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23 風の神殿




 オオワシに乗せられてやってきたのは【風の峡谷(ヴェントーレ)】のさらに奥。


 上空を飛ぶのではなく、細く迷路のように入り組んだ谷底を飛んできた。

 何度も何度も曲がり、オオワシが通過できるギリギリの狭い隙間を縦に横に何箇所も通り抜け、飛んで飛んで飛んだ先だった。



「この先だ。此処から先は歩いていく」

「……了解だ」

「こりゃスゲェな」



 赤や茶色、オレンジ、ピンクなど様々な色の地層がファンシーなミルクレープのように重なり、ぐにゃりと曲がっている。

 地層の隙間から空を見上げれば、雲ひとつない青色との見事なコラボレーション。


 とっても美しく、幻想的だ。

 絵画の中に自分が紛れ込んでいるみたい。

 そんな綺麗な景色を楽しみたいんだけど。



「ユカリ……」

「……ジローちゃんだいじょばない」

「レオン、頼めるか?」

「はいよ。ったく、しっかりしろよなァ」

「すみません」



 思いっきり酔った。

 私は遊園地のコーヒーカップは絶対無理な人間だ。

 乗ったらしばらくベンチから動けない。


 そして風の神殿へのオオワシフライトは、コーヒーカップなんて比じゃなかった。

 私を乗せてくれたオオワシちゃんがめっちゃ申し訳なさそうな顔で見てくるのが辛い。

 君のフライト技術が悪いんじゃなくて、私の耐性がないだけなんだよ。

 ほんとごめんね。




「失礼、します……」


 身長が違いすぎて肩を組めないから、腕に掴まらせてもらおう。

 そうしようとする前に背中と膝の裏に太い腕が差し込まれた。えっ。

 混乱しているうちに身体がぐわっと宙に浮く。

 えっ、これってもしや。



「お姫様抱っこ、お姫様抱っこはやめて、やめて!」

「ハァ? なんでだよ。女の子を運ぶときはこうしろって……」

「あ、ちょ、いいから降ろして! 恥ずかしいからやめて! 私が!」

「っ、へいへい」



 レオンさん最大の譲歩により、私は現在おんぶで運ばれております。

 ヤバいよこれ、ヤバいんだよこれ。

 鼻水大事件の被害者であるレオンさんが着ているのは風の民の民族衣装。つまりめっちゃ露出が多いわけでありまして。立派な背中なんて剥き出しのムキムキでありまして。おんぶしてもらってる私はその逞しい背中にべったりくっついて乗っているわけでありまして。なんかもうやばいんですわ。ってかさ、女子を運ぶ時はお姫様抱っこって考えヤバいね。男前は考え方も違うのね。てかレオンはいろんな意味で男前すぎるよね。さっきの鼻水大事件の時も男前すぎたよね。ほんとあれは感謝しても感謝しきれないっていうか、男前すぎてどうしようっていうかあうあうあ〜。ってかさ、お姫様抱っこは女子の夢じゃん。お父さん以外で初めてのお姫様抱っこはハネムーンがいいじゃん。ウェディングドレスをきてキレーな白い砂浜でチューとか憧れるじゃん。あ、でもよく考えたらお姫様抱っこは女の子が彼の首に腕を回して初めての成り立つものだからさっきのはセーフだ。セーフだよ良かったねユカリちゃん。



「なになに? 俺ってばユカリちゃんのハジメテをもらっちゃうところだったワケ?」

「そういうことになりま……エッ」

「そっかそっか〜。俺、男前だもんね〜」

「……エッ」

「ふぅ〜ん、そっかそっか〜」

「…………」



 エッ。




 私の身長の倍くらいの高さの岩をよじ登り、というか引っ張っり上げてもらい、狭い隙間は頑張って一人で通る。

 そうしているうちに、なんとか一人で歩けるまでに回復した。



「もう大丈夫。ありがとね」

「おう」

「トラジロウ……」



 待ってましたとトラジロウが肩をよじ登り、すりすりと頬をくっ付けてきた。私もすりすり。

 これが一番回復するんです、色々と。




「此処だ」

「ほぉ……!」



 しばらく歩いてようやく目的地にたどり着いた。


 岩壁と一体化したような大きな神殿だ。

 固く閉ざされた大きな石の扉の左右にはオオワシの石像が鎮座している。

 こんな神殿にいらっしゃる風の大精霊シルヴェスティ様は、どんなお方なんだろうか。



「決して声は出さないでくれ」



 風の民の長はそう言うと、スポットライトのように光が差し込む場所に立った。


 腕を広げて大きく深呼吸、そしてグッと身体に力を込めた。

 すると彼の腕が輝きだす。


 五本の指が風切り羽に、二の腕に生えていた羽根が腕を覆い尽くしていく。

 瞬く間にカレタカさんの両腕は、大きくて立派な翼になってしまったのだ!


