六話 里で一泊
「どうぞお召し上がりください。森の外の味とは違うと思いますが、口に合うでしょうか?」
「いただきます」
「有難く頂こう」
ワイバーン討伐に成功した俺達はエルフの里へと向かったが、里を出たのがゲーム内時間の昼過ぎだったので、俺達がエルフの里に帰還したのは夕方になった。
狩人長の女エルフに討伐の証拠としてワイバーンの部位とステータスカードの戦闘記録を見せると、彼女は俺たちに報酬を明日の朝までに用意すると約束した。
それに加えて、報酬の用意ができる明日まで一晩の間、里の人々が俺たちを接待してくれる事になった。
今はエルフの家に、それぞれ二人ずつ分かれてもてなされている。
俺がノーラと泊まることになった家には、エルフの双子の姉妹が住んでいた。二人は薬草師のドルイドで、里の住人が病気にならないように気を配り、病人が出たら治療するのが彼女たちの役目だ。
四人で囲うテーブルには、野菜が入ったスープと、ナッツ類の入ったパン、果物、ハーブティーが配膳されていた。俺とノーラには更にワイバーンのステーキがある。
「セロリみたいな風味だけど、森で取れるハーブかしら?美味しいわ。」
ノーラがスープを飲んだ感想を口にした。
「お口に合って良かったです。そのスープには畑で育てた野菜と森のハーブが入っています。……そちらの殿方はどうですか?」
「美味しいぞ」
エルフの姉妹に食事の感想を聞かれ、俺はそう答えた。具沢山で適度に塩気があるスープはとても美味しかった。パンも焼きたてでその香りが食欲をそそる。
……ステーキがなければ少し物足りなかっただろうが。
「ワイバーンの肉は一杯あるから、あなた達の分も作ればよかったのに」
「私たちは肉はあまり食べないので…」
ノーラの提案をやんわりと断っているエルフの双子を尻目に、俺は切り分けられたワイバーンのステーキを口に運ぶ。味や風味は牛に近いが、食感はどちらかというと鳥だな。
「森の外に住む人はもっと怖いものだと思っていました」
安心したように双子エルフの片割れが言った。
「あの鳥の仕掛けを見るに、外との交流は殆ど無いようだな」
「はい。今は狩人たちがたまに交易に出ているだけです」
昔に一悶着あって、不可侵協定結んだ仲としては交易があるだけでも良いほうだ。交易が盛んでないのなら、ワイバーン討伐の報酬で現金は期待できそうにないな。
「その、ノーラ様が皆様の長とお聞きしたので尋ねたいのですすが、他のご同輩にもここへの入り方を教えるつもりですか?」
遠慮しながらエルフの双子がそう問いかけてきた。
「ノーラ、どうするんだ?」
「そうねえ、冒険者ギルドでこの情報を売ったら結構儲かりそうだけど、ここへ色んな人がいきなり来たら困るわよね……」
「私達はここで静かに暮らしていたいだけなんです。里の恩人の皆様に決して漏らすなとは言いません。ですが、教えるならば信用のできる人だけにしてもらえないでしょうか?」
「カイルはどうしたら良いと思う?」
ノーラに話を振られた。そうだな……
「俺たちが取引している店で、一番質のいいプレイヤーが来ている所はどこだ?」
「田中武具店ね。あそこはタナカさんが見込んだ人しか取引してないし」
「タナカに里への入り方を売って、彼に取引しているプレイヤーの中で、口が堅いと確信が持てる奴にだけ情報を売ってくれるように頼めば良いんじゃないか?」
情報は信用できる人から信用できる人へ。
情報の制限としてはよくあるやり方をノーラに提案してみた。
「それ良いわね。皆と話し合って問題なければそうしましょう。そちらの二人もそれでいいかしら?」
「はい。差し出がましい提案を受け入れていただいて有難うございます」
「別にそんな事ないわ。さあ食事を楽しみましょう」
俺達はそれから夕食とエルフの双子との会話を楽しんだ。
※
夕食の後は湯浴みで体を清めて寝ることになった。ゲームの中で寝るというは奇妙な感覚だな。俺とノーラはベッドが二つある客間に案内された。
そして、俺が装備を外して寝る準備を進めていると、同じく寝る準備をしているノーラから話しかけられた。
「ねえ、ワイバーンにサクヤが吹き飛ばされた時ね、私頭が真っ白になって動けなかったの。なんでカイルは動けたの?」
「訓練と慣れのおかげだな。じきにノーラも慣れるさ」
修行時代は戦いの中でどんなことが起こっても冷静に動けるように叩き込まれた。実際に魔物や魔族と実際に戦うようになってからは、そうでなければ生き残れなかった。冷静に動けたからこそ、俺は今こうして生きている。
「あの時カイルに指示されてから、頭がはっきりして動けるようになったの。あそこで何の事もないように動けるカイルって、やっぱり別世界の人間なんだね」
「何を今更、当たり前のことを言っているんだ」
その事は何度も説明したし、ノーラだって理解してたことじゃなかったのか?
