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一話 勇者日本に飛ばされる

「あなた、異世界からこの日本に転移してきたんじゃない?」

「・・・・なんだって?」

「あなたは別の世界から日本に飛ばされんじゃないのかって言ったのよ」


俺は魔王の魔法によって何処とも解らない場所に飛ばされた。

そこで夕暮れに出会った、異国の巨乳美少女はいきなり訳のわからない事を言い出した。

なぜ彼女はこんな突拍子もない事を言い出したのか?

心当たりはあるかといわれたら、無い事もない。


彼女は俺と出合い頭に衝突して負った軽い怪我の治療に使った治癒魔法と、大陸共通語が通じないので使用した翻訳魔法に驚いていた。

酒場の冒険者から魔法の知識が無い蛮地の住民が、魔法を行使する人間を見て神や神の使いと勘違いした話を聞いた事がある。

魔法を使う人間を見た事が無い彼女は、初めて見た魔法を使う俺を見て、俺が異世界から来たのだという突拍子もない事を思いついたに違いない。


「きっと魔法を見た事が無いから混乱しているんだ。これは魔法といって…」

「あなたこそ何言ってるの?魔法が使える人間なんて日本どころか地球の何処を探してもいないわよ!」


これはどう言っても信じてもらえそうにない。

困り果てた俺は天を見上げて…


信じられない物を見た。


「月が一つしか無い」

「えっ?」

「月が一つしかない…大きさも違う…」


にわかには信じられないが、この空を見てしまっては確信するしかない。

彼女の言う通り、どうやら俺は異世界とやらにいるようだ。


そもそもなんで俺がこんな事態に巻き込まれているのか。

俺は少し前の記憶を思い返す。




          ※




魔大陸に鎮座する魔王城。その玉座の間で魔王と勇者一行の最終決戦が行われていた。

対魔王連合軍が全軍を以て魔王軍主力を魔王城から誘引し、そこを古竜に乗った俺達が強襲したのだ。


「魔王!覚悟っ!」


俺の竜鱗鋼の剣が魔王の心臓を貫く。

強靭な魔王の肌と魔王自ら護りの魔法を吹き込んだ鎧も、当代一の魔法使いが破邪の魔法を込め、聖女の祝福が施された、古竜の鱗から鍛え上げられた剣の一撃を防ぐとこは出来なかったようだ。


魔王の放つ雪崩の如き魔法は全て魔法使いアレナと、魔族の王子オキアスが相殺した。

魔王の幾重もの魔法障壁は聖女マリエルが奇跡で無効化した。

エルフの弓使いイリスの援護の元、ドワーフの重戦士ギドールと聖騎士ファブリスが決死の覚悟で魔王と打ち合い隙を作った。

皆が造り出した魔王の一瞬の隙に、俺は全力の一撃を叩きこんだ。


「グオッ…」


俺は魔王の心臓を貫いた剣を捻りこむ。

剣に込められた魔法と祝福が魔王の体内を荒れ狂う。

掌に剣を通して魔王の生命と魂を完全に砕いた感触が伝わって来た。

魔王を確実に仕留めたと確信した俺は剣を引き抜く。

全身からブスブスと煙を上げながら魔王は仰向けに倒れた。


俺が聖女の神託によって選ばれてからの長い修行。

魔王と連合軍の3年間に及ぶ戦いの日々。

それらの成果が実を結んだ瞬間だ。

後ろから満身創痍のファブリスが声を掛けてくる。


「やったのか?魔王は死んだのか?」

「仕留めた感触はあった。だが念の為に首を刎ねる」


仕留めた感触はあった。

だが散々こちらを苦しめてくれた魔王の事だ、何かを隠していないとも限らない。

俺が魔王の死を確実なものとするべく魔王の横に歩み寄り、剣を振り上げると――魔王の双眸がカッと見開かれ、玉座の間全体に未知の魔法陣が浮かび上がった。

玉座の間全体に刻まれた文様が巨大な魔法陣だったとは。

魔王は最期の力で何かやらかすつもりだ!

