十話 装備強化
タナカとの交渉の結果、エルフの里に関する情報料と余ったワイバーンの素材を売ることで、装備の強化や更新に必要な代金をかなり割り引いて貰えることになった。
「出来たよ。まずはルッカちゃんの装備からだね。ワイバーンの皮を使った革鎧、パンツ、グローブのセットと、飛竜の爪を鍛えた短剣二振りに、ワイバーンの腱で強化したコンポジットボウだね」
「早速着替えてくるねー!」
ルッカはタナカが奥から持ってきた装備を抱えると、着替え部屋にサッと入り、一瞬で着替えて戻ってきた。
「どう?どう?似合ってる?」
着替えたルッカが武器をを構えてポーズを取る。
「…似合ってる」
「似合ってるよ」
ルッカの防具は全て闇で目立たないように黒色に染められている。
飛竜の爪鍛え上げて作られた、湾曲している短剣は斬撃に適しているだろう。
背負った短弓もワイバーンの腱で強化されたようだ。
「金属部分がなくなった分軽くなったけど、ワイバーンの革で防御力は以前より上がっているから安心して。元の短剣についていた<盗賊の技量>のエンチャントはその短剣に移し替えてる」
「タナカさん気が利くねぇ。流石SMO一の職人!」
「ありがとう。次はサクヤちゃんの装備だね。これが今回一番手間がかかったよ」
「…着替えてくる」
次はサクヤが装備を持って着替え部屋に行く。サクヤはルッカよりもだいぶ時間を掛けてから戻ってきた。
「…前の鎧より動きやすくなった」
着替え部屋から出てきたサクヤは深緑色の日本式鎧を纏っていた。槍と腰に差した刀も新調されている。
「グリーンな武士だ。和洋折衷ファンタジーって感じだね」
「ワイバーンの鱗をそのまま使ったのか」
「その通りだよカイル君。ワイバーンの鱗を使って胴と袖と草摺を作ったんだ。他の部分もワイバーンの骨と鱗を使ってある。黒鉄鋼の甲冑とほぼ同じ防御力を、四分の三の重量で実現しているよ」
元からラメラーアーマーに近かったサクヤの鎧は、よりそれに近くなっていた。
「太刀には白鉄鋼に飛竜の鱗を合成して強化してある」
サクヤが太刀を抜くと、銀色の刀身にうっすらと薄緑色の光沢が光った。
「槍は穂先をワイバーンの毒針で作ったから、毒の追加効果が付加されているよ。あと、注文通り穂の根本に返しをつけたけどそれでいいかな?」
ワイバーンの毒針を使った槍の刃は、毒々しい緑色をしていた。そして槍の穂の根本には左右対称の突起が設けられ、返しより深くは槍が刺さらないようになっている。
「大丈夫だ。サクヤ、これでこの前のような事にはならないな」
「…うん。失敗は一度で十分」
「さて、最後はカイル君とノーラちゃんのメイスと防具だね」
「カイル、そっちは終わった?」
タナカが店の奥に商品を取りに行ったのと同時に、別の店に行っていたノーラ、リリウム、リーゼの三人が店の中へ入ってきた。
「ルッカとサクヤの着替えが終わったところだ。今俺とノーラの装備を持ってきてもらっている」
「こっちは終わったわ」
「格好はあまり変わっていないが、生地に里で貰った布を使ったのか」
ノーラの白を貴重とした神官服と法衣は、ほぼ同じデザインだが生地が光沢のある物に変わっていた。
「そうよ。あの生地をお店に持ち込んで、服の素材を入れ替えてもらったの」
「生産職にそういうスキルがありますから、装備のアップグレードだけならすぐ終わります。あのスキルのお陰で、SMOでは気に入ったデザインの装備をずっと使えるんです」
リリウムの装備も以前とほぼ同じで、使われている生地がエルフの里の生地になっている。
ゲームならではの便利な機能だな。新しい素材を手に入れてもいちいち仕立て直す必要はないのか。
タナカがサクヤの鎧に一番手間がかかった、そう言っていたのもそのせいか。
