8 ゲマイン・なんたら
「今から私の質問だけに答えてください。いいですね?」
「…………」
さっきまで一緒にいた男を黙って睨みつけた。
男は舌打ちして何かをブツブツ呟きながら私の杖を振る。
「んっ!」
その直後耳元でヒュンという音がした。
後ろを振り向くと岩壁に握り拳ほどの大きさの穴が開いていた。
マジかよ、顔面すれすれだった。
呆然と深く開いた穴をみていると、男は悪びれた様子の欠片もなく口を開いた。
「この杖は少々扱いずらいですね。 次は当ててしまうかもしれません」
「……!」
捕まってしまったのだ。
ボードロ盗賊団に。
誠に不本意ながら、侵入が難しいといわれるアジトに一番乗りしちゃったわけだ。
******
遡ることわずか五分前。
全身を打ち付ける痛みに目を覚ますと、全く見覚えのない場所にいた。
岩をくり抜いて作ったような砂っぽくて狭い部屋だ。
縄で後手に縛られ、私は硬い地面に投げ捨てられた。
私とこの部屋の唯一の出入り口を隔てる鉄格子の向こう側には見覚えのある、というかさっきまで一緒にいたあの男がいた。
その近くには昨日の夕方に襲ってきた小汚いゴロツキたち。
砂だらけのテーブルの上で私の鞄を汚い手で漁っていた。
身なりの良い男は私が目を覚ましたことに気づくと、小汚い男達に指示を出す。
ゴロツキは男に文句を言いながらもそれに従い、面倒臭そうにこの部屋からでていったのだ。
レオンの話ではあのゴロツキたちはボードロ盗賊団の一味。
それなのに、
どうしてこの男が一緒にいるのか。
どうしてこの男の指示を聞くのか。
どうして私は牢屋に閉じ込められているのか。
などなど芋虫のように地面に転がされて大混乱な私に、男は鉄格子越しに近づいてきた。
ギッと睨みつければにっこり笑って、気分はどうですか?
なぁんてムカつく言葉を掛けてきた。
最悪だからここから出せ! 鞄を返せ!
と身体をバタつかせて騒ぐと、黙りなさいと怒鳴られて急に口が開かなくなった。
唇がぴったりとくっついて離れないのだ。
口が開かない! とさらにパニックになって騒ぐ私を尻目に、男は得意げに喋り始めた。
身なりの良い男の名前はゲマイン・なんたら。
ここはボードロ盗賊団のアジトである事、自分が最近ボードロ盗賊団に入団したなんたら王国の元宮廷魔導師だったこと、王国に追われて途方に暮れていたところをボードロ団長が助けてくれたこと、裏競売が楽しみだということなどなどなど。
そして私はこのまま奴隷として売り飛ばされるのだということも。
とても大切な事とどうでもいい事をペラペラペラペラ長ったらしく喋っていた。
だけどその間に気持ちを落ち着かせることができた。
テンパっていては出来る事も出来なくなってしまう。
それに、トラジロウが必ず助けに来てくれる。
だから大丈夫。
なんとか起き上がり、手を縛る縄が取れないかこっそり確認してみたけど自分には到底取れそうになかった。
関節外せば楽勝とか言うけど暗殺一家とかじゃないから無理よ。
しばらくするとゲマインが突然喋るのをやめて、テーブルの上にあった私の鞄を目の前に持ってきた。
これから質問するから答えろと言い、私が黙り込んで無視したことで今に至る。
「では……、もう一度いいます。私の質問に答えてくださいね?」
「ん! ん!」
私の杖を振りながら微笑むゲス男に、全力で頭を上下に動かして従順さを示した。
岩に穴を開けた魔法が顔面に当たったらマジで洒落にならない。
頭パァンってなって死ぬ。絶対死ぬ。
大精霊に会う前に死んでしまう。
ゲマインは私の反応を見て満足そうに頷いた。
丁寧な言葉遣いの癖に、有無を言わせない言い方で腹が立つ。
言い切りの「ね」ってやつだ。
「ここに入っていた昨日の大量の金貨は何処へやったのですか」
「……ん」
ゲマインは金貨が欲しかったの?
