四話 エルフの里
俺たちが青い鳥を先導に森の奥へ進み始めてから結構な時間が経っている。その間不思議とモンスターとは遭遇していないのはこの青い鳥のおかげだろうか?
そうして進んでいくうちに、光が差し込まない程鬱蒼としていた森が段々と枝が選定され、光が差し込む明るい森へと変わって来た。明らかに自然林ではないな。俺たちは何者かの手が入った森に足を踏み入れつつある。
明るい森のある地点で鳥が案内を止めた。
「ピピヨピピピ」
「あ、はいありがとうございました」
「ピピピ」
リリウムが丁寧に青い鳥に頭を下げ、それを見た青い鳥は何処かへと飛んで行った。
「この先を真っ直ぐ進むとエルフの里に出るそうです」
「案内はここまでという事か」
「それじゃ、一応隊形を整えて進みましょう」
ルッカを先頭に、後衛と前衛に分かれて明るい森を進んでいく。
「んー?んん?」
「どうしたルッカ」
先頭を行くルッカが頭を傾げた。
「何かに見られてる感じがするよ。スキルには引っかからないけど」
俺たちは周囲を見回すが、モンスターやエルフの姿は見えない。野生動物が少しいるだけだ。
森のエルフ達が動物と意思疎通が出来るのならば、只の動物に何かを支持しているのかもしれない。例えば…
「あの青い鳥のようにエルフが動物を利用して俺達を監視しているのかもな」
「どうする、カイル?」
「ノーラ、エルフが俺達を攻撃するのなら、この明るい森に入った時点でとっくに捕捉されてるだろうから、今頃は矢で穴だらけになっていないとおかしい」
「じゃあ放置するって事?」
「エルフの里に着けば、向こうから何か言ってくるだろうさ」
さらに俺たちが歩を勧めて行くと森を出て開けた場所に出た。
そこは森の中に大きく切り開かれた広場で、まばらにとても幹の太い割に背が低いずんぐりとした巨木が点在している。その木にはドアや窓が取り付けられていた。あの中で何かが居住しているのだろう。
ここがエルフの里か。
「誰もいないですね…」
「…留守?」
「そんな訳はないだろう。見ろ」
リリウムとルッカの言葉を否定したリーゼは、一つの木で出来た住まいを指さした。
「煙突から煙が出ている。あれは中に人がいる証拠だろう」
「リーゼは探偵だねえ」
「ふん、少し観察すれば分かる事さ」
エルフ達は俺達を警戒して家の中にひきこもっている?
「あっカイル、誰か出て来た」
ノーラが指さす先の、里の中心にある一番大きい木の家の扉が開き、一人の女エルフがこちらに向かって来た。
緑色の狩人装束と革鎧で身を包んだエルフは俺たちから少し離れた所で止まり、呼びかけて来た。
「外の者が我らに何の要件があって来た?」
それを聞いた俺たちは、全員で輪になって返答を考え始めた。
「ねえ、何て答えよう?」
「ノーラ、我に任せろ」
リーゼが自信満々に立候補した。
「リーゼの話し方だと話がこじれそうね」
「俺もそう思う」
「失礼な!」
俺とノーラに却下されたリーゼが地団太を踏んだ。
「噂を確かめたかったってだけでいいんじゃない?」
「私もそう思います」
「…正直に話すべき」
ルッカ、リリウム、サクヤは正直に話すべきだと思っているようだ。俺もそれに賛成だ。
「俺もそう思う。こちらに悪意が無いと正直に話せばいい」
「えっと、じゃあリーダーの私が答えるわね」
一歩進み出たノーラが女エルフに対して返事を返した。
「私たちは冒険者で、この森にエルフの里があるという噂を確かめたかっただけなんです」
「異人か。ここには入ってこれないはずだ。どうやってたどり着いた?」
女エルフの顔に警戒の表情が浮かんでいる。
「青い鳥と交渉して連れて来てもらいました」
「迷い鳥の調べに気付いたのか…」
「あなた達を傷つける意図は私たちにはありません」
女エルフはしばらく何かを考えていたが、決心したのか再び口を開き始めた。
「異人、話しがある。ついて来い」
ひとまず、警戒はされているが、里から追い出されるという事は無さそうだ。
女エルフが出て来た家へと戻って行く。顔を見合わせ、頷いた俺たちはそれに続く。
家に入る直前で女エルフが立ち止り、振り返った。
「家に入る前に誓え。我らに害を加えないと」