「私とリーゼの杖は改造になりましたから、ちょっと時間がかかりましたけどね」
リリウムとリーゼの杖には、エルフの里で貰った黄金色の結晶がはめ込まれていた。
「見よこの杖を!魔法の力が漲っているだろう?」
リーゼが改造された杖を見せつけてくる。
「いや、別に」
杖から特にオーラや気配は感じなかったので正直にそう言った。
「むう、カイルはノリが悪いな。我も生地のアップグレードで、ちょっとした攻撃なら耐えられるようになったぞ!」
リーゼが豊満な肉体を誇示するようにポーズを取った。中々に魅力的ではあるが、普段の残念な言動と中身を知っているからなあ…
「皆さんおそろいのようだね。カイル君とノーラちゃんの装備を持ってきたからちょうど良かった」
店の奥からタナカが装備を抱えて出てきた。
「まずはノーラちゃんからだね。どうぞ」
「タナカさん、私達の装備の面倒をいつも見てくれてありがとうございます」
「報酬はきちんと貰っているから、お客の君たちと僕とは対等だよ」
ノーラが法衣とサンダルを脱いだ。そしてカウンターにあるチェインメイル、ガントレット、プレートブーツを装備してから法衣を上から被る。最後に薄緑色の光沢を放つメイスを腰に吊った。
「どれも素材を鉄から白鉄鋼に入れ替えてるよ。黒鉄鋼のほうが防具に向いてるけどあれは鋼鉄より重いからね。メイスは白鉄鋼に素材を入れ替えてから、ワイバーンの鱗を合成して強化してあるよ」
「以前と殆ど同じ感触で使えそうです。でも次レベル上がったら鎧の修練追加で取っておこうかな……」
俺以外の全員の装備の強化と更新は終わったようだ。
「最後は俺の装備だな」
カウンターからタナカに預けていた装備を手に取る。武器や防具が預ける前と違って薄緑色の光沢を放っている。
「こいつらにもワイバーンの鱗が合成されているのか?」
「そうだよ」
「合成っていうのは出来上がるまでの時間を考えるに、裏で火にかけてガンガン金床で叩いたり、鋳溶かして再整形しているわけではなく、スキルで混ぜ合わせているのか?」
「正解。鍛冶職は様々なスキルを使い分けて装備を制作しているんだ。スキルレベルと使用できる施設で、出来る事のレベルはピンキリだけどね」
ちょっとした時間でアイテムを制作、改造、合成できるSMOのスキルは便利だな。いや実際、ゲームで制作に数カ月かかる全身鎧を作らせるほうが無理があるといえばそうなんだが。
「現実でやると法律もそうだけど、時間と素材がいくらあっても足りないからね。その点SMOはいくらでもやり直せるし時間もかからない。ゲーム内時間の圧縮もあって社会人が武器や防具制作を趣味にするなら最高のゲームさ」
俺はタナカに預けていた装備を再び身につける。合成によって少しだけ重量が増しているが、レベルアップとスキルのお陰で違和感はない。
「タナカさん、今回の代金はいくらになったんだ?」
出納係のリーゼが金貨と白金貨が詰まった革袋を取り出してタナカに尋ねる。
「全部で金貨百五十五枚、と言いたいところだけど、面白いことを教えてもらったし、余ったワイバーンの素材や下取りに出す装備も全部含めて金貨三十五枚引きの金貨百二十枚だね」
リーゼは白金貨を十二枚カウンターに置く。
「代金だ。今後も我らといい取引をしようじゃないか」
「面白い話や儲け話はいつでも歓迎しているよ。今回みたいな面白くて儲かる話なら大歓迎さ。後これはオマケだよ」
タナカはカウンターに、矢じりがワイバーンの骨で出来た矢束を置いた。
「武器や防具の素材にならない小さい骨から作った矢だよ。面白い話を聞けたお礼位にあげる」
「いいんですか?ありがとうございます」
ノーラが頭を下げてから矢束をインベントリに入れる。
俺たちはタナカに各自礼を言ってから店を出た。