 風切り羽で祈るように両手を組み、そのまま親指辺りに唇を付けると息を吹き込んだ。



 ピュォォォオ……──



 温かい口笛のような音が谷底に響き渡る。

 その音色は壁のヒビ割れに吸い込まれ、峡谷を駆け巡り様々な音程の音となって返ってくる。



「……っ!」



 大きな扉がこちら側にゆっくりと開き始めた。

 扉と地面が擦れる音が手笛の音に重なり、誰かに優しく包み込まれているような気分になる柔らかく心地よい音が響く。


 扉が開ききるとオオワシの石像の前にある篝火に炎が灯り燃え上がる。

 真っ暗な神殿の内部の床にも扉側から次々と火が灯った。

 それでも中の様子は真っ暗で全く見えない。



「さぁ、入ろう。決して魔法は使わないでくれ。そして道から外れないように」



 真っ暗な神殿の中に浮かび上がった、幾つもの小さな灯りで示された道を歩く。

 先頭のカレタカさんとメルロさんは迷いなく進む。


 すごく怖い。

 火が照らす足元以外は真っ暗ですぐ後ろにいる人の顔すら見えない。


 たまにお腹に響くような低い音が聞こえるし。

 もしかしたら風の大精霊様をお守りする大きな獣が住んでいるのかもしれない。

 これがお腹の音だとしたら、侵入者を簡単にバクリといっちゃいそうだ。

 物凄く怖いのでトラジロウを抱きしめながらレオンの前を歩かせてもらった。



「良いと言うまで目を閉じていてくれ。なるべく強くだ」



 ある程度進むとカレタカさん達は立ち止まった。

 言われた通り目をきつく閉じていると、急に視界が明るくなる。

 そしてまたあの手笛の音が聞こえた。

 今度は二人分、父と息子の二重奏だ。

 お祭りの時に聞いたのと似たメロディ。


 たったの数フレーズだけだったんだけど聞き惚れるくらい美しかった。

 拍手を送りたくなるのを堪えていると、また視界が眩しいくらいに明るくなる。



「ゆっくり、開けてくれ」

「……ほぉぉ!」

「…………っ、おいユカリ!」



 明るくなって、オオワシ石像と同じように彫られた美しい岩の祭壇。

 そこにはおそらくシルヴェスティ様が座るのであろう玉座が。

 炎に照らされた壁には遺跡とかでよくみる壁画が、他には──っ!



「っぶねェ!」

「……ッ! ッ! や、やッ!」

「ユカリ、レオン、絶対離すなよ!」



 前に出した右足が踏むはずの場所がなかった。

 レオンの腕がお腹に回っていなければ、トラジロウと一緒にぽっかり空いた、底の見えない真っ暗な深い深い穴に紐なしバンジーするところだったのだ!



