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二十一話 週末の買い物

俺と時子は「街」の待ち合わせ場所に指定した銅像前で、電子遊戯同好会の面々を待っていた。

雷の力で動く「電車」に乗ってやって来たここを時子は田舎の地方都市と言ったが、こちらからすれば小国の首都や大国の大都市と言ってくれた方がまだ納得できる規模だ。

そして街ではのどかな田舎ではそこまでではなかった、ここが異世界だという衝撃を正面から叩きつけられた。

魔法を一切使わずにかなりの高さまで築き上げられた建築物、一分の隙もなく舗装された道路、そこを目まぐるしく走る自動車という機械。街から漂ってくる嗅ぎ慣れない匂いに、音に、人、人、人。

転移して来たのがここで無くて良かった。時子という緩衝材無しにいきなりここへ放り出されていたらかなり混乱しただろう。

トラブルにもなっていたかもしれない。


「遅いわね…」

「まだここに来て十分も経っていないぞ」


時子が時間を確認しながら呟いた。

街に来て気付いたのだが、日本人は時間をかなり気にする。

周囲にも俺たちと同じように待ち合わせをしている男女がいるが、しきりに手持ちの機械で時間を確認したり、機械で連絡を取ろうとしている。

街まで運んでくれた電車も若干病的な正確性で運航予定が組まれていた。

元いた世界にも時計はあったが、結構な高級品であり一般人は持っていなかった。

時間をいつでもどこでも確認出来るのは便利だが、こうも時間に縛られるのなら考えものだな。

いや、だからこそ魔法抜きでここまで発展したのか?

そんなことをつらつらと考えていたら、こちらに向かってくる四人組の女性が声を掛けて来た。


「ごめーん!待ったー?」


その声に手持ちの機械を見ていた時子が反応した。

彼女たちが電子遊戯同好会の面々で間違いないだろう。


「遅い、十分の遅刻」

「すみません、巴がなかなか来なくて一本後の電車に乗ったんです」

「巴がやっぱ行きたくないってグズってさ」

「…巴、往生際が悪い。いつかはばれる事」

「ぐぬぬ」


合流した面々を観察すればSMO時の面影がかなりある、というか種族としての特徴を人間に置き換えればSMOでの姿そのままだ。…一人を除いて。


「カイルだ。右からルッカ、リリウム、サクヤだな、あとそこにいるのが…リーゼか?」

「疑問形で言うな!」


そこにはハーフデーモンの美女ではなく、皆より頭一つ小さい少女がいた。

顔の造形や雰囲気は確かにSMOの美女と似た物があるが、豊満な胸と身長は仮想世界に落としてしまったようだな。


「それじゃあ改めてカイルに自己紹介をよろしく」


時子が皆に自己紹介を促す。


「それじゃあアタシから。宝目瑠璃香(たからめるりか)だよ。瑠璃香をもじってルッカって名乗ってたんだ。よろしくねガイジンさん」

「こちらこそ改めてよろしく」

「本当に金髪に青目なんだねーあとガタイがすごい!ムッキムキじゃん」


瑠璃香は快活な雰囲気にこちらを観察する物怖じしない視線など、SMOの時と殆ど印象は変わらない。

スカートではなく運動に適した丈の短いズボンとシャツという服装もイメージ通りだ。


「次は私ですね。私の名前は加羅月百合(からつきゆり)。リリウムは百合の学名から取りました。よろしくお願いします、カイルさん」

「SMOの時と同じで呼び捨てで構わないぞ」

「はい、分かりました」


リリウムの髪と瞳を黒みがかった茶色に、耳を人間にすれば百合だ。

服装はSMOと同じように肌の露出が少ないゆったりとした服を着ている。


「…森樹桜(もりきさくら)

「サクヤだな。よろしく桜」

「…よろしく」


SMOのサクヤからダークエルフの特徴を日本人に置き換えればそのまま桜になる。

服装は落ちついた色のシャツにスカート。そしてSMOとは違って眼鏡を掛けていた。

さて、最後に残ったリーゼだが…時子の後ろに隠れていた。


「ともちゃんの番だよ」

「うう…」


リーゼであろう少女はしばらく時子の後ろでモジモジしていたが、意を決したのか前に出て来て自己紹介を始めた。


「わ、われ、我は麻代巴(ましろともえ)。あ、あの世界ではリーゼと名乗ってい、いた。カイルよ、こちらでもよ、よろしく頼むぞ」


巴は前髪を真っ直ぐ横に切りそろえた小柄な美少女だった。

ドレスのような服を着ているが、全体的に色が黒い。


「ああ、よろしく。…時子、一体どういう事なんだ」


巴の俺に対する態度が何故こうなっているのか。小声で時子に尋ねる。


「ともちゃんってSMOで結構、その、ああいう感じじゃない?遅い中二病というか…」

「中二病?」


巴は何かの病気なのか?


