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4 超重量級筋肉系イケメン




 危うく噴きそうになったお茶を前かがみになって喉の奥に無理やり流し込めば、最悪なことにお茶の行き先は気管だったらしい。

 思いっきり咽せた。



「ゲッホ! げほっ、ごっほごっほ!」

〈ちょっと待ってろ!〉

「は、早ぁっ、ウヒッ、ゴホッ!」

「何つー咽せ方してんだオメーは」

「ご、ごめ、えっほんッ!」



 お兄ちゃん精霊が鞄からハンカチを取り出すまでの間、ゲホゲホとむせる私の背中を男が長い腕を伸ばしてバシバシ叩いてくれた。

 ありがたいけどちょっと痛い。



「あ、あり、がっ……と、ゲッホ」

〈いいから早く受け取れ〉



 そしてトラジロウが咥えてきたハンカチで口を押さえて、さらにげほごほ。




 目の前には道行く人誰に聞いても満場一致でそう答えるであろうイケメン、というか男前がいた。力強く、精悍な顔立ちな彼は私と同じくらいの年齢だろうか。


 一言で表せば男前。

 健康的に焼けた肌に意志が強そうなエメラルドの瞳。すっと高い鼻筋は彫りが深い顔立ちを力強く魅せている。キリッとした太めの眉も、あちこち元気にハネた無造作な赤髪も、野暮ったくなくて。むしろこの男を引き立たせている。


 正面にいるのにガン見しちゃうほど格好いい。


 上着を脱いで明らかになった身体にはやはりガッシリと筋肉が付いていた。

 まるでトップアスリートのようなふっくらとハリのある筋肉で、ムチっとしたマッチョ。こんな間近でムキムキを見たのも初めてなんだけど、なんか本当にすごい。「触らせてくださ〜い!」って言うリポーターさんの気持ちが分かる気がした。

 触らないけど!



 ……それにしても。

 お茶、盛大に噴かなくて本当によかった……!

 もしかすると今頃、彼の素敵な男前フェイスがお茶と唾液まみれになっていたかもしれないのだ。

 それは、いろんな意味で、ヤバい。



 口元までマフラーを引き上げて俯くと、膝に手を乗せ顔を覗き込んできたトラジロウと目があった。

 心なしか金色がジトッとしている気が。

 ……こんな男前ワイルドイケメンは慣れてないから恥ずかしいんですよ!



「けほっ、……こほっ……。んっんー、んー……失礼いたしました」



 気管に入った液体はなんとか消え去った。

 ハンカチを畳んで鞄にしまうと青トラちゃんが隣に移動してきた。

 私にピタリと体をくっつけて、目の前の燃えるような赤髪の青年を観察している。



「えっと、改めまして……。助けてくれて、ありがとうございました」

「あー……、いいってことよ」



 背筋を伸ばして姿勢を正し恩人マッチョ男に頭を下げると、後頭部に重みを感じた。

 乗せられた大きな手にガシガシと頭をかき回された。

 このままでは髪がぐちゃぐちゃになってしまう、けど、ここで暴れるとお茶がこぼれてしまう。

 私は犬じゃない、と腹が立ったけどじっと俯いて髪荒らしが去るのを待つのだった。



 ようやく手が離れたころには、鏡で確認しなくても分かるくらいボサボサになっていた。

 右手で触れば鳥の巣。触ったことないけど。

 軽く手櫛で整えてお茶をぐぐっと一気に煽る。

 空のカップをひざの上に乗せようとすればサッと軽やかに男に奪われた。座ったまま長い腕を伸ばし、ベッド横のチェストの上に置くとまた私達に向き直る。



「ありがと」

「はいよ。俺はレオン。フツーにそのまんま呼んでくれる?」



 真っ赤な髪の男前が差し出してきた大きな手を握れば、ニカっと屈託のない笑顔がみれた。

 ぴょんぴょんと無造作に跳ねた赤色の髪がライオンみたい。レオン、ライオン、んふふ。

 太陽のように笑う彼につられて私も頬が緩んでしまう。ふへへ。



「わかった、レオンだね。

 私は桐谷縁、この子はトラジロウ。この街には今日来たばかりの旅人だよ。………………あ、あの〜?」



 自己紹介をしても彼はなんの反応もしてくれない。

 ただ私の目をジッと見て、握手したまま何度も握り直してくるだけだ。

 彼の手は指貫の革手袋をしていてもゴツゴツ感が伝わってくる。プロレスラーみたいな体格に違わず、指も無骨で太い。りんごの如く手を握り潰されそうな気がして、ほんと心臓に悪いので、ほんとやめてください。



「そっかそっかァ〜、旅人ねェ……」

「それがどうかしたの?」

「いーや、なんでも。じゃあこれヨロシク、旅人さん?」

「あ、うん」



 ぽんと適当に渡されたのは左肩あたりに血の付いたコートと、謎の袋。


 なんだこれ。

 荒い目の生地でできた袋の口から中を覗くとこれまた謎の……カピカピに乾いた焦げ茶色の実が入っていた。

 なんじゃこれ。何に使うの。

 洗濯物と一緒に渡されるってことは……。

 え、もしかしてこれ、石鹸!? うっそだぁ!