ここまで双方ともに敵対の意志を見せてはいないのだから、これは形式的な宣誓の要求だろう。だがエルフはこういう物を重視する。
「誓うわ」
「我も誓おう」
「誓います」
「誓うよー」
「…誓う」
「誓おう」
「よろしい。入れ」
全員が宣誓するのを確認した女エルフが家に入っていくのに俺たちも続いた。
家の中は表面が滑らかなうろのような感じで、木をどうやってか生きたまま変化させてその中を家としているようだ。
偶然か、俺が元いた世界で仲間のエルフから聞いたエルフの家と非常に構造が似ている。
「そこに座っていろ」
居間らしき場所に案内された俺たちは、女エルフの勧めるままにテーブルを囲む椅子に座って待つ。
しばらくすると女エルフが盆に何かが入った木でできた椀を六つ載せて戻ってきた。
「湖の街からここまで遠かっただろう、飲め。活力が出る」
全員に椀を配った女エルフは一つ余っていた椅子に座った。
渡された椀に入った液体は透明で僅かに蜜のような香りを漂わせている。
いきなり出された飲み物を飲むべきか?何か入っているかもしれない。
俺と皆が迷っていると、リーゼが魔導書を取り出し呪文を発動させた。
「<毒感知>。…美味しいぞ」
リーゼが呪文で毒の有無を確かめてから、椀の液体を飲み干す。
リーゼの毒身で安全は証明された。それに続いて皆も液体を飲む。俺も謎の液体を口に入れる。
それは若干の甘みとハーブのすっきりした感じが合わった不思議な飲み物だった。
液体を飲み干すと。歩いた事で少しあった足の疲労感が無くなった。
「それは精霊樹の樹液だ。毒など入ってはいない。我らが自ら家に招いた者に毒など盛るものか」
「仲間が失礼な事をした事について謝るわ」
ノーラが女エルフに頭を下げる。
「我々もお前たちを警戒しているからな。そちらが警戒する気持ちも解らんでもない」
女エルフはノーラの謝罪を受け入れた。
「それで、俺たちに話したい事とは何だ?」
警戒する俺達をわざわざここに招いてまで話したい事が気になる。
「お前たち異人、冒険者は対価を払えば力量で出来る範囲の事は何でもするのだろう?」
「正当な対価を貰えるならな」
「ではこの里の狩人長の我はお前たちに依頼を頼みたい。ワイバーンの討伐を請け負ってはくれないか?」
※
エルフの狩人長の説明によると、東のモンスターとダンジョンが支配する島から少し前に一匹のワイバーンがこの森に飛んで来た。
そのまま別の場所に行けばよかったのだが、そのワイバーンはこの森を里からさらに南に行った所を縄張りにしようと決めてしまった。
今は里に近づこうとしてもエルフの狩人たちで追い払えているが、倒せるほどの力はエルフ達には無い。
このまま放置すれば別のワイバーンを呼び込んで増え始めるかもしれない。その前に俺たちにどうにかして欲しい、との事だ。
「北の町との交易で稼いだ金と、この森で取れる素材を報酬に払おう。この森に辿り着けた所を見込んで、お前たちに頼みたいのだが」
「どうする?」
この依頼を受けるべきか、ノーラが俺たちに尋ねてくる。
「ワイバーンはどれくらいの強さなんだ?」
竜もどき。羽と一体化した前腕と、毒針が付いた尻尾が特徴のドラゴンの近縁種だ。
俺がいた世界では十分に訓練をした兵士と弓兵達であれば追い払ったり討伐する事の出来たモンスターだ。
だがここはゲームの世界。SMOのワイバーンは俺たちで倒せる程度の強さに設定されているのか?そこが問題だ。
俺はノーラに確かめる。
「ソロだとゴールドクラスの冒険者向けのモンスターだから皆でかかれば問題は無いと思うけど…」
「何か問題が?」
「空に逃げられたら私たちは手を出せないのよ。一応聞くけど、リリウムとリーゼの魔導書にも<飛行>や<空中歩行>の呪文はないわよね?」
「我の魔導書にはないな」
「私のにもないです」
空中に逃げられるのが問題ならば、翼を潰せばいいのでは?
「何処かにおびき寄せてから一気に叩いて羽を潰せばいいんじゃないか?」
「ワイバーンがおびき寄せられるようなものって何?」
ワイバーンが欲してやまない物か。
「心当たりはある。今回は俺に作戦を決めさせてもらえないか?」