「私たちはともちゃんの中身知ってるけど、ネット上で知り合った人とこうして会うのは初めてだから…」


互いの事は知らないという体で開催された仮面舞踏会で羽目を外し、それを後から指摘されるような気分だろうか?

うーむ、良く分からない。


「…今日はリーゼとして接すればいいのか?」

「多分…」

「あー!あー!巴でいいです!はい!」


身をよじりながらリーゼもとい巴が叫ぶ。


「巴でいいんだな?」

「…はい」


顔を真っ赤にしながら巴は頷いた。


「そ、それじゃあ今日は朝の間に皆の用事済ませて、昼からカイルの服選びに付き合うって事で出発!」


時子の一声で、俺たちはその場の気まずい雰囲気を振り払うように出発した。




          ※




昼までの間俺は彼女達の買い物に荷物持ちとして付き合った。世界を違えど女性が買い物を好むというのは共通のようだ。

仲間の女性陣も街に寄ると決まって買い物に付き合うよう催促して来たな。


本屋で時子と百合と桜がそれぞれの目的の本を探す間、本屋の商品を見て回る。時子に教えられたこの世界の物価を考えるとこの植物紙で出来た本は非常に安い。

これでも機械の中の記録として本を買うならもっと安くなるというのだから驚きだ。


巴が着ている服を売っている専門店で、彼女達がああでもないこうでもないと言っているのを店の外から眺める。あそこまでどうして悩めるのだろうか。

仲間の男連中は俺たちが剣や鎧で悩むようなものと言っていたが…


他にも瑠璃香と巴がゲームを売っている店でゲームの方向性とやらの議論を聞かされたり、百合が庭に植える花について相談されたり、化粧品に服に装飾品にと午前中はずっと引き回されてしまった。


買い物中の女性は、どこからあそこまでの活力を引き出しているのだろうか?

世界を超えての謎だ。


昼食はSMOの金貨一枚セットを思い出したのか、イタリア料理のピザという物を食べることになった。

その店の夜のメニューは高くて手が出せないそうだが、昼はそうでもないらしい。


「ごめんねカイル。朝の間ずっと買いものに付きあわせて」

「大丈夫だ。慣れてる」


時子にそう返してから切り分けられたマルゲリータというピザを口にする。

チーズとトマトという野菜の酸味と乗せられた香草が絶妙に口の中で合わさる。

旨い。


「イケメン外人は言う事が違いますな―。うちの高校の男どもにも見習わせたいねえ」


瑠璃香が息で冷ましたピザを一口に頬張る。行儀が悪いが不思議と下品には見えない。


「カイルは日本語が本当に上手ですね。大学で習ったんですか?」

「そうだ。次に日本の文化を現地で学ぼうと考えていた所に、時子の親父さんが親父経由で時子の家に滞在しないかと言ってきてな」

「言葉だけでは日本人と見分けがつかないほどです。大学で沢山勉強されたんですね」


百合の質問に事前に時子と何回も打ち合わせた内容を思い出しながら上手く返す。

今の俺はアメリカという国の大学生が一年休学して日本にいる、という設定だ。

買い物中に冷や汗が出そうな場面もあったが、そこは時子が上手く言い繕ってくれた。


「…昼からはカイルの服を買うの?」


桜が午後からの予定を口にした。そうだった、この後は俺の服を買わなければならなかった。

もう終わった気になっていたが、買い物はまだ半分しか済んでいない。

正直、今すぐ帰りの電車に乗らせてほしい。


「私たちの用事は済んだからカイルの番ね」

「わ、我がカイルに似会う装束を選んでやろう」


午前中で巴はどうにか俺と会話できるようになった。まだ自分の事を我と言うのか私というのか迷っているようだが。


「服なんて丈夫で着れたら何でもいいだろ」

「そんなことないです!」


何故か百合が俺の言葉を強く否定した。


「イケメンでスタイルいいのに服を選ばないなんて損してるよー?」

「カイルは筋肉で細身が合わない以外は殆ど何でも着れそうよね」


瑠璃香も不穏な言葉を口にする。時子まで。


「いや、一番近い店で適当に安いの選んでくれればいいんだが」

「「「駄目!」」」


全員に否定されてしまった。何故だ。


結局のところ、俺は彼女達に引っ張られながら時間一杯全ての店を回り、クタクタになるまで着せ替え人形のように延々試着をさせられた。

これほど疲労困憊するなら、モンスターと戦った方がマシだ。

夕方、大量の買い物袋を抱えて電車に乗る俺はそう思った。

リアルとSMOの名前は以下のようになっています。

時子=ノーラ

巴=リーゼ

瑠璃香=ルッカ

百合=リリウム

桜=サクヤ



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