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3話:ラファエルの隠者

「忘れないうちに勝利条件を確認しましょう」


 神の似姿(ミカエル)の遣い手を撃破後、先導してどこぞへ向かうユリは隣を歩くシュウにそう提言した。

 シュウはそれとなく周囲は見回す。涼しい風の服開けた草原地帯。襲撃があればすぐに気づけるだろうことを確認して彼女に向き直った。


「他の参加者全員倒してジュスヘルのところに殴りこめばいいんじゃないの?」

「そうなんだけど、そうなんだけどね! でも、それだけだと“神の宝剣(ガブリエル)”の遣い手が勝てないでしょ!」

「あっ、はい」


 なぜか必死な様子のユリに反射的に頷きを返しつつ、シュウは自分でも考えてみることにした。

 元になったゲーム“天使魔剣”(エンジェルアームズ)にはいわゆるラスボスがいる。

 他の参加者を倒して最後のひとりになることは、いわばラスボスへの挑戦権を得るための儀式なのだ。

 そんなゲーム内容であるから、1度のゲームで3回しか抜けないガブリエルは使いどころを間違えたら容易に詰みかねない。

 当然、製作側もそれは想定しているだろう。つまりは――


「別ルートがあるんだね。それがユリの言ってた勝機ってやつ?」

「ええ、順番に説明するわ」


 コホンと咳払いして、落ち着きを取り戻したユリが人差し指を立てる。

 それ癖なんだろうか、とシュウは余計なことを考えながら聞く体勢になった。


「“天使魔剣”でラスボスに到達する方法はふたつ。ひとつは他の参加者全員を倒す場合ね。これはそのままよ。

 ……自分ひとりで全員倒した場合はちょっと展開が変わるんだけど、今回はもうその可能性はないから省略するわね」


 いわゆる虐殺エンドか、とシュウは脳裡で勝手に命名した。

 たしかに既にミカエルの遣い手をユリが倒してしまった以上、単独殲滅は不可能だ。このエンドに至る可能性はない。

 惜しい気もするが、自分ひとりではミカエルを倒しきれなかった以上、無いものねだりだろう。


「あと、元のゲームだと魔剣は6本だったんだけど、このデスゲームでは魔剣は7本。参加者も7人。だから、ひとりだけ私の知らない魔剣が混じっていることになるわ」

「うん、元のゲームから改変を加えてるってジュスヘルも言ってたね」

「ええ……製作者を侮辱しているわ」

「ユリ?」


 その一瞬、少女の貌が憎悪に歪むのをシュウは見た。

 目につく全てを焼き尽くさんとするような感情の迸りはしかし、少女が深呼吸するうちに抜け落ちた。

 なるほど、とシュウは納得した。理性的にみえてもユリもまたこのデスゲームの参加者だ。

 シュウのみるところ、ユリには【勝利して魔剣を手に入れることを目的としていない】雰囲気がある。

 これでデスゲームを止めるためなどという正義感が理由であれば、シュウとしてはさっさと背中を刺さねばならないところだった。


(俗な目的の方が安心できるっていうのは皮肉だよね)


「ごめんなさい。えっと、話を戻すと、あなたはこれまでに誰かと交戦したかしら?」

「……ミカエルの前にひとり斬ったよ。けど、抜く前に倒したからどの魔剣だったかはわからない」

「それが“7本目”(イレギュラー)だったら今後が予測しやすいんだけど。まあ、ゲームが進めば嫌でもわかることね」


 そう言って話しながらもユリの歩みに迷いはない。目的地があるのだとシュウは察した。

 訊いてもいいのか迷うところだが、訊かずにいるのも腹の据わりが悪い。

 少年は思い切って尋ねることにした。


「ねえ、僕たちはどこに向かってるの?」

「あのいけすかないGM兼ラスボスのいるところよ」

「え」


 シュウは己の耳を疑った。

 それはこのデスゲームの前提をひっくり返す言葉だった。


「それがもうひとつのルート――私をある地点に連れていくことよ」

「ユリを?」

ジュスヘル(ラスボス)のいるところには『選択の扉』っていうのを通らないといけないの。けど、その扉の前には5つ……今はたぶん6つの墓標があるわ」


 そこまで言われれば、シュウにもその墓標が何を指すのか想像がついた。

 やっぱり元からアカンゲームだったんじゃないかと思いつつ、答えを口にする。


「つまり、他の遣い手を生贄にしないと扉が開かない?」

「そういうこと。だけど、言ったでしょう?

