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十一話 夏祭り

「兄ちゃん、これはあそこに持っていってくれ」

「分かりました。あそこですね」


祭り前日の昼過ぎ、俺は村の人に混じって祭りの出店の準備をやっていた。

時子は神社の旧家で村の人々と祭りの打ち合わせをしているのでここにはいない。


「よっと」


大型の車に載せられていた荷物を持ち上げ、神社門前の指定された場所に運ぶ。明日はここに出店が何店も並ぶらしい。

昔は外から出店の業者を呼んでいたのだが、暴力団対策で時子の死んだ祖父の代から村の地区が年ごとに交代で出店をやるようになったそうだ。

俺は次の荷物を運ぶために車に戻る。


「次はどれですか?」

「いや、さっきので終わりだよ。兄ちゃん力持ちだな!」


荷物の行き先を指示していた、中年の村人に肩をバシバシ叩かれた。


「おおー凄い筋肉だ!ちょっと前から雨垂さんの所に変なガイジンさんが泊まってるって話だったけど、実際会ってみたら好青年でおじさんびっくりしたぞ」

「時子ちゃんが一人で心配だったけど、カイル君がホームステイしてるなら安心出来そうだ」


中年の言葉に、彼の隣にいる三十台の男が頷いた。


「大学で日本について勉強してたそうだね。日本語が上手で本当に驚いたよ」

「昔から日本文化に興味があったので、大学では日本語と日本文化を専攻に取りました」

「勉強したとはいえすごいよ。声だけ聞くと日本人と見分けがつかないな」

「そう言ってもらえると、勉強した甲斐があります」


俺は時子と考え頭に叩き込んだ設定を元に村の人達と談笑する。今の俺は『日本文化を学ぶために時子の家に滞在している礼儀正しいアメリカ人』だ。偽装身分で敵地の現地民と接触した時の事を思い出すなこれは。

ここでうまく地域の住人と打ち解けることが、今後の過ごしやすさを左右する。顔には全く出さいないが一時も気が抜けない。

時子が俺のことを話したせいでもあるが、それ以上に自分の情報について村で出回っている事が話の中からわかる。

閉鎖的な社会は情報の共有が速く、こういう所での噂は侮れない。村の中での行動には十分気をつけなければいけないな。特に魔法の使用には十分な隠蔽や偽装が必要になるだろう。


「次は何を手伝ったらいいですか?」

「力仕事は兄ちゃんが殆どやってくれたから、後はおっちゃんと若い衆にまかせてくれ」

「それでは後はお願いします」

「ほらお前らキリキリ動け!重い荷物は全部あの金髪の兄ちゃんが動かしたぞ」


中年の村人は日影から、俺の荷物運びを見ていた若い村人を立ち上がらせて出店の設営を始めた。

彼らに軽く頭を下げてから、時子がいる神社への階段を登る。時子の方もそろそ打ち合わせが終わっているに違いない。


「あっ、カイル」


神社のベンチで腰掛けて少し待っていると、神社の横に建てられている時子の旧家から村人がゾロゾロ出て来る。俺が会釈をすると、彼らは礼を俺に返してから、階段を降りて神社の敷地から出て行った。

