二話 森林探索
鉱山都市シエフィルトの単調な依頼にも飽きて来た俺たちは、鉱山都市から南方のペタイン湖の畔にある湖畔の街ウィダニア近郊の森にあるというエルフの里の噂を確かめることにした。
次の日、俺たちは冒険者ギルドで全員分のプラトーバードを借り、街道をひたすらに駆ける。そうすることで一日の旅程でウィダニアに辿りついた。
御者付きの駅馬車を二日分借り上げるよりも割高だが、今の収入ならば問題は無い。
浮いた一日で受ける依頼や倒したモンスターの部位で差額は十分取り戻せる。
そして今日、早速エルフの里があるといわれる南方の森で探索を始めたのだが…
「あれれ?おかしいなー」
先頭を務めるルッカがしきりに頭を傾げている。
「また外に出たな」
「カイルは何か分からない?」
「全く分からん」
ノーラに聞かれるが、俺もどうしてこうなるか分からない。
この森をエルフの里があるといわれる中心部方向へ進んで行くと、気が付いたら森の外へと歩いているのだ。
もう五時間ほど現れるモンスターを撃退しながら森を探索しているのだが、森の中心部に辿りつく事が出来ないでいる。
この森は背が高く葉が密集して生える広葉樹のせいで鬱蒼としている。森が暗いせいで迷った可能性もあるが、何度やっても必ず森の外へと出てしまうのは流石におかしい。
迷い続けている俺達を笑うように、頭上で鳥が鳴いている。
「次は幹に一定距離毎に印を付けながら歩いてみたらどうだ?」
「やってみるよー」
「印をつけた数を数えておいてくれ」
ルッカが木に短剣で印をつけながら進んでいく後ろに俺たちはついて行った。すると、またしても気が付いたら森の中心部へと真っ直ぐに進んでいたはずなのに、森の外延部へと出てしまった。
「また外に出ちゃったけど、どうする?」
「ここまでは想定通りだ。ルッカ、森を歩いている間に印は何個付けた?」
「えっと…368個」
「それなら印を180個ほど引き返してみよう」
「りょうかーい」
方向を何かによって曲げられた辺りで、地図と羅針盤をもとに中心部方向を見定めて進めばいい。
だがその目論見もすぐに頓挫してしまった。
「印が消えてる!」
印を50程辿った所で、木に付けていたはずの印が跡形もなく消えていたのだ。
この森では木の再生力が高まっているのか?
「一応、羅針盤はどうなっている?」
「駄目だ。役に立ちそうにもないぞ」
リーゼが羅針盤を取り出して俺たちに見せる。羅針盤の針は不定期に方向を変えていた。
地の流れも乱されているようだ。この仕掛けといい、まるで俺達を拒絶しているような…
「森に掛けられた呪文によって私たちが幻覚を見せられてる可能性はない?リーゼ試してみて」
「分かった。<魔法感知>…反応は無し。呪文ではない別の仕掛けか、我より高レベルの魔法使いが呪文を掛けているのだろう」
印も駄目、魔法の探知も駄目。これだとロープを持って森に入っても何らかの妨害が入るに違いない。
木を切り開きながら進むのも却下だ。森にエルフの里があるなら森を傷つける行為は厳禁だ。なにより時間がかかり過ぎる。
ここは、一度状況を整理するべきだ。まずはリーゼが聞いたという噂だ。
「リーゼ、もう一度確認するがこの森にエルフが居るのは確かなのか?」
「掲示板にあったのは、湖畔の街へたまにエルフが森から交易にやって来て、森へと帰っていくという情報と、森から出て来たエルフ達の画像と、森へ帰っていく同じエルフ達の画像だ」
リーゼがインベントリから取り出した紙には、森から出てくる荷物を背負った狩人装束のエルフが数人と、森へと入っていく同じエルフ達が移っていた。画像はステータスカードに搭載されている画像や映像の記録を撮る機能を利用した物だろう。プレイヤーが記録したそれらは、SMOから取り出して別の機械でも扱える。ログイン初日の俺の戦闘映像が出回ったのもそのせいだ。
「森から街に出て来たエルフと話した冒険者はいないのか?」
外部に情報が出回っているのならば、誰かがエルフと接触していてもおかしくはない。
この画像を撮った本人はエルフと接触したのではないだろうか。
「無論、この画像と情報を提供した本人はエルフ達と話をしようとしたさ。だがどんなに話しかけられても梨のつぶてだったそうだ」
エルフは元々排他的な傾向のある種族だ。エルフは定命の種族とは進んで交流しようとはしない。彼らが傲慢だからではなく、交流を深めた相手が定命である限り、何時か訪れる死と別れを避けられない事を知っている為だ。
この森の中にエルフの里があるとして、このような現象が起きるのは彼らが部外者を拒絶している証拠なのではないだろうか。
「森を抜けて里に入る何らかの方法があっても、エルフの許可なしに里に入るのは彼らを刺激する行為にならないか?」
リーダーであるノーラに問いかける。
「うーん、そうかもしれないわね」
「私もそう思います」
ノーラとリリウムは刺激すると考えているようだ。
