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エピローグ

 気付けば、シュウは現実に帰還していた。


 否、それを現実と言っていいのか、シュウにはわからなかった。

 脳細胞の欠片の浮いた医療ポッド。思考、記憶、五感その他ほぼすべてを機械で代替したなにか。

 それが本来のシュウ――浦木修という存在の現実だった。


『……』


 滅多に使わない外部カメラと聴覚素子を起動する。

 時刻を確認すれば、もうすぐ夜明けだ。あれだけの経験も時間にすればたったの13時間に過ぎないのが、少しだけ虚しい。

 気を取り直し、思考プロセッサから思考内のマルチディスプレイにアクセスしてニュースを検索する。


 “13時間以内”、“VRダイブ中に死亡”――6件。

 検索結果:浦木始(16)、百地優花(17)、エリック・ジャンジャック(25)、錦田浩二(32)、春日井静留(22)、ブレア石川(27)――


『……』


 調べたはいいものの、羅列される名前を見ても、何を言えばいいのかわからなかった。もっとも、浦木修は生まれてから一度も言葉を発したことがないが。

 少年にとって、言葉とはすべてシュウが仮想世界で発するものだ。

 現実の浦木修を司る機械の中に発声装置はない。病室を訪れる人間がいないからだ。

 医者はカメラを通じて浦木修を診察し、必要に応じてポッドが自動供給する薬液の成分に変更を加え、あるいはロボットを派遣して必要な処置を行う。

 浦木修が病室に隔離されているのは、その身を犯す病が未だ感染経路すら不明であるからに過ぎない。


(そういえば、まだ連絡きてないな)


 メールを確認するが、両親からの通知はない、兄が死んだというのに。

 忘れられているのか、後回しにされているのだろう。

 現実の自分の存在感は、その程度だ。


 それがずっと悔しかった。


 存在しないからだ、電子的に再現された思考。

 果たして、今、思考している“自分”は本当に“自分”なのか。

 電気が止まれば途端に途絶(ブラックアウト)するそんな存在が人間なのか。

 もしも魂というものが存在するのなら、己にソレはあるのか。


 その証明が外部カメラに映っている。

 医療ポッドの眼前、虚空に浮かぶ“神の悪意(サマエル)”の天使魔剣。

 6人の参加者を押し退けて得た、振るう手なき勝者の権利。

 機械から離れたオカルト、それだけが人間を、魂の実在を証明する。


『……』


 使い方はわかる。呼べば、剣は応える。それがわかる。


 ならば、やるべきことはひとつしかない。

 シュウの意思に従い、魔剣はひとりでに動き、その切っ先を医療ポッドに突き立てた。


(――神の雷霆(ラミエル)


 途端に、耐えがたい激痛が浦木修を蹂躙した。

 声を発することができれば絶叫していただろう。

 過負荷に耐えきれず、バチバチと音を立てて医療ポッドがショートし、外部カメラが飛ぶ。


 激痛に苛まれながら、エラーの海の中でシュウは笑った。

 痛いのだ。現実の痛みを浦木修は感じているのだ。

 仮想現実で受けたそれとはまったく異なる、制御できない生の感覚。

 数字を飛び越えたリアルが、シュウに生まれて初めて生の実感を刻みつける。


 ずっとこうしたかった。どれだけ懇願しても認めてくれなかった。

 痛みでもなんでもよかった。ただ本物を感じたかった。

 そして、その望みは果たされた。浦木修にこれ以上は必要ない。

 この命は、これでいい。


(――来て、神の火焔(ウリエル)


