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10 ボードロ団長




「あのォ〜、二人とも。早く逃げようぜ」


 トラジロウとの再会の感動を分かち合っているとレオンにストップが掛けられた。

 そうだ、ここは敵の本拠地だ。

 早くメルちゃんを連れてここを出ないと。



「んで、その子は誰なワケ?」


 レオンは私の後ろに隠れるメルちゃんを指差した。

 背中の小さな女の子はキュッと私の服を握る。

 そうだよね、こんなに大きい超重量級筋肉系男子に指差されたら怖いよね。

 トラジロウと抱きしめ惚けててごめん。

 というかレオン、人を指差すんじゃない。


 メルちゃんを安心させるように優しく腕を回し、目の前の二人を紹介した。

 怖い人じゃないと知って安心したらしい。

 メルちゃんは強張っていた身体の力を抜いていった。



「チビ、お前よく頑張ったな。俺が来たからにはもう大丈夫だぜ」

「きゃぅ……、……えへへ」



 レオンは片膝をつくとニカッと太陽みたいに笑って、私の影に隠れるメルちゃんの頭をガシガシと撫でた。

 小さな子はビクッと体を固くしたけど、すぐに嬉しそうにレオンの手にすり寄って小さな花のように笑った。



「……っ!」



 レオンはその破壊的な可愛さにハートを撃ち抜かれたらしい。

 片手で口元を押さえて悶えている。

 不意に緩んだエメラルド色の目があって、どちらともなくゆっくりと頷きあう。

 心で通じ合った。だよね、だよね。

 やっぱりそうなるよね。メルたんマジ可愛い。

 心のフィルムに焼き付けた。



「しゃべるネコちゃん!」

「おれは、……むぅ」

「ふわふわだぁ〜」



 だんだん自分のペースを発揮しだしたメルちゃん。

 勢いよくトラジロウに抱きついた。


 さすがのトラジロウもメルちゃんにはトラだ! と強く訂正することはできなかったらしい。

 仕方ない、と好きな様に撫でさせる事にしたようだ。

 そして満更でもなさそうである。

 二人とも可愛すぎる。心のフィ(略)。


 合流してから三分も経っていないのに、私たち三人ともメルちゃんに骨抜きのメロンメロンに。可愛いは正義。



 鉄格子に触れないように気を付けながら牢屋から出て、メルちゃんと久しぶりの自由を味わう。

 レオンが焼き切った鉄の檻の断面は未だに赤熱していて、どれだけ高温だったのか伺えた。

 さっきは超熱かったし危なすぎる。

 背中、火傷してないといいけど。



「メルちゃん、苦しくない?」

「くるしくなーい!」



 机の上の鞄を取り戻し肩から掛け、メルちゃんをおんぶして準備完了だ。

 レオンに手伝ってもらいながら、マフラーをおんぶ紐のように使い背中に固定した。

 家庭科の先生によれば幼稚園児はおよそお米二袋分の重さらしい。

 私の腕で五歳児を抱っこして走るのはさすがに無理があります。



「おねぇちゃん〜」

「んふ、んふふ」

「ユカリ……気持ち悪いぞ。顔が」



 メルちゃんは私の首あたりに顔を埋めている。

 柔らかな桃色の髪がさわさわと首筋に擦れてくすぐったい。

 胸に何か熱いもの(人はそれを萌えという)がこみ上げてきて不覚にも声が漏れてしまった。

 顔が気持ち悪いというのは酷くないか。

 せめてキモいって言ってください。


