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四話 冒険者ギルド

転送された先は小さな木造の部屋だった。

部屋にあるのは簡素なベッドと数冊の本が置かれた机と椅子のみ。

床が揺れ、円形の窓から見えるのは水平線。どうやら船の客室に転送されたようだ。

本が気になるが、とりあえず人を探そう。

ドアを開けて廊下を進み、階段を上って甲板に上がる。

甲板から水平線を眺めると、遠方に大地らしきものが見えた。

潮の香り、風の感触、木材で出来た船の質感、波の動き。

どれを取っても本物の世界と見分けがつかない。

これを再現したこの世界の科学に改めて感心しながら、最初に目に入った水夫に声を掛けた。


「すまない、この船はどこに向かっているんだ?」

「なぁに言ってんだお客さんよ。この船はアレイド諸島のガリス王国首都ロント行きに決まってんじゃねえか。あんた、密航者でもないのに行き先も知らずに乗ったんで?」

「いや、諸島のどの島に着くか忘れていただけだ。思い出したよ。それで、ガリス王国にはどれくらいで着くんだ?」

「この風だと、あと一時間もあれば港に着きやすぜ」

「そうか、呼びとめて悪かったな。仕事に戻ってくれ」

「へい」


仕事に戻った水夫から目を放し周囲を観察した。この船は風で動く帆船で、元いた世界の物とさほど違いはない。

甲板には「お上りさん」な雰囲気を出している乗客がぽつりぽつりと居た。

あの真っ白な世界にいた女は説明と準備を終えたプレイヤーをこの船に送り込んでいるのだろう。

彼らに話しかけてみようとも思ったが、船が港に着くまで船室にあった本を読む事にした。

俺は客室に戻り机の上に置かれた三冊の本を読み始めた。



一冊目『冒険者と呼ばれる異人たち』

これはこの仮想世界、エルドールにおけるプレイヤーの立ち位置が書かれている物だった。

エルドールではプレイヤーは世界を行き来する者、異人と呼ばれている。

プレイヤーは冒険者ギルドによって管理されており、ギルドは所属している異人、つまりプレイヤーに依頼を斡旋したり、犯罪を犯したプレイヤーの取り締まりを行っているようだ。

依頼の内容はモンスターの駆除、人類の支配地域外での採集や測量調査、戦争における傭兵、行商や輸送の護衛、犯罪者の捕獲ないし処刑など多岐にわたっている。

プレイヤーがこの世界に溶け込めるように制作者は色々考えているようだ。


冒険者ギルドか。俺のいた世界には無かった概念だ。

モンスターの駆除は殆どが各国の軍に大抵ある専門の部署がやっていた。

狩人が手に負えないレベルの採集やモンスターの特定の部位を集める仕事は、それを必要とするギルドが雇う専属の請負人の仕事だ。

武力を必要とするのならば傭兵ギルドで傭兵団を雇えば済む。

「多様な職業人が集まって多様な仕事を請け負うギルド」というものは存在していなかった。


俺は次の本に手を伸ばす。


『冒険者の為のアレイド諸島の地理と国家ガイド』

これはゲームの舞台となるアレイド諸島についての解説だ。

人々が暮らす大陸の東で発見されたアレイド諸島は比較的新しい土地のようだ。

アレイド諸島は「ガリス王国」が統治している第一の島、

「スネイル貴族同盟」「フロッガ共和国」「スラグ協商連合」の三勢力が争う第二の島、

大量のダンジョンと様々なモンスターが跋扈する諸島群で構成されている。


第一の島は大陸に起源を持つ封建国家ガリス王国によって良く統治されており、良好な治安のおかげで移民による開拓が進みつつある。冒険者には開拓民の手助けや未開地域の探索が求められているようだ。


第一の島の北にある第二の島は当初スネイル貴族同盟によって貴族の寡頭政治によって統治がなされていたようだが、苛烈な奴隷制度が仇となり奴隷が反乱。反乱軍は一部地域をフロッガ共和国として占領し分離独立した。