 サマエルが変質し、兄の魔剣を纏う。

 熱を、感じた気がした。

 病室に炎が踊る。デスゲームで最も長く共にいた権能が最後の務めを果たす。

 そうして、なにもかもが燃えていく中で、浦木修はただひとつの現実(リアル)を抱いたまま炎の中に消えていった。




 ◇




 暗雲が立ちこめる草原に雷鳴が轟々と響く。

 遠くには草木のない赤黒い山々とそれらを遥かに超える巨大な氷壁。

 見ているだけでうんざりするような殺風景な景色が端から端まで続く世界。


「地獄がホントにあるっていうのも驚きだけど……」


 そんな世界を一通り見まわした後、濡羽色の髪を翻してユリは正面に向き直った。


「――かの堕天使サマも死んだら地獄に来るのね」

『再研修のようなものさ』


 ジュスヘルは口元を歪め、優雅に肩を竦めた。

 ユリもその回答で満足したのか「そう」とそっけなく告げただけでそれ以上を問うことはなかった。


『それで、何か用かい?』

「ええ、ちょっとね、ふたり分の用事よ」


 指を2本立て、ユリは真っ直ぐにジュスヘルを睨む。


「私の用事は単純に好奇心の類。あなたが名前の通りの存在なら、なんでこんななまっちょろいことしたのか訊きたかったの」

『言語化できるほど明確な理由はないのだが……強いて言うなら嫌がらせだね。天使の名を持つ魔剣で人々が殺しあうなんて最高だろ』

「あ、そ。納得したわ。やっぱりあなたは存在しちゃいけないわね。

 ――これがあなたの用事、でいいのよね?」


 言って、ユリは背後に振り返った。

 14,5歳程度の黒髪黒目、小柄で、平凡な顔立ち。どことなく暗い雰囲気のする少年。


「――ジュスヘル、一度死んだくらいで逃げられると思ったの?」


 天使魔剣“神の悪意(サマエル)”を手に、シュウはそこにいた。

 堕天使の目が驚きに見開かれる。

 予想はしていた。この少年に未来はなかった。たとえ勝ち抜いたとしても遅かれ早かれこうなるだろうとは思っていた。

 それにしても早すぎるが――


『まさか……君はこんな所まで追いかけてきたのかい?』

「これでも、ゲームはきっちりクリアする主義なんでね」


 にやりと年相応の笑みを浮かべ、シュウは魔剣の切っ先をジュスヘルに向けた。

 シュウは賭けに勝った。

 勝者は剣を得る。肉体を持たない自分でも得られるならば、魔剣は肉体に依存するものではない。


 つまり、魔剣は勝者の意識――あるいは魂が取得するもの。


 であれば、死後にそれを持ち込むこともできるかもしれないと、そう考えたのだ。


「オカルトなら、最後までそれを信じてみたんだ。アンタが公平なGMで助かったよ」

『ふむ、これは一本取られたね。けれど、これがゲームの延長だというのなら“神の宝剣(ガブリエル)”のない君では私を斬ることはできないよ?』

「そうだね。でも――」


「――私たちが揃っているなら“真の御遣い”にはなれるんじゃなくて?」


 笑みのままにシュウの肩を叩き、ユリは少年の隣に並び立った。

 不思議なことに、束の間、目を合わせたふたりの間にわだかまりはなかった。


『……なに?』

「忘れたの? “神の似姿(ミカエル)”の遣い手を斬ったのは私よ」

「ふたりでひとり分。きっちり6人を殺してる。帳尻は合うんじゃないかな」

『――――』


 その一瞬、ジュスヘルは演技を忘れた。

 幾度となく地獄を抜けだし、現世で人間を好き勝手弄んできた至高の堕天使が絶句した。


『クク――アハハハハハッ!!』


 ジュスヘルは笑う。無茶苦茶な言い分だ。そんなものは詭弁だと切り捨てることもできる。

 だが――だが、創造主の対に裁定者としてサタンが配されるように、至大の天使と至高の堕天使が双子であるように。

 並び立つふたつの要素によって補完することを始めたのは此方が先だ。


『最高だよ、これだから人間というのは――』


 故に、ジュスヘルは迫る魔剣を避けなかった。否、避けられなかった。

 それを否定することは、ひいては己の存在を否定することに他ならないからだ。


 切っ先に躊躇はなく、振り抜かれる刃に慈悲はなく。

 数多の人間を狂わせてきた堕天使は真っ二つに斬り裂かれた。



 ◇



 念の為、死体――場所柄的には魂というべきか――は燃やすことにした。

 シュウは魔剣を切り替え、ウリエルの炎でジュスヘルだったモノを灰に還す。


「これからどうしよう?」


 炎に照らされながら言って、これからもくそもないか、とシュウは悩みを放り捨てた。

 地獄落ちは確定だろうとは思っていたが、そこから先はすべて賭けだったのだ。プランなどある筈がない。


「とりあえず裁かれに行きましょう。何をするにしてもまずは過去を清算しなくちゃ」


 どこか清々しい顔をしたユリが苦笑と共に告げる。

 たしかに、とシュウも頷き、役目を終えた魔剣をサマエルに戻す。

 言い繕う余地もなく、自分は殺人者だ。であれば、罰を受けてしかるべきだろう。


「今度は僕たちが裁かれる番か」

「ご不満?」

「ううん、当然のことだし」


 ふたりなら地獄めぐりも悪くない。

 そんな意思を込めて、シュウは右手を差し出した。


「じゃあ、いこうか、ユリ」

「今更だけど……人の背中刺しといてぬけぬけと言うわね、ホント」

「不満?」

「いいえ! あなたとならどこだって、ね。――いきましょう、相棒さん」


 花開くように笑いかけ、ユリは差し出された手をとった。


 そうして、ふたりは手を繋いだまま歩き出した。






 ゲームは終わった。

 その後のふたりがどうなったかを知る術はない。


 地獄にはただ、幾久しく続く、ふたり分の足跡だけが残されていた。





 天使魔剣のデスゲーム、完


 

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