 ――“神の宝剣(ガブリエル)”は当たれば斬れない(・ ・ ・ ・)ものはない(・ ・ ・ ・ ・)って」

「……まさか」


 驚くシュウを尻目に、ユリは歩きながら己の腰に吊るした魔剣を軽やかに叩いた。

 2つに減った柄頭の宝珠がぶつかって澄んだ音を立てる。


「そのまさかよ。ガブリエルなら扉を斬って突破できるの。抜剣を2回残していたならそのままラスボスも斬ってゲームクリアできるわ」

「チートじゃん!! デスゲームする意味ないじゃん!!」

「仕様よ。元のゲームだと裏エンド扱いだったもの。ガブリエルの遣い手だけしか扉を潜れなかったけれどね。

 でも、デスゲームになって色々とファジーになってるみたいだし、全員引き連れてジュスヘルのところに殴り込んでもいいかと思ってるの」


 さすがに狂戦士ミカエルは無理だったが、もしかしたらこれ以上誰も殺さずにクリアできるかもしれない。

 それはシュウにとっても魅力的な提案だった。彼の目的は魔剣を手に入れること。リスクを避けられるのならそれに越したことはない。


「複数人で裏エンドに行けるかはわからないわ。ジュスヘルもにやにや笑うばかりで答えてくれなかったの。

 だから、あなたと同盟したのはいざというときの保険と……命賭けてるデスゲームで他の参加者に信じて貰えるかわからなかったから、道中の安全のためね」

「なるほど、ユリもちゃんと考えてるんだ」

「今の話でなんでそういう感想がでてくるのよ!?」

「いや、ユリってどことなく抜けてる雰囲気がするし」

「浮世離れ具合ではあなたの方がすごいと思うけど」

「照れるね」

「褒めてない!」


 丁々と応えを返しつつ、シュウは考える。

 結局、自分にとって問題は魔剣を手に入れられるかに帰結する。

 全員で殴り込んでも、あの堕天使なら笑って魔剣をくれそうであるし、逆にその場でひとりになるまで殺し合えと言う気もする。現状では予想は難しい。

 なら、結論が出るまではこの少女ヒトに付き合うのもいいだろうと思えた。




「さっきの話じゃないけど、シュウ君って何歳? 言動が見た目通りの年齢っぽくないんだけど」


 さらに2時間ほど歩き続けた折りに、ふとユリが疑問を口にして、シュウの顔を覗き込んだ。

 かすかに花のような香りがして、かつてないほどにリアルな嗅覚の刺激にシュウは若干とまどった。


「えっと、いや、14歳だよ」

「……ホントに?」

「ほんとほんと。でも、病気で入院してる間ずっとVR空間にいて……睡眠をとる必要もないから経験時間は2倍くらいいくかも」

「え、それって――」


 さらにユリが問いを重ねようとしたそのとき、ふたりの鼻先をなにかが掠めた。

 はっとして顔を上げれば、ふたりの周囲は濃霧に包まれていた。


「霧? フィールドが変わったの?」

「いいえ、敵襲よ。構えて」


 厳しい顔立ちに戻ったユリが鞘ごとガブリエルを抜いて構えた。


「聞いて、私の魔剣ならこれ以上誰も殺さずにゲームをクリアできるわ。

 ――だから、戦闘を中止して。私たちが争う意味はないわ!!」


 立ちこめる霧に向かってユリは声を張り上げた。

 話くらいは聞きにくるか、問答無用で殺しにくるか。五分五分だろうと少年は予想し、ユリと背中合わせに魔剣を構えた。

 そのまま待つこと暫く、霧の向こうに微かに人影が見えた。


「……来たよ、ユリ」

「姿を見せてくれたってことは交渉の余地があるのかしら?」


 魔剣を下ろし、ユリは人影に向けて小首を傾げて見せた。


 刹那、一瞬前まで少女の顔があった空間を鋭い刺突が貫いた。


 濡れたような刃を持つ青銅色の短剣。

 ――天使魔剣“神の紗幕(ラファエル)”の刃だった。



「人を殺せる機会をみすみす逃す意味がどこにある?」



 刺突に遅れて聞こえた声はくぐもった男のそれだった。

 そのときには既に霧の中の人影は消えていた。シュウが追撃に放った炎も対象を捕えられずに霧散した。


「ダメっぽいね」

「予想はしてたわ。殺しに抵抗のない人ばかり集めたっていうのはホントみたいね」

「僕たちも含めてね」

「ええ、やりましょう」


 そのあっさりと殺害に踏み切ってしまう精神性こそジュスヘルのいうところの適性なのだろう。

 ふたりは再度背中合わせに構えると、全周囲に警戒の視線を走らせた。

 どうやら敵はすぐには攻めてこないらしい。おそらくはこちらの疲弊を待って狩る気なのだろう。

 敵は文句のつけようのないサイコパスだが、それは闇雲に襲いかかってくることを意味する訳ではないようだ。


「手短に説明するわ。アレは天使魔剣“神の紗幕(ラファエル)”。遣い手は霧の中を自在に転移できる。けど、攻撃自体は魔剣で直接斬りつけるだけで、攻撃の最中は必ず姿を現わす」