 今はメルちゃんを任せられるような信頼できる人はいない。

 ここで一人で待っていてもらうなんて持っての他だ。

 という事で一緒にいた方が安全という結論が出たのだ。

 ちゃんとメルちゃんにもオッケーをもらってある。

 全力で守るから大丈夫だ。



 トラジロウとレオンには出くわした敵を全て片付けてもらう。

 私は杖無しでは戦えないのでメルちゃんの護衛係だ。

 いざとなったら当然やるけども。

 そして早くアイツから杖とスマホとナイフの三点セットを取り返さないと。



「メル隊員、しっかり掴まってください。準備できましたか?」

「できました!」

「おし、行くぜ」



 レオンはこのまま団長ボードロも捕まえてしまう予定だそうだ。

 ボードロの元へは私が道案内を買って出た。


 団長の元には必ずあのエセ善人、ゲマインがいる筈だ。

 私はゲマインとはうんざりするほど一緒にいたので、不本意ながらあいつの気配が特定できる。不本意ながら。

 それに私の持ち物を三つも持ってるからね。それを辿れば簡単だ。

 ここを襲撃するときトラジロウが雷魔法であの爆発を起こしたため、アジト周辺には彼の電気が充満している。

 それを利用すればさらに精度も上がるはずだ。

 しかしそれも時間が経てば経つほど薄れていってしまう。

 なるべく急いだ方がいい。


 というか、青トラちゃんと逸れた時もこうすればよかったんじゃん。アホか。



「そこ左!」

「わかった!」



 まるで大きな蟻塚のようなアジトの中を立ち止まらずにゲマインの気配を追いかける。


 途中で現れる敵は前のトラジロウと後ろのレオンがばったばった薙ぎ倒していく。

 二人とも団員が死なない程度に手加減してくれているようだ。


 皆殺し! 斬り捨て御免! なんてことになったらメルちゃんと私の情緒教育に多大な悪影響を及ぼしてしまうので本当にありがたい。

 トラウマになったら最悪だ。

 それに私、スプラッタ映画は嫌いです。



「きゃははは! トラちゃんすごーい!」



 しかし、なんとメルちゃんはこの状況を楽しんでいるようだ。

 私の言葉をしっかり守ってしがみ付きながらきゃっきゃと笑っていた。

 異世界の子は逞しいのね。



「外だ!」



 気配を追った先で辿り着いたのは、太陽が照りつける荒野。

 目の前には誰もいない。

 ここより先はトラジロウの電気もさらに薄くなるし、集中力も切れてきた。

 これ以上は少々キツい、かも。



「おねぇちゃん、あそこ!」



 メルちゃんが指差す方を見ると、アジトの影に馬車が見えた。

 丁度、三台の馬車がゆっくりと走り出したところだ。

 そして!



「きょ、巨大トカゲ!」

「アレは荷竜っつーんだ! オラ走れ!」



 馬車なのだけど、引いている動物は馬ではなかった。

 イグアナに似た、大きな茶色いトカゲだ。

 私が三人くらい背中に乗れそう。

 レオンによれば荷竜というらしい。

 だとしたら荷竜車か。


 私達に気付いたゲマインはスピードをあげろ! と声を裏返らせて叫んだ。

 御者が太い鞭で大トカゲ達の背中を打ち、トカゲがいななき速度を上げる。


 あれでは追いつけたとしても止められず、逃げられてしまうかもしれない。

 それなら!



「《風の大鎌》!」



 タイヤをちょっと切ってパンクさせれば止まるはず!


