17 風の里へ
「──、それで〜、鳥をあやつれるらしいのよぉ! それもみーんな黒いとりなの。だからそこらへんにいるカラスもくろがらすの子なのかもしれないってワケ〜。……それでさぁ〜、それ聞いてからアタシ、カラスが大好きになっちゃってぇ〜! んん、それでさ、カラスってほんとかしこいのね、ビックリしちゃったわぁ〜。この前──」
〈ユカリ、大丈夫か〉
「ダメ……」
「オイもう止めとけよ。見てみろ小僧が可哀想だ」
「──、かわいそおってなによ! そんな事ないわよねぇボク?」
「も、もう十分です」
「なんですって? まだ半分のこってるわ!」
「そんなに!?」
「聞いてきたのはアナタよ。ぜぇんぶ聞くまで帰さないんだからぁ!」
「お、お兄さぁん!」
「小僧……、耐えろ。これはギルドの洗礼だ」
「そんなぁ〜!」
お兄さんはぐっと拳を握って私を励ますと、さっと元の向きに戻ってしまった。
彼の仲間も私に同情の目線を送ってくれたけどすぐに忘れてお喋りスタート。
ついに見捨てられた。
安全装置の外れたマシンガンが再び火を吹こうとしたとき。
「おーおー、待たせたなァ」
そこに赤髪の救世主こと噂の赤獅子本人がやっと、やっと現れた!
何故か眉間に深いシワが寄っててものすっごく不機嫌そうだ。
しかし! そんな事など知らん!
「キリヤ! テメー俺を置いてお姉さんとなァにベタベ──」
「レオン! やっと来てくれたねほらお姉さん赤獅子来たよ!」
「え、何」
「えっ本当!? ……て、あのあかじし様がこんな坊やなワケないじゃない!」
「ア? テメェ馬鹿に──」
「でもぉ〜! いやーんステキー!」
「エッ」
どストライクだというイケメンが来てお姉さんの拘束が緩んだ。
その瞬間を逃さず、さっと抜け出してもう一つの椅子に緊急避難。
背中よりもさらにふわふわな白毛のお腹に顔を埋めて、ガリガリ削がれた精神力を少しずつ回復していく。
はぁ、癒し、トラジロウちゃん大好き結婚しよ……。
「ねぇこれから二人でクエストでも一つどう?」
「はっ? エッ。ちょ、キリヤ君? わっ、オイひっつくな!」
「トラジロウ、セラピー、これぞ我が癒し……スー……はぁ」
〈よしよし。はい、深呼吸〉
「いや、い、いかねェよ誰だおまえ! オラキリヤいくぞ!」
******
「──つまりはよォ、いきなりああいう事するのは良くないんじゃねェかって、俺は思うワケ。なぁキリヤ?」
「すんません。はぁふ……」
〈そろそろか。おい、ユカリ〉
「……ん、んん!? ちょっと降ろして!」
「ちょ、いきなり暴れんなボケ!」
「お尻はやめてください」
気付けば精神安定を司る精霊を抱っこしたまま何故か知らないけどレオンに担がれていた。
トラジロウいわく、あの後レオンはお姉さんの誘いをきっぱり断って、というか、むしろ逃げるようにギルドを後にしたらしい。記憶にございません。
というかこの筋肉男はお姉さんからそういうアピールを受けて嬉しくないのかね。
あっ、もしかしてあれかな。
イケメンな俺には女の紹介なんていらないんだぜ、みたいな。ひぇぇ〜。
あっごめん動かないから尻を押さえないで。
「ふ〜……」
〈大丈夫か?〉
「うん、ありがとうねトラジロウ」
〈ああ〉
必死の訴えにより道の端に降ろしてもらえた。
簡単に身なりを整えて、大きく伸びをして折り曲がっていた身体を直す。
すると腰にズキンという痛みが。手をグーにして腰をグリグリ。
ちょっと電気を流せば、あー、気持ちいい……。
あの超重量級筋肉系男子は肩幅広いし、ガッチリしてるから俵担ぎされても安心感はある。
あるんだけど、顔面から地面にダイブの可能性を考えるとさ、鳥肌が立っちゃうよね。
「で、なんだっけ」
「なにィ〜? テメェ俺の話聞いてねェってか?」
「う、うんん、すごくちゃんとまじめに聞いてました! ゴメンネ!」
「ったく……へへ」
眉間にしわを寄せたレオンに手を合わせて謝った。
するとニヤリと悪そうな何かを企んだ顔で笑いかけられた。
なにかご用ですか。
口の端をくいっと上げたまま、長い脚でゆっくりとこっちに近づいてきた。
カツン、カツンと革靴が音を鳴らす。
な、なんか嫌な予感がするんだけど。
彼の気配に押され後ろに下がるも、数歩で壁に背中がぶつかった。
あたふたしている間に目の前に来てしまった。
なに、なに、なに、なんなの。
青緑の瞳からはうまく感情を読み取れない。
プロレスラーのような筋肉男に見下ろされ、トラジロウをきゅっと抱きしめる腕に力が入ってしまう。
そんな私を見てレオンさんはクスリと笑うと、内緒話をするようにゆっくりと耳元に口を寄せてきた。
「俺はただ謝って欲しいわけじゃねェんだ。なぁキリヤ、ちょっとばかし……
おいなんで逃げんだよ!」
思わず突き飛ばして、というか私の力ではビクともしないので隙間から抜け出して距離を取った。
低く呟くように言われてちょっとゾゾゾって。
んひー、耳が、ホァァアって!
