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2話:ガブリエルの少女

 シュウはタイミングよく乱入してきた少女に先導され、どうにか追跡をまくことに成功した。

 前を行く少女はさらに30分ほど走り続け、シュウの背中の傷が回復した頃に足を止めた。

 周囲は森のような地形に変わっている。少女がそこまで意図しているかは不明だが、太い木々の並ぶ地形は体勢を立て直すには好適だろう。

 そうして、少年もようやく少女のアバターを観察する余裕ができた。

 歳は16,7か。膝丈のクラシカルなセーラー服と、背中に流した濡羽色の髪、剣帯に吊るされた鞘入りの一刀が凛々しい。

 シュウの魔剣には鞘はない。翻って、少女の魔剣が鞘が必要な系統の効果を持つことが察せられる。


「助かったよ、えっと……」


 ひとまず声をかけると、少女の背中で艶のある黒髪が羽のように踊った。

 振り向いた少女の顔には天然の美が宿っていた。殆どリアルから弄ってないのだろう。VR特有の整い過ぎた不自然さがない。

 切れ長の瞳には苛烈な意思が込められて、かすかな警戒に引き締められた口元が玲瓏な美を放っている。


「“ユリ”よ。あなたは?」

「僕はシュウ。よろしく、ユリ。……なんでセーラー服なの? コスプレ?」


 前世紀の映画にそういうのあったよね、というニュアンスを込めて尋ねると、ユリの眉が微かに跳ねた。

 地雷だったか、とシュウは心中で身がまえた。

 しかし、この場が本当にデスゲームだと理解しているシュウとしては、相手が遊び半分であれば対応を考えなければいけないのだが――


「お金無くてスキン変える余裕なかっただけよ。気にしないで」

「あっ、はい」


 意外と切実な理由だった。これ以上つっこむのはよそうとシュウは心に決めた。

 なんといっても有力な同盟者候補だ。会話ができるって素晴らしい。人類の英知に感謝するばかりだ。

 掌返しの速度には自信のあるシュウであった。


「単刀直入に聞くけど、同盟する気はあるかしら?」

「すごいあるよ」


 駆け引きもなしにあっけらかんと言い切ると、少女は困ったように眉根を揉んだ。

 もしかしたら、こちらの“中の人”を大人だと思っていたのかもしれない。

 はじめからもっと焦った風を装っていた方がよかったか、と今更ながらにシュウは反省した。


「えっとね、私は魔剣の性質上、勝ち抜くには誰かと協力することが不可欠なの」

「そうなんだ」

「……あなた、元のゲーム――“天使魔剣”(エンジェルアームズ)やったことないのね」

「うん、ないよ。噂に聞いたことあるくらい」


 今の情報だけで魔剣を特定できるのか。失敗したな。

 シュウは動揺を面に出さないように注意しながら、このまま新参者(ニュービー)の体でいくことを決めた。

 とはいえ、そもそも先のミカエルの対処からしてもこの少女は明らかに経験豊富だ。下手に繕っても早晩ボロを晒すだけだっただろう。


「付け加えると、私なら他の参加者を無視してゲームをクリアできる。そういう魔剣なの。同盟者としてはけっこうお得よ。どうかしら?」

「いいよ。同盟しよう。ハリーハリー」

「……自分で言うのもなんだけど、そんな簡単に信じていいの?」

「いや、他に選択肢ないし」


 新参者が経験者から誘われれば普通、そう答えるしかないだろう。

 だが、ユリの疑わしげな視線には弁解の必要性を感じた。


「まず、僕ひとりではさっきの……ミカエルだっけ? あいつに勝てそうにない。最低でもあいつ倒すまでは同盟する必要がある」


 脳みそを全速力で回しつつ、シュウは手早く考えをまとめた。

 ここでしくじる訳にはいかない。ゲーマーの感覚が、この少女を逃すなと告げているのだ。


「そして、同盟すれば少なくとも生存率は上がる。当面の敵がひとり減るし。単独で対抗できない相手に出くわす危険と、ユリに裏切られる危険とを比較すれば、後者の方がマシかなって」


 特に、この少女は自分では倒せないかもしれない。

 口には出さなかったが、シュウはその可能性を高く見積もっていた。

 いうなれば“余裕”だろうか。元のゲームの経験者というだけではない、なにかしらの事実――おそらくは魔剣の性能だ――に裏打ちされた精神的優位性をシュウは嗅ぎ取っていた。


