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十二話 異世界の踊りと巫女

殴らせ屋相手に一騒ぎ起こした俺は、人を撒き十分に時間が経ってから皆と再び合流する。合流した時には、もう時子が神社で舞を踊る時間だった。

山の上の神社には舞を踊るために設けられた広場と、神社の本殿から広場までの道が作られ、それらが篝火で照らし出されている。

俺は広場を囲む観客の中から皆を見つけ出し、後ろから声をかけた。


「もう始まるか?」


俺の声に最初に反応した桜が振り向いた。


「…遅い。もうすぐ踊りが始まる所だった」

「すまん。あそこはあの後どうなった?」

「…警察が来て、カイルが殴られ屋を昏倒させた事は有耶無耶になった」


うん、予想通りの展開になった。暴力を振るうことは日本ではかなり厳しく制限されている。そんな中で、ああいった商売をして殴り倒されても泣き寝入りするしか無いだろうよ。


「あの時さ、カイル相手の足踏んだよね」


瑠璃香は俺が殴られ屋にやった足踏みを指摘する。


「ボクサー相手に足技はズルじゃない?」

「足は使うなと言わなかったからな」

「受付から見えない位置に移動してやった癖に―」


瑠璃香がお主も悪よのうと言いながら俺を肘で小突いた。


「カイルはアメリカでああいうことを習っていたんですか?」

「あれは生半可な訓練では出来ない動きだ。SMOでのマニュアル戦闘といい何かやっていたのか?」


巴と百合が、俺があの動きを出来た理由を聞いてくる。


「護身術も兼ねて軍隊格闘術を習ってた。あとは、中世の剣撃戦闘の再現をする団体にも参加していたな」

「「へー」」


全て真っ赤な嘘だ。本当のことを言うわけにはいかないのだからしょうがない。


「あっ、時子が出てきた。踊り始まるよ」


瑠璃香がそう言ったので神社の方を見ると、時子が神社の入り口に儀式に使う装束に身を包んで立っていた。広場に座る村人が笛と太鼓で演奏を始め、観客が静まる。この祭り最後の催しである舞が始まった。




時子は儀式に使う白い衣と赤い袴を身に着け、その上から白い衣をさらに羽織っている。髪は紙で出来た飾りで後ろに纏められ、頭には花と枝で飾り付けられたティアラのような冠を被っていた。この儀式に使うのか鈴の付いた杖と、玉が嵌め込まれた剣を左右の手にそれぞれ持っている。


村人が歌を吟じ始めると、時子が神社から杖の鈴を打ち鳴らしつつゆっくりと、篝火で照らされた広場への道を歩き始めた。しずしずと進む時子の表情は真剣そのものだ。

広場に着いた時子が杖と剣を手に舞を踊り始める。ゆっくりとした動きに所々止めが入るその舞は、動きが遅いににも関わらず、不思議ともたついた感じはしなかった。

ああいう動作は遅いが、見た目よりも肉体へ負担がかかるものだ。時子の額を見れば汗が浮き出ている。だが、彼女は汗を拭うこともなく舞を続けていた。


時子の容姿は、俺の記憶の中でも十本指に入る美しさだ。その美しさを、異国の装束と音楽と舞がより一層際立てる。この世界に女神がいるのならばこうであろうとさえ思えた。広場で二十分ほど舞を踊った後、時子は再び神社へと向かい扉を締めたところで、ちょうど良く音楽が止まった。

舞の披露が終わったようだ。観客の拍手に合わせて俺も拍手する。




「…どうだった?」


一緒に舞を見ていた桜が舞を見た感想を聞いてきた。


「ここに来てから一番いいものを見れた。それで、あの舞はどういう意味があるんだ?」


当然知っているものとして聞いたのだが、巴、瑠璃香、桜は顔を横に振った。地元の宗教儀式なのに知らないのか。地域の催し物として祭りが残っていても、宗教的意味合いは薄れているからか?


「あれは大昔にここが干ばつに見舞われた時に行った、雨乞いの儀式が変化したものだそうです。本で読みました」


百合だけは本で知っていたようだ。


「舞が終わってからも本殿の中で引き続き儀式をするので、時子が戻ってくるのはしばらく後ですね」

「俺たちは祭りの後片付けだな。俺は出店の撤収を手伝うから下に行く。皆は?」

「我らはここでゴミ拾いをして帰るから、今日はここで解散だな」

「そうか。じゃあまたSMOで会おう」


俺は四人と別れて参道の階段を降り、出店の片付けに向かう。後ろから「今日の夜は時子ビッグチャンスかも?」という瑠璃香の呟きが聞こえた。どういう意味だ?