私のあの金貨は部屋に置いてきた。冒険者ギルドにいって、その後は情報を集めるだけなのにそんなもの必要ないし重いし肩凝るし。
この鞄に入っているのはノートとボールペン、その他小銭入れだけ。
小銭入れといっても銀貨が沢山入っている。
これでも相当な量の屋台料理が買えるけど。
「在り処を吐きなさい」
「ん、んむー、んー」
お口チャックされたように口が開かないので、んーんー唸ることしかできない。
上下の唇がピッタリくっついて離れないのだ。
喋れないから魔法を解けとジェスチャーをして主張する。
手が縛られていたので伝わるか不安だったけど、ゲマインはそうでしたと、簡単に魔法を解除してくれた。
ほっ。
あむあむと口を開け閉めして変な所がないか確認した。
私のプリチーな唇に何かあったらどう責任を取るつもりだったんですかね。
「何処にあるんですか」
「ホテルの部屋です」
「その宿の名前は」
「知りませ……ひっ!」
「答えなさい。子供にはあまり手荒な事はしたくないのです」
私の脚の間に魔法が放たれた。危なッ!
飛び散った床の破片がパラパラと顔に降りかかった。
手荒なことはしたくない? どの口が言ってるの!
もし脚開いて避けてなかったら直撃だったぞこれ。
脚が吹っ飛んでたって。
師匠、特訓してくれて本当にありがとうございます。
妖精の水でも身体の欠損は治せるかわからない。それは試したことないもん。
そして本当になんなのコイツありえない。
「本当にわからないんですって!」
「自分が宿泊しているのに?」
「字が読めませんからね!」
「……なるほど。極東のニッポーン出身だと言っていましたね」
「ブフっ、ゴホっ、ゲホッ……ふっ」
思わぬ不意打ちに噴き出してしまった。
ニッポーン。
イントネーションを完コピしていた。
あのとき焦って声が上擦っていたのもだ。
このゲス男、真剣な顔して言うんだもん。
咳をしたふりをして何とか誤魔化すことができた。
バレたら顔面に直撃くらいそう。
「まぁ良いでしょう。また後ほど、ゆっくり聞くことにします」
「…………」
「では、次です」
ゲマインは鞄を机に戻すと、懐からある物を取り出した。
スパルコーダのナイフと、この世界には似合わなそうな薄い長方形の小さな機械。
スマホだ。
「返してください!」
「これは貴方の物だと聞いたのですが、これは何ですか?」
「それは私の世界の、…………」
やっば、やばいやばいやばい。
普通に私の世界の電話ですとか言ったらダメじゃんバカ。
待って、なんて説明しようボロを出しちゃうかも。
トラジロウ早く助けに来て。
というか、彼らは私がいなくなった事に気付いて……る?
大丈夫だよね、助けに来るよねトラちゃぁぁあん!
「私の世界?」
「あ、え、それは私の生活の一部ですって言おうとしたら噛んじゃって。あっははは……あっは」
「……続けなさい」
セーフ!
「それは風景を写し取る道具なんです」
「ほう。使い方は?」
「側面にあるボタン、突起を押します」
ゲマインはスマホのボタンを恐る恐る押した。
しかし画面は暗いままだ。
そう言えば電池が勿体無いから電源を落としていたのだった。
これじゃあ使い方はおろか、これが何なのかすらわからないはずだ。
電源を落としていて良かった。
「今、電源、いや魔力切れなんです」
「魔力を注げばいいのですか?」
「そうなんですけど、私の国に伝わる秘伝の技術がいります。
……あ。変に弄ると爆発するんで、その、気を付けてください」
「う、動くようにしなさい」
ゲマインはスマホを私に渡そうとして近づいてきた。
爆発すると聞いて恐る恐るという感じだ。
へへーん、騙されてやんの!
ちょっと胸がスッとした。
手が縛られているからこのままではできないというと、鞄が乗せてある机から急いで鍵を持ってきた。
鍵! そこにあったのか!
ゲマインが牢屋の鍵を持って近づいてくる。
どうしよう。
扉が開いたらあいつに体当たりして逃げ出したほうがいいのかな。
あの男はひょろひょろだから全力でやれば押し倒せる、かもしれない。
その間にスマホと杖を奪って逃げればいいんだ。
でもトラジロウが来てくれるまで大人しくしてたほうが良いのかな。
……いや、やってやる。
ゲマインが鉄格子の鍵を開けようとしゃがんだ。
いつでも飛び出せるように体育座りからお尻を上げて体勢を整える。
行くぞ、行くぞ、やってやる!
