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6 屈辱の副会長




「ね、いいよね、トラジロウ?」

「ユカリがいいなら」

「ありがとう!」



 スマホを取り返したいのなら一緒に連れて行って貰えばいいのだ。

 幸運なことにレオンはあいつらの所に行くそうだし。

 きっと人数は多いほうがいいだろう。

そっぽを向いて尻尾で枕を叩き続けているあの子もオッケーしてくれたし。


 期待を込めてレオンをみた。

 私にしてはいい考えだと思いますよ。



「痛っ! いだ、だ! 痛い!」

「痛くしてんだよ!」



 この男は片眉をクイっとあげて人差し指で私のおでこをツンツンしてきた。

 いや違う、そんな美味しい状況ではない。

 これはツンツンじゃなくてガンガンだ。

 痛い、痛い。おデコを襲撃する手をはたき落した。

 痛ったいなぁ!



「で、どうなの! いいの!?」

「はぁ? キリヤ、テメェ何言ってんだ。

 あいつらから散々逃げたのはテメェだろうが」

「そうだけど、あれは仕方がなかったっていうか……」

「何が」

「力加減がわからくて。でも私達、迷惑かけない自信あるよ。

 魔法だってちゃあんと使えるし!」



 さっと立ち上がって懐から杖をしゅっと取り出してポーズ!

 ハリー○ッターの決闘シーンでの構えだ。フッ、決まった。


 しかしレオンはハッっと鼻で笑うと、私のおデコを人差し指で再び襲撃。

 なんなの。

 美形にツンツンされるなんて本当なら涎ものなのに嬉しくない。

 高速20連打されたんだけどなんなの。

 私のデコにはボタンはないしなんなの痛いわ穴開くぞ。


 同じようにはたき落とそうとした腕は思いっ切り空振った。

 そんな私をニンマリと物凄く腹立つ顔で馬鹿にしてくるレオン。

 やっばい腹立つ。



「痛ったいわボケ!」

「お前みたいなボンボンを連れて行くわけねェだろーが!

 こちとら仕事なんだよ!」

「ボンボンじゃないし! 痛いわボケ!」

「ハッ。力加減がわかんねェ癖して、なァーにが、ちゃんと使えるぅ〜だ。

 クソ生意気なガキが!」

「ぐっ……」

「話になんねー!」



 確かに。

 レオンはお手上げだと言うようにドシンとベッドに倒れた。


 その衝撃で「うわぁあ!?」トラジロウがボヨンと浮き上がった。

 もの凄い焦りながらも犯人を特定すると、怒りを露わにトラパンチコンボを顔面に叩き込む。


 不機嫌な雷の精霊はキレやすいのでご用心ください。

 いいぞ、もっとやれ。

 ついでに私のベッドに寝ないで……。


 うーむむ。彼の仕事にどうすれば連れて行ってもらえるのか。

 散々ど突かれて赤くなってるであろうおでこをさすりながら考えた結果、ある考えが浮かんだ。


 単純明快、自分自身の実力をきちんと示せばいいのだ。



「これ見てこれこれ!」

「…んー?」

「一人で倒したんだ、私が!」



 尻尾で往復ビンタされているレオンに手渡したのは家庭用包丁くらいの大きさのナイフ。

 いつも私が腰にぶら下げている物だ。

 というかトラジロウちゃん私にもそれ、後でやって。



 レオンはさっと起き上がると鞘から取り出してその刃をしげしげ眺めた。


 薄暗い部屋の小さな蝋燭の灯りを反射する琥珀色の両刃。

 硬いフルーツの皮を剥いたりだとか、魚の内臓を取り出したりだとか。

 よく切れるし使いやすくて、何かと重宝している。



「キリヤ。これってまさか、あのスパルコーダか?」

「スパル……かどうかは知らないけど、尻尾の先が鋭い鱗の──」

「それだ」



 その琥珀色の刀身は、スパル……とかいう生き物の尻尾の先に生えている鱗だ。

 鱗といっても丈夫で、とても鋭利なものだ。


 そいつは大きな恐竜みたいな巨大な生き物で、尻尾の先に二十枚ほど鋭い鱗が生えている。

 その鱗を大切に丁寧にお手入れするのがその恐竜の毎日の習慣だ。

 普段はとても温厚な性格なのだけど、自慢の鱗を傷つけようものなら烈火のごとくブチ切れる。大型バス並みの巨体で森の木々をなぎ倒しながら走り回り、牙と爪に加えて、刃物のように鋭い尻尾をハンマーのようにブンブン振り回して攻撃してくるのだ。


 特訓入門コースの卒業条件が「一番綺麗な鱗を取ってくる」という内容だった。

 それはつまり、恐竜が一番大切にしている鱗を頂くということ。

 時間の許す限り恐竜を観察して、私の自慢の逃げ足と魔法を駆使して森の中を駆け回り、なんとか尻尾の先っぽの鱗を奪うことができたのだ。私の手にあるそれを見たときの、恐竜の悲しい叫び声は忘れられない。これで魚とか捌いちゃってごめんね。


