一話 鉱山都市シエフィルト
鉱山都市シエフィルトはアレイド諸島の中でガリス王国が統治する島の中央にそびえる、べネビス山の麓に建てられた工業都市だ。
べネビス山地下には多種多様な金属を産出する鉱床が存在し、鉱山都市に隣接する坑道から掘り出された各種鉱石はここで精錬加工され、インゴットや武具や農具となってアレイド諸島各地へと送られている。
そんな地域の心臓とも言える鉱山の、血管たる坑道の中層に設置された待機場所で、俺と電子遊戯同好会の面々は――それぞれ暇つぶしをしていた。
「これで王手だ」
「…負けた。これで二勝二敗」
「この将棋のルールにも慣れてきたからな」
俺とサクヤは将棋を、リリウムは鉱山都市で買った本で読書を、残りの三人はトランプで遊んでいる。
「その額にカードを当てるゲームは何ていうんだ?」
眉をへの字にしながら対戦相手のリーゼとルッカを睨んでいるノーラに尋ねる。
「インディアンポーカー。他人の札は見えるけど自分の札が見えないゲームね。ルールは簡単で数字が大きい方が勝ち。そして、今回こそ私の勝ちのようね!」
ノーラ、リーゼとルッカの札が4と3なのを見て自信満々のようだが、残念ながらお前の札は1だ。
「フフ、そうだな」
「そうかなー?」
「むむ…」
「瞳に映ったカードを見ようとするな!」
リーゼが顔を近づけようとしたノーラを押しやった。
「ええい、ここは勝負よ!賭け金をもう10枚引き上げるわ。二人は降りないの?」
「ああ」
「降りないよー」
「それじゃあ勝負!」
三人が額の札を場に出した。
ノーラが1、リーゼが4、ルッカが3。リーゼの勝ちだ。
「えー!嘘ー!あああ…」
「リーゼに一差で負けてた…」
「悪いな、今回の勝負は我の勝ちのようだ」
「次!次行きましょ!次はルッカが親…」
その時、待機所に僅かに地響きで揺れた。パラパラと岩屑がテーブルに降り注ぐ。
「おい、俺たちの出番が来たんじゃないのかこれは」
「多分そうね。みんな、戦闘準備よ」
ノーラの指示で各自遊戯道具をインベントリにしまい、戦闘準備を整える。
全員が呪文によって暗視や武器強化等の準備を終えた頃に、待機所へドワーフのNPC鉱夫が転がり込んできた。
「お前さんたち、出番だ!」
「落ち付け。どこに何が出てきた。数は」
俺は鉱夫を落ち着かせながら重要な事を尋ねた。
「オーガだ。オーガが三体。岩盤をぶち抜いた先の巣から出て来やがった。三番坑道に奴らはいる」
「分かった、お前はここで休んでいろ。ノーラ」
「ええ。行きましょう!」
シエフィルトの鉱山は深く掘れば深く掘るほど希少な鉱石を採掘する事が出来る。だが、そこには一つの問題があった。そう、鉱山は地下世界と隣接しておりモンスターが出るのだ。それも深ければ深いほど凶悪な奴が。
そこで、冒険者の出番という訳だ。俺たちが地下の穴倉で延々時間を潰していたのも、ギルドで鉱山労働者の護衛を請け負ったからだった。
俺たちは待機所を出てルッカを先頭に、モンスターが出た三番坑道へ急行した。
※
「誰か助けてくれー!」
「ヒサビサノ肉ダ」
「俺ニモヨコセ」
「俺モ欲シイ」
俺たちが急行した三番坑道は横幅25メートル、高さ5メートルの非常に広いものだった。
そして現場にたどり着くと、三匹のオーガに捕まった一人のドワーフが今まさに引き裂かれようとしていた。
オーガは身長が3メートル前後のでっぷりと肉が付いた醜い巨人だ。奴らの知能は低く、地下や人里離れた場所に住み、不幸にも彼らの住処を偶然通りがかった犠牲者を見つけ次第捕まえて傷めつけながら殺して食らう。
一刻も早く捕まった鉱夫を救わねばならない。
「ノーラは眼潰し、その後カイルとサクヤは鉱夫を救出するルッカを援護、我とリリウムでオーガの足止めをする!」
リーゼの即興の指示で俺たちは鉱夫を救うべくすぐさま動き出した。
「サクヤ、俺と一緒にルッカの援護だ」
「…了解」
「鉱夫は任せてねー」
「足止めですね。分かりました」
「さあ行くわよ、みんな目を塞いで。<閃光>!」
ノーラの呪文で坑道が強烈な閃光で満たされる。
「ウウ!」「目ガ!」
オーガ達は強烈な光にたまらず目を両手で塞ぎ、鉱夫を地面に取り落とした。
「行っくよー!」
ルッカが猫のようにオーガの間をすり抜け、地面に落ちた鉱夫を抱えこちらに下がり始めた。
「肉、返セ!」
「…<旋風突き>」
「ガアア!」
目くらましから復活したオーガがこちらに下がっているルッカと鉱夫に伸ばした腕を、サクヤの槍が貫き、オーガが思わず腕を引っ込める。
それを見た別のオーガが腰の粗末な投げ槍をサクヤに投げつける。
「おっと」
俺は投げ槍の射線とサクヤの間に割り込んで投げ槍を防ぐ。
「グルアアアアア!」
これまで何もしてこなかったオーガが棍棒を俺に振り下ろしてくる。俺は繰り出された棍棒を盾で難なく受け止める。
ステータスが低かった少し前とは違って今はこの程度の攻撃、後方の呪文支援が無くとも問題無い。
「ハッ!」
「ガアアアア!」
