5 職業は賞金稼ぎ
「とうっ!」
助走をつけてベッドにダイブ!
藁らしき草がぎっしり詰まったベッドは着地の衝撃を全て吸収してくれた。
少し固い藁の感触が黄ばんだシーツの下から伝わってくる。
スプリングのベッドでしか寝たことがなかったから新鮮な感覚だ。
そして何より、久し振りのベッドだ!
レオンに連れてこられたあの部屋は宿屋の一室だったらしい。
寝床を確保し忘れていた私たちはこれ幸いと一部屋三泊で借りたのだ。
「おれも!」
「トラジロウちゃん!」
ごろんと仰向けになると青い毛玉が飛び込んできた。
両手で受け止めてトラジロウに体重が掛からないようにゴロゴロとベッドの上を転がる。
どうしよう、うちの子がすごく可愛い。
ほっぺとほっぺをくっ付けてすりすり。
青毛の幼獣も甘えるように私の首元に小さな頭を擦り付けてくる。
ツノが当たらないように気をつけてくれているようだ。
はぁ、なんて可愛いんだ。トラジロウ可愛い、マジ可愛い。
「オメェら、何やってんの」
全力でトラジロウを満喫しているとドアの方から呆れた声が聞こえた。
赤髪の超重量級筋肉系男子、レオンだ。
開いたままだったドアに右肘を付いてだらんと凭れている。
トラジロウが慌てて私から離れて乱れた毛並みを整え始めた。
私は一人ベッドに仰向けで転がったままだ。
え、何、寂しいんだけど。
私たちの触れ合いに水を差した不届き者は、勝手に部屋に侵入してきた。
ドアを脚で閉め、長い脚でつかつかと此方へ近づいてきた。
ちなみに彼のコートはあの後ちゃんと洗った。
あの茶色の実の入った袋はやっぱり石鹸だった。
濡らして擦ればマジで泡立つのだ。
あれには本当にびっくりした。
自然の力ってスゲー。
そして特に何も言わなかったけど、レオンは石鹸に驚く私に驚いていた。
まぁ無事に汚れも落ちて、私の着替えと一緒に彼の部屋に干してある。
「見ていた通りモフモフです」
「へぇ~、そんなに気持ちいいの?」
「そりゃもうね、最高」
そう言うとレオンはエメラルド色の瞳を輝かせ、その瞳に仔トラを映した。
ふわふわの青毛を繕っている幼獣にゆっくりと魔の手が伸びる。
「触るな!」
「痛ってぇ!」
大きな手が柔らかな毛に触れようとした瞬間。
トラジロウが電気を纏った角でその手を突き刺した。
レオンは慌ててトラジロウから距離をとり、二人で睨み合いになる。
雷角を直接触って痛いで済むとは驚きだ。
島にいた大イノシシもツノに触れた瞬間白目剥いていた。
トラジロウを受け止めたし、気絶しないし。
この人って実は凄い人なのかもしれない。
もしくは精霊の電気は人間には効かないとか?
いや、それはないか。
「テメェ、何すんだ!」
「お前が触ろうとするからだろ!」
「ちょっとくらい良いじゃねぇか!」
「誰がお前になんかに!」
「んだとォ!?」
「だぁーあーあー! トラジロウ、ストップ! うるさいと追い出されちゃうかもしれないよ」
「……、わかった。すまない」
「ったく、ケチな野郎だぜ」
渋々といった様子で頷いた赤ちゃんトラを抱きかかえてベッドに座った。
そのままお腹に乗せて後ろに倒れれば、ふわりと藁の匂いが香る。
髭をさわさわと触ったり鼻筋をくすぐると肉球でパシパシ叩いて抵抗してきた。
けどやめない。
本気で嫌がる時はさっきみたいにビリビリの刑に処されるからだ。
レオンはツマンネーと形のいい唇を尖らせた。
触れなくて残念オーラがじわじわ伝わってくる。
そんなにトラジロウに触りたいか。
まぁトラジロウの可愛さは世界一だからすごく良く分かるけど。
今では私が何をしても大抵のことは許してくれる。
しかし私が彼と初めて出会った頃、すなわち幼稚園児&赤ちゃんトラだった頃は、こんなに寛大ではなかった。
むしろ今のレオンへの態度よりも刺々しかった気がする。
いつからこんな関係になったのかは忘れたけどね。
つまり何が言いたいかっていうとですね。
誰でも時間をかければトラジロウと、この最高にキュートでクールな彼と仲良くなれるんですよ!
トラジロウ大好きクラブ副会長として、あなたとトラジロウの関係が発展することをお祈りします。
ちなみに会長はトラジロウのお父様のリヴェル様だ。
未来の大好きクラブ会員に温かい目でエールを送った。
まぁ、さっきの事もあるし難易度高めだと思いますがね。
「なぁに? キリヤ、そんなに俺のこと見つめちゃって〜ん……。
男前過ぎて見惚れちゃったァ?」
「おまえは何を言っているんだ」
「んもうっ、キリヤ君ったらツレないんだからぁん! んふっ」
「ゴフッ! あふっ、あっは、ゲッホゴッホ、ひー、キモ! マジキモ!」
「アァ?」
レオンがぷっくり尖らせた唇に人差し指をちょんとくっ付けてポーズをとったのだ。
極め付けは最後のウインク。
長いバサバサ睫毛でバチンとされると、それと一緒に噴き出してしまった。キモ!
それ女の子のポーズだし、筋肉モリモリのくせに似合ってるのがやばいウケる。
微妙に内股になってるし、やり慣れてるでしょ。
確かにさっきは見惚れちゃったけどさ、それが台無しにしてるよ。キモ!