 つまり。

 これが私の現時点での実力の最高値を示す証拠だ。

 これでダメなら諦めて待っていよう。


 レオンは琥珀色の刃を蝋燭の灯に反射させて、その反射光を見ているようだった。

 なんだか真剣な表情だ。

 このナイフは光に当たるとほんの少しだけ虹色に輝いてみえる。

 琥珀色に映る七色の光はとても美しい。

 だけど太陽の光に当てた方がもっと綺麗なんだよ。

 恐竜も日向ぼっこをして鱗の鑑賞をしていた。



「綺麗だよね」

「あぁ……」

「すごいでしょ?」

「あぁ……」

「……レオンさん?」

「あぁ……」



 やっと帰ってきたトラジロウと顔を見合わせて、小声で話しあう。

 トラジロウ、これってさ。ああ、完全に聞いてないな。それじゃあさ……。

 にひひと笑いあう。



「……もしもしレオン、聞こえてる?」

「あぁ……」

「おれたちも付いて行っていいか?」

「あぁ……」

「やったねー!」

「いえーい」

「あぁ、ア?」



 ハイタッチをする私たちをみて、元の世界に戻ってきたレオンがしまった! という顔をした。



「……ま、別にいいか」

「え、本当に!?」

「ああ。ただし、自分の身は自分で守れよ」

「はい! あの、お金は……」

「付いてくんだろ。自分で取り返すんなら、必要ねェな」



 私の頭にポンと手が乗せられた。

 それならばと彼のお腹をぽんと叩く。ぬっ、硬い。



「よっ、太っ腹!」

「デブじゃねーよ! ……ま、よろしく頼むぜ。あ、ボードロは俺がやるから。手ェだすんじゃねぇぜ、ボンボン」

「だからボンボンじゃない。私はスマホを取り返したいだけだから。改めてよろしく」



 レオンからナイフを返してもらい、三人で握手をした。

 心なしかレオンは合法的にトラジロウを触れて嬉しそうだった。



 ボードロ盗賊団捕獲作戦の内容を教えられた。

 やつらのアジトは荒野のど真ん中にそびえる天然の岩の要塞。そんな所にどうやって入るのかと聞くと彼には考えがあるらしい。

 五日後になんたら王国の都市で裏競売があって、ボードロ盗賊団もそれに参加するそうだ。品物を隣街に運ぶのでアジトの警備が手薄になる。ただ普通にその時を狙うと。予想だと明日、明後日辺りだそうだ。

 私のスマホはボードロが持っていると予想しているらしい。確かに誰も見たことないだろうし、親分が持ってそうだよね。



 ちなみにレオンが助けてくれたあの時、実はもっと前から私達のことを見ていたらしい。

 奴らを狙う仕事敵だと勘違いして、私達の実力を見ようとしていたと。ただただ逃げ回るだけの私達をみてようやく間違いだと気付いたそうだ。早く助けてやらなくて悪かったと謝られた。



「あ、あと一つ。つい最近アルスティナ王国の元宮廷魔導師が入団したって噂だ。そいつには気を付けとけ」

「アル……? もう一回お願い」

「アルスティナ王国の元宮廷魔導師がいるから気を付けろっつったんだ!」

「痛った!」

「貴様! さっきからユカリを叩き過ぎだ!」

「物分かりの悪いボンボンにはな、身体に教えるしかねェーんだよ!」

「違うってば!」



 どこだよアルスティナ王国。

 ってか何コイツ、超バイオレンス。






******






「おばちゃん、お肉のお代わりください」

「はいよ!」

「キリヤ、お前ほんとよく食うのな」

「だって美味しいじゃん。ね、トラジロウ」

〈ああ。イノシシ肉よりうまい〉

「まぁ! 嬉しいこと言ってくれるじゃないかい!」

「そんな食ってて何でお前がちっせぇのか、俺には理解でき、痛って!」


 机の下でスネを蹴ってやった。ジャストミートだぜ。ふはは、ざまぁみろ!


