十話 ゴブリン狩り
ロント郊外の森の奥にある自然洞窟を利用したゴブリンの巣。
その入口で二匹のゴブリンが錆付いた剣と槍をそれぞれ手に持ち見張りをしているのが見える。
茂みに潜んでいる俺とルッカは音をたてないように慎重に弓を引き絞る。
ゴブリンはまだこちらには気が付いていない。
「いくよ?3、2、1…0っ」
ルッカの合図に合わせて同時に二本の矢が放たれる。
放たれた二本の矢は狙い通り、二匹のゴブリンの喉笛にそれぞれ突きささった。
「ギャ…」「グギ…」
喉を潰されたゴブリン達は仲間を呼ぶ声を上げる事なく崩れ落ちる。
俺とルッカは立ち上がるとゴブリンの死体に素早く近づく。
そしてステータスカードを出して死体を解体し矢を回収した。
ゴブリンの有用な部位は皮と耳と睾丸だ。ギルドで聞いたが、耳と睾丸は薬の材料らしい。
ルッカが穴からゴブリンがやってきていないことを確認してから、出てきた茂みに向かって合図した。
事前の打ち合わせ通り、茂みから他のメンバーがこちらに合流した。
「ここまでは予定通りね。確認するけどルッカ、周辺にこの洞窟の抜け穴は無かったの?」
「うん。これの出入り口はここだけだよ」
「よし。『ゴブリンの涙作戦』を開始する!」
「リーゼ、なにその作戦名…リリウム、私と一緒に補助魔法お願い。<魔法の武器>、<魔法の武器>」
「はい。<集団化・暗視>、<集団化・抵抗力上昇>」
「最後に、<集団化・延長>。これでよし」
リリウムの呪文で全員に暗視能力が付与され、毒に対する耐性が上昇する。
ノーラの呪文によって俺の剣とサクヤの槍が強化され、全員に今掛っている魔法の効果が延長された。
毒と暗闇の対策をし、前衛の俺とサクヤの武器を強化し、掛けられた補助魔法の効果をゴブリンの巣にいる間切れないように延長する。
現状使える呪文とSPの効率からこれが最適だという事になった。
俺はノーラとリリウムが呪文のストックを補充し終える間、前衛を担当するサクヤと会話を試みてみよう。
「今日は一緒に前衛だ。よろしくな」
「…」
何の反応もない。やっぱり駄目だったか。
ここに来るまでの道中にも何回か会話を試みたが、全て無しの礫だったからな。
と、思っていたが
「防御」
「ん?」
「私は盾持たないから、防御、よろしく」
サクヤから反応が始めて帰って来た。
やっと一歩前進だ。
「おう。任せてくれ」
「補充は終わったわ」
二人の呪文補充が終わったようだ。
隊形は前衛が俺とサクヤ、中衛がノーラとリリウム、後衛がリーゼだ。
その前を罠と敵を探知しながら遊撃のルッカが進む形だ。
「作戦開始!」
ノリノリのリーゼが発した号令で俺たちはゴブリンの巣の掃討を開始した。
※
ゴブリンの巣は自然の洞窟を利用している為、通路は俺とサクヤが余裕をもって歩けるほどに広かった。
「~♪」
途中にある鳴子や簡易トラップはルッカが上機嫌に解除していく。
罠を解除品がらしばらく進むと、道が二手に分かれた。
「分かれ道だよ?どうするリーダー」
「うーん、どうしようリーゼ」
「ルッカの目と耳を信頼するさ」
ノーラの問いにリーゼが気障な仕草で返した。
「りょーかーい。<追跡>」
ルッカは生物の痕跡を可視化するスキルを発動して分かれ道を調べ始める。
それにしても、リーゼは口調と仕草こそ変ではあるが、ここまでの道中にしても作戦担当としての判断はおおむね正しかった。
どうしてか、ルッカが調べている間に聞いてみよう。
「リーゼはこういった事に慣れているようだが、このゲームの前にもこういうゲームを遊んでいたのか?」
「フフフ、よくぞ聞いてくれた。なぜ私が慣れているかだって?私は幾多もの世界を救いながら渡り歩いているのだ!来たばかりのこの世界ではまだ力を取り戻せていないが、この頭脳までは失っていないのだよ」
「カイル向けに翻訳すると、リーゼは一杯ゲームしてるから慣れてるって言いたいのよ」
