壁にいる別の山賊に狙いを変え矢を放つ。胸を射たれた山賊がこちら側へと落下した。
「<石の壁>!」
ルッカの矢が飛んで来るようになるのと同時に、砦の正門以外の出入り口が石の壁で塞がれ始める。リリウムが呪文で逃げ道を塞ぎ始めたようだ。こちらも少し前では砦を封鎖するのは不可能だったが、レベルの上昇と強化された杖のお陰で可能になっている。
「この野郎!」
俺を見つけた城壁の山賊が矢を射掛けてきた。飛んできた矢をかわしながらつかみ取る。
「えっ……」
山賊が信じられない物を見たように口を開けた。
「矢を返すぞ」
掴んだ矢を射掛けてきた山賊に射返す。山賊は俺の矢を避けきれず背中に受けその場に崩れ落ちた。レベルが上ったおかげで、現実の通りとまでは行かないがわりと体が動くようになってきたな。いい感じだ。このままレベルを上げればSMOでも現実と変わりない動きができるようなるに違いない。
その後数人の山賊をルッカと共に矢で射落とすと、山賊は学習したのか城壁に上がらなくなった。よし、正門の応援に行くとしよう。
「はっ!えい!」
「……<疾風突き>」
駆けつけた正門ではノーラとサクヤが山賊と戦っていた。砦の正門は大人五人が通れる程度の広さで、周囲にはノーラのメイスで手足や胴を打ち据えられたり、サクヤの槍で貫かれて倒れた山賊が散らばっていた。俺が正門にたどり着くと山賊が戦いを止め少し下がる。二人に勝てなかった状況で増援が来れば当然の動きだ。
「城壁に山賊は居なくなったぞ。加勢が必要か?」
剣を抜きながら二人に声をかける。
「カイル、交代してくれる?」
「任せろ」
「後ろから呪文で援護するわ」
ノーラが後ろに下がるのと入れ替わって俺はサクヤの横に並ぶ。
「サクヤ、何人やった?」
「……私が五人、ノーラが三人」
俺とルッカが城壁から射落としたのが七人。残りがざっと数えて十数人だから山賊は三十から四十人いたようだ。
「降伏しないか?ここで死ぬよりましだろ」
山賊の中で一番体格と装備がいい男が長に違いない。当たりをつけて降伏を呼びかけてみる。
「ぬかせ!しかし、どうしてここが分かった?ここは街道からは見えねえはずだ」
予想通りそいつが山賊の長だったようだ。
「街道を見張らせてた奴が親切にも教えてくれてな。今はギルドの牢屋であんたらを待ってるよ」
「あんの野郎、帰ってこないと思っていたらゲロりやがったか!」
苦々しい顔をした山賊頭に砦の奥から部下がやって来て長に耳打ちした。部下の話を聞いた長の顔が更に歪む。
「正門以外から逃げようとしたようだが、外には仲間が待ち構えているから無駄だぞ」
「ぐう……」
言い返せない所を見ると図星だったようだ。おそらく何人かが城壁からはしごで逃げようとして、ルッカに射られたりリーゼとリリウムの呪文で捕縛されたのだろう。
「上納金と手勢を手土産に幹部として東の組織に入れるところだったのに、全部ぶち壊しやがって!」
「山賊の都合など知った事かよ」
「俺は諦めない!お前らをぶっ殺して東に逃げてやる!」
両手斧を手に山賊の頭が突撃してきた。
「俺がやる。サクヤは他のやつを逃げないように牽制しろ」
「……分かった」
振り下ろしたり、突き出される両手斧を盾で受ける。かなりの衝撃が腕に伝わるが耐えられないほどではない。何回か山賊長の受けて攻撃の癖を読む。そして、振り下ろされるタイミングで踏み込んで斧に剣を合わせる。俺の剣は両手斧の刃を柄から切り飛ばした。
「なっ!」
「覚えとくといい」
盾を手放し両手で剣を構えて距離を詰め、山賊長が腰の手斧を引き抜く前に剣を数度振り抜く。両腕、両脚、首、胴をバラバラに切断された山賊長が地面に転がった。
「木製の長柄武器はこういう事がある。覚えたか、サクヤ」
「……気をつける」
「さて、こうなりたい奴から前に出ろ」
残った山賊たち返り血を浴びた俺と、山賊長だったものを見る。山賊たちは顔を見合わせ、武器を捨てて両手を上げた。
「賢明な判断だ」