15 ハイ、チーズ!
宿の一階で美味しい夜ご飯をガッツリ食べ終えた。
今回は二人ともお酒の量を自主規制していたので、ただいい気分になっただけらしい。
ほろ酔いっていうのかしらね。
部屋に干してあるズボンとハンカチも回収して、コートを持ち主に手渡して任務完了だ。
私の血の汚れは綺麗さっぱり消え去った。よかったね。
ちなみに、コートの血を落とすときに大活躍した木の実石鹸。
濡らして擦ればまた泡立ち、何度でも使えるらしい。それになんと、森で拾えるらしいのだ!
自然の力ってスゲー!
トラジロウとスゲースゲーと騒いでいたら、なんと未使用のものをご丁寧に袋付きで頂いた。
お礼を言うとハイハイ、とさっきみたいに軽く流される。
どうやらレオンはお礼を言われると照れるらしい。
面白い…………そして、チョロい。
「器用なもんだな」
「まぁね。これくらい簡単だよ」
「ふぅ〜ん」
今は私逹の部屋でチャイナ風セクシーズボンを修復中だ。
太ももの大胆なスリットを魚の骨針と妖精の糸でチクチク。
師匠の奥さん(クマ)の細い縫い目を手本にしてチクチク。
ちなみに持ち物のほとんどが奥さんの手作りだ。器用すぎる。彼女の大きな手には鋭い爪も生えてるのに。
いい匂いもするし、優しいし、あぁ会いたいなぁ……はっ、いかんいかん。
「レオン、受け取ってくれ」
「あ? 何だァコレ」
「ユカリの救出料。依頼って、こうすればいいんだよな?」
トラジロウがこちらを眺めていたレオンに手渡したのは小さな袋。
金貨が10枚入っている。
相場を知らないから少ないかもしれないけど。
レオンは押し付けるように渡された袋を持って、困ったような顔をした。
適当にうんうん頷いて、受け取れ〜、と念を送った。
ふぅ、とゆっくり息をついてレオンは口を開いた。
「いやぁ〜、でもよぉ。仲間助けんのに金なんていらねぇだろ」
「う……むむ」
「べっつに金に困ってるワケでもねェーし」
「じゃあ、おれからの……あぁもう、いいから受け取れ!」
「そーぉ? んじゃ、ありがたく貰っとくぜ。ネコちゃん」
「トラだ」
「くふふ」
尻尾でぺしりとレオンの腕を叩いた。
照れ屋な青トラちゃんはぴょんと跳ぶと私の膝の上に着地。
レオンに背を向け、首筋に顔をグリグリ埋めてきた。
顔を隠しているらしい。可愛い。
でもちょっと私、いま針持ってるから危ないよ。間違っても刺さないけど。
そんなトラジロウをニヤニヤしながら眺めるレオンと目があった。
トラジロウ可愛いねと頷きあう。
「本当にありがとね、赤獅子さん」
「アー、ハイハイ。そう何度も言うんじゃねぇよ」
「へーい」
「さーて、いくら入ってるかなァー!」
ぶっきらぼうに答えてふいっと目を逸らされた。
そして中身を確認することにしたようだ。袋の口を開けて机の上でひっくり返した。
中からじゃらじゃらと出てきたのはキラキラと黄金色に光る十枚の金貨。
「ンン!?」
レオンは咄嗟に大きな手で口を抑えて変な声を漏らした。
え、もしかして。
「足りなかったか?」
「……お、多すぎんだよボケッ! ボードロの懸賞金より高ぇじゃねぇか!」
「え。ちなみに幾ら?」
「小金貨五枚」
「それが妥当な報酬なのか?」
「お尋ね者の盗賊頭となると、まぁそんなもんだな」
つ、つまり!?
リヴェル様に頂いたあの百枚の金貨は……ボードロが二十人分!?