 魔力を込めた左腕を振り抜くと、風切り音と共に鋭い風の刃が飛び出した。


 それはブーメランのように回転しながら、思い描いたコースをなぞるように飛んでいく。



「《炎の球(ファイア・ボール)》!」



 ゲマインが杖を振り、炎の球を飛来する刃に向けて放った。

 しかし風の刃は消えることなく炎を切り裂き、荷竜車へと向かって行く。


 アジトの周囲に沿うように進んでいた三台全ての馬車の片側の車輪を真っ二つに斬り裂いた。



「あ、あれ?」



 車輪を破壊され、突然バランスを失った猛スピードの荷竜車がガクンと大きく傾いた。

 前輪部が地面と接触し、前転するように宙を舞う。


 後ろの車もバランスを崩したり、岩に衝突したりして、全てが荒れた大地に激突してしまった。


 激しく砂埃を巻き上がり、視界が砂に覆われる。



「…………おぉん」



 プチ・アクション映画のような事故が、目の前で繰り広げられたのだ。



「きゃぁー! おねぇちゃんすごい」

「キリヤ、オメー意外とやるじゃねェか!」

「……ふ、ふん! まぁね!」



 タイヤを切り裂いて止まるのは、ゴムタイヤだけということをすっかり忘れていた。アホか。


 木の車輪を切ったらそりゃ倒れるわ。

 焦るあまりうっかりしてしまった。

 でも結果的にはオッケー! ……なはず。



 ひっくり返った大トカゲたちは何ともなかったかのように、のっそり立ち上がると広い荒野の何処かへ走り去っていった。

 本当に申し訳ない。無事そうでよかった。



「ユカリ、杖無しで魔ほ──」

「ちょっとなら平気だよトラジロウ。あ、見て!」



 砂埃が晴れると、ふらふらと立ち上がろうとするゲマインが見えた。

 馬車が倒れる前にギリギリで飛び降りて、事故には巻き込まれなかったのか。


 元宮廷魔導師は魔法の杖を支えにして立ち上がる。

 彼の杖は魔法使いの杖と言われて最初に想像するような、肩まである長いタイプだ。

 自分の杖があるなら私のを返して欲しいんだけど。



「……糞が! お前たち、出てきなさい!」

「おーおー、こりゃまた随分ご立派なお出迎えで」



 声を上擦らせて叫ぶと馬車から団員たちが出てきた。


 簡単に数えて三十人くらいだ。

 しかし殆どの団員たちはよろよろと、地面に突いた棍棒や剣を支えに立っていた。私のせいか。

 これなら人数は多いけどすぐに片付けられそうだ。トラジロウとレオンが。



「ボードロ盗賊団員さんよォ。痛い目遭わないうちに、大人しく捕まっといた方がいいんじゃなァい?」



 レオンがかったるそうに鞘に入ったままの剣を右肩に担ぎあげた。

 この場にいる全員に聞こえるように声を張り上げる。



「ところで。ボードロは何処にいるんだ?

