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1 ふわふわ青毛と始まりの街




「着いたー!」



 最初の街に到着した。

 一つ目の目的地【風の峡谷(ヴェントーレ)】に一番近い街だ。



 まるで西部劇のような街並みに心が踊る。

 といってもあんまり知らないんだけどね。

 多分そういうイメージだ。


 活気溢れる通りが街の奥の方まで伸びている。

 昼時だからか通り沿いに並ぶ屋台。

 主人の元気な呼び声があちこちから聞こえてくる。

 歩き方にスキップが混じりはじめちゃう。


 うぉぉおテンション上がってきたぁぁ!



「す、凄い! ほら見てダチョウが!」

〈人間のすみかは騒がしいんだな〉

「トカゲが火、火ぃ吹いてるよ見て! あれめっちゃ美味しそうじゃない!?」

〈ユカリ。危ないから落ち着け〉



 現代日本では絶対に見ることのない光景だ。


 昼時の大通りをゆっくり馬車が行き交い薄っすら砂埃が舞っている。空気が砂っぽいけどマフラーで口を隠せば大丈夫そう。

 木製の馬車を引く動物は馴染みのある馬だけではない。なんと大きくてふわふわな、ダチョウみたいな鳥も引いているのだ。異世界すごい。


 というか大きな道路がアスファルトで舗装されてないこと自体、日本じゃない感たっぷりだよね。



〈行くぞ〉

「私、外国って初めてなんだよね!」

〈この世界はどこもそうだろ〉

「君もでしょうに」

〈……ふん〉

「くふふ」



 ぽんぽんと頭を叩かれて早く行こうと急かされた。

 肩に乗る彼はいつも通りに落ち着いているように見える。

 故郷から出たことないのは一緒なんだけど興奮中の私とは対照的だ。



 トラジロウは何かとアニキ風を吹かせる。

 理由は簡単、私より何倍も体が大きかったからだ。

 今ではこんなに小さくてこんなに可愛いのに。

 お兄ちゃんらしく振舞う姿はかなりキュンとくる。ふへへ。


 スマートにしているけど心の中では好奇心が爆発しているはずだ。

 肩から少し身を乗り出してるし、ヒゲはピンとしているし、金色のお目目もふわふわな黒耳もあっちこっち向いている。

 チラリと目を向けるとお澄ましお兄さんに戻るところもまた可愛い。



 可愛いトラが街中で喋ると目立つ。


 ということで、人前ではトラジロウと念話をする事にしている。


 そしてなんと!


 念話を使うと副音声みたいなのがニャウニャウ聞こえるのだ!

 これがまた(略)


 ちなみに私は念話を使えないので声に出して会話だ。

 つまり側から見たら街中で猫に話しかけているヤバい女。

 いま隣のおばさんから変な目でチラチラ見られてる。


 だがしかし、こんな事でへこたれる私ではない!

 グッと拳を握り締めれば、お腹に住む虫がグルルと鳴いた。



「…………ねぇ」

〈まずは腹ごしらえからだな〉

「うん!」






******






「あんまり進まないね」

〈渓流を上れって聞いただけか〉



 沈み始めた太陽は地表が剥き出しの山肌を赤く照らしている。

 反対側の紫色の空は徐々に暗くなってきた。


 私達は一つ目の目的地、【風の峡谷(ヴェントーレ)】についての情報を集めている。


 情報を集めると言ったら酒場がセオリー。

 という適当な考えでこの街の酒場巡りをしているのだけど。

 もう無理疲れた、もう寝たい。


 店に居る人は昼間から飲んでる強面のオジサンばっかり。

 教えてくれる情報は何処も似たような物ばっかり。

 そして何よりお酒臭い。うへぇ。


 なんともう三軒も回っている。

 三軒目で弱音吐くなとか言わないで欲しい。

 いや、ホントに。マジで。



「どこもお酒臭いのは何とかならないの……」

〈それは無理だろう。酒場だからな〉



 歩きながらノートをぺらぺらまくり内容を確認する。

 ちなみにこれは私の異世界召喚に巻き込まれた物だ。

 他にも色々あるけど、持ってきたのはスマホやノート、身嗜み道具など。

 必要ないものは勿論島においてある。




 【風の峡谷(ヴェントーレ)