 謎の小袋をまじまじと観察していると突然、手首を掴まれた。

 何のつもりだ、と睨みつけるが無視された。



「それでぇ? その鞄の中には何が入ってるワケ?」

「えっ」

〈な、お前っ!〉



 右手首を拘束したまま鞄を指差す。


 振り払おうと力を込めて引っ張るも、手首をきつく握られていて抜けない。


 エメラルド色の瞳が怪しく光る。


 まさかコイツもトラジロウを狙っていたのか。


 雷の精霊がすぐさまバチバチと二本の角から電気を出して威嚇した。

 私も自由な手で懐の魔法の杖を掴み、いつでも振れるように構える。


 すると男はパッと手を離して大袈裟に仰け反った。

 両腕を上げて手のひらを私達に向ける。

 いわゆる降参のポーズだ。



「あーあー、そんな怒るなって。ただちょぉっと気になっただけだってば〜」

〈張り倒すぞ〉

「……ビックリした……またかと……」

「ビックリしたのは俺の方だっての。

 ったく、凶暴なネコちゃんだ、こ、と!」

〈なんだと!?〉



 おちゃらけ男は指でトラジロウの鼻先をちょん、ちょん、ちょん、と三回突っついた。

 すかさず青トラが噛み付いたけど、小さな牙は三回とも男の指先を掠めるだけ。

 ニヒッと口角を上げ、トラジロウをからかう目の前の男。



 フーフーと息荒く毛を逆立てた雷の精霊は今にも飛び掛かっていきそうで。

 威嚇するその姿がネコみたいでなんとも言えない気持ちになった。

 とりあえず抱きしめて落ち着かせようとしたけど、時すでに遅し。



「トラァァア!」



 誇り高きトラ、雷の精霊が飛び出した。

 電気を帯びた高速の弾丸ライナーが精霊を侮辱した愚かな人間を襲う。



「ぐっ、うおぉ!」



 弾丸アタックを受け、勢いよく椅子ごと後ろに倒れた。



「いってェ!」

「ちょ、危なっ、大丈夫!?」



 急いで立ち上がって二人の様子を確認する。

 なんと背中から倒れこんだ男はトラジロウの胴を両手でガッチリ掴んでいた。

 そこは電気を纏った雷爪が丁度当たらない絶妙な位置だ。

 幼獣は腕が短く、憎き獲物に届かなくて悔しそうに暴れている。


 一メートルも距離が離れていなかったのに、弾丸トラジロウアタックをキャッチするなんて。

 この男、何者なんだ。



〈くそッ! このやろう、放せッ!〉

「あっぶねェ。そんなカリカリすんなって。

 つーかお前、何? 俺の言葉わかんの?」

〈ぁぁぁあ、くそ!〉

「トラジロウ落ち着いて!

 レオン、トラジロウはネコじゃなくてトラだから!」

「ネコじゃねぇのか、ごめんな。

 ま、俺にしてみりゃ、どっちも変わんねェケド!」

〈こいつ腹立つ!〉

「赤ちゃんは大人しくしましょうニャー」

「レオン!」

「ハイハイ」



 NGワード:ネコをピンポイントだ。

 この男、実は分かっててワザと言ってたりして。


 それにしてもあの第一印象、精悍なイケメンの青年は本当にどこへ行ったんだろう。

 見た目と言動のギャップが凄まじい。

 帰ってきてくれませんか。



〈放せッ!〉

「イッテテテ、おら」

「よしよし、トラジロウちゃん。落ち着いて」

〈フーッ、フーッ!〉




 男は身体をバネのようにしてストンと手を使わずに起き上がると、トラの赤ちゃんを押し付けてきた。

 優しく抱きとめると手には刺すような小さな痛みが走った。

 ふわふわの青毛が迸る電気でチクチクしているのだ。


 喉元を撫でて、雷の精霊の怒りを鎮めなければ。

 はーい、大丈夫ですよ、落ち着こうね。

 よーしよし、いい子いい子。


 それにしても。

 何かと熱くなることが多いトラジロウだけど、こんなに煽り耐性が低かったかな。

 身体が赤ちゃんに戻って精神年齢も同じように幼くなっているのかもしれない。

 当たらないのに必死で爪を振り回していたのは申し訳ないけどちょっと可愛かった。




 ここで、服に付いた砂を落とし、打ち付けた後頭部を手で押さえながら、男が一言。



「ったく、凶暴過ぎんだろ。ちゃんと()()()よ」



 怒り狂っていた精霊の動きがピタリと止まる。


 あぁもうこれは。


 腕の力を弱めれば、すぐさま飛び出し机の上に着地した。



「もう我慢できない! 低脳でうす汚い人間め!」

「ハァ!? おま、このネコ喋った!?」

「ネコじゃないって何回言ったらわかるんだ! この脳足りん!」

「うるせェ! オメェは誰がどー見たってネコだ!」

「トラだ!」

「ねぇ、……あのさ」

「どーでもいい事気にしてんじゃねェよ!」

「どうでもよくない!」

「ちょっと二人とも……!」

「はっはーん。身体が小せぇ子ネコちゃんは器も小せぇんだなァ!」

「こんのやろうッ! 黒こげにしてやる!」

「かかってこいよ、子ネコちゃん?」


「うるさい! 二人ともいい加減にして! 夜だよ近所迷惑だッ!」



 鬼師匠に鍛えられた拳が男の鳩尾にヒットした。






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