魔王の首を刎ねようとした俺の足元に漆黒が広がり、そこから這い出る黒い触手が体に纏わり付く。

身動きが取れない。


「来るな!」


こちらに駆け寄ろうとする仲間達を止める。

魔王が発動した魔法がどういう物か分からない今、迂闊に近づけば皆まで巻き込む事になる。

全てが決した今、魔王の悪あがきに巻き込まれるのは自分一人だけで十分だ。

口から血泡をこぼしながら魔王が笑う。


「わ、我が覇道が定命の、このような子倅が引き連れた者どもによって躓くとはな…いや、そなたたちが我より強かっただけか…」


魔王の双眸が再び光り、触手が俺をゆっくりと漆黒の中へと引きずり込んで行く。


「我が勝者に贈るちょっとした余興だ。せいぜい楽しめ…」


そう言い魔王は事切れた。

俺はもう腰まで漆黒の中に沈んでいる。


「おいどうにかならないのか!アレナ!」


ファブリスが焦燥の表情で叫ぶ。


「あんな魔法陣見たこともないわ。皆はどう?」


全員が首を横に振る。アレナが必死にオキアスに掴みかる。


「魔王はあなたの父でしょ?何か知らないの!早くしないと…」

「父は魔法の研究を誰にも見せなかった。あれは父が研究していたであろう古代魔法の一種だと思うが、どういう魔法かは我にも見当がつかない」

「そんな…」


俺が沈んでいく中、仲間たちと目が合う。

皆の瞳は驚愕と絶望と、助けたいがどうしようもできないもどかしさがない交ぜになっていた。

仲間たちに声を掛ける。


「どうやら最後の最期で運がなかったようだ」

「帰ったら私の魔導具の実験に付き合ってくれるんじゃなかったの!?」

「すまん。約束は守れそうにない」


アレナ。


「私とファブリスの結婚式に出るんじゃなかったんですか?」

「そうだ!お前がいなければ式が挙げられないぞ!」

「二人とも、俺のことは気にせず幸せになれよ」


マリエル、ファブリス。


「ワシの傭兵団と荒稼ぎするんじゃなかったのか小僧」

「悪いギドールの爺さん。魔王討伐の褒章金で我慢してくれ」


ギドール。


「私と一緒にエルフの里を訪れる約束はどうするつもりだ!」

「毎晩里について教えてくれたよな。俺にはそれで十分だ」


イリス。


もっと皆に言うべきことがあるはずなんだ。

だが既に首まで漆黒の中に引きずり込まれてしまっている。


「時間切れのようだ。すまんが後始末は頼んだ!」


そして俺は闇の中に引きずり込まれて行った。




          ※




「そして気が付いたら林の中に居たの?」

「ああ。それから適当に歩いていたら道に出て、丁度いた君に出会った訳だ」


彼女と歩きながら、俺は自分の実に何が起こったかを簡単に説明していた。

ここがどういう世界だとか、俺がどういう世界から来たとか、そういう詳しい話は彼女の家についてから話し合う事になっている。


「それ、あなたがいきなり道路に飛び出して自転車に乗った私を魔法で弾き飛ばしといった方が正しいわ」

「すまん。それについては怪我も直したんだから許してくれないか?」

「いいわよ、でも、本当にびっくりしたんだからね。

林からいきなり人が出て来たと思ったら見えない壁にぶつかって弾き飛ばされたんだから」


道路に出て来た俺に「自転車」――人力で動く二輪の乗り物だ――に乗った彼女は突っ込んだ。

もっとも、ぶつかる前に鎧が発動した魔法障壁によって彼女は弾き飛ばされたのだが。


「それで、大丈夫なのか?その、両親が旅行で居ない、一人の家に見ず知らずの男を入れて」

「それで私が大丈夫じゃないからって言ったら、あなた困るんでしょ?」

「困らないと言ったら…嘘になるな」

「なら別にあなたが気にする事無いじゃない。それとも私を襲うつもりでもあるの?」

「幸運の女神アニスとこの剣にかけて、その様なつもりは無いと誓う!」

「ならそれでいいじゃない。それにね」


彼女は俺に微笑みかけながら言った。


「我が家の座右の銘は『困っている人がいたら助けるのが当たり前』なのよ」


笑顔が眩しい。これは効いた。

いつもならともかく、長い戦闘と意味不明の出来事が重なって精神的にまいった状況では特に。

幸い悪意に反応する魔道具にも反応はない。

俺は彼女の提案を受ける事にした。

万が一罠という可能性もあるがその時はその時だ。


「すまん。世話になる」

「最初からそう言えばいいのに。人の親切は断らないものよ」

「なぜ俺が異世界の住人だと思ったんだ?」

「最初は気合の入ったコスプレした変な人だと思ったんだけど、今まで聞いた事もない、何処の国かもわからない言葉で話しかけられたり、何か呟いたら手から光が出て傷が治ったり、私の額に手をかざしたらいきなり言葉が通じるようになればね」

「そういうものなのか?」

「この世界にはね、あなたがやった事を空想の事として書いてる書き物が一杯あるのよ。

とはいえ、本当に魔法を目にするなんて思ってもみなかったけど」


コスプレというのが何なのか良く分からないが、向こうが納得しているのなら問題は無いだろう。

そんなことを話しながら人気のない、知らない材料で舗装され、奇妙な明かりによって照らされた道を歩いていく。

この道路といい、照明といい、非常に進んだ技術の匂いを感じる。

しばらく歩くと、水田の中に点在する複数の見た事もない様式で建てられた家々が見えてきた。

その中の一つの家で彼女は立ち止った。


「ここが私が住んでる家よ。それであなたにまだ聞いてない事があるんだけど」

「なんだ?」

「あなたの名前。私は雨垂時子(あまだれときこ)。姓が雨垂で名前が時子。あなたは?」


そういや、自分の名前を言ってなかったな。


「俺はカイル・アウグリス。アウグリスは姓で名前がカイルだ。カイルと呼んでくれ時子」


俺は名乗りと共に手を差し出す。


「よろしく、カイル」


時子が俺の手を握る。

ここから、俺の異世界での居候生活が始まった。

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