まじか、私そんな大金をいつも持ち歩いてんの? 超金持ちじゃん。というか小金貨ってなに。金貨にも大きさがあるの? 鞄の中のやつ全部このサイズなんだけど。
え、どうしようお腹痛くなりそう。
「って、こんなにいらねーよ! この世間知らずのクソボンボン!」
「わ、私はボンボンではない!」
「アァ?」
「レオン! これはユカリの救出料だ」
「ハァ?」
「俺にとっては妥当な金額なんだ! 受け取ってくれ!」
「トラジロウちゃん……」
きゅん……、はっ。
もうこれは聞いておいたほうがいい。レオンには常識知らずって思われてるからもういいよ。
「おし! そんなに言うなら貰ってやる!」
「ありがとう」
「……あのさ、レオン先生」
「どーしましたか、キリヤ君」
「……すっごく恥ずかしい、んだけど……──」
意を決して、この世界の金銭価値をレオン先生に尋ねた。
まとめるとこうだ。
十枚ごとに「鉄」「銅」「銀」「小金」「金」。
鉄貨一枚は1ゲルト。
ここでは多分百円くらいだ。
そして五千円札ポジションに「小銀貨」。
私たちの所持金は金貨百枚と小銭が少し。
そして金貨一枚は1万ゲルト。
つまりゼロを二つ付けて……金貨一枚、百万円ということだ。
金貨1枚が諭吉さん100人分。
ということは、鞄には百万円の札束が百個。
………一億円だぁぁあ!
どうしようお腹痛くなってきたさっき食べた物出ちゃうよ。
いやでもさっきレオンに十枚渡したから9000万。
……あんま変わらない!
それに、ゼロが一つ増えるから、ボードロが20人じゃなくて200人分じゃないか。なんかもう想像ができない。
リヴェル様、貴方なんて額を渡してくるんですか。というかリヴェル様の神殿には、一体幾ら分の金銀財宝があるのだろう。考えないようにしよう。
無心で針と糸で穴をチクチク。
あぁ、でも現金9000万ってやばいよ……お腹痛い。
「うひょー、ありがてー! いやー、マジすげェな。さすがボンボン。ん、どうしたキリヤ。んな青い顔して」
「いや、ううん。なんでもない、大丈夫!」
「ここ一緒に縫ってるぞ」
「あっ、やだ本当。も〜、あとちょっとだったのに」
「最後まで集中を切らすなよ」
「ハイ!」
「しっかしお前らの常識の無さに慣れ始めた、自分が怖ェよ」
レオンは額に手を当てていた。すまんね。
「そういえばよォ」
「んー?」
「あの取り返した黒い……スマホってのは何なんだ?」
無心でチクチクしていた縫い物から顔を上げる。
レオンは気になってしょうがないという雰囲気を醸し出していた。
そうだよね、やっぱ気になるよね。
言っちゃってもいいかな。あぁ、レオンだしな。
ふわふわ青毛とアイコンタクト。
こくりと頷いたトラジロウが可愛い。
「私の故郷の物だよ。……できた!」
「おめーの?」
「うん、ごめんちょっと待って。トラジロウここお願い」
「ん」
玉結びをして、最後にトラジロウに糸を切ってもらった。
ひっくり返して引っ張って破れないのを確かめる。
指で縫い目をつつっとなぞった。
よし、私にしては上出来!
たたんで鞄にしまい、スマホを取り出して電源ボタンを長押しする。
ベッドに座るとレオンは椅子から身を乗り出して興味津々。
エメラルドがキラキラと好奇心で輝いている。
ぽんぽんと横を叩くとすぐ隣に飛んできた。
「いい? 秘密だからね。人には絶対言わないでね」
「オーケーオーケー。うおスゲェ!」
ぱっと明かりがついたスマホを見てレオンが声を上げる。
ぱっぱと四桁の番号を入力してカメラを立ち上げた。
これが一番早かろう。
腕を伸ばして自分たちにインカメを向ける。
ちょ、レオンやっぱ大きい。入るかな。
膝の上のトラジロウも身体を動かして調整してくれた。
「笑って笑って〜」
「お、おう」
「はい、チーズ!」
カシャっと小さく音が鳴る。
「じゃ〜ん、ほら!」
「スッゲェ何だこれ! 止まってるぜ!」
「写真って言って、そうだね……。その瞬間を一枚の絵にできるんだよ」
私の手の中にある小さなスマホの画面を、レオンは覗き込むようにして凝視した。
「へぇー! じゃあこれカメラか!」
「え、カメラ知ってるの!? あるの!?」
「ほー! あ、やっぱ俺って男前なのねー!」
「そっすね」
悔しいけど否定できない。
しかし自分で言うか。
いやむしろそっちの方が清々するけど。
腹立つ。
いやそんなことより!
というかカメラあるの!?
白黒、カラー、それともデジタル?
