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二話 VRMMORPGとはなんぞや

ベッドの上で目が覚めた。

ベッドから身を起こし窓から外を見ると日が高い。

バネが仕込まれたベッドの寝心地の良さに、随分と寝坊してしまったようだ。

あの後、二階の時子に都会に行ったという兄が使っていた部屋に案内された。

戦闘や翻訳魔法の疲労が酷かったので食事は断り、渡された作務衣という服に着替えて眠ったんだったな。

伸びをしていると丁度良くドアがノックされた。


「カイルもう起きた?」

「ああ、今起きた所だ」

「じゃあ入るね」


時子が部屋の中に入って来た。

時子の服は昨日着ていたかわいらしい服とスカートではなく、色気もない上下で色の揃った長袖の服とズボンを着ていた。

そんな服でも豊満な乳はしっかりと布の下から主張しているのだが。

手に持つ盆には、皿に乗ったその謎の料理が三つと、茶らしきもので満たされたガラス製のコップが乗せられていた。

謎の料理はおそらくだが、蒸した穀物を固めた食べ物に海藻を巻いたものだろう。


「おはよう。今日はずいぶん地味な服を着てるんだな」

「昨日は学校の最終日だったから制服きてたの。家はジャージで十分よ。はい、遅めの朝ごはん」


時子から皿を受け取る。

料理からは食欲を誘う香りが漂ってくる。


「ありがとう。これは何て食べ物だ?」

「おにぎり。日本の主食のお米に、具の梅干しを入れて海苔を巻いたものよ」

「おにぎりか。ではありがたく戴こう。神々の恵みに感謝を」


右手を胸に当てる簡易な祈りを済ませてから、覚悟を決めてこの「おにぎり」という料理を口にした。

・・・いけるなこれ。

中に入っている具の酸味が良いアクセントになってどんどん食が進む。

この緑色の茶も香りが非常にいい。

苦みがあるがこれはこれで癖になりそうだ。

おにぎりは三つあったがあっという間に食べ終えてしまった。


「ふう…」

「日本では食べ終わったら、手を合わせて「ごちそうさまでした」って言うのがマナーよ」


時子のを真似て手を合わせる。


「「ごちそうさまでした」これでいいか?」

「どういたしまして」


時子に盆を返す。

盆を受け取った時子は部屋の椅子に座った。


「泊めてくれたどころか、こうして食事まで用意してくれて感謝している」

「もう、お礼はいいわよ。お礼がしたいなら、あなたの世界について教えてよ。

私もこの世界について教えてあげるから。昨日からずっと聞きたくてウズウズしてたんだからね!」




           ※




時子と両方の世界について情報交換を行った結果、自分がどういう状況に置かれているかある程度理解できた。

この世界は魔法が存在しない代わりに、元いた世界における錬金術の一部分を、「科学」という学問として究めて行く事で発展してきたようだ。

そして、この世界にはエルフやドワーフや魔族といった亜人や、魔物は存在していない。

俺が今いる日本という島国は、二千百と少しの歴史を持ち、世界の中でも特に科学技術が進んでいるようだ。

「核融合」――地上にこの世界の小型太陽を作り出し、そこから莫大な力を引き出す技術だ――と、「ロボット」――ドワーフの作る自動人形やエルフの作るゴーレムの地球版だ――技術のおかげで、国民の殆どが肉体労働から解放され知的労働に従事している。