村人が出てこなくなってからしばらくすると、時子が旧家から出て来た。時子は家の戸締まりをやってから、ベンチに座っている俺の横に座る。


「出店の設営は終わったの?」

「大きい車から荷物全部下ろしたら、後は向こうでやるってさ」

「あれ二トントラックなんだけど、一人で下ろしたの?」

「年配の人たちが腰をやりそうな雰囲気だったから一人でやった」


若い村人の中には引っ越しの日雇い仕事をしている人もいたが、職場では機械で力を補助しながら作業してたらしいので、あまり荷物運びの役に立たなかった。


「結構重い荷物もあったと思うけど無理してない?」

「魔法で体を強化してたから大丈夫だ」

「本当に便利ね魔法って」

「こちらからしたら、機械の方が便利に見えるぞ」


この世界の機械に支えられた文明は、同じものを大量に生産するという点において、俺のいた世界を遥かに勝っている。輸送面でも陸海空の全てで同様だ。

軍事は核を始めとする大量破壊兵器が脅威だが、魔法というアドバンテージで幾らでもやりようはあると思うが……


「『隣の芝生は青い』ね。他人のいい部分は余計に良く見えるって意味」

「それで、時子の方は打ち合わせは終わったのか?」

「お父さんがマニュアル作ってくれてたから、担当地区の人たちに役職の割り振りするだけだったわ」

「都会に行っている時子の兄は帰ってこないのか?」

「お兄ちゃん?お兄ちゃんは忙しくて、しばらく帰ってこれないって連絡が来てる」


使うはずだったSMOの機械を送り返してきたことといい、祭りの手伝いに帰って来れないことといい、時子の兄はかなり忙しいようだ。


「兄はどんな仕事をしているんだ?」

「自衛隊勤めなんだけど、詳しいことは秘密で話せないって」


自衛隊は日本の軍隊の組織名だったな。


「という事は、時子の兄は軍人なのか」

「自衛隊って名目上では軍隊じゃないんだけど、カイルから見たら軍隊だよね」


軍人で、親族にも言えない内容の仕事をやっているのか。それならばここにいない方が都合が良さそうだ。


「時子の兄、今回は帰って来なくてよかったかもな」

「え、なんで?」

「嘘がばれるかもしれないだろ。軍人の勘は侮れない」


世界は違えど同じ軍人なら、俺の正体を見抜くかもしれない。


「お兄ちゃん、年末は絶対こっちに帰ってくる。どうしよう?」

「まだ時間はある。それまでに説得方法を考えればいいさ」

「そうね。取りあえずは明日のお祭りを楽しましょう!」




          ※




祭りの当日。朝から出店の設営や食材の手配を手伝ったりしていると、あっという間に皆と約束した時間が来た。夜は時子が神社で祭事をやるので、夕方からそれまでに皆で出店を回るのだ。


「みんなまだかしら?」


俺と時子は出店が立ち並ぶ通りの入り口で、皆が来るのを待っている。俺も時子も浴衣という日本の伝統衣装を着ている。俺の着ている浴衣は時子の兄が着ていたものだ。


「この前街に行った時もそうだが、十分、二十分の遅刻は気にするようなものなのか?」


時子は手提げの袋から小型の機械を取り出し、時刻を確認している。


「舞の時間まで三時間しかないの。その後は色々神社でやることがあるし、それが終わったら片付けで遊べる時間は今だけなんだから」


時子がそう言ってからすぐに皆が待ち合わせ場所にやって来た。彼女たちも俺たちと同じように浴衣を着ている。


「今回は時間取りに来たわね」

「前回は巴がぐずったから遅くなっただけだし」

「過去の事を蒸し返すな!」


巴が瑠璃香の言葉に口を尖らせる。皆それぞれ浴衣を着ているが、異国情緒が増して普段の服よりも美人に見える。


「皆浴衣が似合っているな」

「ありがとうございます。カイルも浴衣を着ているんですね」


百合が俺の浴衣について聞いてきた。


「これは俺の服じゃないぞ。時子の兄の分を借りたんだ」

「時子のお兄さんもカイルみたいに体格良かったから服が合うんですね」


時子の服が合うのは彼が軍人だったからなんだな。


「…時子の時間が無いから、早く出店に行こう」


桜が出店の方を指差した。そうだ、時子の舞まであまり時間がなかった。


「そうね。みんな揃ったことだし、出店を回りましょう」


俺たちは出店が立ち並ぶ通りに足を踏み入れた。




「ねえねえ次は何する?」

「とりあえず、食い物は止めてくれ」


出店の屋台を回り、色々と買って皆で分けて食べるのだが、皆が少食なのでどれも半分くらいは俺が食べる羽目になっていた。これまでに屋台で、焼きそば、焼き鳥、林檎飴、ミニカステラ、綿菓子、かき氷を買った。そのせいでかなり腹が張っている。

屋台料理の中では焼き鳥という、甘辛いタレを塗った一口大の鶏肉を、串に刺してあぶり焼きにした奴が一番気に入った。これに麦酒かぶどう酒でもあれば良いのだが、法律で飲めないのが残念で仕方がない。


「じゃあこれで最後ね。たこ焼き」

「アチチッ」

「巴、ちゃんと冷ましてから食べて下さい」


たこ焼きを頬張った巴が、熱かったのか慌てて百合から飲み物を受け取って飲んでいる。この前の買物の時もそうだが、SMOのリーゼとしての容姿や振る舞いと、現実にいる巴との差がかなりあって奇妙に感じる。

あと、巴の格好が時子の家にある何かに似ているのだがうまく思い出せない。

あれは……そうだ!


「やっと思い出した。今の巴、時子の家にある古い人形とそっくりだ」

「人形って?」


俺の言葉に時子が反応した。


「ガラスケースに入った人形があるだろ。巴の髪型と格好があれとそっくりじゃないか?」

「ああ、あの市松人形ね!巴が市松人形、フフッ、アハハハハ!」


時子が突然笑いだした。さっきの言葉に何か面白いことがあったのか?