そこに貴族同盟と共和国両方を支援していたギルド連合、スラグ協商連合が債権の回収と称して介入し、島は三つに分割された。

冒険者はそれぞれの勢力の攻防に傭兵として参加したり、各勢力に様々な協力をすることで報酬を得る事が出来ると書いてある。


第一と第二の島の東に広がる諸島群は、ダンジョンから湧き出るモンスターによって無人の地となっている。モンスターから採集出来る希少素材や、ダンジョンに眠る財宝で冒険者が一攫千金を狙う土地のようだ。


本を戻して最後の本を開いた。


『王都観光のススメ』

これはこの船の行き先であるガリス王国の王都である港湾都市ロントの観光案内だ。

俺は地図に記された都市の構造と主要な施設、真っ先に行きそうな冒険者ギルド本部の位置を頭に叩き込んだ。18歳以上限定で色街もあるようだ。少しだけ楽しみにしておこう。


三冊の本を読み終わると、外で鳴る鐘の音が聞こえてきた。窓から外を見れば船は港に停泊する船の中を進んでいた。

本を読んでいるうちに港に付いたようだ。船から降りたら時子を探さないとな。




           ※




「カイル~こっちこっち~」


船から降りた俺が時子を探そうと周囲を見回していると、時子がこちらに向かってきた。

こちらに来る時子を観察する。

肩まで伸ばした髪は現実と同じだが、髪色は濡れたような黒髪ではなく亜麻色だ。瞳も黒ではなく赤い。

金属製の篭手とブーツに宗教的なシンボルが書かれた服を着ている。

神官衣の割に何故か乳を強調するように服の身頃が絞られているのは何故だ?