「……まあ、私にも選択肢はないのよね」

「じゃあ、同盟成立だね」


 シュウが笑顔で手を出しだすと、溜め息と共にほっそりとした指に握り返された。

 指先を通じて、仮想現実とは思えない繊細でリアルな感触を知覚する。

 ずっと握っていたいとシュウは焦がれたが、その願いに反し、ユリはさっさと手を離してしまった。


「あなたを斬らずに済むことを祈っているわ」


 片目を瞑って告げられたその一言には斬ろうとも思えば斬れるという意思を感じた。

 どうやら先の予測は当たっていたようだ。


「そのときはそのときということで。よろしく、ユリ。

 あ、勝算があったら背中から刺すからあんまり信頼しないでね」

「そういうことは口にしないものよ、相棒さん」


 冗談めかしてトンと額をついて、ユリは小さく笑った。





「確認するけど、あなたの魔剣は“神の火焔(ウリエル)”よね?」

「えっと……」

「炎を操る魔剣でしょう?」

「あ、見てたんだ」


 ひとまずミカエルの対策をしましょうとのユリに言に従って、シュウは隣り合った木を2本ほど魔剣で斬り倒して切り株の椅子を作った。

 このデスゲームに疲労度のような設定はないようだが、精神的にも休息は必要だ。


「あのタイミングで助けに入って、見てないワケないでしょう」

「それはたしかに」


 自分を一番高値で売りこめるところで乱入したのだろう。目端の利く人だとシュウは思った。

 ユリはまっすぐにシュウを見つめたまま、人差し指をぴんと立てた。


「魔剣には相性がある。たとえばウリエルは炎を放って遠隔攻撃ができるから、大抵の魔剣に対して有利に立ちまわれるわ」

「ということは、他は遠隔攻撃できない魔剣なんだ。まあ、さっき石ぶつけられたけど」

「魔剣以外での攻撃はゲーム時代はできなかったことね。……“神の似姿(ミカエル)”は下から二番目の外れで、だけど一番強い魔剣だと言われているわ」


 遠隔攻撃がウリエルしかないならそうなるね、とシュウも頷きを返した。

 この昨今、現実で斬り合いした者などそうそういない。となれば、技術やら何やらより純粋な暴力で暴れまわる方がキルスコアを稼ぎやすいだろう。


「あなたも見たとおり、ミカエルは魔剣の中でも最高の戦闘能力を得るのと引き換えに意図的なオートアタック状態……戦闘メインのこのゲームではコントロール不能に近い状態になるの。実際、普通のゲームだったときは対策が確立するまで一強だったわ。

 ……このデスゲームでは自分で操作できないっていうのは長所かもしれないけどね」

(それはどうだろう?)


 シュウは心中で疑問を呈した。

 ジュスヘルの言う通りなら、このデスゲームに招かれるには適性が必要なのだという。

 人殺し、あるいはサイコパスの適性だ。目の前の少女はまだ理性的にみえるが、他の参加者に理性と秩序を期待するのは、鳥に飛ぶな魚に泳ぐなというようなものだろう。


「というか、ミカエルの能力って……初期のVRMOとはいえゲームとしてどうなの?

