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24 風の大精霊シルヴェスティ




 祭壇の玉座の上から頬杖をついて見下ろされた。

 トラジロウと一緒にレオンよりも一歩前に出た。



「魔力回路を治療していただきたいんです」



 笑みを浮かべながら私達を見下ろす深緑色にしっかりと目を合わせてそう言った。



「そっかそっかぁー。ちょっと大変なコトにになってるもんね」

「父が、風の大精霊であるシルヴェスティ様なら治せるかもしれない、と」

「治せるかも、じゃなくて、治せるわよ。トラジロウちゃん」

「本当ですか!」

「……!」

「ま、アタシ一人じゃムリだけど。ちゃんと他のにもやってもらえば大丈夫ね」

「……よ、よかったぁ……!」

「ありがとうございます! ユカリ!」

「トラジロォ〜!」



 思わずしゃがみこんで、飛び込んできたトラジロウと喜びのハグを交わした。



 30日魔力回路治療の旅! とか言ってたけど。

 大精霊様たちに治してもらえるのかどうか、実はハッキリしていなかったのだ。


 異世界人の壊れた魔力回路を治す、という前例が無かったからだ。



 通常、異世界から召喚を行う際は複雑な手順を踏んで、大勢の精霊たちが見守る万全の態勢で行わなければならない。

 失敗すると魔力の大暴走が起こりその場にいる者、人間や精霊関係なく全員が天に召されるからだ。


 そのため失敗なんかする筈もなく。

 呼び出された異世界人はこの世界の人間と同じ、さらには精霊たちの加護を受けた強力な魔力回路を手に入れることができるらしい。


 もし失敗したらその場にいる人全員消し飛ぶ。

 つまりは『召喚に失敗した異世界人の魔力回路がどうなるのか』なんて誰にも分からなかったのだ。



 トラジロウはその異世界召喚をたった一人でやって見せたのだ。

 しかも事故で瀕死の重傷になっていた私の身体を無傷の状態でこの世界に呼び出した。


 リヴェル様の知る限り、たった一人の精霊が異世界から人間の召喚を成功させたのは、トラジロウが初めてらしい。

 なんか私の保有魔力がなんたらとか、他にも難しいことを言っていたけど、専門用語だらけで詳しいことは理解できなかった。


 しかしまだ精霊としてはひよっ子の部類に入るトラジロウに完璧な召喚が出来るはずもなく。

 トラジロウは小さくなり、私の魔力回路が大変なことになってしまったと。


 リヴェル様にめちゃめちゃ、何度も、失敗すると死んでしまうという部分を強調されながら教えてもらった。

 めっちゃ怒ってた。すごく怒ってた。

 私も何度もトラジロウに──



「……オイ、オイオイオイオイ! オメーら!」



 トラジロウと二人だけの世界にトリップしていると、レオンが騒ぎ出した。

 なんなの突然。……あっ。



「どーいう事なんだか、俺はサッパリ分かんねェんだけどォ?」

「レ、レオン、あのさ……」

「人様を呼んどいて放ったらかしっつーのは、無いんじゃねェーの? なぁ〜キリヤちゃん?」

「う……、いやそれは……」

「なーにー? 聞こえませーん!」



 レオンをどう説得すれば。

 トラジロウと目があった。



「レオン、お前には関係のない事だ!」

「ハァ? 関係ないだって?」

「そうだ。これはおれたち二人だけの事だ!」

「じゃあ何で俺まで呼ばれたワケ? なんか意味があったから呼んだんだろ? なぁ、大精霊さんよォ」



 シルヴェスティ様をぐっと鋭い眼差しで見つめたレオン。

 大精霊様は、ふふ、と余裕たっぷりに微笑んでから口を開いた。



「特に意味はないわよ」

「ハッ!? ちょ、ちょっと?」

「アタシがアナタに会いたかっただけ」

「そ、それって」

「噂の赤獅子さんがこんな可愛い子だったなんて。アタシビックリしちゃった!」

「……ク、クソォッ!」

「そういうことだ!」



 レオンが膝をついて倒れた。

 トラちゃんが肉球でツンツンつついてみても返事がない。

 ただのしかばねのようだ。

 反応がオーバーすぎるし、努力すればリアクション芸人になれそうだね。頑張れ。



「あはははっ! やっぱ面白いわぁー! 長いことここに居ると退屈なのよォ〜。

 だ、か、ら」

「……っ!」



 再びシルヴェスティ様の気配に尖りが混ざる。


 その瞬間、地面が揺れ始めた。


 下からはズルズルとなにか大きなものが這うような音が聞こえる。


 転がっていたレオンがパッと起き上がり、すぐ剣を取れるよう腰に手を当て構えた。



「……っ!」

「こんな子を呼んでおいたんだけどぉ〜」

「ひっ! ちょ、ちょ!」



 私が先ほどの落ちそうになった穴から、巨大なヘビが現れたのだ!