「情報代と素材販売で思ったよりお金が浮いたわ。オマケまで付けてもらっちゃった。それでもオークの討伐イベントと鉱山都市での稼ぎは全部なくなっちゃったけどね」
店を出たノーラがホッと息を吐きながら言った。
それにリーゼが同意するように頷いている。
「今手元にあるのは金貨四十枚だ。割引がなかったら危なかったぞ」
「随分ギリギリの予算だったんだな」
「なんだかんだで普通の半分のペースで昇格してるから仕方ないわよ」
ノーラが言う普通のペースなら、もう一週間鉱山で稼いでいた訳で、確かにもう少し予算に余裕はあったかもしれないな。
「レベルは大丈夫なのか?鉱山での依頼や、森の探索とワイバーン狩りで結構上がったが」
俺はステータスカードを開いて。レベルを確認する。
カイル
種族 ヒューマン
レベル ファイターLV10 エリートナイトLV9
称号 格上殺し
冒険者ランク ゴールド
取得済みスキル
STR上昇Ⅳ AGI上昇Ⅳ
VIT上昇Ⅳ 剣の修練Ⅱ
盾の修練Ⅱ 鎧の修練Ⅲ
「そうね、ミスリルに昇格するまでには三つめのクラスを取っておきたいわね」
「俺はあと一レベル上がれば新しいクラスが取れるな」
「レベルもそうだが、我とノーラには新しい魔導書がそろそろ必要になるから、それも忘れないでもらいたい」
「あー、忘れてた。お金が貯まる端からどっかに言ってる気がするわ……」
「ねえ、ねえ、先の話はその時にしたらいいからさ、打ち上げしようよ」
俺とノーラとリーゼが今後の予定を話し合っていたら、ルッカが打ち上げを要求してきた。
「ルッカ、私達の話聞いてた?またお金が必要になるんだけど」
「でもでもノーラ、イベントが終わったし打ち上げしたくない?」
「私も賛成です。気持ちの切り替えって大事ですし」
「…私も打ち上げを要求する」
リリウムとサクヤも打ち上げがしたいようだ。
また多数決かと思ったら、出納係のリーゼが折れた。
「仕方あるまい。銀貨セットなら許可しよう」
「リーゼ愛してる!」
「抱きつくなルッカ!耳毛が鼻に入って……クシュン!」
※
「エルフの里発見と、我々のゴールドランク昇格を祝って乾杯!」
「「乾杯!」」
「我らの栄光と勝利に!」
「「乾杯!」」
俺たちはロントの冒険者ギルドの食堂で銀貨セットを頼んで打ち上げを始めた。
冒険者ギルドでワイバーンの肉を数百キロ売ったせいか、セットで選べるおかずの一つがワイバーンの唐揚げになっていたので俺はそれを選んだ。
「今日はこれで解散するとして、明日の予定はどうなるんだ?」
「明日は祭りの準備、明後日は祭りがあるからログインは無しね」
「祭り?」
「明後日はノーラの神社でお祭りですよ。一緒に住んでて知らなかったんですか?」
リリウムに説明される今まで俺は知らなかった。どういうことか説明を求めるようにノーラを見る。
「ごめん、色々と忙しくて言うの忘れてた」
「たまに家を出ていたのはそのせいだったのか」
この一週間ノーラもとい時子は時々家を空けていた。時子からは用事とだけ聞いていて、特になんの用事か尋ねなかった。あれは祭りの準備だったのか。
「アタシ達も祭りに行くから二回目のオフ会だね。カイルはお祭りでノーラとひと夏の過ち、しちゃうの?」
「ルッカー!」
怒ったノーラにルッカがまた放り投げられた。レベルが上ったせいか前見た時より高度が高い。
「…カイルは日本文化の勉強で来た?」
「ん?ああそうだが」
サクヤにいきなり俺が日本に来た嘘の理由を確認された。何だ?
「ノーラは巫女だから、カイルは楽しみにしておくといいぞ。廃れつつある貴重な日本文化の一つを間近で見られるいい機会だ」
「あー、そういう事か。楽しみにしておくよ」
ああ、そういうことだったか。何処かでボロを出したのかと。
その後一時間ほど他愛もない話をしてから俺たちはログアウトした。
この世界の祭り、結構楽しみだな。