 しかも、対策あるんだ。シンプルに強い気がするけど……あ、同盟組んで真っ先に潰すとか?」

「近いけど外れ。ミカエルは同盟できない代わりに、他の遣い手の2,3人は軽く捻り潰せるわ。同盟するだけじゃ倒せないの。

 ただひとつ――」


 ユリは剣帯から鞘ごと抜いた魔剣を胸前に掲げる。

 柄頭の飾り布についた3つの宝珠を指で弾いて、少女は不敵な笑みを浮かべた。


「――この“神の宝剣(ガブリエル)”以外はね」



 ◇



 身を低くして隠れつつ元来た道を戻る。

 ふたりは森と石切り場の境目あたりで徘徊する神の似姿(ミカエル)をみつけた。相手にはまだ気付かれていない。

 ミカエルの能動感知範囲はあまり広くないの、とユリは言う。そうでないとゲームとして成り立たないほどに強いのだ、とも。

 たしかに、真正面からやりあって勝てるとはシュウも思わなかった。


「――で、僕はその最強絶頂バーサーカーを足止めすればいいんだよね?」

「数秒でいいの。それでケリをつけるわ。できる?」

「確認するけど……ミカエルの効果はオートアタック化、無痛化、身体能力の強化、でいいんだよね?」

「え、ええ。あとは発声も不可だったりするけど、戦闘には関係ない部分よ。それがどうかしたの?」


 不思議そうな表情を浮かべるユリにしっかりと頷きを返す。


「なら、大丈夫。やってみる」


 言葉と共にシュウは勢いよく飛び出した。

 5メートル。相手に気付かれる前にそこまで近付かなければ勝機はない。

 全速力で走りつつ、シュウは右手で魔剣を握りしめる。チャンスは一回、それで目的を達する。


 ミカエルの遣い手が振り向く。ユリの予測より早い。おそらくは足音、デスゲーム化に伴うリアルの描写が仇になっている。

 彼我の距離は8メートル。シュウの射程にはまだ遠い。


「――――ガアアアアアアアアアアッ!!!!」

「うるさい」


 シュウは3歩で助走をつけて前方へ飛び込むように跳んだ。

 あと7メートル、6メートル――相手が地面を踏み砕いて大きく1歩を踏みこむ。


「!!」


 シュウは咄嗟に魔剣を地面に突き刺す。つんのめるように前進が止まる。

 ジャスト5メートル。この位置だ。


「燃えろおおおおっ!!」


 吼える。突き立てた魔剣から炎がほとばしる。

 次の瞬間、地中を一直線に走った炎がミカエルの足元で炸裂した。


「――ギ、ガアアアアアアアッ!!」


 地雷のように弾けた炎は過たず男のふくらはぎまでを灼いた。

 だが、元より痛覚のない相手に多少のダメージなど無意味。たとえ骨だけになろうとその足は獲物を追いかける。

 ゆえに、地に剣を突き立てたまま静止するシュウへ向けてミカエルの遣い手は一歩を踏み出そうとして――ぐらりとたたらを踏んだ。


「!?」


 制限された思考を貫く驚愕。見れば、男の両足は融けた土に――マグマにどっぷりと浸かっていた。

 シュウは既に一度試している、神の火焔(ウリエル)の炎はフィールドに対しても効果がある。

 そして、どれだけ筋力があろうと、踏ん張るための足場がなければその威を発揮できない。

 底なし沼は時に獅子すら呑み込むのだ。


「グウゥウウウウ!!」

「ご愁傷様。そのまま大人しくしてね」


 とはいえ、シュウにできるのはここまで、足止めまでだ。

 恐るべきことに、ミカエルの遣い手は腰までマグマに浸かりながらじりじりと前進している。

 シュウの頬を流れる汗はマグマの熱気のためだけではない。

 このままではウリエルの炎が全身を焼き尽くすよりも、ミカエルの切っ先がシュウの頭を叩き潰す方が確実に早い。最強との評判は伊達ではない。

 ゆえに――


「あとはよろしく、ユリ」

「ええ、ここからは私の手番ね」


 濡羽色の髪を翻し、ミカエルの前にユリが立ち塞がった。


「ミカエルは魔剣を抜いた時点で視界内の相手を強制的に攻撃してしまう」


 ミカエルの遣い手は咆哮を挙げて魔剣を振りかぶる。

 ほとんど腕だけで振り抜かれるその一撃はしかし、少女の頭を西瓜のように叩き潰すには十分過ぎる威力を秘めている。


「だから、目の前にいるのが最悪の相性だとわかっていても逃げられない」


 だが、ユリもまた天使魔剣の遣い手だ。

 そのことを、ミカエルの遣い手は果たして知っていたのだろうか。


「――――“抜剣”」


 祝詞(コマンド)に従い、柄頭の飾り布についた宝珠がひとつ砕ける。

 ガチンと金具の弾ける音が響き、ユリの腰に吊るされた魔剣がその刃を詳らかにする。


 透き通るような水晶の刃が仮想の陽光を浴びて刹那に煌めく。


 そして、鞘離れとともに振り抜かれた斬撃が虚空に弾けた。


「ギ、ァ――」


 ユリの頭上に大剣を振り下ろさんとした体勢のまま、ミカエルの遣い手は静止し――――次の瞬間、その上体がずるりと崩れ落ちた。


「い、一撃……」


 思わず絶句するシュウ。対して、ユリは自分の成した結果を見届けるように、ゆっくりとマグマに沈んでいくミカエルの遣い手を見送った。


「……これが私の天使魔剣、“神の宝剣(ガブリエル)”。3回しか抜けない代わりに、当たれば斬れないものはないわ」


 マグマの中から光の粒子が立ち昇る。ミカエルの遣い手が死亡したのだ。

 それを確認して、ユリは静かに己の魔剣を鞘に納めた。


「ミカエルの対策はガブリエルで斬ることだったの。他の遣い手はどんなことをしてでも、まずその状況を作るし、ガブリエルはまずミカエルを狙っていた」

「でも、そうするとあと2回しか抜けなくなるんだよね。それで勝てるの?」

「勝てないわ。だから、神の宝剣(わたし)は一番の外れ、同盟必須の敗北主義者」


 少女が振り向く。マグマの熱気で汗ばみ張りついた前髪を払い、決意を秘めた瞳がシュウを真っ直ぐに貫く。


「だけど、勝機はある。損はさせないわよ、相棒さん」

「うん、お手柔らかにお願いします」

「それはあなた次第ね」


 人ひとりを殺した直後の少女が強がりの笑みを浮かべる。

 その笑みは百合の如く儚く、しかし、ここがデスゲームだということを忘れさせるような、力強い笑みだった。




 ――――残る参加者はあと5人




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