「そうね。でも、カイルが異世界からやって来たって頭では理解してたけど、本当の意味では理解してなかったって思ったの」
「どういう事だ?」
「ここは現実の世界じゃないわ。どんなにリアルに見えても、電子で作られた仮想の世界。でもカイルはこんな世界に生きてて、そこで本当に戦ってたんだなって。そう思ったの」
「相互理解が進んだようで何よりだ」
「うん。それじゃお休み」
「ああ。また明日」
俺とノーラはベッドに入った。
俺は横になるだけで眠らず、ノーラに先程言われたことについて考えていた。
今いるこの世界は機械で作られた仮初の世界だ。だが、少し勝手は違っても俺にとっては、現実の日本よりこの世界のほうが慣れ親しんだ世界に近い。
ノーラはこの仮想世界を通して、俺が異世界から来たということを理解したと言っていた。それなら俺の場合は、現実世界でノーラ――時子――との価値観の違いに衝撃を受ける時が来るんじゃないか?
この考えがしばらく頭のなかでグルグルと回っていた。これは悩んでもどうしようもない答えが出ない問題だ。その時が来てもまあ、どうにかなるだろう。
そう俺は心のなかで結論づけて寝た。
※
「これが里が出せる報酬だ」
次の日、出された朝食を食べた俺達は再び狩人長の女エルフの家に集まった。目の前のテーブルには様々な物品が並べられている。現金は予想通り殆ど無いようだ。
「金貨は交易に必要なので十枚しか出せない。その代わりに、この森で採れるもので冒険者の役に立ちそうな品を、皆にそれぞれ出してもらった」
「どういうものがあるか説明してもらえるかしら?」
俺たちを代表してノーラが言った。
「ああ。まずこれは我々が飼っているジャイアント・ウッドワームの糸でできた布だ。里の服に使っているものだ。軽く丈夫で燃えない」
「これってもしかして絹じゃないですか?」
「……これは絹」
「おおー本当だ。しかもこれ素材特性で炎耐性がついてる」
巻かれた布の生地を触っているリリウムとサクヤとルッカが驚いている。
「これはエルフの回復薬だ。森で取れる薬草と以前飲ませた精霊樹の樹液と極秘の材料から精製している、月に五本しか制作出来ない貴重なものだ。呪文使いが重宝するだろう」
俺はステータスカードでエルフが指し示した四つの小瓶の中身を調べた。
エルフの霊薬 HP回復大 SP回復大
後衛は呪文を用意するのにSPを消費するはずだったな。これは良いものなんじゃないか?
「SP回復ポーション……だと」
俺と同じようにステータスカードで瓶を調べていたリーゼが驚愕と言った表情を浮かべている。
「SPを回復する薬は珍しいのか?」
「当たり前だ!」
リーゼが叫ぶ。そこまでの物か。
「スキル振りがおかしいカイルはそこまで気にならないだろうが、SMOの戦闘は前衛も後衛もSPをスタミナ兼MPとしたリソースの削り合いなのだぞ。SP回復薬はバランスの問題でNPCの店では売られず、ダンジョンのレアドロップでしか確認されていないのだ」
とりあえず、貴重なのは良くわかった。
「珍しいものということは分かった。後衛で必要なときに活用してくれ」
「任せておけ!」
「この宝石は精霊樹の琥珀結晶だ。杖や指輪に使えば呪文の威力が上がる」
革袋に入ったそれは、大きさがまちまちな黄金色の結晶だった。
「これとワイバーンの素材を合わせたら皆の装備更新できるわね」
ノーラが目を輝かせている。ワイバーンは頭から尾まで全てが防具や武器の素材になるので、田中武具店に持ち込むつもりだ。肉は多すぎるのでギルドに売るが。
「報酬はこれで宜しいだろうか?」
「もちろん。ちょっと貰いすぎたくらいね」
「今回はろくな歓迎もしなかった我々の依頼を受けてもらい、感謝している。最後にこれを受け取って欲しい」
狩人長が蝋で封印した手紙をノーラに差し出した。
「これは?」
「そなたらの里への貢献をしたためてある。ギルドで見せれば評価になるだろう」
「ランク査定にまで気を使わなくてもいいのに」
「当然のことだ。今回の件は本当に助かった。重ねて礼を言わせてもらう」
そう言って狩人長が頭を下げた。
「困っている人がいたら助けるのが当たり前。そうでしょ?」
「そうだな」
ノーラの言葉に俺と皆が同意した。
その後、里の住人から感謝の言葉を受けながら俺たちは里を出た。
だが、行きと同じように青い鳥に案内をしてもらい森の外に出たところで、問題が起こった。
「ねえカイル、あれって火を放とうとしていない?」
ノーラが指し示した方向には五人の冒険者らしきグループがいた。
こちらから離れたところにいる彼らは、インベントリから出した壺から何かを森に向かって撒いている。
「この森はウイダニア領主とエルフの協定で保護されているんだったな。燃やしたら罪になるんじゃないか?ノーラ、そこのところはどうなっている?」
「犯罪はプレイヤー間での犯罪と、そのエリアを領有している勢力の法律に違反する場合の二通りがあって、多分この森への放火は後者に当たるんじゃないかしら」
「どっちにしろ、あの里に迷惑がかかるからやめさせるか」
「そうね。みんなも行きましょう!」
俺たちは放火を止めるべく、冒険者グループにに近づいていった。