 峡谷という言葉通り、某合衆国にある大峡谷グランドキャニオンのような風貌だ。

 広大な赤い荒野に、風の侵食や風化によって切り立った巨大な崖が幾つもそびえている。

 グランドキャニオンは面積が東京二個分あるらしいけど、それといい勝負ができるかもしれない。迷子になったら死ぬ。それがリヴェル様の背中から眺めたときに思ったことだ。


 ちなみに偉大なるドラゴンは何やら忙しいらしい。

 私たちを送ってくれるのはこの街の近くまでという約束だった。

 ここからはトラジロウと二人で頑張ります。




 風の峡谷の何処かに四大大精霊の一人、風の大精霊シルヴェスティ様がいる。

 風の大精霊様に魔力回路を治療して貰うのだ。


 そのためにはまず風の大精霊様を守護する部族、風の民に会わなくてはならない。


 彼らは巨大な鳥と共に空を舞い、狩りをして暮らしている。

 広大な峡谷の谷川の源流域にいると言われているらしい。



〈もう少し回るぞ〉

「え〜……もう疲れ、いたっ!」

〈このスカポンタン! 時間がないのはお前も分かっているだろう〉

「っ、すみません」

〈仕方ない。もう酒場はやめるか〉

「ええそうしましょう、ぜひ!」



 ノートをぱたりととじて、歩きながら鞄を開けてそれをしまおうとした。



「おっと」



 突然脚が何かに引っ掛かる。

 落ち着いて体勢を整えようとしたのだけど。



「うぁ、あ!?」

「ユカリ!」



 引っかかった足先から、ぐわんと持ち上がったのだ。

 まるで誰かに引っ張り上げられたみたいに。


 両手が塞がっているため、突然の事に上手く体勢を立て直せない。


 なす術もなくそのまま空中で一回転、背中からドシンと盛大に叩きつけられた。

 一体何が起こったんだ……。



「いっててて……ヤバッ!」

「バカ!」



 顔面を打つことは何とか避けられたけど、鞄の中身が路地裏の道路に散乱している。

 やばいやばい、見られたらやばい。

 しかし、そんなことよりも!


 金貨をぶちまけてしまっていたのだ!



「お前も早く拾え!」

「うん!」



 彼方此方に散らばった大量の金貨を拾い集める。あっちにも、こっちにも、あんなところにも落ちている。


 もう現金のお支払い方法はほぼ完璧だ。

 適当に銅貨や銀貨を出しておけば何とかなる。


 そしてこの街ではまだ一度も金貨を見たことがない。

 銀貨が一万円札ポジと予想してるんだけど、その上の金貨は全く予想がつかない。


 誰かに目撃されて大変なことになる前に拾わねば!



 トラジロウも脚で集めて手伝ってくれているのだけど、量が多すぎる。

 ちまちまと拾うことしかできないので手こずっていると、少し離れたところにスマホが落ちていた。



「スマホ!」



 金貨を拾うのを一時中断して真っ先にレスキュー。


 息を吹きかけて付着していた砂を落とし一拍おいてからボタンを押した。


 スクリーンはパッと明るくなってロック画面

 (トラジロウと妖精たちのキュートな寝顔@春の光が降り注ぐお花畑)

 を映し出したウフフ。



「よかった……」

〈こっちにもあるぞ!〉



 急いでスマホを鞄にしまって金貨拾いをスタート。

 あぁ、トラの手だけでなくてネコの手も借りたい! 



「手伝いましょうか?」

「お願いします! ……えっ」

「此方にも落ちていましたよ」



 思わず返事をして振り返るとそこには身なりの良い服装をした、物腰の柔らかそうな男性が立っていた。

 見られた、カツアゲ、殺される。

 一人静かに脳内パニック。


 しかし私より歳上の彼は感じのいい笑顔を浮かべると、地面に膝をついて静かに金貨を拾い始めた。


 よくよく考えろ桐谷縁。

 これ以上誰かに見られる前に、彼一人に手伝ってもらって金貨を拾い集めるべきだ。


 よし!

 高そうな服に砂が付くのを気にしない親切な彼にお礼を言って作業に戻った。







「ありがとうございました。お陰で助かりました」

「いえ。ただ困っている人に手を貸しただけです」



 ぱたぱたと丁寧に服に付いた砂を払う彼に頭を下げた。

 柔らかな笑みを浮かべて優しくそう返してくれた。

 そしてすぐに光沢のある黒い高級そうなローブの裾を丁寧に叩く。

 本当に申し訳ないです。



 なんとか全ての金貨を拾うことができたのだ。

 大きな巾着袋を鞄の一番奥底にしまってふぅ〜とため息をつく。

 これでようやく一安心。



 この金貨はリヴェル様から頂いた旅の資金だ。

 古黒竜の住居である大神殿の、金銀財宝の山のほんの、ほーんのちょっぴりの一握り。

 キラキラ光り輝く物が大好きなリヴェル様の寝床の材料だ。


 軽く腰を入れて鞄を持ち上げ、肩に掛ける。

 すっごく重くて肩が凝りそう。



 しばらくして服装を整え終わった親切な彼。

 にっこり笑って私達を見てきた。

 その視線は頭の上にいるトラジロウを向いている。

 うん。可愛いから見ちゃうよね。



「あの、何かお礼とか」

「そんなの必要ないですよ」

「え、でも……」

「ならば少し質問しても?」

「あっはい。なんでも聞いてください」

「この帳面に書いてある文字は何処の言葉なのですか?」

「あっ! ……っと」



 ニッコリ笑って尋ねてきた彼の右手。


 そこにはなんと、私のノートがあった。


 ……勝手に中身を見たのか。

 ちょっと非常識なんじゃないのかね。



 世界から来た事を他人にベラベラ喋らない方が良いとリヴェル様に忠告を頂いている。

 もちろんここの世界の文字は日本語ではない。


 でも何でも聞いてねって言っちゃったし早く答えないと怪しまれるよねンァァァア!