 まさか部下が戦うってのに出てこねェ、とんだ腰抜け野郎だったり?」

「ちょっ、レオン! あんまり挑発しな──」


「誰が腰抜け野郎だとォ!?」

「ひっ」



 上から野太いガラガラ声が聞こえた。


 声の方向を向くとボードロ盗賊団、岩の要塞(アジト)の天辺に大きな大きな人が仁王立ちしていた。

 太陽光の逆光のせいではっきりと見えないけど、その巨大な黒い影はトゲトゲした大きな棍棒を肩に担いでいる。


 その声と影を見た団員たちが途端に威勢良く騒ぎ出した。



「団長! 団長だーッ!」

「お頭ァ! こいつらをぶっ殺してくだせぇ!」

「ボードロ団長! 締めてやりやしょう!」


 その黒い影の主がボードロ盗賊団、団長ボードロなのだろう。


 盗賊頭はその声に応えるように前傾姿勢をとり、そしてジャンプした。

 なんと小さなマンション程あるアジトの天辺から飛び降りたのだ。



「ひっ」


 このままでは地面に叩きつけられて、ただの肉塊になってしまう。

 「見せられないよ」なグロ映像R-18が脳内スクリーンに映し出され、咄嗟に私とメルちゃんの目を手で覆う。


 その直後にドシンと地面と巨体がぶつかる音。


 あぁ、やってしまったのね。

 倒れてても受け止めて貰えるように、ふらりとトラジロウの近くに寄った。


 しかし悲鳴は聞こえてこない。

 むしろ歓声が激しくなった。


 恐る恐る目を開けると、そこには着地を成功させたボードロが決めポーズを取っているところだった。



「俺様が、俺様こそがァ……、盗賊団長ボードロ様だァ!」

「ウォオオ!」

「団長ォォ!」



 ボードロをヨイショする声がこの場を包んだ。

 団員たちのボルテージが更に上がっていく。



「え、ウソ。何ともないの?」

「うおー! だんちょー!」

「ちょ、メルちゃん。あの人を応援しちゃダメだよ!」

「むぅー」



 ボードロは、いかにも盗賊の親分といった風貌だ。


 何かの動物の毛皮を纏い、もじゃもじゃ伸び放題の髭。

 分厚い脂肪と筋肉は体を守る鎧みたいだ。

 黄色くて何本か欠けた歯や、頬の大きな引き連れた傷は悪人顔をさらに引き立てている。


 手に持つあの棍棒で殴られたらミンチになってしまいそうだ。

 トゲトゲ部分が赤黒く変色してるし怖すぎる。


 あと失礼だけどシャワー浴びてなさそう。

 あまり近くに寄りたくない。



 そんなことより何で無事なんだ。

 あんなに重そうなのに、どうしてあんな高いところから飛び降りて平気なんだ。

 捻挫すらしてなさそうだ。


 おかしい。絶対異世界おかしい。

 あれか、異世界はグラビティが軽い的な何かがあるのか。

 それとも異世界人は頑丈なのか。あ、異世界だからか。


 はい、目の前のことに集中!



 子分たちの声援を受けていたボードロがレオンに目を留めた。


 これまでこの場を包んでいた雰囲気が一変し、ピンと張り詰める。

 私達の前を遮るように、逞しいの身体の彼が進み出た。



「おおっと? そこの赤髪野郎、お前は──」

「ああそうだ!」



 レオンが大きく胸を張り、ボードロと対峙する。

 超重量級筋肉系男子VS筋肉と脂肪の鎧の盗賊団長。

 絵面が凄い。



「俺こそが、噂の賞金稼ぎ、赤獅子レオンだぜ!」


「ギャハハハ、そりゃぁいい! 賞金首を狙う賞金稼ぎの首を競売に出すってのも、中々粋じゃねぇか!」

「そりゃぁ最高ですぜお頭ァ!」

「うわぁ……」



 ボードロの言葉に再びどっと笑う団員たち。

 これが異世界ブラックジョークか。

 全然笑えないんですけど。

 顔を青くさせているとレオンに小声でお前は後ろ下がってろと言われた。

 もちろん従います。

 ところで赤獅子ってなに。



「赤獅子だなんて名乗るガキはライオンの餌にでもしちまうかァ!?

 嫌ならおウチに帰ってママのおっぱいでもしゃぶってな!」

「ハッ、なんだそれ。全っ然面白くねェー!」



 下がったのをチラッと確認してから、レオンは剣を振りあげ肩に担ぐ。

 盗賊たちの下品な笑い声を掻き消すように大声を出した。

 お得意の人を小馬鹿にするような声の調子で、どんな表情をしているのか何となくわかる。



「まっ、んなこと言ったってどーせ無駄だぜ。俺がテメェらを豚箱にぶち込むんだからな!」

「なんだと!?」

「ほぉ〜らぁ、この俺を生首にでも餌にでもおっぱいでも、やれるもんならやってみろってんだ! クソ野郎!」


「この糞ガキが……っ、野郎共!

 ボードロ盗賊団に楯突いたこと、このクソにあの世で後悔させてやれ!」

「ウオオオオ!」



 団員たちが雄叫びをあげる様子は物凄い気迫だ。

 なにこれすっごく怖い。

 ギラギラと光る団員たちの眼に圧倒されてしまう。


 そのときメルちゃんがキュッと私の服を握った。

 その小さな手はほんの少し震えていた。

 そうだ、私がメルちゃんを守るんだ。

 自分に言い聞かせるように大丈夫と声を出した。

 頑張れ私! 負けるな私!



 赤獅子と名乗った男は鞘に収まったままの剣を構え直す。

 さっき迄の人をおちょくる浮いた態度から一変し、恐ろしい獣のようなオーラが出ている。


 トラジロウも青い雷を身に纏い、牙や角、爪から今まで以上に電気を発生させていた。

 全身の体毛が静電気で大きく膨らんでいる。

 後ろに下がっていてもジリジリバチバチ音が聞こえるくらいだ。


 二人ともバッチリ臨戦態勢。


 私も軽く腰を落としてすぐに動けるように構えた。



「野郎ども! 相手はたった二人とネコ一匹だ。存分に嬲って殺せ! 風の民のガキは生け捕だ! 大事な商品に傷つけるんじゃねェぞ!」

「オラ、ネコ! 行くぜ!」

「ああ!」



 先手必勝とレオンが飛び出した。






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