 てかてかと炎を反射する鱗は深緑とピンク色という毒々しい色合いだ。

 ギロリと黄色い大きな目に睨まれて動けなくなった。

 カエルの気持ちを理解できた。

 いや、むり、ムリ、これ動けないって。



「この子に勝ったら、治療してあげてもいいわ」



 毒々しいヘビは大精霊様から遮るように私達と対峙すると、大きな口を開けて威嚇した。

 まるでトンネルのように大きくて、地獄の入り口のように真っ赤だ。



「キリヤ下がれ!」

「ひっ!」



 引っ張られるようにして下がると、私のいた場所に黄色い液体が飛んだ。

 付着した地面からは微かに煙が上がり、ジュージューと恐ろしい音が聞こえた。


 シルヴェスティ様は楽しそうに私達とヘビを見下ろしている。


 こんなのと戦うとか、ムリ、無理、絶対ムリ。

 というかどうやって倒すの。



「……って思ってたんだケドぉ」

「えっ」

「アタシの大切な民を救ってくれたしィ〜、縁ちゃんはメルロの恋のキューピットになってくれた訳だしィ〜」



 シルヴェスティ様がピュ〜と口笛を吹いた。


「そ、れ、に」

「あっ、あっ」



 ヘビがくるりとシルヴェスティ様の方を向いた。

 そして祭壇をズルズルと這ってシルヴェスティ様の前に顔をだした。

 ヤバい、ヤバいって。



「この子に愛着湧いちゃったから、やっぱり戦うのなしね!」



 伸ばされたシルヴェスティ様の細い腕に大ヘビがすりすりと頬擦りをする。



「シャシャシャー!」

「んもー、可愛い!」

「……これは」

「助かったみたいです」

「ったく、驚かせんなよ〜」



 大ヘビと美女が戯れる姿がなんかもうすごい。

 シルヴェスティ様はあの大きな口に抱きついている。

 大ヘビも黄色い液体を飛ばさないように気を配っているようだ。

 そして私たちの目の前にある大ヘビの尻尾らしきものがブンブン振れている。犬か。めっちゃ風くる。

 だんだん可愛く見えてきた。



「というワケで!」

「はい!」

「二人ともこっちに来なさい。さっそく治療を開始するわ」

「は、はい!」

「お願いします」



 トラジロウと祭壇前の広間に移動し、シルヴェスティ様に二人一緒に背中を向けて座るように言われた。

 正座をして、レオンに顔を向ける形となる。

 エメラルドグリーンで射抜かれて居心地が悪いけど、仕方ない。



「目を瞑って、身体の力を抜きなさい」

「はい……」



 こんな状況でどうやって抜けばいいんだ。

 すぐ近くに物凄いエネルギーを感じる。

 すぐ後ろにシルヴェスティ様がいらっしゃるのだ。



 地面についた私の右手に、トラジロウの左手の肉球を乗せる。

 そして私たちの背中にシルヴェスティ様の手が当てられた。

 まるで、回路を繋ぎ合わせるように。



「深く呼吸をしなさい……そう、そのままで」



 トラジロウと深く繋がっているような感覚になった。

 とても不思議な感覚だ。


 感覚が冴え渡り、隣からトラジロウの呼吸音が聞こえた。


 だんだんと呼吸のリズムが重なっていく。


 神殿に入る時のような、柔らかい何かに包まれているような気分だ。

 あったかくて、気持ちいい……。



「いくわよ!」



 シルヴェスティ様が合図した瞬間。

 背中に激しい衝撃が伝わった。


 荒れ狂うエネルギーの奔流が全身を駆け巡る。

 身体を引きちぎるような痛みが襲う。



「んんんっ! ぐぅッ、ぁぁあ! ぁぁぁあ!」


 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!


「ぐっ、ぁ……、……ぁあ!」

「ヤダッ! いやっ、やめ、やめ、ぅぐッぁぁあ!」

「近寄らないで!」

「くぅ、ぁ!」


 無理、ムリ、むり、むり!


「ハァッ……、あと少し、耐えなさい!」

「うぁぁあッ! もっ、むっ、むり、むり!」

「………ッ、ぁあ! ……ユカリ!」

「と、トラじろ!」



 トラジロウに名前を呼ばれ、応えようと顔を向ける。

 黄金色と、目が合う。

 二人で必死に、耐える。



「もう、終わるわ! っ!」

「ぐっ、んん、ぁぁあああ! まだなの!?」

「あと、ほんと少し、よ!」

「……っ、ぐっ、……!」

「くぅぅああ! も、も、無理っだ!」



 その瞬間、激しい痛みが消えた。

 前に倒れ込もうとしたら、右側に身体を引っ張られた。

 そのまま身体を倒すと、温かい、安心するような、ふわふわの何かに包まれる。



「……終わったわ。アタシができるのはここまでね」

「はぁ……、はぁ……、ん」

「……ユカリ……大丈夫か……」

「ん……、ト、トラジロウ! 戻った!?」

「あぁ」



 痛みも忘れて目を見開いた。

 トラジロウが、元の大きさに戻っていたのだ!