「うるさい。私には何を食べたらそうなるのか、見当もつかないわ」

「こんの……クソボンボンが」

「だから違います」



 作戦を聴き終わった私達は夜ご飯を食べに下の階へ降りた。

 宿屋の一階は酒場となっているらしくかなり騒がしかった。

 この場所、なんだか見覚えがあると今更ながらに思っていたら、ここは昼間に一度訪れていた酒場だった。

 酒場は昼間の雰囲気よりもお客さんがずっと増えていて騒がしい。

 そして女の人は私とマスターの奥さんだけ。

 その他はみんなおじさん。汗臭いし、むさ苦しい。

 ものすごく消臭○置きたい。



 丸いテーブルを三人で囲む。

 ステーキにタコス、煮込みお豆と野菜の盛り合わせや飲み物などを片っ端から頼んだ。おばちゃんオススメのステーキは胡椒が効いていてめちゃめちゃ美味しい。

 島での食事は果物や、素材の味を活かした料理というか丸焼きだけだった。調味料は塩と少しのハーブだけ。

 濃い味が、醤油と味噌と炊きたてご飯が恋しい。




〈ユカリ、これも食べろ〉

「んん、ん。ありがと。もらうね」

〈ああ。よく噛むんだぞ〉

「んん」

「……食い過ぎじゃねーの?」

「まだイケる」

「マジか」

「マジだ」



 この世界に来てからお腹の減りが早くなった。

 これに関して「魔力回路に欠陥がある、この世界に適合していない下等な小娘の身体はより多くのエネルギーが必要なのだ!」とリヴェル様は仰っていた。

 魔法を使って逃げ回り、随分と体力を消耗してしまった。燃費が悪い下等な生き物のお腹はもう限界だ。



 お腹が減りすぎると倒れてしまう。

 私の食事事情は本当に死活問題なのだ。

 一度島で倒れたら、雷の精霊から大量の食べ物を勧められるようになった。

 食べないとトラジロウお兄ちゃんが心配するのてバクバクいきますが、決して太りたい訳ではなく。

 というか食べても全部エネルギーになって消費されるので太らない。


 つまり!

 カロリー気にしなくていい今こそ、好きなだけ食べておくべし!










「あっはっはっは! ほら、食え食え!」

「んぐっ、む」



 レオンは私達の頼んだ量に最初はちょっと、いやかなり引いていた。

 しかしお酒が入ると態度は徐々に変化していった。


 自分の皿からもっと食えもっと食えと、次から次へと私の口の中に料理を突っ込んでくるのだ。

 すごく楽しそうだし、楽チンだし、イケメンからあーんしてもらえるし、素晴らしいシステムだと私は思うね。

 たまにフォークが刺さるのが唯一の欠点だ。


 彼の国では十六歳からお酒を飲んでいいらしい。

 ちなみにレオンは十八歳。

 私は十七歳だからと敬語を使うと、一個下かよと驚いた後、敬語は無しでいいと言ってくれた。

 遠慮なく今まで通りでいこう。


 ちなみに私はオレンジジュース、トラジロウはお酒だ。

 雷の精霊はリヴェル様の影響を受けてか、お酒が好きなんです。






〈もっと! ねぇもっと!〉

「んだよ、お前可愛いなぁ! ほれほれほれほれほれ! ここか?」

〈そこ! んんん~!〉

「ハッハー! 超イカしてるこの俺の! 虜に! なっちまったかなァー!」

〈レオンーもっとー!〉

「くっ……、まさかこんなことが」



 お酒の入って楽しくなったレオンとトラジロウは、なんと、なんと、とーっても仲良くなっていた。


 レオンの撫で方が物凄く上手いのだ。

 撫でて撫でてと転がるトラジロウと、ふわふわ青毛、魅惑のモフモフに嵌ったレオンが嬉しそうに撫でる様子はもう、ね。

 めちゃめちゃ可愛い。


 しかし!

 このままではトラジロウ大好きクラブ副会長としてのメンツが。


 今度レオンに弟子入りしよう。

 テーブルの上でコロコロ転がるトラジロウを見ながら固く心に誓う。

 一人黙々とお腹を満たしたのだった。





******





「なんなの、この筋肉男、超、重いっ……!」



 最後にはべろんべろんに酔っ払ったトラジロウとレオンにぶっかけるようにして無理やり水を飲ませた。

 何とレオンはゲーゲーゲロ吐いてさ、必死で背中さすってさ、水飲ませてさ。

 もうね、もうね、あり得ないよね。もうね、無いよね。

 おばちゃんもマスターも忙しいから私一人で頑張ったんだよ。


 このときから私の表情はだんだんと抜け落ちていったんだ。


 三人分のお代を払い二人を引きずってなんとか二階に上がる。

 自力で立てない癖に、階段を上がるのに非協力的な筋肉男。

 めちゃめちゃ重い。

 マフラーをレオンの体に巻き付けて引っ張った。

 首が絞まっていたようだけど知らない。



 そうして部屋の前までなんとか辿り着いたのだけど。

 赤ちゃんトラを大男から引き離そうとすると、二人揃ってイヤイヤと抱きしめ合うので二人ともレオンの部屋にぶち込んでおくことにする。


 鍵は付いていない筈のドアが何故か固くて開きにくかったけど、力を込めたらバチンと凄い音を立てて開いた。

 ドアノブや蝶番は壊してないからセーフ。ちゃんと確認した。

 ベッドに乗せた後、寒くなるといけないので窓を閉めてお腹に布をかけておいた。




 おばちゃんに頼んで桶に水を貰い部屋で体を拭いた。

 体に付いていた砂が思ったよりも多くて不快だ。

 部屋の中を飛んでいた小さな羽虫を雷魔法で撃墜して安全を確保。

 軽くストレッチをして体をほぐした。


 鞄からノートを取り出して、一番後ろのページの50個のマス目の21番目にバツ印を付ける。



「…………」



 一人で藁のベッドに寝っ転がった。

 良い香りのマフラーで苦しくない程度に頭をつつみ、風邪をひかないようにお腹に布をかける。

 指をちょいと振って蝋燭の灯りを消した。

 最後に枕を抱いて寝た。泣いた。






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