八話 ギルドマスター
「ねえカイル、なんて答えたらいいかしら?」
「起こったことをありのまま話せばいい。というか嘘をつけるのか?」
「GMは全ログ見れるからそれはそうなんだけど…」
俺はソファーで寛ぎながら、気を揉むノーラをなだめていた。ノーラ以外はいつも通りの感じで待合室でくつろいでいる。
ウイダニアの冒険者ギルドで、俺たちは受付に出頭と表示されたステータスカードを見せた。カードを見た受付は俺たちを三階の応接間に案内すると、ここでギルドマスターが来るまで待機するように言ってから部屋を出ていった。
応接間ではリリウムは本を読み、リーゼとルッカはカードで遊び、サクヤは天井を見ながらボーっとしている。心配そうにしているのはノーラだけだ。
「別に牢屋にぶちこまれて、一人ひとり尋問されるようでもないんだから落ち着け」
「いや、流石にそこまでされるとは思っていないわ。ゲームでそんなのやったら訴えられるわよ」
「とりあえず確認するが、プレイヤーの殺害はどれくらいの罪になるんだ?」
「PK初犯は罰金で済む場合が多いわね。罰金は所持金から割合で引かれるから、結構懐に響くわ」
「殺人の罰にしては随分軽いな」
「プレイヤーは死んでも、デスペナルティはないし、あると言ってもリスポーンまでの時間くらいだもの」
死んでも時間が経てば生き返る奴相手なら、殺人もその程度の罪か。
「一般NPCの殺害はもう少し重罪で、一定期間牢屋で過ごさないといけなかったり、レベルダウンが罰として課されるわ」
「それでも、罪としては軽いな」
「教会に高レベルクレリックのNPCがいて、寿命や病気が死因じゃなければNPCを蘇生しているからね」
「王侯貴族でもない一般人が死んでも復活させるのか。ここじゃ奇跡が大安売りなんだな」
「ゲームだもの。変にプレイヤーにストレス与えても仕方ないじゃない?」
「まあ、それもそうだな…」
現実と大差なく見えることもあるが、これはゲームだったな。ここで起こることをついつい自分の常識で考えてしまうは俺の悪い癖だ。今回の事件だって後衛組の言うとおり、もう少しあのプレイヤーたちとの交渉を粘れば戦わずに済んだかもしれないな。
待ち時間でノーラにSMOにおける犯罪と罰について教えてもらう。ノーラ曰く、SMOでは殺人よりも、盗賊系スキルによる財産の窃盗や、取引で詐欺等を働くほうが重罪のようだ。
命の値段が軽ければ金や商品のほうが価値がある。さらっと言われたが中々にとんでもないことのような気がした。
犯罪に関するノーラの説明が終わったところでタイミング良く応接間の扉が開き、誰かが入ってきた。
ギルド職員と似たような普通の服を着た、眼鏡を掛けた地味な男で、髪を短く切り、髭もきれいに剃っている。荒事を扱う組織の長という感じは全く無い。
「立ち上がらなくていい。そのまま楽にしていてくれ」
男は立ち上がろうとした俺たちを手で制しながら、空席になっていたソファーの上座に座った。
「僕がこの支部のギルドマスターだ。ログは見させてもらったよ。君たち、南で中々面白いことをしたそうじゃないか」
「その、今回の件はやっぱり犯罪になりますか?」
ノーラの問いかけにギルド長は軽く笑った。
「それを判断するのが私の仕事だよ。どうしてエルフの里に向かったのかから、君たちの言葉で説明してくれ」
俺たちは掲示板での噂をもとに森の調査を開始したことから、ウイダニアでの聞き込みで掴んだヒントをもとに森の仕掛けを抜けてエルフの里にたどり着き、エルフたちからワイバーンの討伐を請負い、報酬を受け取った帰路の途中で森へ放火しようとする冒険者を倒したところまで、ギルドマスターに説明した。
「なるほど。やはりログを辿るだけではわからないことも多いね」
ギルドマスターは俺たちの話を聞いて、何かに納得するように頷いた。
「それで、俺達の処分はどうなる?」
「正直な所、判断が難しい。どう説明すればいいだろう。……君たちはロールプレイ派かい?」
「いいえ」
「いや、違うな」
「違います」
「我は…」
リーゼが何か言おうとする前にその口をルッカが塞いだ。
「モガ…モガ…」