「俺にも貸してくれよ!」
「どうぞ!」
「へへっ、こんなもんか?」
「うわっ。ん、そうそう!」
「んじゃあ、はい、チーズ!」
なんとレオンは私がやった事を一回で覚えてしまったらしい。
画面の丸いボタンを指でタップ。
私がしていたピースもバッチリだ。
そして素晴らしくいい笑顔。眩しい。
というか、カメラがあるってことはもしかして。
スマホ写真を現像できるかもしれないってことか!?
トラジロウアルバムが作れちゃうのか!?
夢が広がるぞこれはー!
電池が切れる前に思い出の写真を現像したいんだけどできるのかな。
できるといいな!
もっと充電器があれば、あっ。
「ごめんもう終わりで」
「えーなんでだよ。もっとやろうぜ」
「電池が。いや、使いすぎると動かなくなっちゃうから」
「そりゃしょうがねぇな」
「また今度ね」
自分やトラジロウや私の写真を何枚も撮っていたレオンからスマホを受け取った。
小さな機械の寿命は残り55パーセント。どんどん減っていっちゃうね。仕方ないか。
撮った写真をスライドさせて一枚一枚さっさっと見ていく。
どれもみんな楽しそうだ。
レオンの自撮りの何枚かが、女子高生のそれみたいだった。
上手い。
斜め上からビミョーに上目遣いでパシャり。
くっ……、悔しいけど男に負けた。
というかイケメンと平凡小娘を比べてはならない。
悲しみを生むだけである。ちくしょー。
お、このトラジロウちゃん流し目が素敵。
あ、やだこれ私目が半開きじゃん。消去だ消去。
おいレオン笑うな。
二枚目にレオンが撮った写真が一番良かった。
長い腕のお陰でいい感じに収まっている。
自撮り棒ならぬ自撮り腕。
私もトラジロウもレオンもみんないい笑顔だ。
お気に入り印をつけてから長押しして電源を落とした。
鞄の奥にしまって再びベッドに戻る。
「くぁぁ……ん」
トラジロウが、くぁっと欠伸をした。
小さくてチャーミングな牙がちらりと見える。可愛い。
くぁぁあ〜。
そして私からレオンに。
なんであくびって伝染するんだろうね。
目に見えないあくび物質の仕業なのかな。
不思議だ。……眠い。
赤ちゃんトラの頭がかくんと落ちた。
その衝撃で、はっと目覚めた。
そして、うとうと〜……、カクン、ハッ。
ヤバい可愛い。
優しく枕元に寝かせてあげると丸まって寝息を立て始めた。
両手で顔を隠して「ごめん寝」だ。
めっちゃ可愛い。
無音カメラを起動させてパシャり……の欲望を抑えて、指先を動かして蝋燭の火を消した。
鼻筋を優しくなでると気持ちよさそうにむにゃむにゃ。むふふ。
これこそが我が至福のひととき。
あぁ……可愛い……。
「さーて寝るぜ!」
「うわちょ!」
どんと突然背中を押されてベッドに倒された。
そして太くて硬い腕がお腹に回る。え、え。
トラジロウを起こさないように小声で叫んだ。
「ちょっと、自分の部屋で寝てよ! 汗臭い!」
「いーじゃねーか。今日は頑張っちゃったし俺ぁ疲れてんだよ」
「いや部屋隣だしさ、もうちょい頑張っちゃわない?」
「つべこべ言わずに大人しくしやがれ」
「いや本当、マジないから」
「んじゃ、おやすみー」
「ちょ、この変態、いい加減に……レオン?」
嘘だろコイツマジで寝やがった。
いや、ないわ。マジで。
……ぐっ……。
……抜けない。
………………。
もう寝てしまえ。
下手に動いてトラジロウを起こすのは嫌だ。
もうどうなっても知らんぞ。
ふわふわ青毛の精霊を抱きこむように横向きになった。
これこれ、この寝方だよ。
トラジロウちゃんの匂い……落ち着く。
レオンも相当疲れていたようだ。
それにしても今日のことは本当に感謝しても仕切れない。
お腹に回る太い腕のかさぶたをつつつとなぞった。
「今日はお疲れ様、ありがとね。……おやすみ……」
明日はメルちゃんに、風の民に会えるのか。楽しみだなぁ。
あくびをひとつ。
一日ぶりに一緒に寝るふわふわトラの優しい温もりと、後ろの高めな体温の心地好さ。
その二つに当てられて、眠気と疲労がどっと押し寄せてきた。
イケメンに後ろ抱きにされるだなんて、絶対眠れなさそうだと思っていたのに。
目を瞑ってからすぐに落ちていったのだった。