そう言って自分を奮い立たせていたとき。
突然先程のゴロツキの一人が部屋に入ってきた。
「魔導師の旦那! ボードロ団長が呼んでますぜ。予定が変わったと」
「……わかりました。すぐ行きます」
ゲマインはさっと立ち上がると鉄格子から離れてしまった。
スマホと杖とナイフは彼の懐に、鍵は机の上に置いていった。
そして大人しく待っていなさいと言い、部屋から出て行った。
そして部屋には私しかいなくなった。
「うぁぁあ、もー! あとちょっとだったのに!」
ゴロンと後ろに倒れこんだ。
最悪だ、最悪のタイミングだよ!
スマホも杖も取り返せてない!
これじゃあアジトに侵入してもなにも出来ないじゃんか!
あと背中側の腕が押しつぶされて痛いわ!
「トラジロウちゃん早く来て……」
横向きになって岩壁に開いた穴を見た。
あんなのぶつけられたらと思うと鳥肌が立つ。
ゲマイン・なんたら、アイツはとんだエセ善人だ。
レオンの言っていた通り気を付けるべきだった。
というか言われるまで気付けないよ。
噂のボードロ盗賊団、元宮廷魔導師さんが普通に街を歩いているだなんて。異世界怖すぎる。
「はぁ……ぐすん」
腕が背中に回っているから体を丸めて膝で目元を押さえた。
なな泣いてねーよ!
しんと静かになった部屋。
すごい速さで脈打つ私の心音が部屋中に聞こえていそうだ。
何かしていないと不安になってしまう。
早く助けに来て……泣くぞ。
「ん?」
もぞり。
牢屋の片隅にある、皺だらけの布の塊が動いたような気がした。
そのまま見つめ続けても動かない。
やっぱ気のせいか。
そう思った時、再びもぞりと動いた。
え。もしかして毛布の中に何かいる……?
すぐ起き上がって毛布のある角とは反対の角に避難した。
きっと小動物とかだろうけど、万が一襲われたら逃げられない。
島にいた凶悪ウサギみたいに、ものすごい凶暴なネズミとかだったらもう最悪だ。
ネズミで病気になる人もいるらしいし、ネズミにお腹を食い破らせるって拷問があるらしいし。
ああやばい鳥肌が。
でもそこにいるのが何か気になる。
よく見ていると、時たま小さく震えている毛布に声をかけた。
もちろん、いつでも逃げられるようにしながらだ。
「ね、ねぇ、そこに誰かいるの……?」
声に反応するように毛布がピクリと動いた。
そして毛布の中から小さな……
「女の子……?」
女の子が顔を出した。
桃色の髪の小さな女の子だ。
私が大きめな声を出したのに驚いて、また毛布を被って隠れてしまった。
ここは慎重に、優しく。
「こ、こんにちは〜」
くりくりした目でこちらを伺うように再びひょこっと顔を出した。
震える幼女を恐がらせないために全力で、優しくにっこり笑いかけた。
「おねぇちゃん、言葉、話せるの?」
「……うん? 話せるよ」
「ほんと!?」
「わっ」
言葉を話せるのか、という謎な質問に頷くと急に布がバッと捲れた。
そして幼稚園児くらいの、桃色のおかっぱ頭の女の子が飛び出してきた。
「うっ、わ! 〜〜っ!」
桃色の髪の子は勢いよく私に抱き着いてきた。
というかタックル。
ゴロツキに投げ捨てられた時に強く打った後頭部を壁に打ち付けてしまった。痛い……。
とりあえず危険生物じゃない事がわかって力が抜けた。
冷や汗もかいているし心臓もバックバクだ。
ずりずりと身体が下がっていき、肩と首で身体を支えるような感じで壁に凭れた。
すると私の胸に顔を埋めていた女の子が、大きな目からぽろぽろと涙を流し始めた。
「うっ、え、怖かったよぉ〜、んぅ」
手が縛られていて抱きしめることも出来ないから、脚で優しく挟んだ。
大丈夫、大丈夫だよと声をかけると更に泣き出してしまった。
どうしてこんな所にこんな小さな女の子が閉じ込められているんだろう。
一人ぼっちでどれだけ心細かったのだろうか。
「よしよし、怖かったね、大丈夫、大丈夫。
もうすぐ私の仲間が助けに来てくれるよ」
しばらくすると女の子は泣き止んで、今度は眠ってしまった。
胸の辺りはしっとりを通り越してびっちょり濡れてしまったけど、安心したように眠る女の子の顔を見ると心がほわほわするのでよしとする。
マフラーに顔を突っ込んで寝息を立てる様子は最高だ。
天使のように可愛らしいこの子の腕に何かが付いているのが見えた。
起こさないようにそっと確かめる。
「て、天使だ……」
そこにはなんと羽根が生えていた。