          ※




俺は村人と協力して出店を片付ける。ゴミ、出店の機械、設営に使った天幕などをこれを持ってきた車に再び載せていく。山の麓でゴミ拾いや、出店の片付けが終わったのは深夜だった。最後まで後片付けに残っていた村人と挨拶をかわしてから別れ、時子がいる山の上の神社に戻る。階段を上がってみれば、舞に使った広場もすっかり元の姿になっていた。今は周辺に人気は無く、社務所にだけ明かりがついている。

社務所の扉を開けて中に入ると、時子の誰何する声が聞こえた。


「誰?」

「俺だ。片付けは全て終わったぞ」

「ああ、カイルね。ここも閉めるから外で待ってて」


言うとおりに外のベンチで待っていると、社務所の明かりが落ち時子が出てくる。時子は社務所の出入り口を施錠したこっちに来て隣りに座った。服は浴衣や先程来ていた装束ではなく、いつも来ている服に着替えていた。


「片付けお疲れ様。舞見てたんでしょ。どうだった?」

「どうだったって?」

「あれが異世界人からどう見えたかの感想を聞きたいの」


正面切って綺麗だったとは言いにくいが、家主のお願いを居候の身では断れないな。


「俺としては独特の動きが面白い踊りだと思ったし、美人な時子が衣装のお陰ででもっと綺麗に見えたな」


俺が踊りの感想を述べると、時子の顔が少しだけ赤くなった。

ん?


「え、えっと、そういう事じゃなくて、異世界の宗教の儀式と比べてどうだったかなって聞いたんだけど……」


おっと、勘違いしていたようだ。


「ああ、そういう意味か。元いた世界の宗教的な儀式の時に感じた、神聖な雰囲気は無かった。神職としては残念かもしれないが」

「そ、そうなんだ」


時子の反応があまりよろしくない。なんだか少し気まずい雰囲気になってしまった。


「ねえ、カイルは元の世界で好きな人いた?」

「いや、修行と戦いで忙しくてそういう事を考える暇はなかったな」


下積み時代は戦いと修行でそれどころではなかった。魔王軍との戦争中盤、名前が売れて金と時間に余裕が出来た時は、既成事実を作ろうと寝所に女を送り込んでくる、王侯貴族や大商人や政治家をかわすのに精一杯でそれどころではなかった。

仲間の中でそういう中になりそうなのは誰かいたかな?

聖女マリエルは聖騎士ファブリスと恋仲だったので除外。ドワーフ戦士のギドールと、魔族の王子オキアスも男だから除外。残るのは魔法使いのアレナとエルフ族の射手だったイリスだが、彼女たちも俺としては戦友という意識のほうが強かった。

誰かと家庭を作るかといった事は、魔王を倒してからゆっくり考えようと思っていたからな。


「じ、じゃあ私の」


俺が過去のことを思い返していると、時子が言葉に詰まりながら何か言おうとしていた。が、時子の口から続きの言葉が紡がれる前に、俺の耳が遠くの茂みの中から何かの音を拾った。


「ちょっと待て」

「えっえっ何?」

「誰かいるぞ」


魔力で聴力を強化して音を拾う。どうやら、時子に伝えにくい事が行われているようだ。とはいえ、土地の管理者に言わないわけにもいかないよな。


「遠くの茂みに二人組がいるな。音的に……ここでいかがわしいことをしようとしている。どうする、駐在に連絡するか?」


俺の言った内容を聞いて、時子の表情が複雑なものに変化する。何か変なことを言ってしまっただろうか?


「ハア……カイルが追い出してきていいわよ」


俺の確認にため息の後、少し落ち込んだ声で時子がそう返した。


「駐在に連絡しないのか?」

「祭りの見回りで駐在さん疲れているだろうし止めとく。カイルが脅かして追い払って」

「よし、怪我は勘弁してやるが少しキツめに絞ってやろう」


懐にしまっていた狐面を被りながら俺は立ち上がった。


「私は先に家に帰るから、バカップル追い払ったら家に帰ってきてね」

「分かった」


聖域で不埒な事を行おうとする男女を制裁するべく、俺は茂みへと気配を隠して向かった。

こうして俺が異世界の祭りに参加した二日間は終わった。

後日、街の方では俺が制裁としてやったことが色々と尾ひれがついて広がったようで、街からやって来て神社と周辺の森で盛る男女はピッタリといなくなった。

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