その豊かさは貧民に金を支給することで貧困が撲滅され、知的労働に必要な教育を行う小学校から大学までの学術機関に無料で通える程だ。

なるほど、素晴らしい国だ。

問題はその恩恵を受ける事が出来るのは日本国民だけという事だ。


「戸籍、住民票。この国で何するにしても身分証がないのが一番の問題だな」

「こればっかりはどうしようもないわね。

まさか異世界勇者にとって、一番の壁が日本の強固な戸籍制度だったなんて…」


この国では産まれた全ての子供は国にDNA――錬金術師達が生命の情報と言っているものだろう――と紐付けされた身分情報を国家に登録する。

その登録情報がありとあらゆる行政手続きから、給料の支払いや商取引の決済、果ては個人のちょっとした売り買いの多くにまで利用されている。

登録情報が無ければこの国では金を稼ぐ事どころか、ちょっとした買い物すらできないのだ。

そして滞在許可を得ていない外国人は不法滞在者として見つかり次第、官憲に拘束され国外に追放される。

国家から国民に与えられる恩恵が大きい分、その恩恵を受けられる人間を厳重に管理するという意図は分からなくもないが…ここまで厳重とは。

元いた世界にも戸籍制度を採用している国はあったが、ここまで厳格に運用している所は皆無だった。


「俺の知識や技術がここで通用するとかそういう段階ではないな…不法入国者だ」

「国外退去で元いた世界に帰れればいいんだけどね。不法入国者さん?」


退去先が存在しない上に、鎧と剣で武装し、この世界に存在しない技術、魔法を使用できる外国人が俺だ。

そんな外国人が官憲に捕まれば色々と面白い事になるだろうな。

ほんとどうしよう。


「あっちじゃ城が買える値段の武具が使えた。

ドラゴンにだって乗った事もある。

それがここじゃ日雇いの仕事にも就けないのか…」

「アクション映画のベトナム帰還兵みたいな事言ってる…

ねえ、魔法でこっちに来たんだから魔法で帰れないの?」

「無理だな。ああいった魔法は門外漢なんでね。

それどころか世界を跨いで移動する魔法なんて聞いた事もなかった。

今でも魔王がどうやったかなんて俺は少しも理解出来ていない」

「何でわからないの?同じ魔法でしょ?」

「あ~、何といえばいいかな…時子はこの家にある科学で動く物は全部使えるよな?」

「あたりまえじゃない」

「じゃあその仕組みを全部説明できて、なおかつ一からそれを作れるか?」

「それは…無理ね」

「魔法も同じだ。魔法が使える事と、それを学問や技術として理解している事は別なんだ」


俺は指先に炎を灯して時子に見せる。


「体内の魔力を用いイメージを現実に現出させる、これが魔法だ。

だがこれは単純な事しかできないし細かい制御は出来ない。

火球や雷撃を放つ。純粋な魔力を刃や槍としてぶつける。

自身の肉体を強化したり再生力を高める。こういう事は魔法で可能だ」


指を振って炎を消す。

時子がもっと魔法を見たそうな顔をしているが魔力の無駄遣いはしたくない。


「だが他人を癒す。一瞬で外国語を習得する。魔法障壁で身を守る。

そういった高度な魔法は魔法工学に基づいて刻まれた魔法陣や刻印で魔力を制御しないと無理なんだ」

「でも昨日私を見えないバリアではじいたり、怪我を治したり、いきなり言葉が通じるようになった時に、カイルがそういう物を使ったようには見えなかったけど」

「ああそれはな…」


時子に部屋の隅に置いていた鎧一式からガントレットを取り、その内側を見せた。

内側にはびっしりと刻印と魔法陣が刻まれている。


「俺の装備にはこういう魔法刻印や魔法陣が刻まれていてな。

対応した合言葉、マジックワードをトリガーに装着者の魔力を吸い取って魔法を発動するようになっているんだ。いわゆる魔道具という奴だな」

「じゃあ私も魔道具を着けて合言葉を口にすれば魔法が使える?」

「時子からは人並みの魔力しか感じられないな。

魔力が乏しい奴が俺の魔道具を使えば干からびて死ぬぞ」

「まだ死にたくないからよしとくわ。じゃあ、カイルは元の世界に戻れないの?」

「俺の方からはな。しばらくすれば向こうから迎えが来るだろうさ」

「なんで聞いた事も見た事もない魔法だったのに迎えが来るって思うの?」


俺の仲間を甘く見てもらっては困る。


「仲間の一人のアレナは十六才だが破壊魔法の達人だ。

その上に魔法工学の権威でもある天才の中の天才だ。

あいつに出来ない事なんてないな」


一からこちらの世界との転移陣を完成させるならともかく、玉座の間に魔法陣の現物があるのだ。

魔王城をひっくり返して手掛かりを見つければ、解析と実用化まで半年から一年。

その期間でアレナはやってのけるに違いない。


「長くても一年待てば迎えが来ると予想している」

「それじゃあそれまで私の家に居候するつもり?」

「そちらの都合が許すならば、そうしたい」

「こっちはお父さんとお母さんはあと一年は海外旅行から帰ってこないから大丈夫だよ」

「それは有難い。で、長期滞在でタダというものなんだから現物で悪いが対価を支払いたいんだが」


時子に贈れる物があるか所持品を確認してみよう。


竜鱗鋼の長剣、オリハルコンの短剣、ミスリル製の弓と矢十本、矢筒

軍衣、アダマンタイト製の軽量鎧一式と盾、ワイバーン皮のサーコート

魔王連合軍の紋章メダル、幸運の神アニスのタリスマン、聖騎士団のブローチ

革袋とその中に交易共通大金貨と白金貨十枚ずつ。


武器と防具以外はほぼ着の身着のままに近いな。