歩行音に僅かに金属が擦れる音が混じっているのは僧衣の下に鎖帷子を着けているからだろう。

腰にメイスと何かの本を吊るし、インベントリであろう鞄を肩から掛けていた。


「とき…あー、ここではノーラって名乗ってるんだったな。待たせたかノーラ」

「ううん。私もここに来るまでに済ませることあったから。カイルはカイルでいいの?顔も弄ってないけど」

「カイルでいい。ノーラは髪と瞳の色を変えているな。そもそも何で名前や容姿を弄る必要があるんだ?」

「こういうゲームでは現実の事情は持ち込まないのがマナーなの。ああ、カイルはリアルバレとか関係ないもんね…その金髪と青い目、弄らなくても世界に溶け込めていいなー」

「その格好、ノーラのクラスはクレリックか?」

「うん。クレリックとクレリックレベル10で解放されたバトル・クレリックのクラスを取ってるわ。カイルはその格好、戦闘職取ったの?」

「ああ。ファイターのクラスを取った」


俺の正面に立った時子、もといノーラはさっきから俺を上から下までジロジロと眺めている。


「それにしても地味な装備ね」

「戦いで身に付ける物に地味も糞もあるか。実用性が一番大事だろうが」

「ファンタジー出身者にあるまじき夢のない発言を…もっとピカピカしたのとか格好いいの選べたでしょ?」

「鏡面仕上げの装備なんて着てたら戦場でいい的だ。それで合流した訳だが、これからどうするんだ?」

「今日はカイル初めてだし街を出て戦闘をちょっとだけして貰おうかな。でもその前に冒険者ギルドね」

「ギルドで何をするんだ?」

「冒険者としての登録ね。何をするにしてもまずはこれからやらなくちゃ」


登録が何の意味かは知らないが、手続きとなると時間がかかるかもしれない。

この街の冒険者ギルドの位置は本で確認済みだ。ギルドの方向へ歩き出す。


「ギルドで手続きが必要なら時間を無駄にできないな。行こう」

「ちょ、ちょっと待って。ここは先輩である私が案内するパターンでしょ」

「なんだそのパターンって…本にギルドの位置が書いてあったから知ってる。行くぞ」

「こういうゲームものでは先輩がね…って歩くの速っ!待って~」




           ※




俺ノーラの要請で王都の石畳で舗装された道をゆっくりと歩いている。

隣を歩くノーラに今から行く冒険者ギルドについて尋ねてみた。


「冒険者ギルドってなんだ?」

「それはフレーバーテキスト、メタどっちの意味で聞いてるの」

「船にあった本でなぜこの世界に冒険者ギルドがあるかという理由は知っている。ゲームとして、何故そういう組織を作ってあるかって話だな」

「それだとメタのほうね…簡単にいえばプレイヤーの管理と誘導の為ね」

「管理と誘導?」

「このゲームがほぼ人間に近い思考のAIを持つNPCと、自動生成されるモンスターや資源で構成されていてとても自由度が高いって説明、したっけ?」

「ああ。そんな事を言っていたな」

「自由なゲームってね、一定の割合で自由すぎて何したらいいかわからない人が出てくるの。

そういう人たちにクエストを斡旋したり、行動の評価基準になるランクを付与して、プレイヤーとしての目的を与えるのが冒険者ギルドね」

「何か目的があるならギルドに登録しなくてもいいのか」

「登録するかしないかも自由ね。でもモンスターから取れる素材の買い取りをしてたり、討伐依頼なんかの情報が集まるから登録しておいた方がお得よ。

それに冒険者ギルドに登録すればレベルや実績を元にランク付けされて、適切な狩り場やダンジョンが分かるし」

「ノーラの方がここの事情に詳しい。ノーラが勧めるなら登録するよ」

「ギルドで登録が終わったら、今から行く狩り場のモンスターの討伐依頼や部位収集依頼がないか見てみましょう」

「分かった」


そんな事を話していたら、冒険者ギルドに着いた。

両開きのドアを押し開けると、奥にカウンターが見える。

カウンターでは受付らしき女性が、完璧な笑顔で冒険者の相手をしていた。

周囲を見回せば設置されたソファーでくつろいだり、仲間と談笑している冒険者がが何人もいる。

全身を鎧で固めた戦士、軽い革鎧と弓矢の斥候、時子とは意匠が違う神官衣を着たクレリック、重厚な鎧と大盾の大柄な騎士。種族は、ぱっと見ても人にエルフにドワーフにハーフリングに獣人。

冒険者に統一性という物は存在しないようだ。

こちらに向く冒険者の目からは、値踏みの視線を感る。

そして男の冒険者の視線は俺よりもノーラの顔と胸に集中していた。

胸に視線がいってしまう気持ちは分からんでもない。

でかいもんな。


「カウンターで登録手続きを済ませましょ」


タイミング良く手が空いた受付嬢がいる。俺はその受付嬢の前に立った。


「冒険者の登録はここで出来るのか?」

「はい。ステータスカードを提出してください」


受付嬢にステータスカードを渡す。

受付嬢はカードを何らかの機械に入れ、数秒後に出てきたカードをこちらに返した。


「冒険者登録が終わりました。ステータスカードをご確認ください」


ステータスカードを確認する。すると


プレイヤーネーム カイル

種族 ヒューマン

クラス ファイターLV1

称号 無し

冒険者ランク カッパー


と、冒険者ランクとやらが新たに追記されていた。


「冒険者ギルドではあなたのレベルと依頼達成状況を総合的に評価し、適正と思われるランクを付与します。依頼はモンスター部位や薬草の納入といった常設の依頼と、特定のモンスターの撃退、山賊の討伐といった臨時依頼が存在します。依頼はあちらの掲示板に張りだされています。常時依頼は掲示板に張られた羊皮紙で確認を、臨時依頼はお受けになる依頼が書かれた羊皮紙を取ってこちらにお持ち下さい」

「分かった」

「困った事があったら何でもお聞きになってください。それではあなたのご活躍をお祈りしています」


そう言い受付嬢は頭を下げた。ステータスカードを消し、後ろで待っていたノーラの所に戻る。


「登録終わったぞ」

「それじゃあ依頼がないか探しましょ」


ノーラと依頼が山のように張りだされた掲示板の前に行く。


「ロント郊外って書かれた依頼探してね」


俺は左端から、ノーラは右端から当て嵌まる依頼がないか探す。

そして当てはまる依頼を一つ見つけた。


臨時依頼 依頼内容 納品

推奨ランク カッパー

ロント郊外に出没するホーンラビットの肉と毛皮と角を十個ずつ

報酬 銀貨一枚

期限 あと三日


「あったぞ」

「見せて」


依頼が書かれた羊皮紙を剥がしてノーラに見せる。


「うん、悪くないわね。これにしましょう」


俺とノーラは依頼が書かれた羊皮紙を受付に持って行こうとした。その時


「ノーラじゃねぇか!」


俺たちは後ろから知らない男に声を掛けられた。

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