「ラファエル……神にその存在を隠された逸話のある天使だったかな。製作者は妙なところで凝るね」

「よく知ってるわね。とにかく、転移能力相手だと“抜剣”はきついわ」

「あ、たしかに」


 当たれば必殺の威力を持つ神の宝剣(ガブリエル)だが、その射程は決して広くはない。

 精々が3メートル。対して、霧は明らかにふたりの周囲30メートル以上を覆っている。抜く瞬間に転移で逃げられれば追いきれない。

 ユリは戦略上、扉を斬るのに最低一回は抜剣を残しておかなければならない以上、無駄撃ちする危険の高いここで抜くことはできないだろう。


「だから、私が囮になるわ。このままじゃ埒が明かないし。ラファエル相手なら3手は凌げる。その間に決めて」

「わかった」

「……ここから私たちは一心同体。できれば、お互い生きて勝ち抜きましょう」

「うん、ユリも気をつけて」


 背中からぬくもりが離れる。ちらりと背後を見れば数歩進んだユリの姿は既に霧に包まれて消えている。

 微かに聞こえる息遣いから少女がそこにいることがわかるが、目視では襲われても反応するのは難しいだろう。

 加えて、相手はなにもユリだけを狙う必要はない。こちらに隙があれば容赦なく狙ってきて然るべきだ。


(相手は2対1でも勝算があるから仕掛けてきたっぽい。たぶんユリの魔剣がガブリエルだとわかってて、ラファエル相手には役立たずだってこともわかってる……確実に経験者だ)


 故に、シュウは思考する。敵の思考を己の中でトレースする。


(相手の方針は攻勢。殺害自体が目的となってる節がある。アバターを基準にするとして、女と子供どっちを狙ってくるか?)


 極々単純化して考えれば、敵が決断するべきは、自分とユリのどちらを狙うか、その二者択一だ。

 逆に言えば、そこさえ見切ればこちらが一手先んじることができる。


 そして、シュウは決断した。迷いはない。間違っていたら自分が死ぬだけだ。


「――せぇのっ!!」


 次の瞬間、シュウは振りかぶった己の魔剣を全力で投擲した。

 狙いは概算でユリの頭上、ただ霧だけが在るその空間を通り過ぎる――直前、前触れなく出現した人影の肩に突き刺さった。


「ガッ!! ば、馬鹿な――」

「ビンゴッ!! そのまま燃えろぉっ!!」


 シュウの指示に従い、魔剣がひとりでに火を放つ。

 当然、その身に刀身の半ばまでを埋めているラファエルの遣い手はその熱と炎を零距離で浴びることとなる。

 体を内側から焼かれる痛みは男をして想像を絶するものだ。


「なんで、おれは、殺す側に――!?」

「そんなムシのいい話が僕らにあるわけないじゃん。殺しにかかれば、殺し返されることもあるさ」


 リアルに再現された肉の焼けるにおいが漂ってきて、シュウはわずかに顔を顰めた。


「早く抜かないと死んじゃうよ、お兄さん?」

「ッ!!」


 男は地面を転がりまわりながら、己の肩に突き立った魔剣を引き抜こうとするが、何度柄を握ろうとしても握ることができない。

 魔剣は所有者を変えられないのだ。ラファエルの遣い手がシュウの魔剣を掴むことはできない。


「へえ、抜けないんだ。変なとこでゲームちっくだね。じゃあ火力上げようか」

「ギ、ギャアアアアアア!!」


 そうして霧が晴れ、空に炎が立ち昇る。


 悲痛な音だけを残響にして、またひとり天使魔剣の遣い手が灰と化した。





「……魔剣の遠隔操作なんてできたのね。盲点だったわ」


 悼むような表情で光の粒となって大気に融けていく灰を見送りながら、ユリはぽつりと声を零した。

 元の“天使魔剣”(エンジェルアームズ)では魔剣はアバターの一部として構成されており、体から離れるというアクション自体が設定されていなかった。当然、魔剣の効果を遠隔操作することもできなかった。

 デスゲームに伴う仕様変更に気付かなかったことに、どうしてかユリは若干悔しそうな顔をした。


「ふふん、同盟者としてはあたりでしょ」

「そうみたいね。……助かったわ、ありがとう」

「どういたしまして」


 冗談めかしてシュウが薄い胸を張ると、ユリも僅かに相好を崩して頷いた。

 だが、そのかんばせもすぐに引き締められる。今はデスゲームの真っ最中。まだ気を抜くことはできない。


「できればあとの2人とは話し合いで解決したいわね」

「望み薄だけど……残りの魔剣は厄介なの?」

「ええ、あなたが斬ったひとり目がそうでない限り、ド級の厄ネタが残ってることになるわ」


 ユリはつと人差し指を立てて、己の危惧を言葉にする。


「――“神の雷霆(ラミエル)”、たぶんこのデスゲームで最悪の強化をされた天使魔剣よ」




 ――――残る参加者はあと4人




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