「た、確かにそう見えなくもないですけど。と、巴に失礼ですよ、フ、フフッ」

「アハハハハ!言われてみれば本当だ。ともちゃん市松人形そっくりだ!あーお腹痛い」

「…言われてみればそっくり。フフッ」


時子以外も巴を覗いて笑いだした。そして巴が顔を真赤にして無言で俺の足を蹴り始める。


「何か俺おかしいこと言ったか?って痛い!痛いぞ巴!」


俺が巴の蹴りをかわしていると、神社で祭りの運営をしている村人、がこちらへ少し困った表情でやって来た。


「時子ちゃん、今年も出たよ」

「えっ出たの?懲りないわねえ」

「どうした時子?」

「あっ!」


交わすのも面倒になってきたので巴の腰を後ろから掴んで持ち上げる。巴はしばらくバタバタしていたが、おとなしくなったので下ろした。


「祭りで毎年問題が起こってるのか?」

「おじいちゃんの代で警察と協力してヤクザと繋がってたテキ屋追い出したんだけど、そのせいかたまに柄が悪い人が嫌がらせに来たり、勝手に店開きに来るのよ」


時子はうんざりした表情だ。


「いつも交番のお巡りさんに叩き出してもらってるわ。武田さん、今年はあの人ら何をやってるんですか?」

「『殴られ屋』だってさ」


時子へ連絡に来た武田と呼ばれた村人は言った。


「殴られ屋?とりあえず出店回りは一端お終いね。現場へ行きましょう」


俺たちは村人の案内で、殴られ屋とやらがいる場所に向かった。




「殴られ屋だよ!一分で顔に当てたら三万円、参加料は千円だ!」


現場ではガラの悪そうな二人組の男が、周りの群衆にそう呼びかけていた。


「千円で一分だな」

「まいどあり!これを付けてくれ」


時子と同じくらいの年齢の男が受付に金を払ってグローブを受け取った。


「始め!」

「このっ!」


男がグローブを嵌め、受付の合図で殴られ役の男を殴り始めた。だが、殴られ役の男は一分間顔への攻撃を全て避けきった。


「お兄さん残念だったね。さあ次に挑戦する人はいるかい?」

「ハア、ハア……」


一分後には金を払った男は肩で息をしているが、殴られ役の男は平静そのものだ。金を払った男はグローブを受付に返して群衆の中へ消えていった。


「なかなか面白いじゃないか」

「私たちはちゃんとやってるのに、あんな違法行為スレスレの事やられたら困るの」


俺の正直な感想を時子が咎めた。


「警察はもう呼んだんだろ?」

「でも来るまで時間が掛かるって言ってたわ」

「ならいい考えがあるぞ。そのお面と千円貸してくれ」

「嫌な予感しかしないんだけど……はいお金」

「終わったらちょっと騒ぎになるだろうから、人を撒いてから戻ってくる」


俺は時子から受け取った狐をかたどった面を付け、紙幣を手に群衆の中を抜ける。そして殴られ屋の受付の眼前に立った。


「お面の兄さんやるのかい?」

「金はこれでいいか」

「まいどあり!これを付けてくれ」


渡されたグローブを嵌めて殴られ役のお事と相対する。


「始め!」


受付の合図と同時に、俺は手加減した拳を繰り出す。いきなり殴り倒してしまっては興行として面白くない。殴られ役は一瞬驚いた顔をしたが、どうにか俺の拳を避けた。


「あんた、なんか格闘技やってるのか?」


先客には何も言わなかった、殴られ役の男が口を開いた。


「当たらずも遠からずだな」

「それなら本気で行かせてもらう」


殴られ役が両腕を上げて構えを取る。再び俺が繰り出した拳を、体捌きで先程よりも余裕を持って避けた。これは拳だけで戦う拳闘士の動きだな。俺が何回か拳を繰り出し、それを殴られ役の男が避けると、周囲がざわつき始めた。残り時間も半分を切った。


「いい感じに場が温まってきたな。最後に一発決めて終わりにしよう」

「何を……」


さり気なく受付から男の足が見えない位置に移動してから、今度は一切手を抜かずに男との間合いを詰める。


「!」


ガードを固めて下がろうとする殴られ役の足を踏んで動きを止めた。そして至近距離から背筋と体の捻りで下から上へ拳を繰り出す。拳は男のガードをこじ開けて顎を打ち抜いた。意識を失って崩れ落ちる男を支えて、ゆっくりと地面に下ろす。

男を地面に下ろしたのと同時に、殴られた男の口から飛び出していた何かが地面にべチャリと落ちる。加減を失敗して怪我をさせたかと思ったが、保護のために男が噛んでいた何かが外れただけだった。


「顔に当てたら三万だよな?」


殴られ役の脈と息を確認してから、驚いて口を開けたままでいる受付に金の催促をする。


「あ、ああ。はい、三万円」

「どうも。あいつは今日は動けないとおもうぞ。休店にしてすまない」


動転する受付が正気に戻る前に、一万円担当の人物が精密に描かれた紙幣を三枚受け取ってから、俺は喧騒に紛れた。

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