俺は剣による反撃で、棍棒を振り下ろしたオーガの棍棒を持った腕を切り落とす。
腕を斬り落とされたオーガは、地面に落ちた棍棒を回収して後ろに下がった。
次に、最初に手を出して来た奴と投げ槍を放った二体が再び、じりじりと後ろに下がる鉱夫と俺たちに近付いて来る。
「止まって、<石の杭>!」
リリウムの呪文によって鉱夫を助け出す俺達を護るように地面から石の杭が何本も突き出す。
「グウウ、痛イ」
「待テ肉!逃ゲルナ!」
投げやりのオーガはそれに貫かれて前進を阻まれたが、もう一体が石杭をすり抜けて俺たちに迫る。
「それ以上は進ませんぞ!<炎の束縛>!」
「アアアア!熱イ!」
炎の縄がオーガを縛り上げて坑道を阻害するとともに、熱でオーガを苛む。
炎の熱さに堪らずオーガは地面に転がり始める。
そしてオーガ達が態勢を整えるまでに、ルッカが後方まで鉱夫を運び終えた。
「ドワーフのおっさんは無事だよ。気絶してるだけ」
鉱夫の状態を確かめたルッカが報告する。どうやら救助は間に合ったようだな。
「よし、後は手負いを片付けるだけだ。行けるかサクヤ」
「…大丈夫」
「後ろは援護を頼む。行くぞ!」
俺とサクヤがオーガに肉薄する。
体勢を立て直したオーガ達の前衛は俺が腕を斬り落とした片腕のオーガと、サクヤの槍と<炎の束縛>で負傷している二体。後衛が<石の杭>で負傷した投げ槍持ちの一体だ。
「ガアッ!」
「<風の壁《ウィンド・ウォール》>!」
後衛のオーガが放つ槍はリリウムが呪文で生成した風の壁によって弾かれている。リリウムの呪文が持っている間に前衛を始末する。
「援護いくよー!」
「<聖なる槍>!」
「グアアア!」
ルッカの矢とノーラが放った数本の光の槍が、サクヤと相対するオーガに突きささる。
後衛の援護で怯んだオーガの隙を見逃さず、サクヤは槍を脇に捨ててオーガの懐に潜り込む。
「…<居合>」
「ゴバッ…」
そして太刀を抜き放ちながら放った一撃でオーガの胴体を両断した。
「死ネ!」
俺が相対するオーガは片手で憎しみを込めた棍棒を振り下ろして来た。それをかわしながら、もう一本の腕も斬り落とし、そのままの勢いで両脚を膝から剣で切断する。
「ア、アガ…」
「よお、これで目線があったな」
そして、剣が届く位置に来たオーガの首を落として止めを刺した。
前衛は潰した。残るは後衛の投げ槍をもったオーガだけだ。
「ググ…」
最後のオーガは前衛の惨状を見ると。踵を返して逃げようとするが
「逃さんぞ<炎熱の槍>!」
「ギャアアア…」
リーゼが呪文で放った燃え盛る槍に後ろから腹を貫かれ、絶命した。
「撃退出来たわね。増援を警戒しながら待機所まで戻るわよ」
「そいつは俺が背負おう」
俺が鉱夫を背負うと、俺たちは後方を警戒しながら他の鉱夫たちが避難している待機所まで戻り始めた。
※
「厄介な粘体や洞窟トロールも出たが今日も無事に終わったな」
依頼達成票を手に坑道を出た俺たちは冒険者ギルドに戻りながら談笑していた。
今日の依頼では、約二時間ごとにモンスターの襲撃があった。任務は後一時間ほどあったのだが、坑道につながったオーガの巣が広い空間と繋がっていた為、作業が中止になった。
「一時間早かったけど報酬満額出してくれてよかったね」
「ああ」
鉱山側は別途オーガの巣とその空間を調査する依頼を冒険者へ出すのだとか。こちらとしては依頼達成で金が満額支払われれば別に文句は無い。
「満額支払ってもらえたのは、私たちがあの鉱夫さんを救いだせたからじゃないでしょうか」
オーガから逃げ出した鉱夫たちは俺たちが救い出した鉱夫と再会すると、彼が死んでいたと思っていたのか、抱き合う程喜んでいた。リリウムのいう通り、その辺りの事情も報酬を満額を支払う事に繋がったのかもしれないな。
俺たちはここ最近、シエフィルトの坑道護衛任務ばかり受けている。中層で鉱夫を八時間護衛するシルバー向けの常設依頼で、金貨十二枚に加えて倒したモンスターの部位が報酬に加わる割のいい依頼だ。
「このまま収入が安定すれば、我らのゴールド昇進も近いな」
出納係でもあるリーゼがインベントリの所持金を確認しながら言う。
実際、俺たちのこの一週間の収入は、先日のオーク野営地襲撃イベントの収入を上回りつつあった。
「財布も潤ってきたし、装備更新も行っちゃうー?」
「…ルッカ、意地が汚い」
それを聞いてリーゼの顔色を伺い始めたルッカをサクヤが諌める。
「でもでも、サクヤだって田中武具店の甲冑一式欲しそうに見てたじゃん」
「むっ…」
サクヤにとってルッカの指摘は図星だったようだ。
「装備更新も大事だが、我は今日掲示板で中々面白い情報を見つけたぞ」
リーゼが別の話題を振り始めた。
「何だ?その面白い情報とは」
「私も気になるわ」
安定はしているが、一週間も同じ任務を受けるのに飽きて来た所だ。
俺とノーラはリーゼに話の続きを促す。
「南方の森にエルフの里があるとの噂だ」
エルフの里。どうやら次の目的地はそこになりそうだ。