九話 ドラゴンに捨てる所なし
なんだかんだあってゴールドランク昇格が決まった次の日。
ログインした俺とノーラは、ウイダニアに設置されている転移装置の前にいた。転移装置は装飾の類が全くない黒塗りの門だ。門には扉の代わりに光の膜が貼られており、向こう側は見通せない。
今日はワイバーンの素材とエルフの里でもらった素材を使い、全員の装備を新調強化するのだ。
タナカの店や皆が行く服飾店や杖の店はロントにあるため、転移装置を使ってロントへ転移しなければならないのだが……
「なあ、これをくぐっても転移座標がずれて岩と融合したり、上空に投げ出されたり、突然爆発してミンチになったりしないよな?」
俺は目の前にある装置の安全性を、ノーラに念を押して確認する。
「そんな事あるわけないじゃない。この前使ったときも聞いてきたけど、どうしてそんなことを聞くの?」
これとやる事が似た装置に、いい記憶が全くないからだよ!
「元いた世界でな、似たような装置が開発されていたんだが、実験動物がさっき言ったようなことになったのを目の前で見た」
「あー、それは大変だったわね」
神代の時代には世界を繋ぐ門があったのだから、ある地点と地点を一瞬で移動する魔道具も構想だけはずっと昔からあった。構想だけは。
魔王と連合の戦争の中で、実現すれば戦争に革命をもたらすであろう転移装置には、大量の資金と人員が投入された。だが、実用に耐えるものは最後まで完成しなかった。
最後に俺が見学した、魔法工学士たちが自信満々に完成したと吹聴していた装置も、ノーラにさっき説明したような結果しか出せていなかった。
新しい魔道具の見学に行って、ウサギの虐殺ショーを見せられるとは思わなかったぞ。
「まあこれはゲームだから成功率100%よ。多分」
「多分って……」
「この前と同じようにカードからロントを選んであの門をくぐってね。それじゃ先に行ってるわ。向こうで会いましょう」
俺にそう言いうとノーラは門をくぐり、光の膜の向こう側に消えていった。それを見届けてから俺はステータスカードを門にかざす。かざしたカードを見ると、
転移先を選んでください
港湾都市ロント
鉱山都市シエフィルト
このように表示されていたので、カードの港湾都市ロントと書かれている部分をタッチする。すると表示が変わって
行き先が指定されました
このまま転移装置をくぐって下さい
と表示されたので、意を決して俺は転移装置の光の膜をくぐった。
「ね?大丈夫だったでしょ?」
俺が門をくぐった先は港湾都市ロントの一角だった。目の前には先に転移装置をくぐったノーラがいて、後ろには俺がくぐった転移装置があった。
「ああ。無事に転移できたようで良かった」
転移はあっけなく終わった。二度目とはいえ転移装置には慣れそうにはないな。
仮想世界とはいえ、似た装置に使われたウサギの末路を見ていたら、一抹の不安が拭えなくても仕方ないだろう?
