二十二話 夕暮れ
買い物を済ませ街から戻って来た俺は、日課と定めた神社の清掃と剣の鍛錬を終え、夕暮れのベンチに腰掛けこちらに飛ばされてからの八日間を思い出していた。
魔王によって未知の世界に飛ばされ、時子という協力者と出会い、仮想世界と現実世界を行き来しながらこの世界の把握に努めた八日間だ。
日数にすれば僅かだか中々に長い八日間だったな。俺はこうなった原因について思い返す。
そもそもこうなった原因を作り出した魔王は何故俺をこの世界に飛ばした?死の間際魔王は「余興」と言っていた。殺すのが目的ならばもっと危険な世界に送り込めば良かったのだから、魔王の言う通りこれは余興なのだろう。だが余興にしては良い嫌がらせをしてくれたものだな。
予言に選び出されてから、魔王を倒す為に教会の聖騎士団の下で十年以上剣と魔法の研鑽に努め知識を貯め込んで来た。そして戦いが始まってからは連合軍内における政治的立場に気を遣い、魔王を倒した後はどこにでも仕官なり就職なり出来るように中立の立場を保ち続けた。そしてついに魔王を討ち果たした。
俺の目の前には無限の選択肢が広がっているはずだった。それが今はどうだ?俺は一人だけ異世界に飛ばされてしまった。
(俺の将来設計を破壊するという意味では、最高の一手を打ってくれたな…)
大きくため息を吐く。
ここには俺がくぐり抜ける凱旋門も、共に轡を並べ凱旋する仲間や兵たちも、窓から祝福の花弁を振りかける市民も、縁談や仕官を勧めてくる連中もいない。
俺が十三年かけて掴み取る筈だった物は、全て指先から滑り落ちて行った。
(俺の事はまあいい。仲間たちはどうしているのだろうか)
次に気になったのは分かれた仲間たちの事だ。事前の手筈では魔王を倒した後は、俺たちと内通していた魔王の実子で王子のオキアスが次代魔王として魔族を取りまとめ、連合軍と停戦交渉をする事になっていた。
停戦交渉は上手く行ったのだろうか?流石に連合軍側も魔族側もこれ以上の出血には耐えられないのは明らかだったのだから、どちらかが滅ぶまで戦いを続けるなどと主張する馬鹿は裏で始末されるだろう。
(戦争が終わって、皆は解散したのか?)
仲間の聖騎士のファブリスと聖女のマリエルは戦いが終われば結婚すると誓いあっていた。停戦が上手く纏まっていれば、今頃凱旋が終わった後の式の手配をしているだろう。
ギドールの爺さんは元鞘のドワーフ傭兵団の団長の座に戻っただろうな。あの爺さんが隠居する姿は想像がつかない。
イリスは戦いが終われば真っ直ぐにエルフの里に戻ったに違いない。エルフ族の長の娘である彼女は元々、連合軍の要請で嫌々エルフの弓兵と魔法兵を連れて森の外に出てきたのだから。
アレナは今頃全てを放り出し、新たに魔王城城主となったオキアスに協力を取り付け、血眼で俺を転移させた魔法陣を調べているに違いない。元々魔法工学の事になると人が変わるといわれていたのだ。それ以外には考えられない。
その変人っぷりも、俺がじきに迎えに来るという気楽さを保てている原因なのならば、悪くは言えないな…
(さて、今後どうするか…)
どうにかして行動拠点を街に移す事も考えたが人が多すぎる。あれだけいる日本人の中に上手く溶け込める自信はないし、何より拠点を構える為の稼ぎも身分も無い。
人が少ない分情報の行き来が密な田舎でも、時子という協力者がいるここに滞在する方がマシだろう。
一応資金の調達方法として、この平和な日本でさえ未だに撲滅できていない「ヤクザ」なる犯罪組織を襲撃してその活動資金を強奪する事も考えた。
機械から引き出したニュースや犯罪記録によると、一般的にヤクザは刀剣や鈍器と、火薬という薬品で金属の礫を飛ばす「銃」という物で武装している。
魔法に対して何の備えもしてない連中など、片手間で制圧出来る。だがこれは官憲を刺激する可能性を考えて保留中だ。
という事で、これからも時子の家に滞在する事になりそうだ。
ここにゆっくり滞在しつつ、一応こちらから元の世界へ帰還する手がかりも探してはみるが…
「カイル―、晩御飯出来たよー?」
そんな事を考えていると時子の声が聞えて来る。顔を上げれば時子がこちらにやって来ている最中だった。
家に帰ってこない俺を迎えに来たようだ。どうやら思っていたより長い間考え込んでいたようだ。
空を見れば辺りはもう暗くなり始めていた。
「帰ってこないから見に来たんだけど、ベンチに座って何してたの?」
「元いた世界がどうなっているかとか、仲間の事とか、今後の事について考えていた」
「未来の事を考えてたにしてはなんか顔が辛気臭いわよ」
「…一応、いきなり知らない場所に放り出されて一週間と少ししか経っていないんだが」
「そう言われればそうね。異世界に来て一週間しか経ってない、異世界トリップものの主人公として見たらカイルは結構図太いわね」
異世界トリップというのが何なのか分からないが、まあ悪い意味ではないだろう。
「それは褒め言葉と受け止めていいのかな」
「ええ。でもカイル、考え過ぎるのはよくないわ。『分別過ぐれば愚に返る』よ」
「どういう意味だ?」
「余り考え過ぎてもかえって失敗してしまうって意味」
なるほど。確かにさっきまでの俺の状態はそれだったかもしれないな。
時子の顔を見ていたら先程までうじうじと悩んでいた事が馬鹿らしく思えて来た。
俺はベンチから腰を上げる。
「迎えに来てくれてすまんな。それで今日の晩飯は何だ?」
「今日は三色丼とおすましよ。三食丼は鳥そぼろとインゲンと炒り卵がご飯の上に乗ってるの」
「楽しみにしておこう」
「ねえさっき考えてたっていう、あなたの仲間について私に教えてくれない?」
「仲間か?そうだな…聖騎士のファブリスは半端無い色男でな・・・」
時子と話していると自分が悩んでいた事も大したことでは無いように思えてきた。
この世界に飛ばされたのも、逆に考えれば戦争もないこの国で一年じっくりと休めると考えればいいのだ。
三年間の戦争で蓄積した疲れをほぐすには平和なこの国はうってつけだ。
それに俺の力の使い道だってもう少し視野を広げれば見つかるかもしれない。
その上、休みの中で遊ぶ娯楽という点ではSMOは申し分ないしな。
気分が晴れた俺は時子と他愛のない会話をしながら、神社の階段を下りていった。
これで一章は終わりです。幕間と現在のステータス纏めを挟んで二章に続きます。