ダメだ、色々ギャップが酷い。意表を突かれまくる。
あぁもうこんなので!
「揺れる!」
「あっ、トラジロウごめっ、あっは、サイコー、ひー、お腹痛い」
「へっへっへ」
笑うたびお腹の上のトラジロウが上下するからトラパンチをくらった。
ごめんって、あは。
筋肉男はニンマリ笑うと転がる私達に近づいてきて、ベッドにドシンと腰掛けた。
古びた寝具がミシリと悲鳴をあげる。
「そうそうキリヤ君。盗られたアレはなんなの?」
「はー、はー、ん? あぁ、アレはね……、あぁっ! スマホっ!」
思わず飛び起きた。
当然ながら子猫ちゃんはお腹からころりんと転がり落ちてしまう。
ごめ、ごめんってば。だけどねトラジロウちゃん。
肉球で叩いても相手に喜ばれちゃうから叩かないほうがいいよ。
私の手をあむあむと甘噛みして、無言で枕元に移動して丸まった。
拗ねた。
青と黒のシマシマの尻尾で枕をたしーん、たしーん、と叩いている。
幼い、可愛い。おさな可愛い。
しっかしどうして今まで忘れていたんだ。
レオンの正面に立って肩をがっちりと掴む。
彼のエメラルド色の瞳を真剣に見つめる。
「アイツらの事知ってる!?」
「うるっせぇな。知ってるも何も、俺が今回狙ってるのはあいつらだよ。ボードロ盗賊団」
「なにそれ」
「オメーが聞いたんだろうが。つか本当に知らねェの?」
「知らない。トラジロウは?」
「知らない」
「オメーら旅人なんだろ? これくらいの事は知っとくべきなんじゃねぇの?」
「……すみません。教えてください」
「ったく、しょうがねェなぁ。よぉし、ほらここ座れ。いいか、ボードロ盗賊団ってのはだな──」
呆れ顔のレオンを期待の眼差しで見ると、彼は嬉しそうにはにかんで人差し指をピンと立てた。
促されるまま隣に座れば私の肩に太い腕を回し、得意気になってボードロ盗賊団について説明を始めた。
レオンの話によるとボードロ盗賊団とはその名の通り泥棒グループだそうだ。
ちょっと前まではよくいるタチの悪いゴロツキだったようで目立った被害はなかったのだけど、ここ一年で被害が深刻化したと。しかし役人が捕まえようにも思ったような成果があげられず、手を焼いているらしい。
「レオン先生、質問いいですか?」
「ハイ、キリヤ君。どうぞ」
「先生って、警察なんですか?」
「ケイサツ? なんだそれ。職業か何か?」
「そうだけど」
「なら俺は賞金稼ぎだ」
「賞金首を捕まえる?」
「そうそう。それで今回狙ってる賞金首がボードロ盗賊団の団長ボードロってわけだ!」
「なるほど! 賞金首を捕まえるのが仕事なんですか! なんか大変そうだね」
「お前……、いや、いい」
レオンの顔にはそんな事も知らねぇのかと書いてあった。え、違うの?
レオンはふぅと溜息をついた。
私の顔を見て本当に知らないのだと分かってくれたらしい。
彼の中で私が常識知らずのカテゴリに分類されていく気がする。
天然石鹸しかり。
それはそれで悲しいけど正直ありがたい。
だって、本当に知らないからさ……。
「賞金稼ぎの仕事は基本的に何でもアリだ。
一番有名なのは賞金首を取っ捕まえることだな。
その他にも魔物を退治したりだとか、キャラバンの護衛をしたりだとか」
「ほー」
「中には迷子の猫を探してくれなんて依頼もあったんだぜ。ったく、自分で探せってんだ。
ま、賞金稼ぎってのは、身体を張って金を稼ぐ奴を総称する言葉だな」
つまり何でも屋さんなのか。
ってことは報酬と仕事内容が一致すれば、私の頼みも聞いてくれるってこと?
料金はどれくらい必要なんだろう。
命の危険もある、かなり危ない仕事だ。
金貨百枚とか?
それだと旅のお金がなくなってしまう。
というか、そもそも金貨一枚ってどれくらい価値あるの。
「ねぇ、そのボードロ盗賊団を捕まえたらどれくらいお金が貰えるの?」
「まさかテメェ、俺の獲物を横取りしようってか? アァ?」
思いっ切りガン飛ばしてきた。
もともと近い距離にあった顔をさらに近づけて、眉間にしわを寄せて、物凄い眼光で睨みつけられる。
目力強すぎて怖いわ。
「違う! 勝手に勘違いしないでくれる?」
レオンの肩を押して力づくで距離を取った。
というか私の力で筋肉男を押し退けるのは無理なので退いてもらった。
必死で退かそうとする私をゲラゲラ笑いながら、更に体重を掛けて散々楽しんだ後だ。
腹立つなこいつ。ついでに腕もどけて。
あなたちょっと汗の匂いがするの!
匂いがするって皮脂とか汚れとか、そういうことでしょ?
水浴びして落としなさいよ!
私もしばらく石鹸使ってないから人の事言えないかもだけど! いい加減、シャンプートリートメントリンスしたいし、ボディソープで身体を洗いたい! あったかいお風呂にも足を伸ばして入りたいし、ドライヤーを使って温風で髪を乾かしたい!
まぁ今はこんなこと思っても無駄だ。
再び心の奥底に叶わぬ願望を封印した。
「冗談だよ。つーか、お前がそんなこと出来るわけねーだろ。大方奪われたアレを取り返してってとこか」
「そう、あたり! まぁ、ちょっと違うけど」
「違うって?」
「私達もボードロ盗賊団のところに連れて行ってよ!」