ゾワゾワが残る耳を擦ってその感覚を揉み消した。気色悪い。
目の前で睨みつけてくる赤獅子さんはなんて言ってたっけ。
ただ謝るだけじゃダメって?
……ん、ちょっと待て。
そういえばあのお姉さんは、赤獅子の正体を知っている人は誰もいないって。
でも私は知ってる。
こ、これは【異世界の知ってはいけない事実】の一つだったり……。
目の前にいらっしゃるご本人の目は鋭く細められていて。
まさか、そういう事なのか。
「……、レオン」
「んだよ」
「ごめんなさい! あなたのことは誰にも言わないからお命だけは見逃してください」
〈っ、お前ユカリに何する気だ!〉
トラジロウが私と赤獅子の間に飛び込んで戦闘態勢に入る。
ダメだ、そんな有名な人に勝てるわけないんだから許してもらって早く逃げた方が。
おろおろしながらその問題の赤獅子本人様を見ると、意味がわからないと言うように頬っぺたを指でぽりぽり掻いていた。あれ?
「えぇ〜っとぉ? 何言ってんの?」
「え……。赤獅子の正体を知ったからには、……口封じのために死んでもらうぜって」
「ブフッ! 何だそれ! ギャハハ、おま、ゲッホ、ゴッホ、あー、ひー、ひー、ゲホッゲホ」
いきなり大爆笑された。えっ。
笑いすぎて壁に手をついてゲホゲホ咳き込んでいる。
「…………」
《…………》
警戒を解いてするすると私の肩の上に戻ってきたトラジロウと顔を見合わせた。
あまりにも酷くむせてるので背中をさすってやると徐々に咳は落ち着いてきた。
「はぁー、はぁー」
のに
「……ブフッ! だっはっはっは!」
私と目が合うと噴き出してゲラゲラ笑い出す。
ごめん全然面白くない、全然面白くないから。的違いな発言したっていうのはよくよく分かったから。
だからいい加減笑うのやめてください!
見られてる! 見られてるの!
あぁぁむかつく!
そんなこんなで約束の場所に到着した。
目印と太陽の位置からしてまぁ丁度良さそうな時間だ。
「ルシーハ君、お疲れさま〜」
「クァ〜」
「レオンもね」
「も、ってなんだ」
「気をつけてね〜」
「クェェ!」
私達をここまで乗せてくれた、ルシーハ鳥という大きくてふわふわなダチョウを見送った。
お店で借りたルシーハ鳥は、距離が離れていても自分でお店に帰れるらしい。すごいね。
行きの疲れを感じさせず、元気に鳴くと軽快な走りで去っていった。
たった一羽で女子高生とトラと超重力級筋肉系男子を乗せたなんて。
ほんとお疲れ様でした。
「んじゃ、笛吹きます!」
「おう」
「……、いいぞ」
ゴソゴソと胸元から笛を引っ張り出した。
何かの動物の角らしきもので作られた笛を、トラジロウとレオンに見せて了承をもらう。
青トラちゃんが耳を塞いだのを確認してから吹き口に唇をつけた。
ああ緊張してドキドキする。
遠くにも聴こえるように、変な音が鳴らないように。
大きく肺を膨らませて息を吹き込んだ。
──ピュィィィイイ……
甲高い音が荒野に響き渡る。
おそらく十秒ほど経った後だ。
──ピュォォォオン
聞き覚えのある声が笛の音に呼応するように空に鳴り響いた。
「あそこだ!」
いち早く気付いたトラジロウが指し示した空を見る。
巨大な赤い岩山、【風の峡谷】の彼方から黒い影が三つ、此方へ向かってきていた。
その影はみるみる近づいてきて、大きな鳥となり、急降下を始めた。
空高くから真っ逆さまに落ちてくる三羽の黒い影。
大地に衝突する寸前、巨大な翼で羽ばたいて急停止した。
巨大なオオワシ達の足下の砂がふわっと巻き上がる。
地上に降り立った三羽のうち、一番凛々しくて立派な中央のオオワシの背から一人の青年が静かに降りてきた。
メルちゃんのお兄さんだ。
インディアンのような衣服を着て頭には立派な飾り羽がついている。
今日はあの大きな槍を持っていないらしい。
お兄さんはメルちゃんと同じ空色の眼に私達を映し口を開いた。
「里へ案内する」