「なるほど」
「ちょ、ロールプレイを茶化すのはやめてよ~」
「カイルはそういうの慣れてないんだからね。真に受けたらどうすんの」
「リーゼとノーラはいつもそんな感じだよね」
リーゼとノーラのやり取りを見てリリウムが笑った。
リリウムはなんというか、生産系のジョブが似会いそうだ。
戦いに出るタイプではないと思う。
「リリウムはなぜこのゲームを?」
「私?私は昔からこういう魔法が出てくるファンタジーが好きで、ノーラに誘われてSMOを始めたの。ドルイドなのは、家でガーデニングをやってるからかな」
「ふむ」
同じゲームでもそれぞれ始めた理由が違うものなんだな。
「サクヤはどうなんだ?」
「…リーゼに誘われた。一人用のゲーム以外もやらないかって」
今回はすぐにレスポンスが帰って来た。
もう少し何か聞こうとしたら、ルッカがこちらに戻って来た。
「アタシはコレ始める前は男子部員とミリタリー系やスポーツ系のVRシューティングやってたんだ。でもどうも毛並みが合わなくてね。
ノーラに誘われてこっちに転向したの。ノーラはリリウムと同じでファンタジー好きだからSMOに皆を誘ったんだっけ?」
「同じファンタジーはファンタジーでもリリウムは古典で私はライトノベル系。全然違うわ」
「同じファンタジーでしょ?違うの?」
「全然違う!」「違います!」
「それで調べ終わったんでしょ。結果は?」
ノーラがリーゼに調査結果を聞く。
「えっと、左の方が足跡が多くて、右の方が行き来は少ないけど足跡は深かったよ」
「つまり、左に奴らが住んでいて、右は荷物や食糧置き場になっている」
「カイルにセリフ取られた…」
「では左に進んで右は後回しだ。進軍再開!」
俺たちはリーゼの号令で再びゴブリンの巣の奥へと進み始めた。
※
左をしばらく進んでいると、通路の曲がり角の手前でリッカが立ち止った。
リッカの耳がピクピクと動いている。
「ちょっと偵察に行ってくるから待ってて」
ルッカが曲がり角の先に消え、すぐに帰って来た。
「やーばーいーよー。この先がかなり大きい広場の行き止まりで、そこでゴブリンが酒盛りしてる」
「数と種類は?」
「小さいのが25、弓が3、杖が1、大きいのが1」
通常個体が25にアーチャーが3にマジシャンが1、その上にホブゴブリンか。
「シルバー向けの依頼になる規模ね。ここまで2匹しか遭遇しなかったのもあるが多いわね。
撤退して依頼の修正と情報量を貰うべきか、奇襲すべきか、皆の意見を聞きたいわ。リーゼはどう思う?」
「その程度の数、我の魔法でひっくり返して見せよう」
「ルッカ」
「アタシも奇襲に賛成―」
「リリウム」
「無理はやめた方がいいんじゃないでしょうか」
「サクヤ」
「私はどちらでも構わない」
「私は撤退。撤退2、棄権1、奇襲2。またカイル次第ね。どうする?」
奇襲で数を減らせば十分いけると思う。
たとえ最悪奇襲に失敗しても、通路で俺が殿を努めればゴブリンを返り討ちにしつつ撤退出来る自信はある。
「奇襲を支持する」
「よし決まりだな。それでは作戦を相談しよう」
リーゼがマントをはためかせて宣言した。
※
「<閃光>!」
「えーい<音爆弾>!」
「我が炎を味わえ!<火球>!」
「メガ!」「ミミガ!」「ギャー!!」「アツイ!」
いきなりの襲撃にゴブリン達は混乱の極みに陥った。
まずノーラの呪文が広場で炸裂し閃光がゴブリン達の目を潰す。
目を潰されうろたえるゴブリン達を次はリリウムの呪文による強烈な爆発音が襲った。
音の発生源の近くにいた数匹が昏倒し、そうでないゴブリン達も光に続く音で混乱を深める。
最後に混乱するゴブリン達の中へ、リーゼが放った火の玉が投げ込まれた。
ゴブリン達の中心で直径40センチの火球が炸裂する。直撃を受けたゴブリンとその左右の二匹は炎に包まれて絶命。