重い物や戦闘に必要の無い物は全て魔王城の玉座の前に置いてきたから当然か。

武器や防具は絶対に手放す気は無い。

これだけがこの世界で俺が信用出来る道具だからな。

メダルとタリスマンとブローチも魔道具である以上手放すことは出来ない。

この中で渡せそうな金貨と白金貨は、元の世界で四人家族が数年は暮らせるだけの金額だ。

時子に革袋から取り出した金貨と白金貨を三枚ずつ渡す。

この世界でも金や白金に価値があるといいが。


「ドワーフ印で混じりけなしの金貨と白金貨だ。これでどうだ?」

「重っ!これ本物の金とプラチナ!?」


こちらでも金や白金は高い希少性があるようだ。

アニスの加護に感謝だな。…異世界からアニスに祈りが届くかは知らないが。

祈りをささげない理由にはならないだろう。


「それでしばらくここに居させてもらえないか?」

「それはもちろんいいけど…こんな高価な物貰えないよ」

「全てを親切で片付けるのもどうなんだ?ここまででも俺は君のおかげでかなり助かってるんだ。

今後も世話になるなら然るべき対価を払うべきだと、俺は思う」


時子は少しの間迷っていたが、納得したのか手にした金貨と銀貨を握り締め頷いた。


「それもそうね。これは対価として受け取るわ。

それでは改めて、お迎えが来るまでよろしくね居候さん」

「こちらこそよろしく。役に立てることがあるかわからんが、出来る事なら何でも手伝うぞ」

「それじゃあ掃除にゴミ出し、神社の清掃に荷物持ちに色々頼むけどお願いね」

「力仕事なら任せてくれ」

「外に出るときはネットで知り合った外国の人って事で話を合わせてね」

「分かった」

「あとはね…そうだ!ちょっと待ってて」


時子ポンと手を叩くと、部屋を出て行く。

しばらくして奇妙なヘルメットを手に帰って来た。


「カイルには私と一緒にVRMMORPGをプレイして貰うわ」

「ぶいあーるえむえむおーあーるぴーじー?」


なんだそりゃ。




           ※




フルダイブVRゲーム。数十年前に開発された意識を仮想世界に投影する技術を利用して制作された、仮想世界体験型ゲームの総称だ。

連綿と続く技術開発によりそれは完璧な五感の再現、体感時間の圧縮まで実現した。

VRMMORPG。

フルダイブVR技術とMMORPG、大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲームの融合は高い中毒性を生み出し、VRMMORPG黎明期から現在に至るまで多くのゲーマーを魅了している。


Sword & MagicOnline、通称SMO。


自由度の高い成長システム、高度な自律AIを搭載したNPCと広大なMAPによる高い没入感。

そして現実時間より四倍速く進む体感時間圧縮機能が初めて実装されたVRMMORPGだ。

VRMMORPGのマンネリ化を打破すべく多くの期待を受けたそのタイトルは二週間前に発売された。


「で、俺にそれを一緒にプレイして欲しいと」

「そうよ」


食事とトイレを済ませた俺の手元にはそのゲームが搭載されたヘルメットがあった。

時子曰くこの奇妙なヘルメットを被れば、一瞬でゲームの世界に意識を飛ばされるとのことだ。


「別に構わないが、なぜこの機械がここに二つあるんだ?時子が遊ぶには一つで充分だろ」

「これはね、本当はお兄ちゃんの分なの。実家を離れてもゲームの中で会えるねって言ってたのに、お兄ちゃんったら仕事が忙しいから誰か友達と一緒に遊びなさいって送り返してきたのよ」

「それで余ってしまったこれを、兄の代わりに俺がプレイするということか」

「そういう事。それでここに私がこの二週間、ゲーム内で二ヶ月で集めた情報をあなたの為に持って来たんだけど…」


時子の手には植物紙にびっしりと文章が記されたものが十枚ほどある。

横から見てもよく分からない単語――おそらくこのゲームに付いての専門用語だろう――が多数あるのが見てとれる。

正直読む気が起きない。

翻訳魔法は知らない概念や専門用語までは翻訳してくれないのだ。


「…ゲームなんてやったことない人がこれだけ読んでもちんぷんかんぷんだよね」

「それに書いている事を読んで声には出せるぞ。

専門用語が多くて何を書いているか分からんかもしれんがな」

「それじゃあまずは体験してみよっか。『百聞は一見にしかず』って言うしね」

「ひゃくぶんはいっけんにしかず?」

「先人が遺した、百回聞くよりも実際に一回見る事に及ばないって意味の格言よ」

「その先人に同意見だ。とりあえずそのSMOとやらをやってみよう」

「それじゃ、それを被ってベッドに横になってね」


言われた通りにヘルメットを被ってベッドに仰向けになる。

仰向けになった俺に時子が何やらゴソゴソとやっている。

ゲームの準備か何かだろう。

時子の体から漂う良い香りと時々体に当たる胸が気になるが努めて意識しない。

勇者は性的な誘惑に耐える訓練もしているのだ。しているのだ!

どうにか時子が準備を終えるまで、特定部位に血流を集中させないように耐えきった。


「それじゃあスイッチをいれるから。向こうで私はノーラって名乗ってるの。

カイル、港に付いたらノーラって冒険者を探してね」

「分かった」

「最初は真っ白い部屋でゲームの説明を受けるから。それじゃ接続開始」


時子が接続開始と言った途端に、俺の視界は光で塗りつぶされた。

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