「アタシたちはみんな普通のプレイヤーだよ!話し続けてギルドマスター」
「そ、それなら話が早いね。君たちはSMOのギルドマスター、GMをどういう人がやっているか知っているかい?」
GMはそう問いかけて来た。俺は知らない。ノーラを見るとノーラも首を横に振っている。皆も同じく首を横に振っていた。
「知らないようだね。教えてあげよう。実はSMOのGMは開発スタッフが兼任しているんだ。僕も開発スタッフの一人さ」
皆が驚いた顔をした。ゲーム開の発者がGMという役職を兼任するのは珍しいのだろう。
「SMOは自動生成アルゴリズムと、高度な自立AIに自由度の高さがウリで、君たちもそれが目当てで買ってくれたんだろうけど、実際……これはちょっとしたボロが出やすいシステムなんだ。恥ずかしいことにね」
ギルドマスターが肩をすくめた。
「ボロ?」
「そう。今起こっているこの事態こそシステムのボロさ。……君たちは監視AIが通告に来るまで、領主と森のエルフの取り決めも、エルフたちが森のモンスターを利用して森を封鎖していたことも、僕が全く知らなかったと言ったら驚くだろうね」
「知らなかっただと?我らはてっきり運営が用意した小さなイベントか何かかと思っていたぞ」
リーゼが信じられないといった風でギルドマスターを見ている。
ギルドマスターは、俺たちが渡したエルフの狩人長の手紙を眺めながら言葉を続ける。
「君たちプレイヤーをSMOに招待する前に200年ほどこの世界を高速エミュレートしているんだが、一連の出来事はその時に偶然生まれていたものだね。僕達が意図して仕組んだものではないよ。非常に興味深いね」
「そうよ。ギルドマスターが森のことを知っていれば、少し前のオークの野営地襲撃のように告知されているはずだわ。おかしいと思ってたのよ」
ノーラの指摘にギルドマスターが頭を掻いた。
「全くその通りで、今職員NPCに命じて、森を破壊してはいけないという告知を張り出しているところさ。職員NPCから『この辺りの常識をわざわざを張り出すんですか?』と言われてしまったよ。今回のトラブルは、僕の管理ミスによって起きたようだね」
「という事は?」
「君たちは無罪放免。森との協定をPKされた彼らが知らなかったのは、こちらの責任でもあるから彼らの油代はギルドで補填する。これで、君たちと彼らの間でトラブルも起きないだろう」
「ヤッター!」
「ルッカ、はしゃぐな」
「痛っ、リーゼ痛い!」
無罪に喜んでソファーの上で飛び跳ねたルッカの頭ををリーゼが杖で叩いた。
「フン、さっきの仕返しだ」
「これで、タナカさんのところで装備更新できますね」
「そうねリリウム。今回は手間をかけさせてしまったようで済みませんでした」
ノーラがギルドマスターに頭を下げるのに合わせて俺たちも頭を下げる。
「謝らなくて構わないよ。これが僕らの仕事だからね。それではこれで解散ということで、これからも僕達が作ったSMOの世界を楽しんでくれ」
ギルドマスターが立ち上がり部屋の出口へと向かう。彼はドアに手を掛けた所でこちらに向き直り、
「そうそう、ワイバーンの討伐と昇格おめでとう」
そう言ってから応接間を出ていった。
「…本当だ。ゴールドになってる」
サクヤがステータスカードを開いて俺たちに見せた。確かに、サクヤの冒険者ランクがゴールドになっている。俺もサクヤに倣ってステータスカードを開いて確認すると、
冒険者ランク ゴールド
俺も冒険者ランクが上がっていた。
「終わってみればお咎め無しでランクも昇格じゃないか。良かったなノーラ」
「でも、もし罰金で一割所持金引かれてたら装備更新どころじゃなかったわよ」
リーダーはリーダーなりに心配することがあるのは経験で分かっている。ハァ、と大きく息を吐いたノーラの肩をポンポンと叩いてやる。
「ほら今日はこれでログアウトだが、明日の予定を皆に言ってやれ。今回の件は終わったんだから気持ちを切り替えろ」
「うん、そうね。みんな今日はこれで終わり。明日はタナカさんの店に集合してね。それじゃ解散!」
俺たちは冒険者ギルドを出てログアウトした。明日はワイバーンの素材を使って装備の更新と強化だ。