「それじゃタナカさんの店に行きましょう。みんな待ってるわよ」
俺とノーラは今日の待ち合わせ場所である田中武具店へと向かった。
※
「ワイバーンをどこで狩ったんだい?北の島の山岳地帯か、東の群島にしかいないはずだよ」
「何処で獲ってきたか知りたいのか?」
「生産職としては当然さ。ドラゴン系の素材はいつだって品不足だからね」
俺とルッカとサクヤは田中武具店のカウンターで、タナカとワイバーンの素材を挟んで交渉している。魔法職の三人は合流した後、エルフから貰った素材を手に、服飾関係の店と杖の店に行った。
肉と内臓は全て冒険者ギルドで換金したが、ここには残りのワイバーンの皮、鱗、爪、骨、角、毒針が全て積まれている。竜とその眷属は体の全てが、何かしらの素材として使われるのだ。
糞でさえ、高品質な肥料として農家がこぞって金を出す。
ドラゴンに捨てる所なしだ。
「これ一頭から採れたにしては多いね。大物だ」
「依頼主は、東の島から渡ってきたワイバーンと言っていたからな。成体で、目方は1トンはあった」
「ああ、渡りのモンスターだったのか。この島に狩場があれば安定供給の目処が立ったのに。ワイバーンを倒せるとなると、ゴールドは目前かな?」
「残念でしたー!タナカさん、アタシらはもうゴールドランクだよ!」
横にいたルッカがステータスカードをタナカに見せびらかす。サクヤは早々に店内の装備を見に行ってしまい、交渉には加わっていない。
「おっと、これは済まなかった。ミスリルまではレベルと依頼達成で自動繰り上がりとはいえ速いね」
「ワイバーン討伐で依頼主から、ちょっとした感謝状の類を貰ったからな」
「また面白そうなことに巻き込まれたようだね」
「ああ。それでその件に関わる、ちょっとした儲け話を持ってきたんだが……聞くか?」
「儲け話かい?喜んで聞こうじゃないか」
タナカが商談用の人のいい笑顔から、装備を見ているときのような真面目な顔になった。
「ウイダニアの南の森にエルフの里があるという噂は知っているか?」
「知っているよ。お客さんが話していたけど、森に関してウイダニア支部で布告が出たそうだね。でもあの森、変な仕掛けがあって進めないそうじゃないか」
「俺たちはあの森の通り方を知っている。そして、森の中心部にはエルフの里があった」
俺はインベントリからエルフの秘薬を取り出してカウンターに置く。
「ワイバーン討伐も、里にいるエルフたちから依頼された仕事だ。それは報酬としてエルフから貰った薬で、希少度はリーゼのお墨付きだ」
「<鑑定>。……これは結構希少なアイテムのようだね。君たちがエルフの里に行ったというのは信じよう。だけど、それが僕となんの関係があるんだい?」
タナカが話に乗ってきた。俺は事前に皆と打ち合わせていた内容をタナカに提案する。
「エルフたちは外部の人間に慣れていなくてな、里で騒ぎを起こしそうにない人間にだけ、森の突破方法を教えて欲しいそうだ。あんたに森の通り方を教えるから、その条件にあって口が堅い客が興味を示したら、そいつに教えてやってくれないか?そこで情報代を取るか取らないかは任せる」
「事情は分かった。でも、それだけだと君たちには、なんの得もないんじゃないか?」
「ああ。そこは…」
「そこは情報代として、アタシ達の装備をこの素材で強化する時に、料金を割り引いてくれると嬉しいなー?」
ルッカにセリフを取られた。
「なるほどそう来たかルッカちゃん。面白い、この話に乗らせてもらおう。契約書は必要かな?」
「契約書?」
「取り決めをする時に使うアイテムだよ。契約した内容に違反すると、書類が燃え上がって相手の契約違反が分かるんだ」
便利な道具だな。だがそれを使うって事は、相手を信用していないことにならないか?
「これは厳密な商取引でもないから、それは使わなくても構わないぞ」
「良いのかい?信用してくれて嬉しいね。それじゃあ、森を通り抜ける秘密を教えてもらってもいいかな?」
俺は昨日ギルドマスターに話したのとほぼ同じ内容を、タナカに話す。森の仕掛けについてはより詳しく説明した。
「なんともファンタジーな事に巻き込まれていたんだね。いや、AIが作り出した偶然だからSFになるのかな?どっちにしろ、お客さんから今まで聞いた冒険の話の中でもかなり変わった部類に入るね」
俺の話を聞き終わったタナカは、満足した顔で髭をしごいている。
「それで、今回の話を受けてくれるんだな?」
「もちろん。口が堅くて、閉鎖的なコミュニティに気を配れるお客さんはいるから、彼らに声をかけてみるよ」
「よろしく頼む」
「いつまでも情報が出回らないと言うこともないだろうし、里の人達が外の人間に早く慣れるといいね」
「そうだな。じゃあ今回店に来た本題に入ろう。俺たちの装備の更新についてだ」
短いので夜にもう一回更新します