 王者の風格を放つ、ゾウのように巨大な青いトラだ。


 私が包まれていたのは彼のお腹、唯一ふわふわな毛が残る部分。

 こうやって抱きついて顔を埋めて、逞しい脚に抱かれ、尻尾に抱きつき、息を吸って、吐いて、寝るのが何よりの幸せなのだ。



 彼の逞しく、凛々しい顔つきも、あぁ懐かしい!

 寄せられた顔を撫でながら、頬を擦り付けると、大きな舌でペロリと舐められた。

 チラリと見えた太く鋭い牙も、立派な角も、元通りだ。


 お腹の白い毛に顔を埋め、大きな身体をゆっくり撫でる。



「よかったね……、よかったねトラジロウ!」

「あぁ。これで俺は完全ふっ──」

「うっ! ……ト、トラジロウ、トラジロウ!」



 突然、肘を地面に打ち付けた。


 何事かと顔を上げると、なんと小さなトラジロウが地面に転がっていた。


 抱き上げて呼びかけるも、反応がない。

 まさか、もしかして、そんな!



「安心しなさい。気絶しているだけよ」

「よっ、よかったぁ……」



 気が抜けて倒れそうになると何かに後ろから支えられた。



「アナタもよく頑張ったわ。桐谷縁、もう休みなさい」

「あ、シル、べ……さま」

「ん? なぁに?」

「……あり、がと……」

「んふふ、どういたしまして!」



 そうして私は気を失った。





***





 目が覚めたら、そこは風の民のテントだった。


 もうすでに夜らしく、お腹の上からはふわふわ青毛ちゃんのスーピーと気持ちよさそうに寝息が聞こえる。

 テントの外では小さな篝火が燃えているのもわかる。


 取り敢えずあの後の事を尋ねるため、カレタカさん達に会いにいこうとした。


 しかし、起き上がれなかったのだ。


 というか腕や脚を動かせなかった。ちなみに声も出なかった。

 動かせるのは頭や指先など末端部分のみ。

 突然の事態にもちろん超焦った。

 トラジロウを起こすことも助けを呼ぶこともできず泣きそうになった。

 もうダメだと思った時、お盆を持った救世主がやってきたのだ。

 自力で起き上がれない私を太い腕で軽々起こして落ち着かせてくれた。


 そして今、救世主レオンが現在の状況を説明してくれている。



「──っつーこと。オーケー?」

「…………」



 レオンが言うにはトラジロウもさっき起きて、説明を受けると今度は私のお腹の上で寝てしまったそうだ。

 相当お疲れだろうからね。


 あの後、レオンが一人で私とトラジロウを担いで風の神殿から出てきたらしい。

 シルヴェスティ様からみんな退屈してるから気を付けてという伝言を頂いたと。

 なんか危ないニオイしかしないんですけど。

 そして明日の早朝にカレタカさん達がオオワシで街まで送ってくれることになったそうだ。



「ハイ、おしまーい。もう十分だよな?」

「…………」



 しかしだね。

 実は説明がほとんど頭に入ってないし、頭も働かない。


 運んできてくれた食事を全てあーんしながらだったからだ。

 くっそ恥ずかしい。これなんの罰ゲーム。

 一口一口スプーンで掬ってあーんはヤバい。

 熱いからとふーふーしてからのあーんはヤバい。

 なんだコイツ。普通にやってのけるイケメン。

 イケメンだからか。

 そして上手い。一口もこぼしてない。

 慣れてるんですか。これだからイケメンは。


 水が飲みたいです。



「ん、水な」

「…………」



 私の伝えたい事をほぼ汲み取ってくれる。

 口パクは通じなかったけど、目線と表情だけでなんとか意思の疎通ができるのだ。

 言葉が通じない風の民と楽しそうに騒げるのには理由があったんですね。

 すごいです。尊敬するよ、ほんと。



「食べ終わったんなら俺いくわ」

「…………」

「ハイハイ、レオン様に感謝しなっさーい」

「…………」

「なぁに、そんなに俺のこと見つめちゃって〜。まさか俺に惚れちゃったワケ? いひひ」

「……」

「んな顔しなくたっていいじゃねーか! ふぅ……んじゃ、また明日な。オヤスミィ〜」

「…………」



 そう言うとレオンは私の頭をぐしゃぐしゃにしてからテントの外に出て行った。

 見えないけど明らかにこれは鳥の巣。直せない。


 仕方ないから気にしないことにして目を閉じた。






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