「あ、ありが、と」

「こーら、ちゃんと周りを見なきゃダメでしょキリヤちゃん。まったく、悪い子なんだから」

「すみません」

「いつもそう言ってるんだが……」



 二人から餅つきの如く何度も額を叩かれる。

 手首のスナップが効いた良いビンタだ。

 お願いもっと叩いて。

 もうそのまま魂に叩き込んじゃって。

 あと何故レオンはオネェっぽいの。


 何度も言うが道を踏み外していたら、奈落の底まで真っ逆さまだったのだ。

 涙と鼻水の件で紐なしバンジーしたいとか思ってたけどやっぱやめます。

 いのちだいじに。


 まさにゲームでよくある仕掛けだしゲームならスイスイ行けるけど、実際自分が歩くとなるとこれ、私には無理だ。

 ここまで暗闇を怖がりながら進んできたけど、下が見えなかったからむしろ暗くて良かったのかもしれない。


 ここの正体を目の当たりにしてしまった今……私は無事に帰れるのだろうか。



「心配ならアタシが送ってあげちゃうわよ!」

「マジかよヤッベェ!」

「えっ、誰! 痛った!」

「バカ前見ろ前を!」

「すいま……っ! すみません!」



 目の前の祭壇にはすっごく、綺麗な、お姉さんが座っていた。



 腰まであるさらさらの薄緑色の髪に、心の奥まで見透かされると思ってしまうほど深い緑色の瞳。

 風の民と同じ露出の多い服を着たお姉さんはツヤツヤの唇の端をあげてにっこり笑う。

 両腕を後ろにつき、ラインの美しい長い脚を見せつけるようにゆっくりと振り上げ、そしてクロスした。

 うはぁセクシー。



「シルヴェスティ様、彼らを連れてまいりました」

「カレタカちゃんご苦労さま! てゆーか、久し振り。こんなオジサンになっちゃって。あ、メルロちゃん元気〜?」

「ご無沙汰しております」

「いいわ、かなりいいわよ。ま、何時も見てるケド。そして結婚おめでとー! エハウィちゃんはこれからす〜ぐ元気になるし。んもぅ、アタシ嬉しいわー!」



 ふわりと玉座から降りてきて風の族長とその息子の肩や背中をバシバシ叩く風の大精霊シルヴェスティ様。

 しばらく世間話を一方的に喋りつづけ、最後にはカレタカさん達に先に神殿の外にいるように伝えていた。



「……では、我々は外で待っている」

「分かりました。ありがとうございます」


 そしてここまで連れてきてくれたお二人は、言われた通りに元来たあの細い道を歩いて行った。



「ふぅ〜……」



 一息ついた大精霊様はふわりと浮かんで祭壇の椅子に座りなおした。


 ……なんか、なんか。

 想像してたのと違う。



「悪かったわね、桐谷縁ちゃん」

「いえそんな! 予想外っていうかセクシー過ぎてむしろ素敵っていうかなんていうかその……ん?」

「なぁに?」

「……!」



 肘をついて首を傾げる姿も、切れ長の目を細め、唇の端をほんの少し上げて、私を見つめるその姿も、何もかも完璧だ。

 見慣れたフェイスペイントはお姉さんの魅力を存分に、これでもか! と引き立てている。



「あはははっ! 可愛いわ! えっとぉ? そこのトニトゥルスがリヴェルの一人息子ね」

「お、おれの名はトラジロウです!」

「話は聞いてるわ。よく消滅せずに済んだわね、ビックリよ」

「はい。本当に幸運でした」

「息子が小さくなってしまった! って、リヴェルが騒いでたわ」

「父さんが!?」

「うふふ」



 美しい弧を描くシルヴェスティ様の肉厚な唇はプルップル、褐色のお肌はツヤッツヤ、そしてただでさえ露出が多い服を纏っているのにそこから更に溢れようとする大きなお胸。

 神殿の炎に照らされて、神がかったセクシーさだ。


 見ているだけで、うおおおお! って何かが騒ぎ出しそう。

 なんかヤバい。シルヴェスティ様すごい。

 この方になら鞭で打たれてみるのも……。

 やっぱなし。痛いのは嫌だ。


 あっ。

 シルヴェスティ様とまた目があった、気がした。

 何だかイヤらしい笑みを浮かべながらプルプルの唇を開く。



「痛みが少ない、音だけの物もあるわよ」

「えっ、そうなん……、私、さっきも口に出てました!?」



 絶対に口に出さないよういつも心掛けている筈なのに。

 まさか、あまりの興奮度に口走ってたりとか……。



「思考を読むなんて、とぉっても簡単」

「えっ」



 つまりは私のさっきのアレも全部、ご本人様に知られたということか。ヤバいこれは恥ずかしい。

 シルヴェスティ様ニヤニヤしながらこっち見ないでください。

 と念じているとなんとウインクされた。

 私の念は本当に通じたんだろうか。

 いやでもさっきの完璧にバレてたし。



「そうねぇ……あら。アナタの隣の赤髪のオトコの子。そう、レオンね。いま彼は──」

「ダァァァア言うな! 言うんじゃねェ!」

「んふふふっ、あははは!」



 耳まで真っ赤になって超焦ってる。

 トラジロウと二人、レオンに視線を向ける。

 何を考えてたの。まぁこの状況でなら大体想像付くよ。大丈夫だよ。うん。ね。



「コッチ見んなボケ!」

「痛った、ん? 痛くない? でもこのヘンタむぐっ」

「んで!? 俺たちを呼んだ理由があんだろ!?」



 瞬間、シルヴェスティ様の雰囲気ががらりと変わった。



「……ッ!」



 物凄い威圧感だ。呼吸ができない。

 どんなに軽く会話をしてくれていたとしても、この方は世界トップクラスの、いや、この世界トップの大精霊様なのだ、と今やっと理解できた気がした。


 フッと威圧が弱まる。


 急いで肺に空気を取り込み吐き出した。

 雰囲気も先ほどのように柔らかくなったし、身体も動かせるようになったけど、まだ肩の力は抜けない。

 鳥肌立ちっぱなしだ。



「証を見せてくれる?」

「証?」

「リヴェルから何か渡されなかった?」

「あ! ……これですか?」



 私が取り出したのは、リヴェル様の鱗の首飾りだ。

 ボードロ盗賊団に捕まった時に縄を切り解いた物だ。

 というかあのリヴェル様を呼び捨てに。


 祭壇の高い所に座るシルヴェスティ様にどうやって渡しに行こうか悩んでいると、首飾りが大精霊様の手に引きつけられるように飛んで行った。

 片手で持ち上げて首飾りを炎に透かし、そしてすぐに私の手の中に引きつけられるように戻ってきた。



「ん〜、本物ね。ま、知ってたケド。

 アタシはシルヴェスティ。風の大精霊よ。

 【風の峡谷(ヴェントーレ)】を、この世界を守護するモノ。

 さて……アナタ達はこのアタシに、何の用?」






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