「アタシはこうも隠されると気になる性質だから、森の先は確かめてみたいねえ」
「我は、我々がエルフの里に最初に辿り着いた者になりたいと考えている」
「…私はどっちでもいい」
リーゼとルッカはこの森を最初に突破したいと考えているようだ。サクヤは保留。
俺もどちらでも構わないが、現在の状態で森にいるのは時間の無駄な気がしてきた。
森を突破するにしろしないにしろ、もっと情報を集めなければならないと思う。
「とりあえずこの場では、この謎の仕掛けを突破する事がエルフの不興を買うか否かの判断は置いておこう。一度ウイダニアに帰って情報収集してみないか?」
「私もそう思う。リーゼは?」
「我も同意見だ。どちらに進むにしても判断材料が少なすぎるからな」
ノーラとリーゼは撤退に賛成か。
「アタシもいい加減森をぐるぐるするのに飽きてきたから賛成」
「私も、もっと情報を集めるべきだと思います」
「…私も森を歩くのには飽きた」
他の三人も俺の提案に同意見のようだ。
どうやら、今日探索にかけた六時間は徒労に終わりそうだ。思わず天を見上げるが鬱蒼とした森に覆われて太陽は見えない。俺に見えるのは葉と木の幹と、俺達を見て笑っているかのように鳴いている青い鳥たちだけだ。
「それじゃあ今日は街まで帰って…」
ノーラのそれ以降の言葉は、遠くで揺れる木々と何かの気配を察知して飛び立った鳥の羽ばたく音にかき消された。
「なんかデカイのがこっち来てる!」
ルッカが耳をピコピコ動かしながら叫んだ。
森に長居し過ぎたようだな。
「とりあえず、森の外まで逃げましょう。それでも追って来たら迎撃で!」
ノーラの提案に俺たちは無言で頷くと、全速力で森の外へと脱出を始める。
後ろから何かが追ってくる音が近づきつつあったが、森の外の開けた場所まで俺たちはどうにか追いつかれず脱出する事に成功した。
「追ってきてるわ!隊形を整えて!」
前衛が俺とサクヤ、中衛がルッカ、後衛が残りの三人で森から出てくる何かを待ちうける。
森から木々を押し分けるように出て来たのは、巨大な爬虫類だった。
図太い蛇に六本の足を生やしたような姿で、頭頂には冠のような硬質とさかが生えていた。
鱗は暗緑色で、同じ色の気味が悪い目で先頭の俺を睨んでいる。
石化の視線を持つモンスター、バジリスクだ。
「むっ…」
奴の視線にさらされていると、体の動きが鈍る。瞳から発せられる石化の力には耐えられているようだが、完全には打ち消せていないようだ。
「後衛!石化への備えはあるか?」
「あります!<集団化・抵抗力上昇>」
リリウムの呪文で全員の状態異常に対する抵抗力が上がった。
俺も先程より随分と動けるようになった。サクヤもこれで大丈夫だろう。
「シュー!」
石化の視線が効かないと判断したバジリスクが、毒の牙で噛みつこうと俺に迫る。
「石化が無ければ只のデカイ蜥蜴だな!」
噛みつこうとするバジリスクの鼻っ面に盾を叩きつけてやる。
「シュルル!」
「…<旋風突き>」
俺が怯ませたバジリスクの隙を、サクヤが逃さずに捉えて確実にダメージを与える。
「だいぶ前衛としての呼吸が合って来たな」
「…そう?」
「一気に仕留めるわよ!<光の鎖>!」
「援護します<大地の束縛>!」
ノーラとリリウムの呪文によって、バジリスクが光の鎖と土で出来た蔦に拘束される。
バジリスクはもがいて拘束から逃れようとするが、見た所、すぐには脱出できそうにない。
「今がチャンスだ。行くぞサクヤ」
「…分かってる」
「援護は任せてー!」
俺とサクヤはバジリスクの左右に分かれ、胴や足を手当たり次第に攻撃する。
ルッカもバジリスクの顔に矢を射かけ、片目を潰す事に成功している。
「シュー!シュー!」
血を流しながらバジリスクが一層もがき始める。もうじき拘束を逃れるだろうが十分にダメージは与えた。後ははリーゼの出番だ。
「カイルとサクヤは離れろ!トドメは我に任せておけ」
リーゼの指示通り俺たちはバジリスクから飛び離れる。
「邪悪なる「蛇の王」よ、滅びるがいい!<火球>!」
リーゼが放った火球が拘束を脱する直前のバジリスクに直撃した。
「シュー…」
手負いのバジリスクは炎でとどめを刺されて絶命した。
「特に被害もなくバジリスクを倒せるなんて。これで初級者は卒業ね」
「バジリスクは一種の指標なのか?」
俺が死んだバジリスクをカードを出して解体しようとしていたら、バジリスクの死体を見ながらノーラがそう言った。
「バジリスクは初心者のレベルだと石化の視線に耐えられないから、耐えられるレベルで問題なく倒せたらSMO初心者卒業って言われてるの」
「そうか。初心者を卒業したのなら、あの森の謎も解けるかもな」
「そうだといいわね」
その後、ウィダニアに戻り冒険者ギルドで探索中に狩ったモンスターとバジリスクの部位を売り払ってから俺たちはログアウトした。
明日はこの街で情報収集だ。




