蟬しぐれの中で
ドアを開けると、まるで地球に恨みでも持っているのかと思ってしまうほどの陽射しが照りつけていた。
そんな太陽は全く受け付けないが、この体全体を覆うような、隅から隅まで夏を振動させる蟬しぐれは嫌いじゃない、というよりむしろ好きだ。
よく波の音や、川のせせらぎなどのサウンドトラックなんかが売られているのを見るけれど、私からすれば日本各地の蝉しぐれを集めたものが一枚でも発売されたらと、いつも思ってしまう。
「や、お待たせ。暑いってのは分かってるんだけど、それでもやっぱ言わずにはいられないよ。紗香の決めたルールは僕にはちょっと厳しいな」
俊太はハーフパンツに白無地のTシャツと、さながら夏休みといったらこれ、と日本中の誰もが想像する恰好でいつもやってくる。
この暑さで個性を出せという方が酷というものだ。私自身白のロングワンピース、もし仮に夏にありがちな服装選手権があったらカップル部門で、少なくとも入賞はできる自信はある。
要は私たちは似た者同士なのだ。だからもう出会って15年経つのに変わらない付き合いが続いているのだと思う。本当に大切にしたい。
「そうだと思った。じゃあ先に罰金分のかき氷ご馳走してもらおうかな、それで今日はもう言い放題ってことでさ」
「おっけー。まんまと紗香にはめられた気がするけど、暑くてそんなこと考えるのも面倒臭いや。って僕がこう考えるのも折り込みなんだろう?」
俊太は負けたよというような素振りを見せたが、どこか嬉しそうでもあって、私はまた心が一つスタッカートを刻んだ気がした。
「どうだろ、まあ、とりあえずかき氷ね。このままじゃ私まで蝉に取り込まれちゃいそう」
そんな私の声も蟬しぐれには敵わずに俊太には届かない。
それはそうだ、冬の間溜めてきた声が、今思いつきで出た私の声に劣っていいはずがない。
せめて夏の間は全部の声に勝ってほしい、そう考えながら私は俊太の後を追った。