それ以外のゴブリンも熱と炎によって混乱の極みに陥った。
「突撃―!」
「うおおおおおお!」
リーゼの合図で俺とサクヤが広場に突入した。
「おおおおお!」
俺は叫びながら一番手近のゴブリンの首を刎ねる。
こういう奇襲はデカイ声で相手に衝撃を与える事が重要だ。
返す刀でもう一匹のゴブリンの首も刎ねる。
二匹のゴブリンの首の切断部から吹き出す血が、辺りのゴブリンに振りかかる。
サクヤは槍で一番近いゴブリンから相手を始めたようだ。
混乱するゴブリンの一匹に槍を突き刺している。
「ギャー!ニンゲンダー!」
ゴブリン達は武器を取る事もなく逃げ惑っている。
奇襲は成功も成功、大成功だ。
次は戦果の拡大と混乱の維持だな。
「いっただきー!」
ルッカの矢が後ろから飛んできた。
矢は形成を立て直すべく魔法を発動させようとしたゴブリンメイジの額に命中する。
メイジを無力化したルッカはそのままゴブリンアーチャーに狙いを変えて射っていく。
俺は態勢を立て直して襲ってきたゴブリンに、盾を裏拳の要領で叩きつけて頭を潰す。
惨たらしい死体を作り、脳漿と血を周囲にばらまく事でゴブリン達の恐怖を持続させるのが狙いだ。
「えい!」
「ギャ!」
ノーラも魔導書をしまい、自らの呪文で強化したメイスをゴブリンの頭に振りおろしている。
「ミナシズマレ!オチツクノ…」
「汝、沈黙せよ<沈黙>!」
「え、えーい!<大地の束縛>!」
部下を落ち着かせようとしたホブゴブリンにリーゼの杖から飛び出した黒い光線が当たる。
するとホブゴブリンの声が消えた。口を動かしているが声が出ていない。
さらにリリウムの呪文によってホブゴブリンの足元の土がうごめき蔦となってホブゴブリンを拘束した。
収まらない混乱に乗じて俺、サクヤ、ノーラ、ルッカは次々とゴブリン達を仕留めて行く。
それを後ろからリーゼの呪文が援護し、リリウムが補助する。
ゴブリン、ゴブリン・アーチャー、ゴブリン・メイジは混乱から立ち直ることなく全滅した。
残すは土の戒めを脱したホブゴブリンだけだ。
「ヨクモナカマヲ…」
同族を皆殺しにされ怒りに燃えたホブゴブリンは、粗末ではあるが頑丈そうな鎧を身にまとい、棍棒と木盾を構えている。
通常のゴブリンが子供程度の大きさなのに対して、ホブゴブリンはそれより二周りは大きい。
小柄な大人ほどの大きさで、筋肉と知能が発達しているのが特徴だ。
こちらをうかがうホブゴブリンの前に、後衛を守るように俺とサクヤが立ちはだかっている。
「後ろ、呪文と矢の援護を頼めるか?」
勝てる相手だが楽はしたい。後衛と遊撃に問いかける。
「我はストックもSPも切れた」
「私もです。ごめんなさい」
「私も。自己強化に使いきっちゃった」
「矢は全部射っちゃったよー」
「分かった。前衛だけで片を付ける。サクヤ、俺が前に出る。隙を見て攻撃してくれ」
「…分かった」
サクヤが槍を脇に置き、腰に指している二振りの曲剣のうちの長い方を抜いた。
「行くぞ!」
俺はホブゴブリンとの間合いを詰める。
「シネ!」
ホブゴブリンが両手に力任せに叩きつけてくる棍棒を盾で受けとめる。
ホブゴブリンは叩きつけた棍棒に力を込め、こちらを押し倒そうとする。
俺は体と盾を捻りその力を受け流しつつ、ホブゴブリンの足を切りつけた。
「グギャッ!」
ホブゴブリンがたまらず声を上げながら、大きく前のめりにバランスを崩す。
「サクヤ、今だ!」
「…<一閃>」
サクヤがアーツを発動した。
サクヤが下から滑らかに斬り上げる剣が、ホブゴブリンの首を捉え両断する。
首と胴が分かれたホブゴブリンは倒れ、血だまりを作り始めた。
俺は後ろを振りかえり、宣言する。
「俺たちの勝利だ」
「何とかなったわね」
「皆さんお疲れ様です」
「…」
「ヤッター!」
「カイル、それ我のセリフ…」
戦いは終わった、次は楽しい楽しい宝漁りだ。