「あっ、えっと、……()ッポーンです。

 私達、そこから来たんです」

()ッポーン? ……初めて聞く名前ですね」

「はい。あんまり知られていないみたいで」

「場所は?」

「東の方にある、……小さな島国です。

 えっと、あ、鎖国という政策のせいで外国との繋がりがほとんどありませんから」

「ほう……」



 ()ッポーン。

 「ニ」にアクセントがある。

 というかそこだけ声が裏返ってしまった。


 一から嘘を創り上げるのは私には少々無理がある。

 きっと大丈夫だ。嘘は言ってない。

 とはいえバレていないかな、心配だ。


 恐る恐る男を伺う。

 ノートをぺらぺらと捲り、指の腹で紙を撫でていた。



〈気をつけろ……〉

 にゃう……。



 男を睨み付けているだろうトラジロウの言葉に小さく頷いた。


 不自然さを感じさせない程度に鼻のあたりまでマフラーを上げる。

 吹き替え映画みたいな違和感のある口の動きをこの男に見られるのはマズイ気がした。


 一方、男は警戒する私達を気にも留めていないらしい。

 ノートを捲りながらぶつぶつと独り言を唱えている。怖い。

 聞き取れないからもっと怖い。



「それ、返して貰ってもいいですか?」


 男の質問にボロを出さない自信がない。

 早くこの場を離れたくて思い切って声をかけた。

 男はゆっくりと顔をあげる。



「その猫……、何か変なものを感じますね。

 それに、貴方からも」

〈……っ、おれは、!〉


「な、何言ってるんですかぁ。

 私の国にはたっくさんいる、とてもポピュラーな生き物ですよ。ね、トラジロウちゃん。

 そしてこの子はネコじゃなくてトラです」

〈わかったか!〉

「トラジロウ、いくら知らない人でビックリしたからって威嚇したらダメでしょ。メッよ、メッ。

 お兄さんスミマセ〜ン、あはは」

「…………」



 これは我ながらクソウザい。


 というか気を付けろといった本人が反応してどうするの。

 まぁ、トラジロウがネコって言われてキレるのはいつも通りだ。



 それにしてもこの男、もしかしてトラジロウが精霊だと見抜いてしまったのだろうか。

 変な物を感じると言っていたし。

 私達をみるお兄さんの目が何となく気持ち悪い。



「なるほど、そうですか……。

 それに、貴方の瞳の色。黄金色ですか。

 それも初めて目にします」

「め、珍しいらしいですね。

 でも私の国には人や動物の大半がこの色でして。

 ほら、この子も同じ色なんです。

 だから、ぉお兄さんの色の方が新鮮っていうか」



 頬が引き攣らないようにするのが精一杯だ。


 ちなみに私の虹彩はトラジロウとお揃いの黄金色。

 この世界に来て気付いたらこうなっていた。

 詳しい理由は分からないけど。

 まぁ、カッコいいから気に入ってます。かなり。


 というかノート返して。

 いつまで持っているつもりなの。

 そしてこの子の事をガン見しすぎだ変態め!



「それは角ですか?」

「っ!」



 精霊の雷角に触れようと男が手を伸ばしてきた。

 後方へ飛び退けば、トラジロウも耳を後ろに倒し牙を剥いて威嚇する。


 しばらく無言でガンの飛ばし合いをした。

 といっても男はずっとニッコリしたままだったんだけど。



「……それ、返してください」

「ええ。どうぞ」



 ようやくノートが手元に帰ってきた。

 なんとか切り抜けることができたようだ。


 別れの言葉を言って歩き出そうとした彼は、ふと脚をピタリと止めた。



「そうそう。言い忘れていました。

 子供が一人で出歩くもんじゃありませんよ」

「すみません」

「貴方達も知っていると思いますが、奴らに捕まって売り飛ばされてしまいます」

「う、売り飛ばされる?」



 男の目がねっとりと嫌な感じに鈍く光る。

 気持ち悪い視線を私へ、トラジロウへ向けられて、全身に鳥肌が立った。

 怖いとかじゃなくてマジで気持ち悪い。

 耐えきれなくて思わずゾゾゾッと身震いしてしまった。



「そうです。裏競売に掛けられるでしょうね。特にそのネコ、ここらじゃ見かけません。貴方もです」

〈おれはネコじゃない! トラだ!〉

「……十分気を付けます。あと、この子はネコじゃなくてトラです」

「そうですか」



 この世界には裏競売とかが存在するらしい。

 人身売買とかもやっているのだろうか。

 もし捕まったらバラバラに切り裂かれて、臓器を全部取られてゴミ捨て場にポイ。

 ゾワッと鳥肌がたった。今度は恐怖だ。

 異世界怖すぎる。というか奴らって誰だ。



「では、また何処かで」

「ありがとうございました」



 人の良い笑みを浮かべた男はそう言うと、私の横を通り抜けて歩いていった。

 私も男と反対方向に歩く。

 曲がり角で振り返ると、男はもう居なくなっていた。






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